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霊魂炎撃――フュージョン・フェニックス!

 炎が凍るはずはない。だがバエルが手を少し振っただけで吹き荒れた冷気の渦が炎禍を真正面から抑えつけ、一瞬で熱量を中和させた。


 爆発的に発声したスチームが嵐のように発散し、その熱でフェニックスとユニコーンが同時に火傷を負う羽目になる。他方、バエルはマントを振っただけで熱を吹き飛ばし、スチームさえも払ってしまった。


 魔法だ。巧にはそうとしか思えなかった。


『天候操作をここまで細かく使える……やはり、あの者は……』

「静かにしてください」


 妖狐は敵を畏れている。もともと聞くつもりはなかったが、その声はついに完全に余計な情報になった。


『見損なったぞ藤堂巧。貴様は真にこの世界の破壊を望んでいると思っていた。我が先兵として、最上の器になるだろうと踏んでいた。だが今、貴様はその期待を裏切った』


 バエルはマントを払って巧に正対した。もはやユニコーンに興味はなくなったのか一度踏んだだけで歩きだし、巧に向かってくる。その一撃でユニコーンは完全に気を失ったようだが、先輩がどうなろうと今さら関係のないことだ。


 巧もまた、すべての意識を目の前の敵に集中させる。


「何が期待だ。僕は操り人形じゃない。サンドバッグでもない。僕は、ひとりの人間なんだ」

『被造物如きがほざくなよ。貴様だけではないぞ。貴様らニンゲンどもなど全員、等しく、生まれてから死ぬまでずっと我らの駒だ。洪水ひとつで滅びるような者どもに、心だの言語だの、とんだ持ち腐れだ。それを知らずに自由意志などと嘯きつづける。そろそろ粛正せねばならないかな』

「ふざけるな。僕は、僕の力で人生を拓くって決めたんだ。そのためなら、お前だって!」


 自ら距離を詰める。フェニックス妖狐態(フェネックフォーゼ)の俊足能力は瞬時の接近を可能とする。瞬く間にバエルの背後をとった。


 あまりの速度に空中で浮き上がったまま拳を握り、突き出す。バエルの後頭部を殴りつける。それさえ超高速で繰り出される動作の一部に過ぎない。風のような拳と蹴りの連撃、その途上――だがそれは、あくまで途上のまま受け止められた。


『無知なニンゲンよ、教えてやる』


 バエルは振り向かない。マントのしわを直すように一度それを叩き、払う。それだけで頭上に雨が降って風が舞い、フェニックス妖狐態の神速が鈍らされていく。同時に回し蹴りを繰り出したバエルのつま先が、浮き上がったままのフェニックス妖狐態の腹に的確に命中した。


『被造物の分際で我らに刃向かうなど、自殺と同じなのだがな』

「ぐッ!」


 息を吐いた。衝撃が全身をかけめぐる。フェニックス妖狐態は吹き飛ばされたが空中で一回転して姿勢を制御し、何とか着地する。直後、視界が揺れる。地に片膝をついていた。先ほどのキックによって刻まれたダメージが想像以上だったのだ。痛みが全身を支配し、今やまっすぐ立つこともできない。


「僕は、戦う」


 呟き、立ち上がった。膝が笑っていた。だが、それだけだ。痛みは感じるが血を吐いたりはしていない。臓器は損壊していないし腕や脚もちゃんとくっついている。まだ戦える。まだ己の人生を切り拓いていくことができる。


 この戦いから退くわけにはいかない。諦めるわけにもいかない。これは僕の人生だ――邪魔する奴は僕の手で排除しなければならない。


 フェニックス妖狐態は、しかし恐怖していた。膝が震えつづけている。原因は痛みだけではなかった。昨日の敗北と、さっきのキックの一撃で刻まれた大きな痛みが体を縛り付けてくる――あいつには勝てっこない。そんな退屈な常識が、お前がいじめられるのは当たり前だというあのおかしな世間の常識と並ぶ不可解な常識が、戦う意欲をそぎ落としてくる。


「でも……それでもだ」


 人生の邪魔をする、常識という名の理不尽に立ち向かうと決めた。抗うと決めた。決意は変わらない。戦う意欲はそぎ落とされても、この胸に灯る憎しみと怒りはむしろ燃え上がっている。


「僕は、戦う」


 繰り返し呟き、地面を蹴った。相変わらず妖狐態の脚力は凄まじい。一度の踏み出しで弾丸のように宙に浮き上がるとそのまま直進していく。それは正真正銘、鉄砲玉の軌道だった。


「全部燃やしてやる」


 進みながら手の平を敵に向けた。狐火を発射する。


『まっすぐ挑むなんて無謀よ! 退きなさい!』


 妖狐が忠告してくる。だが全身の主導権を掌握して止めてくるまでには至らない。退くべきタイミングを注意することはできても、その先、どうすればバエルを殺すことができるかまでは考えついていないのだ。だから強制停止の権限を使うまでは踏み切れない。


 一度無力化されただけに、振袖ノ大火(フォックスエンド)の連続使用は許可されなかった。だが、通常出力の狐火(ファイヤーボール)を撃ち放つことは許される。今はそれで充分だった。


