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化物はお前だ!

 毒を連想させる黄色と紫色と赤色のまだら模様の肌に、尖った爪を生やしたつま先。顔は仮面のように平らかで、鼻や口は見られず、赤色を灯した双眼だけが輝き、頭髪はなく、小さな翼を模した左右対称の黄色く扁平な突起物がおよそ耳の位置に生えている。


 鬼人とも鳥人ともつかない魔人――“フェニックス”が、テイマー・ナイト“ユニコーン”の幻影空間の中に出現した。


 フェニックスの身体能力は人外の域に達している。実際、五トンのパンチ力と一〇トンのキック力を備え、一〇〇メートルを五秒程度で疾走し、ひと跳びが三〇メートルにも達するそれは、人の形をした戦闘兵器と言って差し支えなかった。


 一発で学校の壁はおろか航空機の隔壁さえ貫くパンチをフェニックスが、いま繰り出す。


 が、当たらない。


 対するユニコーンもまたフェニックスと同等の身体能力をもっているのだ。加えて、戦いは経験がものをいう。


 フェニックス――藤堂巧は己の力をまだ理解していない。何をどこまでできるのか、まったくわかっていなかった。対してユニコーンは組織の封印騎士(テイマー・ナイト)として戦闘を行うことで多くの経験を積んでおり、実戦を通して己の能力を完璧に把握していた。


 フェニックスのパンチは一切当たらない。それに対してユニコーンの反撃は常に命中しつづける。


 勝者は誰か、もはや明白に思われた。




 相手はひよっこだ。テイマー・ナイト“ユニコーン”――一角徹也は確信した。何もおそれることはない。


 相手はただ積極的変身(アサルトフォーゼ)を今さらようやく成功させたというだけで、肝心の中身は人間のままだ。追跡者に強制的に意志と肉体を奪われ、その結果として肉体が変異する受動的変身(フォールフォーゼ)を起こした昨日とはまったく違う。


 意識の上ではただの人間でしかないなら、戦士である俺が圧倒的に有利だ。打ちのめして殺してやればいい。つまりやるべきことは変わらない。ただ振り出しに戻っただけなのだ。


「どうした? そんなんじゃ、当たらねえぞ!」


 怪人“フェニックス”は巧の声で「くそ! くそ!」などと叫びながら、ポジションもフォームもクソもないヤケになったパンチを繰り出すだけで、背中から生えている炎の翼を使うこともなく、人と何ら変わらない殴り合いを仕掛けてくる。


 それじゃ勝てねえよ。ちゃんと構えをとれば、もっと――そう言おうとする己を抑え、ただ相手を殺すべき標的として認識しなおすと、その拙いパンチを避け、剣を再生させた。


 何もない空間から剣を生み出すことができるのは、聖獣(ユニコーン)の“再生する角”の力を具現化している。何度折られても剣は再生できるのだ。


「今度こそ斬ってやるよ藤堂巧。いや、追跡者(フェネクス)の器!」


 剣を構え、振り下ろす。パンチを繰り出したばかりの、隙丸出しの相手はこれをよけることができない。


「死ね、バケモノ!」


 相手は人間ではない、フェネクスの器だ。己に言い聞かせ、徹也は戦士でありつづけるために、非情に徹した。




 パンチが一切当たらない。そればかりか、相手の反撃を受けつづけている。もう誰にも支配されないために、痛みを与えられないようにする――そう決意したはずなのに、現実は思う通りに進まない。


「クソ」


 もがくようにパンチを繰り出す。当たらない。


「くそ!」


 反対の拳を繰り出して追撃する。だが、当たらない。


「どうした? そんなんじゃ当たらねえぞ!」

「クソ!」

「ハッ!」


 ユニコーンはいつの間にかその手に剣を握っていた。一瞬のうちに再生させたのだ。

 

「そんなっ!」

「今度こそ斬ってやるよ藤堂巧。いや、フェネクスの器!」


 さっき剣を折ってやった時は、現実を切り開けそうな気がした。メンツだ何だというくだらない理由で僕の命を奪おうとしてくる、狂った化物を撃退したような気持ちになれた。


 だが今や敵は剣を再生させ、こちらが呻いている間に斬り殺そうとする。こんな現実は望んでいない。こんな風に処刑されるために、力を表に出したわけではない。


 現実は待ってくれない。時間は止まってくれない。世界はどこまでも冷たい。すでに知っていることのはずなのに、今まで散々呑み込んできた事実のはずなのに、今このときだけはどうしても受けいれたくないと思ってしまっている。


「死ね、バケモノが!」


 違う、僕は化物じゃない。僕を一方的に痛めつけても良いと思って手を出してくる、お前こそが化物だ。僕を平気で殺してもいい奴と決めつけている、お前が化物だ。


 巧は叫んだ。


「化物は! お前だ!」


 感情の閃きが心を駆け巡った。それは怒りだった。煮えたぎって沸騰した怒りが脊髄を疾走し、巧の背中から翼となって迸った。


 フェニックスの炎の翼が動く。どうやって翼を動かせばいいのか、そんなことは知らなくて良い。まるで意志あるもののように翼はひとりでに動く。巧の意志に応じて、自然と戦いを補助してくれるかのように。


「何だと?!」


 敵は勝利を確信していたのだろう、今さら剣を振り下ろす動作を止められなかった。だからひとりでに伸びて左右から迫る炎の翼の衝突を、避けることも防ぐこともできなかった。それは完璧な奇襲――紫色に輝く炎の翼が、ユニコーンを焼き払う。


