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そう、それはフェネック。

 そこに不死鳥の面影がないかといえば、決してそうではなかった。鶏冠状の頭部の突起はそのまま残っていた。ただ、それさえも水平の状態ではなく、むしろ垂直になっていた。つまり縦にねじれて生えており、その先端が上に向いていた――さながら狐の耳のように。


 あの毒々しい紫色を基調としたまだら模様の表皮は茶色の体毛にびっしりと覆われて見えなくなり、手足の爪は短く縮こまって幾分か人の面影を取り戻したかに見えたが、その両目だけは赤色の炎に燃え盛り、その激しさに“フェニックス”の面影があった。


 何はともあれ、テイマーナイト“フェニックス”――妖狐態(フェネックフォーゼ)がここに顕現した。


 対する敵、堅いジャケットに身を包んだ屈強な体格の男は、変身した巧をみるなりニヤと口もとを歪め、ポケットから携帯端末をとりだした。まるでスマホのような、ちょうど手の平におさまる機械装置……巧には、見覚えがあった。


 僕をナイフで刺してきたあの外国人のものと同じだ。ならばこれから起こることもまた、おおよその想像はつく。


 予想ができるなら、事前に叩き潰すだけだ。


 巧は先手をとるべくつま先に力を入れた。人智を超えた“追跡者”と、大いなる者の眷属たる妖狐の力を得た今なら、少し足に力をいれただけで一気に距離を詰められる。


 が、それは許されなかった。


――お待ちなさい。この程度の相手なら不意打ちの必要もありません。そもそもその前に、我が御社の前で血なまぐさい戦など許しませんよ?


 幻聴が聞こえてくる。巧は鳥居を睨みつけようとしたが、すでに周囲の景色は溶け崩れていた。空間が崩壊し、転移が開始される。


「戦牢? いや、違うか。だが都合は良い。非常に助かるな、この御社に宿る大いなる者よ!」


 男は周囲の空間が崩壊していくのも構わず、手にした携帯端末――“グリモフォーン”を操作する。画面をタッチしてスリープ状態を解除すると、電子音がひとつ鳴る。


[魔書業鎧(アーマーグリモワール)・“ブルー・ザ・キィ”]


 男がさらに端末を操作する。直後、その画面が輝いた。


[“ブルー・ザ・キィ”アームド“ブルゥ・キーン”]


 電子音。そして、招来――いつのまにか男の周囲に鎧が出現している。直後、自動装着。先ほどの電子端末を腹部に埋め込んだ、群青の鎧の騎士が目の前に現われた。


 ちょうどその時だった。空間の転移が完了する。古ぼけた鳥居はもうどこにもなく、崩れた石畳の階段もなくなっていた。巧と男はいま、どこかの浜辺に立っている。山奥の村落から、静かなさざ波の聞こえる海辺へ……山から海に一瞬で移動するなど超常現象にもほどがある。


 呆れてため息を吐き出したくなったが、もうこのくらいで驚くのも馬鹿馬鹿しいと思えるほどに、こうした状況に慣れてしまった。幻聴を放つ鳥居、自在に化ける妖狐。超常現象がすでに当たり前になりつつある。


 だが、これに慣れきってしまったら終わりだ、とも感じている。人生が終わるわけではない。ただ化け物としての新たな人生が始まってしまうような不安に囚われるのだ。その時、後戻りはできるのか? そう考えてしまうが故に、人間の感性としてまだ超常現象を“ありえないこと”だと扱っておきたいのだった。


 なのに現実はひたすら、超常現象を巧に与えつづける。


「もう、どうにでもなれ、か。僕に、そう思わせたいのかよ」


 巧のため息も、今は炎となって噴き出る。それが相手には先制攻撃と見なされた。群青の鎧を着た騎士――“ブルゥ・キーン”は、鈍重そうな見た目からは想像もつかないほどの俊敏さで回避運動を行い、巧が吐き出した炎を避けた。


 直後、敵は砂浜を軽々と駆け抜ける。


 敵は全身をダークブルーで統一し、さらには金色の角飾り――頭部にあしらわれたV字の角飾りが、日本武者を思わせた。マントも青いが裏地は赤く、武者の鎧を着たマジシャンといった奇異な見た目をしている。それでも全体的には不思議なバランスが保たれており、その威容に違和感はみとめられない。


