表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/53

捕縛の魔人態!

 フェニックスはその姿を変える――通常態から、魔人態(フェネクスフォーゼ)へ。


 紫色に赤黄のまだら模様を浮かべた毒々しい表皮はそのままに、頭部の翼とも鶏冠ともつかない一対の角が展開して接合、奇術師のシルクハットのような形となって頭頂を覆う。そのハットのような構造物には仮面がぶら下がっており、フェニックスの顔面も同時に隠い隠す。


 両足のつま先は尖り、足裏部が厚くなることでブーツを履いているかのような外観になる。最後に背中から迸る紫色の炎翼が深黒に染まって、まるでマントを翻すサーカスの支配人といった風情だ。


 その楽しそうな奇術師のシルエットには、人類をいたぶることなど遊びのうちだと断ずる邪な嘲笑が込められている。彼ら追跡者をよく知る妖狐にはもはや自明のことだったが、はたして巧は自覚できているのか。


 心配で仕方がないが、しかし他に問題もある。


(ありえない……巧くんの意識を乗っ取りもしないで、どうしてあいつは表に出てこれたの?)


 巧の意識を奪うのでもなく、肉体を完全に支配するのでもない。禍々しいその力を追跡者自らが譲渡する形で、いまフェニックスは姿をかえている。


 下等生物と笑ってやまない人類にすすんで力を分け与えるなど、追跡者なら考えられないことだ。そこには何らかの狙いがあるはずだが、妖狐はそれを推察することができなかった。


 ただ妖狐は、自分が巧に閉め出されてしまったことを屈辱的に思ってはいながらも、何もできなかった現実を認め、怒りの炎をただ鎮めるように、ただ巧の勝利を祈った。


(見守らせてもらうわ。私ではなく、追跡者の力を試そうというあなたの勇姿をね)


 外に閉め出された妖狐は巫女の姿に化け、両手を祈りの形にくみあわせた。主である大いなる者は廃神社から出てくるつもりはないらしく、この戦いにおいて英雄の力を貸与することはないということを無言で告げている。




 意識を保っている間にその力を得ることは、巧には初めてのことだった。以前にユニコーンの幻覚によって昏睡させられていた間、力の根源であるフェネクスが代わりに戦っていたらしいが、目覚めた瞬間に抑えつけたから対話はしていない。


 巧はほとんど初めてフェネクスと言葉をかわしていた。


『誰だと問われれば名乗ろう。我輩こそは悪魔の軍勢を束ねて司る“魔神侯爵”がひと柱、名をフェネクスという!』

「フェネクス? フェニックスじゃなくて?」

『それはまさに魔界の扉を開けるが如き深遠な議論を呼び覚ます。そんな暇はないが故に、その話題には今は口を閉ざそう』

「触れるなってこと? でも、なんで僕の心に? いままでずっと隠れて黙っていたのに」

『正しくはお前に抑えつけられていたのだ。だがお前はついに我輩の力を欲した。あの眷属、妖狐なる者の力ではどうしようもないとわかったが故にな』

「呼んだつもりはないけど、呼ばれて出てきたって? 僕のピンチを良い口実にするなんて、やっぱりろくなヤツじゃないな」

『左様。我輩は魔神侯爵。ニンゲンどもの道理からは外れた存在。故にこそ、人智を超える彼奴に対抗することができる……お前もそう考えたのだろう?』

「黙れ」


 心のなかで交わされる、追跡者との契約。一歩間違えれば巧の存在ごと乗っ取られることになるが、今のところは対等な会話ができる以上、無用な心配に心を煩わせることもなさそうだ。


『第三十七位の、たかが侯爵が、第一位の王たる我に反旗を翻すとはどういうことか。身分違いも甚だしいが、釈明はあるのかな。我が友、フェネクスよ』

『バエル、相変わらず偉ぶっているな。故にこそ貴様を慕う者がいないのだ』

『我らは追跡者。何者も屈服させ従わせるのが最善だ。ヒトに宿ったがために、ヒトの如き生温い考えをもったのか? 格下の者から慕われる必要など微塵もないだろう』

『故に、魔界では闘争が絶えないのだと言わせてもらう』

「お前たち、いい加減黙ってよ」


 追跡者同士が幻聴を放出しあってやかましく罵り合っている間に、巧は駆けた。フェニックス魔人態(フェネクスフォーゼ)には妖狐態(フェネックフォーゼ)のような超速移動はできない。むしろ走るには邪魔くさいマントがあるせいで、体の動きは通常態よりも重く、鈍い。


