1-2 街へ
翌朝。夜明けと共に目を覚ました私は、パープルベリーをひとつ食べて朝食としたあと、魔法で出した水で顔を洗った。そしてふと思う。
「お風呂に入りたいなあ…」
どうせしばらくはこの森…ベレドナ大森林から出られないのだろうし、身体を清潔に保つためにも、お風呂、それも持ち運べるタイプのものが欲しい。
という訳で、今日はお風呂作りをすることにする。猫1匹が浸かれるだけの風呂なので、タライのようなものを作るつもりだ。木材の加工は、なんか魔法で良い感じにする予定。《全属性魔法》のスキルを持つ私は、かなり自由に魔法を使えるようなので。《製作》スキルもあるしね。
そして、数十分後。私の前には、完成した少し大きめのタライがあった。一度水を入れてみて、水漏れしないことを確認済みだ。
よし、お風呂に入ろう。周囲に『侵入防止』と『隠蔽』の効果を持たせた《結界》を張り、タライに魔法でお湯を張る。それからそっとお湯に入ると、その心地良さに思わず喉が鳴った。ゴロゴロ。
「あぁ〜…お風呂サイコー…」
タライの中で身体を伸ばしながら、独りごちる。お湯の中で身体を洗い、何度かお湯を張り直して、最後にゆっくりと浸かる。朝風呂最高。
そうしてお風呂を堪能したあとは、身体を震わせて水気を飛ばし、《乾燥》という魔法で身体を乾かした。ついでにタライも乾かして、こちらは《ストレージ》にしまう。
仕上げに毛繕いをして、身支度(?)は完了した。
「んー、サッパリ。やっぱりお風呂は良いわね」
さて、リフレッシュしたところで、今日も森の中を進みましょうかね。ただし、昨日のように律儀に地面を走るつもりはないけれど。魔法が自由に使えるのだから、"空を飛ぶ"ための魔法とか使えないかな、と私は考えたのだ。
んー、身体を浮かせるほかに、飛行の補助のための翼も必要かも?方向転換とか、翼があった方が楽そうだよね。よし、イメージは固まった。
「……《飛翔》」
そう唱えると、背中に光を集めて出来たような1対の翼が生えた。そして、身体がふわりと宙に浮く。そのままゆっくりと上昇していき、背の高い木々を追い越して…森をある程度見渡せるようになった辺りで上昇を止める。なお、周囲に《結界》を張っているので、寒かったりはしない。つくづく魔法は便利である。
「おおー……この森、広過ぎない?」
眼下に広がる鬱蒼とした濃緑色を見て、呟いた。これは空を飛んで正解だったね。
ふと、遠目に森の切れ目らしき場所を見つけた。よくよく見ると、その先には石っぽい壁に囲まれた街らしきものがあって…ひとまずそこを、目的地とすることにした。
ということで、それなりに高速で空を往くことしばらくして。目的地に辿り着いた私は、《隠密》の魔法を身に纏って上空から街へと入り込んだ。人間じゃないし、わざわざ門を通る必要はないよね、と。
街は思っていたよりも大きく、そこそこ賑わっていた。街並みの雰囲気は"ファンタジー世界といったらコレ"な感じ…つまり、中世西洋風だ。ただし魔法がある世界だからか、それなりに清潔感があった。そこは安心した。
あと、街を歩いている人々をこっそり《鑑定》したところ、この街には人間、獣人、エルフ、ドワーフの4種族がいるようだった。割合的には人間と獣人が多めかな?
しかし、当たり前だけど幼い子供が一人で歩いていたりはしなかった。見たところ美味しそうな屋台とかもあるし、食べ歩きとかしたいんだけどな…如何せん、《人化》した私は幼い子供の姿なので、良くない事に巻き込まれそうだ。
それに、この世界での神獣という種族の立ち位置も分からないし。下手にバレたら、面倒なことになりそうな気もする。
「(うーん…まずは、情報収集かな)」
それなりに知識を溜め込むまでは、街の外…ベレドナ大森林を拠点として暮らすことにしよう。
そうと決まれば、情報がありそうな場所として、図書館のような場所を探してみる。もちろん《隠密》の魔法をかけたままだ。
「(図書館…ないわね?)」
しばらく街の上空を飛んで探してみたけれど、図書館らしき建物は見つからなかった。見たところ本屋などもないし、もしかしたら本自体が貴重なのかもしれない。
そうなると、本がありそうなのは…本が買えるだけの資金を持っている人の家、なのだけど。
街の一角に大きなお屋敷が立ち並ぶ区画があって、その中でも一番大きなお屋敷に、私は不法侵入した。2階建てのお屋敷で、2階の一室の窓が空いていたので、そこから中へと入る。
入り込んだ部屋は寝室だったようで、メイド服を着た女性が部屋の掃除をしていた。なるほど、だから窓を開けていたのね。同じく開いていた扉を通り抜けて、《探知》という"生き物の気配を探る"魔法を発動させつつ、お屋敷の中をうろつく。
やがて、お屋敷の地下へと続く階段を見つけたので、そこを降りると…その先には書庫があった。そっと扉を開けて中へと入る。中は真っ暗だったので、手元に魔法で小さな明かりを灯してから、書庫の探索を始めた。
「(というか、この書庫広いわね…)」
しばらく探索して、抱いた感想がこれである。いやほんと広いのよ、この書庫。そのわりに普段は人が近づかないようだったので、私は《人化》して悠々と読書をすることにした。
