セカンド・ラウンド。
「逃げるなよ、お前!」
ユニコーンが叫んでくる。煽ってくる。
「そんなんだから落ちこぼれなんだよ。逃げてばっかで、取り組もうとしない。向き合おうとしない。だから、いつまでたってもできないままなんだ! いい加減、気づけ!」
こちらを一方的に見下して馬鹿にする。言葉は事実でも、重みと切実さが皆無だった。救おうとして放っている言葉ではない。あくまで釣り出すための罠として使っているだけの、上っ面の言葉なのだ。
従う必要はない。フェニックスは自分に言い聞かせた。馬鹿にされたまま終わりたくない、いますぐ降りてあの口を塞いでやりたい……そんなつまらない思いなどねじ伏せ、抑え込み、自分のペースを保つ。
(ちゃんとやって勝てないってことは、さっき認めたばかりなんだ)
フェニックスは苦い痛みの記憶を思い起こして、敵の煽り文句を無視する。
英雄的ではないかも知れない。無様かも知れない。だが、天空の角度から戦うことでしか活路は開けないのもまた事実であれば、これこそ受けいれなければならない現実なのだ。
受けいれること自体は逃げではない。そのはずだ。
フェニックスはまた高度をあげ、そして目を細めた。人の能力を超越した視力を有する眼球が収縮し、カメラのズームアップ機能よりも鮮明に視覚を拡大した。
こちらを見上げる純白の化物が、もう騎士の建前を取り繕うこともやめて叫びつづけている。滑稽な姿だった。だが相手はこちらが降下する瞬間を待ちわびている。攻撃に際しては細心の注意と、相手の想定を上回る奇策こそが必要だった。
騙してでもやり遂げなければならない。たとえそれが、本当の化物のような薄汚い手管だったのだとしても。
(手を染めなきゃ、殺せないか)
当然のことだ。また自分に言い聞かせ、フェニックスは深呼吸した。すぐに仕掛けなければ幻覚を仕掛けられてしまう。時間を与えるのは危険だった。
やるしかない。
「さあ……!」
己を鼓舞するように叫び、同時にそれが宣誓であるかのように見せかけた。着地を待ちわびている敵に対して、これから望み通りのものを与えてやると教えてやる。
フェイクを仕込むにもまずは、先んじた宣誓が必要なのだ。
――それでいいのです。私が認めた英雄もまた、得意なのはだまし討ちでした。
幻聴が聞こえてくると同時に、視界の端が白い光で満たされていく。夜空のはずなのに、暗さだけが取り除かれて視界がただ鮮明になっていく。それは奇跡だった。
フェニックスは、もうそんなものに振り返りはしなかった。どうせ振り返ったとしても何も見えないのだ。わかっている。アマテラスが追跡者にその御姿を見せることは絶対にない。
それでも幻聴を介して背中を押してくれる。追跡者の力に穢れた者を表立って助けることは控えるが、見捨てはしない。矛盾した態度であり二枚舌でしかない、だからこそ、二律背反に歪んだ状況に対応することを可能とする。
――本音と建て前を使い分け、現実のなかにこそ明確な結果を刻みつけるのです。最後に残るものが良きものであれば手段を問わないのが、古来より伝わる日ノ本の民のやり方。あなたも日ノ本の民なら、ためらうことはありません。
「言われなくたって!」
口ではそういっても、フェニックスは感謝していた。いくら自分で自分に言い聞かせても虚しさが残る。疑問が残る。だが他者からそう言われれば、それは承認して貰えたような気分になる。腹を決める勇気が持てる。
――忘れないで。あなたは私が照らしている。世を照らす陽の光は見えなくとも、あなたの道は確かに照らされています。陽の光そのものである私が、約束しましょう。
