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それは大いなる太陽!

「大いなる者……か。やってられねえな。俺たちの出番はもう終わりだよ。クソッ」

「どういうことです?」

「テツヤ、知らないとは言わせねえぜ。俺たち“組織”は大いなる者を追跡者どもから守るために日夜戦ってる。だがその追跡者が突然大いなる者になっちまったら? 簡単だ、もう敵とはいえなくなる」

「どうしてですか? 何故、追跡者が大いなる者に?」

「バエルは最高位だ。テツヤ、お前は学がないようだから教えてやるよ。追跡者というのは本来、悪しき者じゃねえ」

「……?」


 バエルが変貌した瞬間、ザ・リザーがその鎧の装着を解除した。生身の人間――ウーゴに戻る。他方、徹也はユニコーンの姿のまま臨戦態勢を崩さない。それもまたウーゴに鼻で笑われた。


 ウーゴだけではない。包囲陣を敷いている付近のグリモナイトたちも次々と鎧を解除し、非戦闘時の出で立ちに戻っていく。


「追跡者ってのはな、俺たちニンゲンが勝手につくっちまった存在なんだよ。お前が憎んでるあのクソガキ……フェネクスだって、本当はフェニックスだ。そしてあのバエルが傑作でな、もともとは“大いなる者”のひと柱だ。だけど反転させちまった。俺たち人間が」

「反転? 人間が、そんなことできるわけありませんよ」

「それができるんだよ。人間は進歩してきた。遙かな昔から今まで、ずっとな。歴史をつくってきたんだ。そして大いなる者も、そんな人間に寄り添って……中には、寄り添いすぎて変えられちまう奴もいたってわけだ。ま、そのあたりはいずれ奴の口から出てくるだろうからな、俺からの講義はここまでにするよ。確かなことは、俺たち組織の作戦は失敗したってことだけだ。追跡者が大いなる者になっちまったらもう無理だ。何の手出しもできねえ。撤退だ、撤退」


 ウーゴはお手上げとでもいうように両手をぶらつかせると、舌打ちしながら踵をかえした。


「撤退って、どこにいくんですか」

「だから帰るんだよ。それとも何だ? お前はまだ戦うのか? 別に良いけどな。お前は確かに組織の戦闘員だが、その身にはヤバイ奴を宿してる。あ、そうか。だからヴィトさんはお前をそばに置いてたのか? このときのために」

「それ以上は、ウーゴさん。あなたであっても……!」

「悪かったな。でも本当のことだろ? ま、好きにしろよ。お前は俺の部下ってことにはなってるが、もとはあのヴィトさんの部下だったんだ。俺だってヴィトさんと比べればずっと若造だよ、足下にも及ばねえ。こんなときヴィトさんが生きていたらどういう指示を下したのか思い出しながら、お前の好きにしたらいいさ」

「そんなことで……それで良いんですか、ウーゴさん! 敵を前にして、そんな適当で!」

「うるせえな。何かの組織に所属するってのはな、そういうことなんだよ!」

「ウーゴさん」


 何を言ってもウーゴは方針を変えないようだ。徹也はため息を吐き出してしまいそうになるのを堪えて、去っていくウーゴに背を向けた。嘲笑混じりのため息が聞こえた気がしたが、徹也は決して振り返らなかった。


 気にしていられない。もっと大事なことが目の前にある。


 視界には、輝きとともにこの地上に顕現した大いなる者“バアル”の御姿と、それに対抗する“悪しき者”……追跡者フェネクスの力を得た人間の醜い姿。


 ユニコーンは動けず、その場に立ち尽くした。


「クソが」


 追跡者が大いなる者に変わってしまったら、いったいどうすればいいのか。悔しいがウーゴの言葉は、組織に属する者としては正しい。


 だが死んだことによって今はどこにも属さなくなった、あのヴィトさんだったらどんな指示をくれるのだろう。


 ヴィトと過ごし、鍛えられた思い出とともに、徹也は記憶の中の師に問うた。


 何もわからなかった。当たり前だ。「ヴィトさんはもう死んだんだ」



『本来、我輩どもは己の仮面を外すことができない。反転の証……“そういうもの”という烙印を押されてしまったがために、我輩どもがどれだけ抗っても無駄なのである。だが、彼奴、バエルだけは違った』