 もっとも、対話に華を咲かせているバエルには容易に肉薄できたが。


 拳を握り込み、振りかざす。バエルはまるでおちょくるように、直立しながらそれを避けてみせた。首を傾げただけの小さな動きで、フェニックス魔人態の拳をやり過ごす。


『無駄なこと』


 バエルの嘲笑とともに冷気がフェニックス魔人態の全身を包み込もうとする。さながら魔の手に捉えられるが如く、不可視の凍結現象がフェニックス魔人態に伸びていく。


『我輩が力を貸すのだ。無駄とは、何事か!』


 見下され、なめられたと憤怒するフェネクスの憎悪が巧の心を駆け抜け、外界に放出される。それは漆黒の炎がマントから噴出するという形をとることで、バエルの力に抗う手段と化した。


「これなら!」


 黒炎の大渦がフェニックス魔人態の周囲を走り、冷気を瞬時に消し去った。さらに炎が作り出す影の中でフェニックス魔人態は拳を握り、突き出す。呼応するかのように黒炎が嘴の形になって伸び、拳に先んじてバエルに食らいついていく。伸びていく間にそれは横に広がり、まるで炎の黒鳥にみえた。


『貴様のすべての力をぶつけようというのか、フェネクス! そのニンゲンを支配するより先に我を滅ぼそうとするとは、何たる反逆!』


 バエルの幻聴にはすでに嘲笑の色がない。余裕を失った怒りの叫びをあげ、バエルもまた対抗をはじめた――雷をその拳に纏い、勢いよく突き出した。落雷の轟音とともに大気がスパークして焼け焦げ、発生した衝撃波によって黒炎の嘴が霧散する。


 帯電したその拳はなおも振り抜かれて進み、それはフェニックス魔人態が突き出した拳と正面衝突する。


「ここでお前を滅ぼしてやる……バエル!」

『フェネクスもたいがいなら、その宿主も狂人というわけか。危険な器……いまここで、打ち砕かせてもらう!』


 再び嘲笑の余裕を滲ませた幻聴とともに、雷を纏った拳が迫る。


 負けるわけにはいかない――巧はあくまで真正面からの激突を望んだ。しかし、体は勝手に動いて、気づけばぴょんと真上に飛び跳ねていた。


 妖狐による掌握と同じ、フェネクスによる一時的な“仮支配”。制御された肉体は巧の真っ向勝負の意志とは反対に動き、真上に跳んでバエルの拳を避けた。


「何だ!」

『そうがっつくな少年。相手は万魔を統べる王……普通のやり方で勝てないことは、妖狐とともにお前自身が証明したではないか』

「僕の体だ。支配されるつもりはない!」

『知っている。どのみち一瞬しか支配はできなかった……ほら、返すぞ』


 幻聴が終わると同時に五感の感覚が戻った。とび跳ねたことで、いまフェニックス魔人態はバエルをわずかに見下ろしている。だがその動作はやはりニンゲンには不可能な、瞬時かつ長滞空の跳躍だった。それだけの反応力がいまの僕には備わっているのだと、巧は否が応でも理解させられる。


 この動きができるなら、ひょっとして……巧は一瞬のうちに閃く。直後、跳躍して浮き上がった両足の真下にバエルの雷の拳がちょうど通り過ぎていくのを認識した。そこまでを一秒足らずのうちに把握した上で、背に翻したマントを足下に広げた。もとは翼だった黒炎のマントは、フェニックス魔人態の意のままに動く。


 そうして着地する――バエルの雷の拳の上に、黒炎のマントを敷物にして。


「喰らえ!」


 叫び、黒炎のマントを足裏で押しつけた。同時にマントを背中から切り離す。バエルの拳にマントが絡み、まるで手錠のように纏わりついた。そして、バエルの拳を踏んでもう一度、飛び跳ねた。そのままバック転で宙を舞い、地面への着地を果たす。


