1対3。
しばらくうたたねをしていた。だが風に吹かれて目がさめた。そもそも熟睡なんかしたら屋根から落ちて転落死だ。端から眠ってなどいられない。
陽が昇る。巧の家は団地のなかにある一軒家で、高台にあるわけではないし当然背が高い建物でもない。それでも屋根の上からみる日の出は絶景だった。地平線から輝きがあふれだし、世界を照らし出す。同時に空が赤く焼け、これから世界のすべてを燃やしていくのではないかと思わせるほどの力強さを感じた。
自然の景色は美しい。綺麗な景観に――たとえばどこまでも蒼い海に、人の生活なんて丸呑みされてしまえばいい。巧はふとそう思いついた。それくらい、この日の出は絶景だった。
対して人間の生活はどうか。人間の社会はどうか。比較するのも馬鹿馬鹿しかった。
「寝ずの番をしていたか。子どもにしては上出来だと、褒めてやる」
冷たく、何より尊大で汚らしい響きをもった肉声が空に木霊した。朝焼けの美しさが穢されていくようで、巧は目を細めた。そして舌打ちした。
「なめるな」
子ども扱い。バケモノ扱い。勝手にすればいい。だが人形扱いされるものか。好きにされるものか。念じて、巧は立ち上がった。
周囲の景色が歪んで崩れ落ち、ドロドロの紫色に変異する。空間転移――魔書騎士の常套手段。
まばたきをしただけで、巧は異空間のなかに連れ出されていた。朝焼けは消え、足場にしていた瓦も消え、砂利だけが敷かれている何もない世界に放り込まれる。
目の前に三人の男をみとめた。
ひとりはまったく見覚えのない人間だった。目出し帽を被っているので顔さえ見えない。だが残る二人はあのナイフの男――ゴエティアの騎士と、一角徹也に間違いなかった。誰もが同じ漆黒のボディスーツを着用しているが、二人だけは目出し帽を着用せず顔をさらけ出している。
三人一組のチームを組んで、巧ひとりを殺しにきたというわけだ。本来なら敵には顔を見せず目出し帽で隠すルールなのだろうが、すでに顔がわれているからわざわざ見せているのか。いずれにしてもいったいどういう風の吹き回しなのだろう。
察している暇もない。巧は二人の顔を睨んだ。
そして、自らの敵を睨んでいたのは徹也も同じだった。二人の視線が空中で交錯する。
「今日こそはお前を倒す。フェネクスを封印し、藤堂巧、お前という腐った人間もまた、楽にしてやるよ」
「やらせない」
徹也のくだらない誓いに、つとめて短い言葉で返した。お前の誓いなんて僕の人生には何の関係もない。いや、関係させない。
その返事が開戦の合図になった。
最初に突っ込んできたのは徹也だった。端末を使わず一瞬で変身できるのは彼だけなのだ。巧もまた瞬時に体を自己変態させる――フェニックス・通常態となり、毒々しい紫と黄と赤のまだら模様の表皮をさらけ出して、唇を軽くなめた。
「ハッ!」
徹也もまたユニコーンに変身し、瞬時に顕現させた一角剣を突き出してくる。
フェニックスは嗤った。
「何度目だよ、それ」
見飽きたというのが正直な感想だった。誓いもくだらないなら、最初に仕掛けてくる攻撃もくだらない。お前という存在すべてがくだらない――殺してやる。フェニックスは心のうちに憎悪を重ね、それを暗い炎の翼にして背中から迸らせた。
炎による熱波がユニコーンを襲う。たまらず、ユニコーンは一歩退いて剣のひと突きを断念した。
だが、代わりに二体の黒騎士たちが吶喊してきた。
[“ゴエティア”アームド“ゴゥエ”]一体はゴエティアの騎士“ゴゥエ”。ひとつ目の悪鬼のような冑に、重装の鎧が威圧感を放つ。
[“ザ・プラクティス”アームド“エヴォク”]もう一体は騎士というより従士然とした、軽装の戦士――“エヴォク”。
簡素な見た目のエヴォクは重装のゴゥエとは対を成すかのようで、凸凹コンビというのがしっくりくるが、二人の呼吸は合っている。まったく同じ速度で突っ込んでくる二人は、やはり同じタイミングで腹部にセットされた携帯端末を操作する。