「烙印?」

『わからないのか、お前たちニンゲンが押したものだが……そうか、今を生きる者どもには理解されなければ、意識もされていないのか。なるほど。わかりやすくいえば、お前たちの先祖がそうしたとでも言おうか。もっとも、それはいまや枝葉の議論だ。アレをどうやって倒すか、それを我輩とお前は考えなければならない』

「触れるどころか、見ることさえできないけど。それに、なんだか敵とは思えないような気がする」

『そう感じるならば、お前は心底“英雄”なのだろうなあ。だがお前はすでに我輩の力を得てしまった。大いなる者に化身した彼奴を倒すことはニンゲンにはできない。だが、我輩どものような“追跡者”……悪魔なら可能だ』

「僕なら倒せるってこと?」

『左様。それにお前も彼奴を殺したいと思っていたではないか。我輩とお前、互いの欲望に大差はない。そして“英雄”とは、端的にいってしまえば我欲を現実に落とし込む者のことだ。たとえお前が戦意を喪失してしまったとしても。殺したい、打ち破りたい……統合して、“拓きたい”という欲望はまだ、そのまま持っているのだろう?』

「それは、そうだけど」

『抑えられてはいたが、ずっとお前の中にいたのも事実だからな、相棒よ? 我輩はお前のことならぜんぶお見通しなのだぞ?』

「それはうるさいな」


 バエル……いや、バアルと名付けられた輝きの柱が浮き上がり、地表面から離れてゆったりと上昇を始めている。そのまま空の高みに昇って永遠に去ってしまったらいいと内心思えたが、現実はそうそう甘いものではないことも、巧は戦いの日々の中で知ってしまった。


 バアルは自らが太陽に成り代わろうとでもするかのように、その巨体を空の真ん中に定位させ、その輝きで地表面を照らし出した。夜だった廃工場がとたんに昼間のように明るくなり、建物の影もまた濃くなっていく。


――ニンゲンども、これより貴様らを抹消する。フェネクス、そのついでに貴様も葬ってやろう。ニンゲンとともに滅び、その魂に我が威光を焼きつけるのだ。


 その宣告は幻聴ではなかった。聴覚で感じ、脳で認識することができる言語での伝達だった。巧は悪寒を感じた。その場にいる者にしか届かない幻聴ではなく、あえて誰でも拾えるようにした“肉声”を用いた意図とは何か?


 宣戦布告に違いない。抹消という言葉は決して嘘でも誇張でもないのだと、巧はそう理解するほかなかった。


 むろんそれは巧自身も望んでいたことだ。汚らしい心を大多数で共有する人類などとっとと滅びるべき存在には違いない。だから殺してやりたいと思い、事実、巧はその手でクラスメイトを殺した。ゆくゆくは学校に関係するすべての人間どもを殺すつもりだった。


 だが、自分自身と両親だけは殺さず、生かしたかった。邪魔者をすべて排除し、あの家でずっと家族と一緒に暮らしたかった。それが嘘偽りのない巧の希望だった。全人類の抹殺というのはたいそうなお題目だが、巧にとってそれは単なる殺害予告にすぎない。挑戦状といってもよかった。


「やらせない。人間どもなんてどうでもいい。けど、僕と、お父さんとお母さんだけは守る。僕の邪魔をする奴は、何だって排除する」


 今や巨大な太陽にも見えてしまう、光の柱と化した敵。口にしたそばから己の言葉が霧散していくかのように思えた。敵対することがそもそも馬鹿馬鹿しいことなのではないか……フェネクスの指摘通り、確かに僕は戦意を喪失しているらしい。


 一度、指先の力を抜いた。鋭利な爪のついた悪しき指が開かれ、直後、握り込まれる。フェニックス魔人態は敵となった大いなる者を見上げると、その背から漆黒の炎翼を噴出させて、次には鞭のようにしならせた。