 視界にはすでに捕縛されたバエルがひとつ。


 今や黒炎のマントはバエルの全身にまで及び、一切の身動きを封じる枷になっていた。


 フェニックス魔人態は、そうして構えをとる。次の跳躍の構えだ。黒炎の枷で相手を縛り付け、その間に跳躍してキックを繰り出す――それはつまり、封印騎士(テイマーナイト)フェニックスの封撃幽殺(バニッシュストライク)そのものだった。


 マントが取り払われたことでフェニックス魔人態の背中には何もなくなった。だがそれも一瞬のことに過ぎない。着地してからキックの構えをとったそのとき、黒き炎がその背から噴き出して再生し、炎翼となってはためいた。


 まもなく真上に跳躍した瞬間、黒炎をはためかせて降下、同時に加速する。ハットを被ったような奇術師のような見た目のフェニックス魔人態のつま先ははじめから鋭利な形状をしているが、その上に黒炎がわき起こるや、それは猛禽類の爪の如く反りかえり、つま先をより鋭くコーティングする。


『終わりだな、バエル!』

「僕の前に立つからだ!」


 巧の肉声と追跡者(フェネクス)の幻聴がひとつになった瞬間、フェニックス魔人態の右のつま先がバエルの胸を嘴の如くついばんだ。そうして右足が衝突した直後、左足を繰り出し、また猛禽の爪の形をした黒炎がバエルの腹をついばんでいく。キックが的中した衝撃を利用してバック転――背中の黒翼がふたたびはためいて加速に次ぐ加速を得たフェニックス魔人態は、最後に両足で飛び蹴りを食らわせた。


 魔人態での封撃幽殺――黒炎鳥ザ・ブラックフェネクス。憎悪と憤怒の黒炎が対象を捕縛し、消せない炎でその存在ごと燃やし尽くす。


 バエルはそれをまともに受けたことになる。あとは時とともに燃え尽きるのを待つだけだ。どれほど天候を変えようと、不死の炎を消す方法はない。


『藤堂巧、やはり貴様は英雄だ。悪しき者である我を二度も打ち倒すなど、英雄にしかできないことだ』

「悠長にしゃべってる余裕はあるのか? 何を考えている」


 着地してことの成り行きを見守っていたフェニックス魔人態は、しかしバエルが相変わらず嘲笑するような口調で幻聴を放っていることに、当然の違和感をおぼえた。同時に寒気がする。消えない炎の翼を放ったことで心が熱くなっているにもかかわらず、バエルの冷気を感じた。


 燃え尽きるまでの間、バエルは笑いながら、そして己の仮面にその手をかけた。


『まさか、バエル……早まるな!』


 今度はフェネクスが完全に余裕のなくなった絶叫をあげた。瞬間、ふたたび“仮支配”によって肉体の主導権を握られる。フェニックス魔人態は巧の意識とは無関係に猪突し、燃え尽きようとしているバエルに体当たりを仕掛けようとしていた。


「何!?」

『最悪の事態だ』

「何が!?」

『いいから早く、あの鬼面(マスク)をバエルに戻させろ!』


 フェニックス魔人態はバエルの眼前に到達した。だが、間に合わなかった。バエルはすでにその血塗られた赤黒い仮面を、自ら外していた。


――我が顔貌を覗き見するなど、不敬であるぞ。ニンゲン……いや、我が臣民よ。


 それはバエルの幻聴には違いなかった。だが、そこには嘲笑の気もなければ、以前のような軽薄な印象もない。むしろ高貴で、迷わず美声と認めさせるような気高さがある。


 瞬間、バエルの全身がまばゆく輝いた。血で汚れた赤黒いスーツの一切は取り払われ、浄化された全身を虹色に光り輝くベールが覆い尽くす。その美しい輝きによって視界をふさがれ、フェニックス魔人態はついにバエルの肉体を直視することさえかなわない。


「何だ? これじゃまるで、廃神社の奥にいたあれと同じだ……」


 巧はすでに想起していた。あふれる輝きに視線を阻まれ、この視界に映すことさえ許されなかった至高の存在と、初めて対面したときのことを。


 見える距離にあるはずなのに何故か見えない。見ることを許されていない、あの不可思議な現象が目の前で起こっている。


――我は“大いなる者”バアル! これが我が真の姿。さあ臣民ども、ひれ伏すのだ! 不敬と我欲にまみれたその汚らしい眼に、高貴なる我を映すな!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