『愚かだなニンゲン。同じことを何度試したとて、同じ結果を返すまで。我が力を発揮するまでもない。理科の実験とやらでもわかることだ』


 バエルの嘲笑が聞こえてきた。憎しみが、怒りが、おかげでさらに点火する。理科の実験――学校のお勉強。それは何も教えてくれなかった。一番大切なことは、馬鹿な生徒とその手をとった腐った教師が教えてくれた。


 抗うこと。諦めないこと。殺してでも排除しなければ、己の道は拓けないということ。それができない奴は永遠に残酷な他人に人生を喰われ続けるということを。


「燃やして、殺してやる!」


 巧は叫んだ。同時に着地し、もう一度地面を蹴った。自ら撃ち放ったファイヤーボールに接近し、その手を伸ばした。追いつき、触れて、喰った。自らが放った狐火を口に運び、前へ前へと飛翔する。


『待ちなさい。そんなことをしたら、あなたが……!』

『狂ったかニンゲン。そんなことをせずとも手を下してやったというのに』


 妖狐が、バエルが、それぞれ巧を叱責して罵倒する。だが止まろうとは思わなかった。


 狂気――構わない。どう言われようとも知ったことではない。巧は炎と同化した。口から取り込んだ炎が全身を焼き、巧を一度火葬する。だがファイヤーボールはすぐに紫色に染まり、同時に激しく燃え上がって膨脹する。膨脹しながら直進することをやめない。


 燃やしてやる――幻聴の如く、巧の声だけが響き渡った。その肉体が燃え尽きても、不死の力を持つ巧の魂は炎のなかで生きている。


『結果は変わらぬよ』


 バエルは手を振った。それだけで天候が操作される――局地的な気温の急下降が発生して大気中の水分が凍結し、霜が降る。巧の魂を糧として燃え上がった狐火を阻む瞬間冷凍の壁面が、バエルの前に衛兵の如く現われた。


 激突。


 消してみろ――巧の魂が残響した。


 瞬間、霜が残らず蒸発してスチームにかわる。スチームは瞬時に吹き散ってこの世から抹消された。


『カミカゼのつもりなの? まるで、かつてのニンゲン爆弾じゃない……!』


 妖狐は絶句しながらも、炎のなかにいる巧の魂に寄り添っている。呆れて叱責するのも忘れ、その背をただ見送っていた。彼女の瞳はしらけたような口調とは裏腹に輝いていた。口では反対しつつ、最高位の追跡者を圧倒しようとする人の力に心を動かされているのだ。


 他方、バエルは両手を振ってまたも瞬間凍結現象を発生させた。さきほどより大規模な、氷の隕石ともよべる氷塊を一瞬でつくりだし、それを盾のような扁平な形に成形すると、両手で押し込んで狐火と同化した巧にぶつける。


 再度の激突――瞬間、時間が止まった。そのような錯覚を与えるほど、両者の動きは同時に止まっていた。


 静寂。それもまた、一瞬の間だけだった。


 排除する――巧の魂がまた鳴動する。紫色の狐火が氷の盾を突き破った。そのままバエルの腹部に到達し、食らいつく。


 燃え盛る狐火はバエルの腹を焼き、赤黒いマントにまで燃え移る。衝突のショックはなく、バエルはその場に立ち尽くしたまま延々とその全身を焼かれていった。


『ニンゲン風情が』


 バエルにかつての余裕はない。かといって無様に動き回ることもしない。憤怒の叫びをあげながら、かといって変わらぬ運命に動じることもなく、ただその身が焼け、朽ちていくのを待っているかのようだった。


 やがて紫色の狐火がバエルの全身を包みこんだとき、狐火から通常態(アイデンフォーゼ)へと回帰を果たしたフェニックス――藤堂巧が飛び出した。狐火との融合を解いたフェニックスはバエルの胸を蹴って宙返りし、見事に着地する。


「追跡者バエル、僕の手で排除する」


 静かに呟く。最後の宣誓。絶対の決意とともに黒い炎がフェニックスの拳にまとわりついた。


 通常態こそは、巧の意志を世界に認めさせるための姿だ。その形態となったフェニックスはいま、独自の封撃幽殺(バニッシュストライク)を繰り出そうとしていた。


 バエル……このまま燃え尽きるなんて許さない。僕の人生を好きなように操ろうとしたことの罪を、ここで償って貰う。


 膝が笑うように震えるのも、息をするたびに肩が上下に動いてしまうのも、すべて無視できた。最後の力を振り絞り、つま先で地を蹴った。妖狐態ほどの俊足は発揮できないが、それでも人体では成し得ない接近速度が実現される。


 黒き炎を纏った拳で一発、殴りつける。そのとき、バエルは仮面に空いた二つの空洞からこちらを見返してきた。それだけで全身が総毛立つほどの憎悪を感じた。この追跡者もまた人の世を憎み、それ故に破壊し、陥落させたがっているのだ。


 敵ではない。そんな言葉が思い出された。真実、僕とバエルは同じ存在なのかも知れない。


 しかし、今さら知ったことではなかった。こいつは僕を操り人形にしようとしたのだ。それだけで僕の人生から排除する理由は充分――巧は黒炎の拳を振り抜いた。

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