「(文字が難なく読めるのも、リベルセリノ様のおかげなんだろうな…改めて、ありがとうございます、リベルセリノ様)」
内心で女神様に感謝を捧げつつ、読書に勤しむ。まず手に取った本は、神獣について書かれている本だ。
『神獣とは、神の遣いであり、世界の意思そのものである』
どの本を読んでみても、必ずこの一節が書かれていた。そこで宗教関係の本を読んでみると、予想していた以上に神獣という存在は神聖視されていることが分かった。例えるならそう、現人神のような存在として扱われている。
そして神獣の特徴として、"人語を操る動物"であることも本には書かれていた。
「(これ、宗教関係の人とかにバレたら絶対に面倒なやつだ…)」
あと権力者とかにも、存在がバレたら確実に面倒事がやって来る気がする。くわばらくわばら、くれぐれも気をつけて行動しないと。
そんなことを考えつつも、私は様々な本を読み進めていった。時折、休憩したり食事したりしながら、知識を吸収してゆく。この神獣の身体はかなりハイスペックなようで、するすると知識が頭に入ってくるのだ。
このお屋敷はどうやら街の長のお屋敷だったらしく、書庫にはこの街…『ネイデンシア』の歴史書などもあった。そして、ネイデンシアは『アーレンス王国』という国に属しているということも分かった。
「(なるほど、この街、ネイデンシアはアーレンス王国の東端にある街なのね。ベレドナ大森林と『迷宮』からの恵みで栄えた街、か)」
この『迷宮』というものについても、書いてある本があった。
★迷宮について
迷宮とは、世界が創り出す異空間の総称である。大きな門が"入り口"として存在し、この門は謎素材で出来ており壊れることはない。
内部のものは、倒した魔物はもちろん、水、土、草花、樹木、鉱石、虫、動物、魚等、普通に採取可能なものであれば何でも持ち帰ることができる。
パーティ(団体)ごとに被ることなく出入りする上、一度出入りすると中の状況はリセットされるので、資源が尽きるということは無い。
内部の資源は外界にはない特有のものが多く、その種類、品質、稀少度などの価値は高い。同じ物でも、外界産よりも良質で高値で取引される。
上記のこともあり、人々が迷宮に潜る目的は主に魔物の素材を含む資源の獲得である。
迷宮は複数の階層によって成り立っており、浅い階層よりも深い階層の方が魔物は強く稀少な資源も豊富である。さらに最下層にはその迷宮固有のボスが存在しており、それを撃破したあとにのみ進める区画にはかなり稀少な資源が存在する。なお、一度外に出れば当然リセットされるのでボスもまた復活する。
魔物は、外界の魔物よりも特殊な行動も多くて強い傾向にある。
各階層の階段付近には『安全地帯』と呼ばれる魔物が寄り付かない空間があるために、大体の人々は此処で休憩したり野営をしたりする。
迷宮の環境は階層ごとに分かれており、熱帯雨林だったり、雪深い針葉樹の森だったり、湖沼地帯だったりする。浮島が大量にある海や、オアシスが点在する砂漠などもあるし、中には遺跡がそこかしこに見られる平原などもある。
迷宮内には『転移魔法陣』がある。場所は次層への階段の傍、『安全地帯』の中で、最下層のみボスを倒したあとに出現する。『転移魔法陣』は行ったことのある階層へ転移できるほか、外へと転移することもできる。
内部の時間の進み方は、それぞれで異なっている。もちろん、内部と外界で時間の流れる速さが異なる訳ではなく、あくまでも"見せ掛けの"時間のことである。
全く時間帯が変わらない場所もあれば、やたらと速く時間帯が移り変わる場所もあるし、エリアごとに時間帯が異なっている場所もある。
★
「(そして、ネイデンシア近郊にある迷宮では、浅い階層で良質な鉱石が豊富に採れる、と。そういえば、街に工房っぽい所がたくさんあったような…)」
先ほど街の上空を飛んでいた時に、工房っぽい建物が密集している区画があったのを思い出す。
「(あと、『冒険者』ね…)」
冒険者ギルドに所属している、"何でも屋"のような者達。冒険者には階級があり、上から白金、金、銀、銅、鉄となっているらしい。…まあ、私には関係ないけどね。猫だし。
ああでも、鉱石があれば《製作》スキルで包丁とかフライパンとかの調理道具を作れるかも?それに、迷宮は"パーティごとに被ることなく出入りできる"から、こっそり入って中で人目を気にせず好き勝手できるかも……うん、とりあえず迷宮に行ってみようかな。
そういう訳で、私は書庫、というかお屋敷をさっさとあとにすると、ネイデンシアの近くにある迷宮ーーー『鉱床の迷宮』に向かった。なお、外はもう日が落ちて暗くなっており、件の迷宮の入り口付近には誰もいなかった。よしよし、良いタイミングね。
迷宮の入り口である大きな門は、外観は石造りのような灰色をしていた。だけど前足で触ってみると、手触りはつるっとしていて…まるでプラスチックの表面に石造りのテクスチャを貼り付けたかのような違和感があった。
「(まあ、この門の素材については考えても意味がないかな…入れれば良い訳だし)」
ということで、いざ迷宮へ。はてさて、中はどんな感じなのかな?