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憎き聖獣戦士。

「反省はしないのか、バケモノ」


 拮抗する拳を押し合いながら、ユニコーンとフェニックスは互いの動きを観察する。


「反省?」


 かける言葉には意味がない。もう結論がついているから二人は今ぶつかっているのだ。無駄な動きをとらせるために語りかけているにすぎない。


「僕が、反省する?」

「ああ、反省だよ。やっちまったのは仕方ない。だがその罪は大きい。せめて反省して、悔いて、惜しんだりはしないのかって言ってんだよ」

「僕が窓から落とされたときだってあいつらは何もしなかった。どうしてそんな奴らを、惜しまなくちゃいけないんだ」


 フェニックスがユニコーンの拳をじりじりと押し込んでいく。負けじとユニコーンもまた押し返した。二人は両足を同時に踏ん張り、その反動で地面に爪牙の溝が刻まれる。


「殺人を犯したんだぞ、お前は」

「最高だった。僕を軽んじた奴に、罰を与えるのは」


 怒りを抑えているユニコーンから殺気が伝わってくる。それでフェニックスが気圧されることはない。フェニックスは、巧は、努めてゆっくりと言葉を返した。隙をみせないように心がけながら。


「僕がしたことが罪だなんて、それこそ間違ってる」

「何?」

「いじめられている僕を笑って放って置いたことの方が、よっぽど重いよ」


 反省などするわけがない。後悔などもってのほかだ。むしろ大和田猛と、その共犯の福原や田口と、見て見ぬ振りをしてきたクラスメイトたちこそ深く反省するべきだった。僕はあいつらに対して、義務を放棄した罰を与えただけだ。何が悪い――何故、一方的に僕だけが悪だと決めつけられなければならない?


「僕がしたことは、むしろ、正しいんだ!」


 心のうちに怒りが生じた。巧の感情に応じてフェニックスの全身が仄かに輝いた。憎悪の炎が燃えあがり、世界を焼き尽くす怒りの熱量をさらに増していく。


「チッ」


 劣勢を悟ったユニコーンは拳を離し、跳びすさった。フェニックスは動じず、冷静にユニコーンの挙動を目で追った。


 戦いにおいてはズブの素人だった巧だが、それを憎悪の深さと意志の強さで補っている。たった数日の戦闘経験だけでも、確実に学習している。徹也は確信した。あいつ、また強くなってやがる――ユニコーンは舌打ちした。そして、ふたたびホーン・ソードを召喚し、構えをとりなおした。


「その力を、もっと役立たせれば良かったんだ!」


 いじめられてはいても、成績自体はスポーツを除いて優秀だった。不運な優等生に過ぎなかったのだ。組織によって作成された藤堂巧に関する調査書を読んで、徹也は巧という人間をそう結論づけた。あいつには本来、高いポテンシャルがあった。ただ運がなかっただけで、それを活かす場所と気の合う仲間さえいたら違う人生を歩んでいただろう。


 だが、現実はいつも理想通りにはいかない。藤堂巧はいまや化物に成り下がった。その力に溺れ、間違った使い方で満足している。ここでこいつを倒さなければいずれは人の社会を滅ぼしてしまうだろう――最初に出した結論と何も変わらない。俺はお前をブチ倒す。徹也は――ユニコーンは、剣の切っ先を向け、フェニックスをその異能の対象にした。


「幻覚の世界に落ちろ。もう二度と、帰さない……!」


 魔力を帯びた伝説の獣の力を継承する封印騎士“ユニコーン”は、あらゆる生命を幻覚で翻弄することができる。その異能の発動には本来、何の前触れも予備動作も必要としない。ただ、力を制御しなければ周囲のあらゆる人間に幻覚をみせてしまうので、徹也は力をうまく抑えるためにあえて対象者に対して剣の切っ先を向ける等、予備動作のような振る舞いをとることにしている。


