飛翔。
拳で剣に勝てる道理はない。人と人でそうなら、化物同士でも同じことだった。
フェニックスがどれだけ素早く拳を突き出したところでユニコーンの剣の間合いを崩せるわけはない。拳が届くことはなく、それは空を突き、逆に剣の一閃がフェニックスの至近をかすめていった。
はやくも防戦一方というわけだった。
「どうしたよ! さっきの威勢は!」
ユニコーンの一角剣が風を切り、フェニックスの頬がわずかに裂ける。瞬時に再生されるので傷にもならないが、戦いの主導権をどちらが握っているのかは否が応でも意識させられた。
「黙れ、本当の化物」
意識は焦燥を刻み始め、体の動きも精細さを失っていく。劣勢を自覚してしまったその時から、フェニックスは無意識的に自らを相手の獲物にしてしまっていた。
いじめでもそうだった。自分がいじめられる側だとわかった瞬間、全身が勝手に受け身の態勢になっていく。
このままでは負ける。殺される。悔しさも惹起されない、当然の道理にしたがって観測される常識的な予測によって、少しずつ戦意を喪失していく。これでは自滅だ。フェニックスは歯を食いしばりながらも、どうにもならない現実のなかにいた。
「お前は俺には勝てないさ。人間だったとき……学校でも、落ちこぼれのお前と文武両道の俺。なら、変身したって同じだろ!?」
一角剣が素早く突き出される。フェニックスはそれを避けた――瞬間、ユニコーンは剣を翻した。
(フェイク?)
知った時には遅かった。二度突きが炸裂し、ついにフェニックスの左肩が貫かれた。
「ッ!」
声にならない呻きをあげて、それでも、フェニックスは戦いをやめなかった。
「まだだ!」
叫び、フェニックスはキックを繰り出した。片足をもちあげ、膝蹴りの要領で突き出す。だが、まだ間合いが足りていない。剣が突き刺さっているとはいえ、一角剣は短剣ではないのだ。
「無駄だぜ!」
ユニコーンは「ハッ!」と息を吐いて快哉をあげる。どれだけ威勢良く突き出されたところで絶対に届くことのない膝頭などは無視し、突き刺した一角剣をフェニックスの肉の中で動かす。傷口をさらに広げるべく、剣先で肩の関節を抉る。
剣をどう動かせば敵に痛みを味わわせることができるのか、それを熟知している者の剣さばきだった。場数を踏んできたフェニックスにはわかってしまう。ユニコーンが組織に所属し、日々鍛錬しているというのは決して嘘ではないし、まして、威張り散らかすための方便などでは決してない。
認めざるをえない。ユニコーンは騎士の格好を模した殺し屋――それも、人類の災厄、追跡者だけを狩りの対象とする人智を超えた殺戮者なのだ。
対して僕は、訓練も何もしてこなかったただの落ちこぼれ。ケンカはおろか、体育の授業ですらまともにこなせない。
これまではフェネクスの力や妖狐の助けを借りて対等以上に戦ってきたが、二度、三度とぶつかりあえば流石に力量も攻め方も知られてしまっている。実力の差が表面化してしまう頃合いというわけか。
フェニックスは無駄とわかって、膝蹴りの態勢からミドルキックを繰り出した。畳んでいた膝を伸ばしてつま先を繰り出すだけで良かった。
膝蹴りとみせかけた一蹴。
「子供だましだな」
笑われた。ユニコーンもまた足を繰り出し、フェニックスのキックを打ち払う。直後、一角剣がうねるように動き、フェニックスの左肩をくりぬいた。
「あああああああ!」
悲鳴をあげてしまっていた。訓練をしていなければ、当然痛みに対処するための方法も知らなかった。だが叫ぶことで、いま生きていることだけは確かめられる。まだ、死んでいない。
(僕は劣っている……こいつより、僕は、弱い!)
認めざるを得ない。このままでは負ける。フェニックスはその身を引いて乱暴に剣を肩から抜いた。傷口から血が噴き出し、それがユニコーンの純白の体組織にかかった。だがすぐに白い光が滲みだし、汚れた血を吹き飛ばす。ユニコーンは純白のまま、なおもフェニックスに追撃をかけていく。
「次は首をいただく。肩にあけてやったのと同じものを、喉に穿ってやるよ。殺す、殺してやるよ、バケモノ!」
時間を与えるつもりはないらしい。言葉と同時にユニコーンの体が動き、ステップを踏んだ。目にも留まらぬ動きだった。右に動いたかと思えば、素早く地に足を着けて逆の足に踏み換え、進行方向を変えてくる――左から一角剣の一閃。鋭利な切っ先がフェニックスの喉元に迫った。
フェニックスは、もう戦うことをやめていた。
「僕は!」
全身の力を抜き、紫黒の両翼をはためかす。
「僕の!」
ふわりと体を宙に浮かせて、足下に一角剣をやり過ごす。
「僕だけの、やり方で!」
「逃げるな!」
すかさずユニコーンが追撃をかけてくる。跳躍し、一角剣を突き出してくる。
(これは……違う!)
突き出したのではない、きっと投げるつもりだ。あいつのことだから……瞬時に察したフェニックスは翼を勢いよくはためかせ、高度をあげながら全身を素早く回転させた。
「!」
ユニコーンは、その肘を伸ばしきる前に、手首をスナップさせる。それだけで一角剣が素早く投擲された。
予想通りだ。先に体を回転させていたフェニックスは、それを顔面すれすれの距離でかわした。
「クソが!」
決死の一撃をかわされることは、有利不利の逆転を意味する。ユニコーンは着地して呻き、フェニックスは軽やかに空中でターンする。
「自慢の剣も、空には届かないみたいだな」
「臆病者が、降りてこい! 勝負をつづけろ、雑魚野郎!」
臆病者? 構わない。否定するつもりはない。地上での勝負から逃げたのは事実だった。フェニックスはしかし、決して高度を下げようとはしなかった。
人にはそれぞれ得意・不得意がある。学校では落ちこぼれだった。だが、学校から出たら? まだまだわからないことだらけなのだ。未知数なことばかりなのだ。この無限の現実のなかでは。
同じことだ。地上で勝てないなら、飛べばいい。空から挑めば活路が開けるかもしれない。
戦いから逃げて、また新たな戦いを挑む。それは決してズルいことではない。そのはずだ。少なくとも負けて死ぬよりはずっと良い……自ら言い聞かせて、フェニックスは踊るように翼を翻し、また高度をあげる。
「逃げるな。俺から逃げるな! 死ぬまでやるんだろうが! さっきまでの意気はどうしたよ、なあ!」
ユニコーンが声を荒げる。必死なのだ。挑発して何としてでも着地してもらわなければ、せっかくの剣技も殺人技術も発揮できない。ならば、バケモノと自ら揶揄した追跡者の力に頼るほかはなくなる。
だがそれはあいつにとって、自らの信念を無為にするようなものだ。騎士でありたいというその意志を、自ら砕きたくないはずだ。あいつは組織に所属しているし、その一員であると自負してもいるのだから、追跡者の力に頼るなどありえない。
もっとも、強力な幻覚を仕掛けられてしまえば知らずのうちに着地を促されてしまうだろう。フェニックスもまた、ユニコーンに時間を与えることはできない。うかうかしていたら改心して躊躇なく幻覚を使ってくるかも知れない。その前に決着を着ける必要がある。
ともかくも次の一瞬で動かなければならない。互いにそのことを意識し、殺気を高めあった。




