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復活の最高位。

“宿舎”と言われて放り込まれた何もない部屋。見た目はホテルの一室。実際には留置所でしかなかった。放り込まれただけで何もすることがない。テレビのひとつくらい、あってもいいのに。


「出ろよ」


 ノックもなくドアが開けられる。緊急来日した“組織”の戦闘員――ウーゴは漆黒の戦闘服を着用していた。


「……はい」


 従うしかない。いったい今ごろ家族はどうなっているのか。組織に家が焼かれるという話は結局実行に移されてしまったのか。なにひとつわからない。聞く、という発想も持てなかった。聞く耳を持たない連中だ。一方的にバケモノ扱いされている。言葉の通じない低能な連中に見下されるのは癪に障る。ならば、こちらから話しかける必要はない。


 まずは、外に出なければならない。たとえそれが命令に従うという形のものであったとしても、組織の本拠地に居つづけるよりはマシだった。


 ウーゴは決してひとりではなかった。一歩部屋から出た途端、近くに控えていた三人の戦闘員に囲まれる。そのうちのひとりが堅い感触を腰に当ててきた。拳銃だ。どいつもこいつも黒ずくめの服を着ているからわかりにくいが、誰もが腰に銃を帯びていた。


(いつでも殺せる用意がある、か)


 決してハッタリではないということだ。もっとも、殺しても死なない“フェネクス”の力がある以上、少しも怖くはなかったが。


(滑稽だな。おまえたちは)


 笑い出しそうになるのを危うく抑えて、巧は腰に当てられた拳銃に押されながら歩いた。




 宿舎から出てすぐ、横付けされた車に乗る。八人乗りのミニバンで、やはり黒一色だった。学校指定のワイシャツを着ている巧だけがその中で浮いている。


「バケモノ」

「殺してやる」

「終わったら囲む。絶対だ」


 すでに座席に収まっていた戦士たちからさざめきのような罵詈雑言が放たれる。入った瞬間これだ。多数の国籍が雑多に混ざった車内のなかでは、聞こえる罵倒の言葉も日本語だけでなく英語、中国語も混ざっている。意味はわからないが、吐き捨て方は万国共通のようだ。おかげでだいたいの意味合いはわかってしまう。


 他方、座席の隅で車窓に目をやっている一角徹也は巧には目もくれず、表情の消えた相貌をして発車を待っていた。こいつはいったい何を考えているのか。これから僕はどうなるのか……徹也に聞きたくなったが、いまのこいつに言葉がろくに通じるとも思えなかった。


「オマエら、今は待て。お楽しみは仕事が終わってからだ。こいつに働いてもらって、それからなぶり殺しにしようぜ。それまでは、精を出すぞ」


 ウーゴがまるで酒宴の音頭でもとるように言い放つと、車内は少しずつ静かになり、発車したときには誰もが独り言ひとつ口にしなくなった。


 すでに作戦は開始されているということか。戯言のひとつも許されない緊張感が車内にたちこめ、男たちのむさ苦しさだけがすべてを支配する。それはまるで学校の体育の授業に似た息苦しさを感じさせる場だった。


 唾を吐きかけたくなったが、そんなことをすれば集団リンチに遭うのは目に見えていた。ため息を押し殺し、巧は瞳を閉ざした。何も見なければ、何も感じなくて済む。




 車が停まった。目を開ける。車窓からは夜の闇の中に林立する廃工場がみえた。輝かしい満天の星空とは対照的な、砂利道の広がる無機質な景色が地上を覆い尽くしている。


 広大な敷地だった。廃工場の看板が闇に埋もれて見えづらく、目を細めて判読しようとした。


 その時だった。その看板そのものに何かが直撃し、目の前の工場そのものが崩落した。


「チッ。いきなりかよっ!」


 ウーゴが毒づき、運転手が急いでハンドルを切る。急停止、直後に急発進したバンはジェットコースターのように蛇行しながらバック走行を始めた。巧は右に左に揺られて吐きそうになったが、車内の誰ひとりとして呻き声を出さない。その行き届いた訓練ぶりには、黙っているしかなかった。


(負けるか……!)


 半ばヤケになった意地で耐えぬき、ふたたび車が止まるのを待つ。だが、巧は途中で無理矢理立たされた。無茶な軌道で走行している最中の、まるで地震にでも遭っているかのような揺れのなかで、ウーゴは立ち上がって巧の首根っこを掴んできたのだ。


 口を開けば舌を噛む。故に、従うしかなかった。


 ウーゴが顎で外を示し、次には巧の背中を乱暴に押し出した。ちょうどよくミニバンの扉が自動スライドすると、滑り台の要領で巧は外に放り出された。


 砂利道に叩きつけられ、あまりの衝撃に転がって数秒。口の中が血であふれ、全身は鈍痛で縛り付けられている。今や重力をわざわざ感じるほどに、立ち上がるのが気だるく思えた。あらゆる思考もままならず、痛みが過ぎ去るのを待つばかりになった無様のなかで、巧は黒ずくめのミニバンが走り去っていくのを呆然と見送りながら、その反対方向からこちらに向かってくる何者かの足音を聞く。


 その足音のする方を、虚に見やった。


『英雄まがいの黒騎士どもは皆殺しにしたが、今度は貴様か、フェネクスを宿した者』


 聴覚ではなく、心に直接訴えてくる超越的な声。すべてを嘲笑しているかのような、それは相変わらず不愉快な幻聴だった。


“追跡者”バエルが復活していた。どうやら話は本当だったらしい。赤黒いボディスーツに身を包んだ仮面の大男。赤黒い色のマントを翻し、夜の闇の中でも浮き上がる漆黒の輝きを全身に帯びている。まるで人間のような見た目をしているが、それは被造物たる下界に降り立つための擬態であるということは、巧もよくよく知っている。


 二度と戦いたくない相手だった。決して敵に回してはいけない存在なのだ。追跡者が何体か復活してしまったとは聞いたが、よりにもよって最高位とは。


“組織”が拉致監禁と強制出撃をなり振り構わず押しつけてきた理由もわかった。ウーゴは嘘でもハッタリでもなく、切迫した事実を巧に訴えてきたというわけだ。組織の戦士たちを全滅させるほどの最強の追跡者を、確かに巧は一度倒したことがある。


 だが、一度できたからといって、二度目ができるとは到底思えなかった。


(こいつを倒せたのは、偶然みたいなものだ。またできるのか……あの時みたいに?)


 砂利を掴んで立ち上がる。足が震えたが、さっきまで感じていたはずの鈍い痛みは消え去っていた。圧倒的な恐怖と戦慄がそうさせる。肉体の最奥に埋め込まれた生存本能が痛覚さえ遮断し、恐怖の根源である害敵への対処をうながしている。


『貴様が相手とあらば、もう我も油断はせぬよ。この国家を守護する大いなる者に認められた、正式な“英雄”を相手にするつもりで、我も存分に力を振るおうではないか』


 どのみち現実は勝手に進行していく。相手が人智を超えた追跡者であれば、その存在自体が残酷な現実そのものの具現化といえる。災害と同じで、振り払うしか道はない。それができなければ命を奪われることになる。


『抹消してやる。我らの邪魔をする英雄よ、命を貰うついでに、貴様の頭の中にある、かの夢の中……大いなる者の居所まで案内して貰うぞ』


 バエルは幻聴を響かせるやいなや、消えた。


 背後に殺気を感じた。振り返る。バエルの仮面の空洞――色のない一対の眼が見えた。全身が総毛立つ。


 巧は死を感じた。

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