 剣に注意をとられていたフェニックスは、はたして一瞬で幻覚の手に落ちた。その全身を燃やす紫色の炎が鎮まり、瞳に灯る炎もまた薄まっていく。


 落ちた。ユニコーンは確信して――次の瞬間、フェニックスの肩に一匹の子狐が乗っているのに気がついた。


「なんだ?」


 いつの間にそれは近寄っていたのか。視覚も聴覚も、常人の域から逸脱する鋭敏さを備えたユニコーンは、何故かその子狐の接近には気がつけなかった。


 そんなはずはない。必ず気がつくはずだ。ならば、こいつはただの狐じゃない――ユニコーンがそう踏んだとおり、次の瞬間、子狐は幻聴でしゃべりだした。


『無意味な戦闘には興味もないけど、ここでこの子を倒されてしまうわけにはいかないの。一角獣の戦士よ、すまないわ。彼を守らせて貰います』

「狐がしゃべって……何者だ、お前は」

『彼を守る者の眷属』

「眷属? どこの、どいつのだ!」


 フェニックスは悪魔の力を宿す人類の敵だ。ならばそれを守る奴も、事情はわからないが敵なのだ。ユニコーンは子狐にも剣を向け、幻覚を与える。だが、今度は手応えがない。


『妖狐を相手に幻術だなんて良い度胸じゃない。でも無駄だったみたいね?』


 ユニコーンは信じられないものをみる。子狐がちょこんとジャンプして宙に浮いたのも一瞬、直後、巫女のような白と赤の装束をまとった妙齢の女性がそこに現われた。彼女は立ち尽くすフェニックスに向かい合うとその首に手をまわし、まるで恋人のような抱擁を与えた。


 瞬間、女性は消えた。それこそ幻覚だったのではないか。ユニコーンは我が目を疑った。


 だが、その直後に現実はまた変わっていく。あの女性が幻覚の存在だったかどうかはともかく、時間稼ぎに付き合わされたのだとわかった。ユニコーンは歯ぎしりした。必要以上に剣の柄を強く握り込んだ。己の未熟さが悔やまれた。


 フェニックスの姿形がみるみる変わっていったのだ。 毒々しい紫色の表皮が茶色の体毛にびっしりと覆われ、不死鳥の翼を模したような頭部の突起は毛並みに隠れながら上に回転して狐の耳のようになり、顔の頬から髭がのびる。魔人、あるいは鳥人といった風情から、明らかな獣人へと変貌していく。


 さっきの子狐はとんだ化け狐だったのだ。フェニックスの内部に入り込んで力を与え、形態変化(フォーゼシフト)を促した。


「どうしてだよ、藤堂巧」


 ユニコーンは暗く呟いた。密かにぶつぶつと念仏を唱えるかのように、あるいは呪詛を延々とまき散らすように、小声を漏らした。


「そんなに力をもってて、与えられて……ふざけるなよ、お前」


 なんでそんなお前が組織側(こっち)じゃなくて、追跡者側(あっち)なんだ。そんな凄い力があったら、俺を追い抜いて大活躍だってしていただろうに。


「ほんと、ふざけんなよ! クソ野郎がああああああああ!」


 ユニコーンは叫び、妖狐態(フェネックフォーゼ)へと変化をはたしたフェニックスに吶喊した。



 敵の動き方が変わった。フェニックス妖狐態は、観察の果てに察知した。どんな心境の変化を経たのかは知らないが、ユニコーンは今、本気の殺意を抱いている。


 口では殺すなどと言っていたくせに、さっきまでは本気じゃなかった。しかし目の前のなり振り構っていられない、鬼気迫る突進をみて、フェニックス妖狐態は嘲笑の吐息を漏らした。


「今までは力を腐らせてて……いまやっと出したんだ、それ」


 当然、迎撃しなければならない。敵はもう迫っていた。


「あああああああ!」


 雄叫びとともに剣の打突が差し向けられる。速い。だが、妖狐態(フェネックフォーゼ)に変異した今の僕なら簡単に避けられる――俊足移動で刃を避けると、つづけて敵の背後をとった。高速であるがゆえに回避と回り込みが同時に行われる。


『迅速!』


 妖狐の幻聴が心地よく響く。その声に込められた意志を感知することで、次にとるべき行動が何かも教えてくれる。僕はそれをそのまま実行に移すだけ良い――速すぎて浮き上がっていた両足が接地したその瞬間に、回し蹴りをくらわせた。背中を強打された敵は前につんのめる。