[オープンペィジ“アスタロト”]
[エヴォケイション――“ウンディーネ”]
電子音声が鳴り、それぞれの魔導技術が開陳された。
ゴゥエはその背中の部位が展開・変形して漆黒の翼を広げた。即座に疾走速度が増して先陣を切る。同時に右腕部の装甲が変形して蛇のようになり、その鎌首がフェニックスに向けられた。蛇のように展開されたその装備は標準システムに関係していたのだが、巧には知る由もなかった。
他方エヴォクは片手を宙に突き出してフェニックスに向けると、五指を開いた。直後、フェニックスの背後の地面に三角形の紋様が現われ、そこから水が湧き出した。それは一瞬で噴水と化し、盛大な水柱が顕現する。
前方からは高機動形態をとったゴゥエが迫り、背後の地面には不可思議な噴水が発生している。二体の黒騎士による同時攻撃。フェニックスは完全に挟撃されていた。逃げ場はどこにもないし、初めて見る攻撃に対してどう対処すればいいのかもわからない。
「本気ってことか」
ギリ、と歯ぎしりし、拳を握る。負けるわけにはいかない。殺されるわけにはいかない。
いや、僕が殺してやるのだ。先ほど誓ったばかりだ。
挟撃の圧迫感はいじめに似ていた。ひとりのターゲットを決めて、複数人で包囲し襲う。いじめの構図とまったく同じことを、この騎士たちは任務と勘違いして実行している。ならばあいつらはこの世界から排除しなければならない汚物だ。
「全員、殺してやる!」
呪詛を込めて叫び、フェニックスは炎の翼をはためかせた。燃やせないもののない悪魔の炎で、まずは黒騎士を葬ってやる。
だが、現実は非情だった。炎の翼はすぐに水柱に捕らえられた。そのために背後に出現させたのかも知れないが、何よりその動きは異常に素早かった。一秒と待たずにフェニックスの炎に接触した水柱は瞬間、大口をあけて翼を噛む水の精霊“ウンディーネ”となり、翼ごとフェニックスを捕縛する。
「人智を超えたバケモノには精霊。良い発想だろう?」
無駄口が前から風に乗ってやってくる。すぐにゴゥエの拳がみえた。
避け、反撃の拳を繰り出す。それはゴゥエの胸を貫き、即死させた――直後、ゴゥエだったそれは煙となって消える。
幻影――ゴゥエの後方にはユニコーンがいた。
「終わりだな、お前」
傍らでまた無駄口――ゴゥエの鉄拳が飛んでくる。
「戦う前から、オマエは負けている。諦めろ」
今度は避けられなかった。強かに頬を撲たれ、視界が反転する。殴られて倒れたのだと後から気がついた。気づいてから立ち上がろうとしたが、遅かった。すでに体が動かなくなっていた。
「何だよ、これ……」
今度はユニコーンの幻影にかけられたわけではなかった。巨大な鋼鉄のドラゴンが目の前に出現していたのだ。その唐突な出現に、全身がすくみ、金縛りにあったかのように体が動かなくなっていた。
その機械仕掛けのドラゴンは高層ビルの半分ほどの大きさがあり、その鉄躯は輝いていた。フェニックスはその影に覆われて、怯える獲物も同然だった。
ゴゥエが追跡者・アスタロトの力を解放した時にのみ制御できる組織の支援兵器“アスタロト・ドラゴン”。その威容と重量は人の常識を圧倒する。追跡者の器とはいえ中身は人間の子供、ならば恐怖には弱いはず……ゴゥエの描いた戦略は完璧だった。
いま鋼鉄のドラゴンがその口を開き、衝撃波を放出させる。喉にあたる部位に搭載された原子核分裂装置で爆発を起こし、その衝撃を口から放つ仕組みになっていた。核爆発の衝撃波を直接浴びせかける、人工のドラゴンブレスだ。大抵のものは木っ端微塵に破砕されることになる。人体ひとつ打ち砕くなど造作もない。
ウンディーネに翼を噛まれている状態のフェニックスには、これを避ける術はなかった。