 しかし巧としては、鎧武者のような攻撃的な見た目をした戦士がこちらに迫ってくるのは、まるで気分が良くない。それどころか恐怖の対象でしかない。応戦するべく拳を握り込み、今度こそつま先で地を蹴った。


「おわっ!」


 瞬間、爆発的な加速が巧の体を弾丸さながらに前進させる。妖狐態(フェネックフォーゼ)の加速力は、通常態(アイデンフォーゼ)のそれとはまったく異なっていた。巧は自分の身体ながら、その尋常な加速力に翻弄される。


「ひと跳びが、速すぎる……!」

『大丈夫、私がついてるよ。力の制御は任せて』


 妖狐の幻聴――真理の声が心の奥底を駆け抜ける。その言葉の通り、弾丸のように宙に浮いていた巧の体の上体が勝手に起きて、それで足先が砂浜にわずかに接するようになった。ジャッ! と足裏が削れて砂埃が舞ったのも一瞬、それはブレーキの代わりとなって減速がはじまった。おかげで巧は着地し、ようやく自分の身体の制御を取り戻すことができた。


『君は戦うことに専念して。バックアップは私がやる……必ず勝つよ、巧くん!』

「ありがとうございます、狐さん」


 またつま先で地面を押し、蹴って疾走を開始した。再び超常的な加速力に全身が飛ばされそうになるが、巧の意識が翻弄されることはもうない。むしろレースゲームをしているような感覚で、視界の端の景色が次々と過ぎ去っていく圧倒的な加速感に、心地良ささえ覚える。


『やっぱり男の子。こういうの、好きなんだ』

「どうしてそう思うんですか?」

『戦ってるのに楽しそうだよ』

「わかりません。でも……」


 軽口ともいうべき妖狐の囁きに応えつつ、巧はそこでまた地面を蹴った。加速を得たまま、地面すれすれの高さを滑空する。そのまま握った拳を突き出せば、次には衝突した。


 敵もまた拳を突き出して応戦してくるかのように見えた。が、拳と拳がぶつかる直前、臆病にも手をひっこめてきた。これでは肩すかしと同じだ。巧の拳は空を切り、加速した分だけ敵との距離は余計に離れていった。


 受けと見せかけたフェイク。巧は舌打ちした。


「かわしたのか……この速度を!?」


 急いで振り返って敵の位置を確認するが、すぐには見えなかった。敵は巧とすれ違った瞬間、逃げるように駆けて距離をあけていたらしい。いまでは一〇〇メートル以上の距離が開いている。


 敵はその上で、さらに海面を背にしていた。群青の鎧は一瞬その色に溶けこんで、まるで迷彩のような効果を発揮する。


 だから、発見が遅れた。


 そのほんの三秒ほどの時間で、敵は腹部の携帯端末の画面をタッチ操作していた。


 巧は変身したことで敵が装置の画面を指先で軽く叩く音さえも聞き分けることができる。当然、敵が小声で呟いたことも聞き取っていた。


「聞いたとおり、戦いはズブの素人ってわけか」

「聞こえてるよ……聞き捨てならない言葉が!」

「やはり聞いたとおりだな。ガキが」


 瞬間、巧は意識がスパークするのを感じた。迸る怒りが頭を真っ白に染め上げた。一角徹也と同じだ。教師たちと同じだ。僕の一部をみただけで、僕そのものをダメなヤツと決めつけてくる。


 殺してやる。憎悪で決意を結び直し、巧は地面を蹴って再接近を試みた。


『妙ね。相手が動きをとめている……』

「そのうちに、殴り倒してやれば!」


 疑念の呟きをこぼす真理の声はいちど無視して、巧は猛進した。確かに敵は距離をとるのをやめ、砂浜の上に突っ立っているだけだ。ただ、奇妙な電子音だけが断続的に響いている。巧にはその音を聞き取ることはできても、音に対応する意味まではわからない。


 電子音は鳴り続ける。[プラネタリアワー・オン!]


[グラウディング・スタート!]


