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照らされた者。

 魔人態には魔人態……そうしたいところだが、フェネクスはバエルを倒したことで満足し、眠りについた。しばらくは戻ってくることもないだろう。したがって、フェニックスはこれ以上、変態(フォーゼチェンジ)できない。


 いまは通常態で戦わなければならない。己の力で勝利を掴み取らなければならない。それが至難の業だとしても。


「聞こえてんだろ、なあ! 降りてこいよ。今なら幻覚で墜とすのは許してやる。だから早く来い。挑んでこい、この俺に!」

「うるさい」


 自らを火葬して炎の塊にする戦い方はアマテラスによって禁じ手にされてしまっている。そもそもユニコーンを明確に殺してしまうことも禁じられているのだ。あくまで殺さずに、あいつを上回る必要があった。


(言われなくても挑んでるんだよ、今も)


 舌打ちする。が、それでは現実は変わらない。フェニックスは炎翼をはためかせると、ついに急降下を開始した。


 どうすればいいのか、明確な打開策などはない。だがぐずぐずしていると幻覚に捕まってしまう。相手に策を練らせないためにも、急襲する必要があった。だからやった。それだけだ。


「良いぜ、そうだ。降りてこい!」

「その口から先に、引き裂いてやる!」


 一瞬で降下したことで、ユニコーンに風圧が襲いかかった。それで相手の動きが一瞬鈍ったのを見て、フェニックスはそのうちに拳の届く間合いまで肉薄した。着地はせず、地平に足が届くすれすれの高さを維持して浮き上がったまま、平手打ちを敵の脇腹めがけて叩き込む。


 それは、直撃した。ユニコーンは倒れた。やったのか、僕は……そう思いつく前に、フェニックスは(まさか、そんなヤワな奴じゃない)と、自らを戒めた。


「死ね!」


 背後からまるで獣のような勝ち鬨がして、宙返りした。顔が真下に向く――一角剣の一閃が視界いっぱいに広がった。先程までいた場所に、的確に突き込まれていたのだ。宙返りできなければ死んでいた。


「避けるな!」

「当たり前だろ」

「うぜえんだよ、口ばっかりで! お前ってやつは!」


 炎翼をはためかせて浮き上がり、同時に体を回転させて足を伸ばした。回転のおかげでそれはキックとなり、ユニコーンの胸を蹴る。それは真実、的中する。命中の反動を利用して加速し、フェニックスはもう一度宙返りして視野の中にユニコーンを捉えなおした。


 が、すでにその視界が歪んでいるのに気がついた。


 直後、漆黒の鎧を装着した人間――魔書騎士(グリモナイト)“ゴゥエ”がみえた。


 幻影だ。流石にわかりやすすぎる。


「お前が殺した。忘れたとは言わせない」

「今さらだ」


 茶番に付き合う道理はなかった。フェニックスは幻影を無視して、瞳孔を開いた。上空からでも地上の獲物を捕捉可能な猛禽類の視力をつかって、幻影の先に立っていたユニコーンを睨めつける。


 炎翼を一度、はためかせた。


 風が起こり、加速。そのまま突っ込んでいく。くだらない幻影など通り越して、叫んだ。


「それも僕が生きるための戦いだった!」

「ああ?!」

「僕を狙ってきたのはあの人だった。だから殺した。それは、今のお前だって、僕にやろうとしていることだろ!」


 この足が地に着く前に決着をつけてやる。フェニックスは空中で拳を突き出した。まだ命中する距離ではない。だが、拳に纏わりついた黒炎が砲弾のように撃ち出され、ユニコーンめがけて飛んでいった。


 それは命中した。だが直後、消えた。ユニコーンごと靄となって消えた。どこまでが幻覚なのか。もうフェニックスにはわからない。


「小細工が」

「バケモノが相手なんだ。確実に仕留めさせて貰うさ。あらゆる手を使ってなァ!」


 ユニコーンの声が聞こえる。それも、上から。ハープの音色とともに幻聴のような声が確かに空から降って聞こえてくる。


 すぐ近くに工場の壁があった。ユニコーンの名の通り、馬鹿げた脚力をもって壁を駆け上がって跳躍し、一時的ながらフェニックスを上回る高さにまで飛び上がっていたというのか。