『即!』


 つづけて、つんのめった敵の足を払って、転ばせた。うつぶせに屈した敵の背中を踏みつけるべく、獣人の足をもちあげる。


『勝利!』


 妖狐にいわれるまでもない。戦う前から勝利は約束されていた。フェニックスはその足の裏でユニコーンの背を踏みつける。純潔の幻獣を汚し、その存在意義を否定してやるために。


「誓った、俺は」


 寸前、静かな呟きとともに敵が転がった。無様に横に流れていくユニコーンの全身は砂埃だらけで、実に汚らしかった。


 だが、避けられたことにかわりはない。


 反撃に備えれなければならない。フェニックスは追撃を行わず、半身を退いた。


 瞬間、フェニックスの視界にホーン・ソードの突端が映った。それは顔面に到達する直前で止まる。目にも留まらぬ剣捌きだった。退いていなければ、顔面を貫通されて即死。油断も隙もない。


 そして切っ先は避けたが、今度は衝撃波が頬をかすめた。フェニックス妖狐態の頬にはえた髭が数本、切り刻まれて風にさらわれていく。だが、それで終わりだ。フェニックス妖狐態は足を薙いだ。まだ地面に寝ているユニコーンの脇腹を見据えて、そこに蹴りを入れた。


 対してユニコーンは無様に転がりつづけ、フェニックスのつま先から逃れ続けた。かと思えば立ち上がり、また構えをとってくる。


「今度こそ守ると誓った。もう絶対負けない、お前にも、俺自身にも!」


 肩を上下させ、それで体力を大きく消耗したと自ら示すユニコーンの、その後方に憎たらしい高校の校舎がみえた。


 守る。さっきからこいつはずっとふざけたことを言っている。そんなに熱心になれるのなら、僕をいじめから守ってくれても良かったじゃないか。どうしてお前は僕を守らずに、加害者ばかりを守るのか。万死に値する罪を背負っているのは僕じゃない、あいつらのはずなのに。


 言葉にならない、いや、声にしても聞き入れられないとわかっているどうしようもない呪詛を心に紡げば、憎しみが力をくれる。フェニックス妖狐態はもう一度、拳を堅く握りこむ。


「なら僕も誓うよ。そんなお前たちを、絶対に殺してやるってさ!」


 叫び、フェニックス妖狐態は握った拳をそっと開いて掌を敵に向けた。直後、火炎の球弾が連射される。狐火だ。


「やられるか!」


 ユニコーンはすぐに剣を振り、炎球のすべてを空中のうちに切り裂いた。直後、即座に剣を手放し、「前は呑み込まれたが」と、意味のわからない呟きをしはじめる。


「今の俺なら、やれるはずだ……おい、起きろ。ああ、起きて良い。俺はあいつを倒したいんだ!」


 独り言で会話をしている。気でもふれたのか? フェニックスは敵を嘲笑しようとしたが、『おぞましい気配がする』と、妖狐の恐怖が心に響き、己の考えをあらためた。


「気配?」

『追跡者が目覚めるわ。奴の気配がするの……きっと彼は、あなたと同じ性質の者を身の内に飼っている』

「ユニコーンが、化け物?」

『それに擬態した、あるいは、それが堕とされたもの。いずれにせよ、主様のために早急に倒さねばならない我らの敵。あなたのすべての力を出し切ってでも、討たなければならない敵よ。まあ、あなたが倒れても私がやるから、そんなに気負わなくて良いけどね』

「なるほど」


 つまり、いまユニコーンは己の心のうちに飼っている何者かと対話を試みているということか。


(僕とあいつが同じだって? そんな、汚らわしい)


 校舎は見えているのに、憎き放任教師たちの居場所もわかっているのに、こいつのせいでそこに行けない。早急に倒さなければならない? 言われるまでもない。


 フェニックス妖狐態は拳を握り、つま先で地を押した。それだけで空中に浮き上がり、俊足移動が始まる。


 敵はもう目の前だ。巧は空中で拳を突き出した。

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