 溢れる輝きによって敵の委細の輪郭を目にすることはできない。だが、その位置を確認できるだけで充分だ。ふわりと翼をはためかせて跳躍し、地表面から浮き上がるや、勢いをつけて強くはためかせる。そうして急上昇しながら炎翼で体を包み込めば、フェニックス魔人態は燃え盛る螺旋となった。


 黒い炎熱から生まれた陽炎が夜空を揺らめかせ、星の輝きを歪めて紫黒の軌跡を刻む。地上を照らす大いなる者を貫くには世界を歪める追跡者の力が必要だった。フェニックス魔人態はいまやその実体を自ら融解させ、黒炎の螺旋と化して炎の翼と溶融している。巧は二度と消せない悪魔の炎にその肉体を差し出したのだ。


 その中心部に巧とフェネクスの魂だけを宿らせた黒き螺旋が、そしてバアルに接触する。


 瞬間、空が回転した。地球の自転に影響はない。空――世界そのものが回転し、反転する。夜が明けて朝になり、昼を通り越して黄昏になった。それを超高速で繰り返すことで、ものの数秒で季節が変わり、雪が降りはじめた。


 天候の操作。それは変わらず、バアルの権能であった。


――我は、人が農耕を始め、それが文明そのものを築きはじめたその時からいつも寄り添い、天候を保証してきた。にも関わらず我を突き破ろうという貴様の行いは、まさに人の敵……病と禍をもたらす悪魔の所業だ。大いなる者であるこの我が、討ち払ってやろうではないか。


 肉声だけが響くが、依然としてその巨体は白い輝きで塗りつぶされていた。バアルの姿を確認できない以上、どんな体勢をとっているのかもわからない。あくまでその輝きの中枢に向かってぶつかっていくしかないが、そんな中で唐突に降り始めた雪が視界をふさいでいく。


 空は瞬く間に吹雪に支配されていた。


無論、吹雪ごときで消えない黒炎が揺らめくはずもない。問題は、五感が遮断されることだった。ただでさえ不可視であるバアルの位置がまったくわからなくなる。


――失せろ、第三十六位“フェネクス”よ。


 今度は肉声ではなく幻聴だった。音で方位を特定できないようにしているのだ。バアルはやはり意識的に身を隠している。ならば今ごろは移動しているはずだ。


 フェニックスは螺旋の回転を強めて加速し、まずは吹雪から抜け出す。


「そんな、小手先のことで!」


 憎らしく叫ぶ。次には視界が開けた。吹雪を突っ切ったのだ。フェニックス魔人態はバアルの輝きを再び視覚に捉えた。ほとんど直線距離上にバアルは浮かんでいた。好機だ。フェニックス魔人態はさらに加速した。


――哀れなものだ。貴様はすでに、終わっている。


 今度は肉声だった。位置が把握されてしまった以上は声を出しても良いと判断したのか。いずれにせよ、幻聴と肉声とを交互に発して弄び、幻惑しようとしている。大いなる者とはそんな小癪な策を弄するような存在なのか。嘲笑してしまいたくなるが、それは事が成ったときにでもすればいい。


「すべてを終わらせるのは、僕だ!」


 フェニックス魔人態は叫び、その身と同化した黒き螺旋の先端をバアルに突き立てる。瞬間、空が回転した。冬から春、そして夏に。一瞬で空模様が季節ごと入れ替えられ、吹雪から一転、空模様は虹の並んだ奇っ怪な絶景に変化する。


 それは美しいだけではなかった。吹雪を降らせていた雲が突然の気温変化によって砕けて水蒸気になり、スクリーンになっていたのだ。結果、空一面が虹となり、光の乱反射に支配された空の中では、まともな視界も確保できない。