 幻覚を以てこの地形まで引きずり込まれたということになるが、今さら気づいたところで、空中にいて方向転換もできないフェニックスにはどうしようもない話だった。


「終わりだな」

「どうかな」


 反駁するその声の先が震えるのを、フェニックスは――巧は――自覚していた。反駁したはいいが、それは悲鳴のような情けない声になった。フェニックスは、逆手持ちされた敵の一角剣の、鋭く輝く切っ先をみた。ユニコーンは飛べない。それだけに真っ直ぐ落下して、こちらに刃を突き落とそうとする。


 虚を突くべきはずは自由に空をゆくフェニックスだったが、幻覚によってすべてを狂わされていたのでは成せるものも為せなかった。真正面からやりあっても勝てない上に、騙し合いですら勝てないのか……いや、それはやる前から疾うにわかっていたことだった。戦いの訓練を積んだあいつには何をしても勝てない。戦いという、同じ土俵に立っている限りは。


(逃げるのが最適だったっていうのか。でも、それじゃいつまでも……!)


 フェニックスには叫ぶ間も与えられず、敵によって綿密に計算された衝突の瞬間がやってくるのを、飛びながら待つほかなかった。


 だが、自分がこのまま死ぬ運命にあるとも思えなかった。僕を照らしてくれているというのなら、ここで見捨てられることはない。忘れないで欲しいと言ってくれたのはそういう意味ではないのか。


(僕は、きっと!)


 フェニックスは何もみるのをやめて、目を閉じた。両手を組み合わせようとしたが、そんな時間もなかった。


 直後、まったく動けなくなった。全身を支配された。耳鳴りもした。金縛りだ。だが、あたたかい感触に包まれている。


 それはすでに何度も味わった、溺れるような柔らかな感触。


 フェニックスは、夜空の中で妖狐に抱きしめられていた。


『アマテラス様の命により参上します……また一緒に闘えるよ、巧くん』


 フェニックスは目をあけた。ほんの目の前に一角剣の切っ先がみえた。その刃先を、蹴って退けた。


「馬鹿な!」

『妖狐の力、これくらいできなきゃ!』


 超速度での身体駆動と、人体では獲得しえない柔軟性。フェニックスは全身を茶色の毛並みで覆い、両手両足から獣の爪を生やす。妖狐態(フェネック・フォーゼ)への変態を果たした、それと同時に着地し、膝を畳んで落下の衝撃の一切を吸収する。


 と、即座に強靱なバネとなった両足が思いきり伸び、嘘のような跳躍――五メートルほど浮き上がったフェニックス妖狐態は、一瞬にしてユニコーン魔人態を見下ろした。

 

「妖狐だと? ウカノミタマの眷属が、バケモノであるお前にまだ憑いてるってのか。どうしてだ?!」

「照らされていると、約束してもらったからだ」

「ふざけるなよ、バケモノが!」

「僕は化物じゃない!」

「人殺しのくせに!」

 

 見下す側から見下される側になって、ユニコーンは今、わめくだけの存在になっていた。その角はすでに漆黒に染まり、全身をくすませていた灰色も黒の濃さを増している。純白の騎士は灰に染まり、その次は黒騎士になるのだろう。


 化物になろうとしているのはお前の方だ。伝えようと思ったが、聞く耳をもたないだろうとも思えた。


 故に、フェニックスはユニコーンを今ここで倒すことにした。その決意を結び直した。逃げないと決めたその時から、道はこの一本しかなかったのだ。すでに腹は決まっている。ただその手段を得るために、今までの時間を費やす羽目になっただけだ。


「安心しろよ。僕がお前を、拾い上げてやる……殺さず、超えてやるために」


 ユニコーンはどうやらまだ自我を保っている。決して化物にはならない、そんな堅い決意と、肉体とともに鍛え上げてきたのだろう強靱な意志が、追跡者の心身への侵食に抗っている――本人はそう思っているはずだ。