幻聴とともにフェニックスの進むべき空間だけが白い輝きに照らされる。太陽はどこにも見えない。星の輝きさえも見つからない。それでも、後ろから照らされていることは確かなようだ。
フェニックスは高度を大きく下げ、頭から落ちていく。
「待たせたかな!」
「来いよ! 殺してやる!」
ユニコーンが剣を構えてフェニックスを見上げる。あいつはこの状況でもまだ幻覚を使わないらしい。騎士を騙る化物はまだ、己の主義という自己満足の中で戦うことを選んでくれた。
フェニックスが右手を握り込んで拳をつくる。さらに紫黒の炎を纏わりつかせて肘を張り、ユニコーンを睨んだ。攻撃の機会は一度だけ。接触も一秒未満。瞬く間に勝敗は決する。
ユニコーンの真上に落下するコースをとったフェニックスは、途中で一度、横に体を回転させる。ロールしたフェニックスは大きく軌道をかえ、瞬時にユニコーンの背後をとった。
このままいけば後頭部を殴りつけることができる。
「殺すのは僕だ」
囁くように、声を風に流してやった。
「ほざけ、雑魚が」
ユニコーンは構えを解くこともなく、ただ素早く振り返る。あらかじめフェニックスが軌道をずらしてくるのを見越していたとでもいうような、何の戸惑いもためらいも見せない瞬時の動作だった。
フェイク。フェニックスは、口もとをほころばせた。
「雑魚、か」
嘲笑し、体をまた横に回転させる。左から右へ。振り返ったばかりのユニコーンの、前から後ろに全身を滑らせる。飛翔しているからこそできる、回転を利用した高速移動――地に足をつけた者には対応できない。
「卑劣な!」
ユニコーンがまるで敗者のような声を漏らすのを聞いた。フェニックスは勝利を確信して拳を突き出した。高速で降下しているのだ。一瞬後には拳がユニコーンの後頭部を殴打している。
「……なんてな」
ユニコ-ンの静かな声が聞こえた気がしたが、今さらどうすることもできないだろう。ためらうことなく、フェニックスはユニコーンの後頭部を殴りつけ、瞬間、それはスイカのようにはじけ飛んだ。
「終わりだ!」
「今の俺なら、呑み込まれない。そうだろう!」
直後、一角剣が一閃した。
肉片と化したはずのユニコーンの頭部とはまったく別の方向から剣の切っ先が突き出された。
同時に遠くから音楽が響いてくる――それは、ハープの、静かで幻想的な音調。
「!」
「力を貸せ、追跡者」
アマテラスが照らし出す白い光がなければ、その切っ先の閃きを視認することもできなかっただろう。人の眼はおろか、追跡者の眼さえ出し抜く圧倒的な剣技――フェニックスは、寸前、首をわずかに傾ける。頬が切れて血が噴き出すが、傷はそれだけで済んだ。
反応が遅れていれば顔面、あるいは喉を貫かれて即死していただろう。
「ここで幻覚? イケメンらしく正々堂々、勝負するんじゃないのか」
「はッ、ほざけよ。バケモノ相手に正々堂々? 馬鹿も休み休みいえ」
言葉をかわし、フェニックスは着地すると同時に膝を伸ばした。また跳躍して飛翔する。炎翼をはためかせて高度をかせぎ、同時にユニコーンを見下ろした。
純白から灰色へ……通常態から、魔人態へ。
あいつもまた正真正銘の化物になっていた。自己満足の範疇で戦おうなど、あいつも端から微塵も考えていなかったらしい。最初から騙し合いだったというわけか。
「さあ聞こえるか? お前を死に誘う、この狩人の音色が!」
灰色に染まった額の一角を天に向け、ユニコーンはハープの音色を確かに響かせていた。それこそは六十七位に位置する公爵の力に他ならない。
「聞くわけないだろ、そんなもの」
確かに聞こえる。逃れられない。そうとわかって、フェニックスは反駁した。騙し合いが表立って始まったのなら、もう二度と丸め込まれるわけにはいかない。