「化物はお前だ! だから死ぬのも、お前なんだ!」


 叫び、その意志に応じて翼が伸びる。純白の表皮を焼かれて後退したユニコーンは、伸びた翼から逃れるためにさらに後退する。


 逃がさない。巧は足に力をこめ、直後、駆け抜けた。一秒以内に距離をつめ、拳を握る。敵はもう目の前だった。


「調子づくなよ。戦いの経験は、俺が上だ!」

「うるさい! 化物!」


 敵の言葉を叫び声でかき消し、拳を突き出した。ユニコーンは体をひねって避けようとするが、炎の翼がその退路をふさぐかのようにユニコーンの周囲を焼き払う。身動きを封じられた敵は、まさに袋のネズミといえた。


「ああああああああ!!」


 叫び、あらゆる意志をねじふせる。敵の意志を遮断し、己の不安を抑えつけ、ただ怒りに身を任せた。


 拳をユニコーンに叩き込む。避けることができないユニコーンは、それを受け止める姿勢をとった。その手の平で、どうやらフェニックスの拳を握りつぶそうとしているようだ。


「テメエのパンチなんて簡単だ。潰してやるよ!」

「決めつけるな!」


 拳が衝突した――力は互角だった。フェニックスの拳がユニコーンに掴まれて、動けなくなる。だがフェニックスは直後、拳に体重を預けた。腕力を振り絞り、足を前に出して、拳をとにかく前進させた。


 その拳に紫色の炎が纏わりついていく。瞬間、炎が爆発して輝きを発散させた。黒色に変異した炎が拳を覆い尽くし、その拳を掴んでいるユニコーンの腕に、次々と燃え移っていく。


「これは、まさか封撃幽殺(パニッシュストライク)? こんな、短期間で習得できるはずが……!」


 ユニコーンは巧にとって意味のわからない言葉を放った。おそらく、理解しきれない現実に抗っているのだと、巧にはそう思えた。


 まずは黒色の炎を振り払うべく、ユニコーンは巧の拳から手を放すと、次には後退して距離をとろうと足を動かした。が、その背中は学校の壁にぶつかった。


 らしくないミス。敵もまた慌てふためいているらしい。巧はそれを見て、ほくそ笑んだ。


「逃がさない」


 まだ漆黒の炎は拳に纏わりついている。まだ一撃を叩き込むことができる。


 巧はまた地面を蹴った。再び一瞬で詰め寄り、学校の壁にぶつかって動きを止めざるを得なくなっている無様な敵に、拳を叩き込んだ。真正面から、まっすぐに。


「調子づくなって、いってんだろ!」

「お前に言われたくは、ないよ!」


 高速で動きながらも、巧はどこか間延びしたように感じる時間のなかで敵の動きを注視した――敵は、腰をひねって上半身の向きをかえ、こちらのパンチを紙一重で避けようとしている――見えたからには、その術中にははまらない。そう言いたいところだが、敵を瞬時に追撃する技術はまだ巧にはなかった。


 巧の拳が空を切る。徹也は反撃を繰り出す。剣を突き、それで巧の腹を切り裂こうとする。巧にはすべて見えている。巧もまた徹也の動きを見よう見まねで再演する……腰をひねって体の向きをかえ、すれすれの距離で剣を避けた。そして、対の拳を握って突き出し、徹也の腹に叩きこむ。


 漆黒のボディーブロー……的中した。


 パンチの衝撃をうけて徹也は学校の壁に打ちつけられてめり込み、黒炎は腹から燃え広がって全身へ伝播する。炎はまるで黒い戒めの縄だ。急速に全身に燃え広がった炎に縛られて、徹也は大の字になったまま動けず、さながら学校の壁に埋め込まれたオブジェのように固定された。


「テメエ、やった、な……」


 徹也が何か呻き声を漏らしているが、身動きが封じられているのならもはや脅威でも何でもない。殺してやっても良いが、もう殺す価値さえ感じない。


 腹を思いきり殴って壁にめり込ませてやったのだ。その瞬間、巧は満足してしまった。僕がこの一角徹也という奴に抱いている感情はそれくらいのものでしかなかったのだと、巧はそうして自覚した。


 こいつよりも殺すべき奴がいるじゃないか。怒りに染まったままの心が、また新たな閃きを与えてくれる。巧は殺す価値もない敵を視界から外すと、さっきまで自分がいた教室に目をむけた。


 僕がいじめられているとわかっていたのに放置して、猛がいなくなった次は“彼氏役”として僕の存在だけを利用しようとした、あの高値の花――好きだったはずの、誰より可愛らしく思えたはずの女子。


 彼女だけじゃない。見て見ぬふりをして、何ひとつ救いを与えようともしなかったクラスメイトの有象無象ども。


 すべて同罪だろう? 閃きが、そう問いかけてくるような気がした。巧は、頷いた。


 フェニックスは今こそ教室を睨みつけると、黒い炎で汚れた拳で虚空を小突く。


「やめろ、飲まれるな!」


 動けないユニコーンが何か叫んでいた。だが、耳に入れようとは思わない。もうこいつの言葉には何の価値もない。


「本当のバケモノになっちまうぞ! 飲まれるな! 戻ってこい!」


 フェニックスの意志に従って、その背中に生えた紫色の炎の翼がゆらめいた。それは大きく燃え上がり、直後、爆発。


 火炎が教室の窓に向かって伸びていく。




 水戸舞香は回収したクラスメイトのプリントをまとめ、提出用のクリアファイルに入れた。その時だった。窓からおびただしいほどの光が入り込んできて、視界のすべてが塞がれた。


 それが最期の景色になる――それさえ知覚できないまま、彼女たちはこの世界から消えた。

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