 だが段階的に黒く染まっている外観をみるに、アムドゥシアスはしたたかにもこの戦いの中であいつの肉体を支配しようとしていた。まずは肉体のほんの表面から先に侵食して様子をうかがっていたのに違いない。そしてユニコーンがアムドゥシアスの力である幻覚に頼るたび、アムドゥシアス自らの封印が少しずつ解けていく。


 心身ともに、わずかずつ、しかし着実に蝕んでいく。実に賢明で狡猾な手法だ。アムドゥシアスの力を使いこなしているつもりが、まさかその解放を手伝っていることになろうなどとは、あいつは微塵も気づいていないだろう。傲慢なのだから。


 もっともそのおかげで、殺さずに上回るというわけのわからない試練を、いま突破することができそうだ。


「最初からそう仕組まれていたとしても、僕は」


 フェニックスは空中で手の平を開くと、下に向けた。直後、そこから火炎弾が三発、連射される。妖狐態でのみ扱える秘術、狐火(フォックスファイヤ)は、物質のみならず霊や追跡者といった存在にも通用する万能の攻撃方法である。


 盾を持たないユニコーンには、避けるしか選択肢がない。妖狐態には幻覚も通用しない以上、次の瞬間、ユニコーンがどう動くのか?


 非常に予測がしやすい状況になっていると言わざるを得ない。


「僕は、僕の人生を切り拓く。だから、ここから先は、僕がやる」


 呟くと同時、その意志が受けいれられた。妖狐態特有の爪が急速に収縮し、体毛も一瞬にして退化して失われていく。まるで映像の早戻しをみているかのようだが、これが変態(フォーゼチェンジ)という現象だった。


 妖狐態から、通常態へ。その背から再び紫黒の炎翼が噴き出して展開され、はためくと同時に急降下が始まる。


 狐火の連射を避けるために走り出したユニコーン。その行く先を空の高みから見下ろして、進路を回り込んで、フェニックスは拳を突き出した。


 空から地上に拳は届かない。だが、拳にまとわりついていた黒い炎が撃ち出されることによって、ユニコーンの背中を“殴打”する。


「クソが!」


 わめき声が聞こえたが、それは獲物があげる悲鳴と変わらない。黒い炎はユニコーンの背中に命中すると同時に、飛び散るように燃え広がった。それはまるで蔦のように細くのびて、やがてユニコーンの全身を縛り上げていく。


 一瞬後には磔刑に処された罪人の如く、ユニコーンは一切の身動きがとれない状態で地面に突っ立つことになる。


 その地点に、フェニックスの急降下が重ねられた。


 二人は衝突した。


 フェニックス通常態(アイデンフォーゼ)封撃幽殺(バニッシュ・ストライク)――我こそは不死鳥ライク・ア・フェニックス・ライフ


 炎翼を広げたフェニックスが、加速したまま右足でユニコーンの胸を蹴る。その衝撃を利用して宙返り。蹴られた胸には紫黒の炎が突き立てられ、まるで槍のようだった。


 その槍をふたたび蹴ることによって、獲物の心臓を完全に貫くことができる。フェニックスは、宙返りしながら次のキックへの態勢を整える。


 刹那、空間が変異した。夜の廃工場群から、山のなかの廃神社へ。


「ああ、わかっているよ」


 フェニックスは呟いて、二撃目のキックを見舞った。蹴った箇所は、胸に突き立てられた槍ではなく、漆黒に染まりきった相手の頭部の、一本角だ。


「お前を化物にしようとするその角を、僕が、折ってやる!」


 宙返りとともに繰り出されたキックは、実にしたたかに的中した。見事で鮮やかなキックだった。


「だから心配しなくていい。お前はもう化物にはならない。絶対に、二度と、ね」


 ユニコーンの角が、半ばから折れた。ハープの音色は途絶え、代わりにユニコーンの絶叫が轟いた。

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