ひとつ目の黒騎士!?
一瞬の冷たさと痛み。意識がまだあるのに体は死を確信している、実に奇妙な状況にたたき落とされた。
だがそれも一瞬のことにすぎない。腹から鮮血が噴き出しガラステーブルを汚したのを見たときに、巧は自らの死を悟ってしまった。ソファから転げ落ち、視界が反転したところで意識を失う。
どうしてこんな仕打ちを受けなければならない? 死の間際、呪詛の言葉が一筋の閃光のように脳裏を走った。それはまるで始原の光だ。呪詛は呪詛を連鎖する。
みんなを殺したからか? でも、みんなは僕が自殺しても野次馬になって群がっただけで、誰もそうなる前に止めようとはしてくれなかった。みんなは僕が死んでも良いと思っていた。ならば、何故この僕がそんな奴らを殺してはいけないというのだろう。少なくとも、僕は罰せられるようなことはしていない。
意識が失われる一瞬のうちに永劫の呪詛があふれだす。呪詛は胸を熱くしてくれる。まるで炎が燃え移っていくように、胸の熱さは全身を燃やし尽くしてくれる。
巧は目を開いた。全身が熱くてどうしようもなかった。熱くて痛くて苦しくて――蜃気楼で揺れる視界の中に、自分に死を与えた見知らぬ男を捉えた。
「その力、“不死鳥”……いや、悪魔。報告は聞いたが、実際に目にするとまただいぶ違うな。厄介な追跡者だ、本当に」
男がイタリア語でそう呟くと、刹那、周囲の景色が溶け崩れていった。純白のパーテーションで区切られた教務室の一角だったはずのそこは、虹色の輝きに支配された異空間に置き換えられる。
地面だけは土でできているのに、あとは壁も空もない、どこまでも何もない虚空の世界が限りなくつづいている。
[魔書業鎧・“ゴエティア”]虚空の世界で電子音が鳴り響く。みれば、男が何やら四角い端末のようなものを持っている。スマートフォンにしては大きいが、タブレットというには小さい。電子音は、どうやらそこから鳴っているようだ。
「お前を倒す。そして、俺の力の一部にしてやろう。日本の警察なんぞには、任せてられんからな」
今度は流暢な日本語で宣誓し、西洋の面立ちをもつその男は次の瞬間、漆黒の端末を胸に掲げ、そのスイッチを入れた。
[“ゴエティア”アームド“ゴゥエ”]
電子音。そして、招来――いつのまにか男の周囲に鎧が出現している。直後、自動装着。先ほどの電子端末を腹部に埋め込んだ漆黒の鎧の騎士が、いま目の前に現われる。
それは起動を示すためのものか、赤い輝きが鎧の継ぎ目から強く迸る。が、それはすぐに消え、今度は冑の目の位置で赤い輝きがひとつだけ灯った。その姿はまるで一つ目の悪鬼だ。なのに首から下は黒騎士。ちぐはぐだが、しかし魔人めいた意匠は全身に貫徹され、それが醸し出す異様な雰囲気が、ちぐはぐさとどこかかみ合っている。
禍々しい鬼の騎士。巧にはそう見えた。鎧の隙間から人肌が覗くということはなく、顔も冑が覆い隠してしまっている。こちらを圧しようとするその威容は人のものとも思えず、悪魔が中に入っていると言われても納得してしまうだろう。
(いったい何なんだよ、それ)
その登場の仕方は子どものころに見たアクションヒーロー物の変身動作そのものなのに、実際出てきたのは“幹部怪人”レベルの悪党面で。
巧は我が身に纏わり付く紫色の業火を振り払うと、拳を握って身構えた。相手は鎧を装着したのだ。戦闘能力を得た敵がいつ襲ってくるかわかったものではない。だがどんな能力をもっているかわからない以上、自分から仕掛けるというのもまたできない――構えたまま、巧は相手の様子を見た。
どのみち“フェニックス”に自己変態した巧の視覚は人のそれとは別物になっている。動くものすべての時間が遅延しているように捉えられるのだ。敵がどのように動こうが関係ない。どんな動きも捉えて対応すればいい。それだけのことだ。
追跡者・フェネクスの力を得た攻撃対象が堂々と立ちん坊になっているのをみて、その男――ヴィトは冑の内側でニヤと口もとを歪める。
「未熟者めが」
イタリア語で呟き、腹部に埋め込まれた変身端末“グリモフォーン”の画面をタッチする。[オープンペイジ]と電子音が鳴り響き、ヴィトは画面を指で素早く弾くように操作する――まるで本のページをめくるように連続フリックを行っていく。数十回同じ操作を継続し、六十七番目のページを画面に表示させると、今度は端末の縁に埋め込まれた小さなスイッチを押した。すべて、手元を見ずに行う。それができなければ死ぬだけだ。もっとも、敵は様子見でもしているのか棒立ちしているから狙い撃ちされる心配は皆無だったが。
操作の完了を知らせる[アームド・“アムドゥシアス”]の電子音が端末から鳴り響いたのを確認し、ヴィトはまたも口もとを歪める。操作が思う通りに完了したのだ。これでこの戦いは勝ったも同然になる。
齢、四十。まだまだやれるということか。
「さあ眠れ。幸せな夢の世界に連れて行ってやる」
ヴィトは呟き、ようやく動いた。瞬間、黒騎士――魔書騎士“ゴゥエ”の鎧は追跡者“アムドゥシアス”の力を得たことを示すべく変形して、その額部から一角を伸ばす。
登録または封印した追跡者の力を保存し、自在に再現して運用する。それが“悪魔を封じた書物”たる『ゴエティア』の魔書騎士・ゴゥエの持つ能力なのだ。