 さざ波の静かな音に混じって、ふざけているほど騒々しい電子音声が鳴り響く。それに連動してか、敵の腹部に埋め込まれた端末の画面がフラッシュし始め、さらにそれに呼応するように、敵の足下、その地面が何やら仄かな輝きを放った。


 輝きは直後に結実し、ひとつの紋様――薄緑の魔法円となって、敵の立っている場所をやがて明確に照らし出した。さきほどは海の色と溶け合って見にくくなっていたが、今や敵は勝手に自らの居所を教えてくれるようになった。


 巧は勝利を確信した。敵はいまだに突っ立っているだけだ。対してこちらはあと一歩踏み込めば接近できる距離にまで迫っている。


「ガキだとか、素人っていうんなら」


 呟き、巧は拳を堅く握り直した。地面を蹴って加速し、怒りとともに拳を振った。


「僕に殴り殺される気分を、味わえよ!」


 瞬間、またも電子音声が響く。


[リリース・ペンタクル マーディ!]


 同時、敵の足下の魔法円が緑から赤へと変色した。


『危ない、避けて!』

「!?」


 巧の拳があと少しで届くというところで、真理の悲鳴に近い警告が心を衝き動かした。突然魂に注がれたその意志の強さに驚くのも束の間、巧は敵から炎が放たれるのを見た。


 着地と同時に体をひねって跳躍し、紙一重の至近距離で炎の塊をやり過ごす。それでも背中の毛並みが焼け焦げ、火傷の痛みが巧の意識を蝕んだ。


「あつ、い……!」


 顔をしかめ、思わず声がもれた。回避はしたものの、にもかかわらず背中に火傷を負ったのだ。全身がとにかく熱く、痛みがじんじんと肉体に伝わってくる。避けていなければ、今ごろは全身を灰にされていたかも知れない。それほどの熱量だった。


 巧は無意識的に海に飛び込み、背中から全身に伝播しつつあった火傷を一度、鎮める。


[グランディング・スタートゥ!]


 敵から、電子音声がまた鳴り響く。みれば、敵の足下にはまた薄緑色の魔法円が再構成された。力を蓄えて、盛大に撃ち放つ……それが敵の戦い方なのだ。問題はその威力が桁違いということだった。かすっただけで全身に火傷を負う。これでは殴るためにわざわざ近づいていくということ自体が無謀な蛮行と化してしまう。


 どうやらこの敵は、強いらしい。だが、憂さ晴らしはしたい。心の中の鬱憤をためこむのはもう嫌だし、そもそも我慢はしないと決めた。それが巧の決意だ。その決意が大和田猛を殺し、水戸舞香をはじめとする傍観者どもを殺し、巧の人生を前へと向けさせた。


 こんなところで道を中断されるわけにはいかない。


 だが、ではどうやったらヤツを殺せるというのか。敵は強い。方法が見つからない。


 怒りの炎が絶望に呑まれてパニックを起こそうとした、その時だった。


『巧くん。狐火って、知ってる?』

「え?」


 火に油を注ぐかのような挑発的な声音が、巧の心の中に弾けた。妖狐の幻聴は腹立たしくも艶やかに、巧の意識をすっと通り抜けていく。


『敵さんは炎使いのようだね。これでますます、私も負けるわけにはいかなくなったよ』

「さっきから、何を言って……」

『あのヒトに、大いなる者の眷属が放つ本物の火炎、いえ、業炎を見せてあげましょう。人間どもが作りだしたあんな紛い物の種火などに、この妖狐の大火が負けるものか!』


 妖狐の声はしだいに強く、大きくなっていった。さながら小さな種火が燃え広がって山をも焼く狐火にもなってしまうかのように、声は妖狐の秘めた怒りを伝える。


 そんなに人間にしてやられたのが悔しかったということなのか。それにしても、巧は火傷を負った直後にもかかわらず、うそ寒い気分を味わった。自分の心のなかに勝手に潜り込んできた妖狐が、熱く煮えたぎった怒りをまた勝手に心に植え付けてきたからだ。


 巧が本来もっていた暗い憎悪の炎と、妖狐が持ち込んできた怒りの炎が心のなかで混ざり合い、火炎の奔流となってすべてを焼き尽くす――そんなイメージがひとつの記憶のように、巧の意識の上にのぼってきた。


 どうしてこんな海辺で、そんな業火のイメージが突発的に浮かび上がってきたのだろう。


 巧はすぐにその意味を思い知ることになる。

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