 空を満たすように立ち並ぶ虹の輝きは、まるで大いなるバアルの御姿を隠す衛兵のようだった。


――我が姿を覗こうなど不敬。人が到達できる位階など所詮はその程度。我を滅ぼすなど、疾うに不可能よ。


 バアルの御心が幻聴となってフェニックス魔人態の心に届けられた。瞬間、虹に取り囲まれたフェニックス魔人態は自らの炎熱を光の乱反射に取り込まれ、夏の蜃気楼として歪められながら、揺らぎ、解きほぐされていく。


「なんだ、これ……」

『小癪な奴だ』


 現実を理解できない。巧の意志は疑念をうかべ、フェネクスの意志は呆れをぶちまける。だが、すでにその身を炎熱に溶融させたフェニックス魔人態に抵抗の術はなかった。まるで虹に喰われていくかのようだ。漆黒の螺旋と化したフェニックス魔人態が気温変化と光のスペクトルのなかで解体されていく。


 消えない炎など自然のなかにあってはならない。故に自然の調和を用いて排除する――自然を操る大いなる者にとって、炎でできた不死鳥を分解することなど端から造作もないことだった。


 巧は疑念のなかで、いまだ現実を認識できないまま消えていった。




 同時に巧は幻覚をみた。虹に塞がれてしまった視界――残虐な現実世界の果てに見える、それは夢想の世界の光景だった。


 空の果て。いや、視覚の果てに真っ赤なフレアが立ちのぼる。それは太陽の地表面。本来、それは特殊な観測をしなければ地球からは見えないもののはずだ。この肉眼に映せるはずがない――巧は今目にしているものが幻覚なのだと、そうやって理解した。


 そして、幻聴。


――見ていられないな。


 バアルのものではない。かといって廃神社に潜む大いなる者のそれとは違うし、あの夢の中のほの暗い洞窟で聞く幻聴とも違った。まったく聞き覚えのない種類の幻聴だった。


「誰……?」

――たとえ反転させられたものだとしても、そなたが朕の眷属であることにかわりはない。フェネクス……いや、朕の象徴“フェニックス”よ。


 フレアが激しく噴き出て、その熱波が巧を襲う。全身を丸焼きにされるのではないかと思えるほどの、それこそ殺人的な大熱波だった。巧は自らの肉体が一瞬で蒸発する錯覚をその魂に刻まれた。


 瞬間、目が醒めた。幻覚の世界から現実へと、意識が戻っていく。




 殺人的な熱波がもたらされたことで、虹のすべてが消えていた。空を覆い尽くしていた水蒸気が粒子のひとつも残さず消滅し、虹はおろかあらゆる水分子が消失する。光の分解も立ち消え、したがって黒炎の螺旋となったフェニックス魔人態もまたその解体を免れていた。


――その力、太陽神(ラー)か。追跡者を守るとは、どういう了見かな。

――天候神(バアル)、悪く思うな。朕には朕の愛情があるのだ。


 幻聴とともに強烈な日射が天から降り注ぎ、空を擦過する。それは日本ではありえない強烈な日照りだ。荒廃した大地を熱い砂漠に変える異文明の熱波……砂漠気候の強い陽光。


 それは一瞬であったとしても、空一面の気温を急激に上昇させた。そのなかにいたフェニックス魔人態は、自ら発した黒炎さえ覆い尽くすほどの熱に焼かれ、そして、赤い炎に支配されていった。


「こんなことって……」

――案ずるな。そなたなら耐えられる。一度は死に、故にこそ朕の眷属をその身に宿したのだろう? 二度死ぬくらい、造作もなかろうよ。


 嘲笑とは違うが、決して心地よくはない陰湿な笑い声が幻聴とともに聞こえる。フェニックス魔人態は、しかし何も考えることができなかった。


 熱かった。痛かった。感じられるものはただそれだけだった。視界も熱で歪み、もうそれが現実なのか幻覚なのか、それさえ判然としなかった。今や聴覚もまともに機能していない。熱波が擦過したことで生まれた気流に耳を塞がれ、何も聞こえなくなっている。


 何も聞こえず、何も考えられず、ただ苦しみながら死んでいく。


 こんな死に方、望んでない。最期の瞬間、巧の魂はただその意志を遺した。

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