始まりは図書館で
だいぶ日も暮れてきた頃、夕食まではまだ少し時間があるようだったので、暇を持て余した私は書庫に来ていた。
ゲームの知識は残っているとはいえ、私はこの世界の常識を知らなさすぎる。そう思っての行動だったが、以前のフェリシアにはあり得なかったことだったようでリアがしばらく呆然としていたので、ヴィルバートが付いてくることになった。
「すご…広…!」
見たことのないような量の本、本、本。これだけ壮観だと気持ちが上がる。前世でもネット小説ばかり読み漁っていたけれど、ここにある本は一生かけて読みきれるかどうかと考えてしまうほどだった。
「…ここにある本って全部読んでもいいの?」「禁書扱いのものは旦那様が別で保管しているそうです」「そうなんだ…!」
何から探すか悩みつつとりあえずそばにあった本を手に取った。
(……ちょっと私にはレベル高い気が…)
さすが聖女を輩出した家といったところなのだろうが、そもそもこの世界の一般教養が欠けている私が理解できるものではなさそうだ。
首をひねりながら他のものを探していると、それまで黙っていたヴィルバートが口を開いた。
「聖力についてでしたらこちらの棚、フェリシア様ならこれくらいのところから始めるのが良いんじゃないですか」
片方の口角だけをきれいに笑みの形にしたヴィルバートによって机に置かれたのは明らかに子供、それも幼児向けの絵本だった。
聖女と思しき女の人がデフォルメされて描かれた表紙をめくると、この世界と聖女の歴史が分かりやすく書かれており、これなら私も理解できそうだと希望が持てた。
「ありがとう!これから読んでみるね!」
なんてできる従者なんだ、怖い怖いと思っていたから少しの優しさが過剰に身にしみる。
「は…」
この調子で何か雑談でもできないかと顔を上げた私は、眉間に深すぎる渓谷が刻まれているのを見て完全に怖気づいた。
「おちょくってるんですか」「え…?決してそんなつもりでは…」
(なにが??どれが地雷だったの??)
しばらくの間じっと見つめ合っていると
――私だけがダラダラと冷や汗を流しながら――不意にヴィルバートが初めて本気で戸惑ったような表情を見せた。
「………フェリシア様」「は、はい」「好きな花は何でしょうか」「え…?えっと、百合…?とかですかね」「…では好きなケーキは」「ショートケーキです」「嫌いな飲み物は」「特には…」
(何これ何のクイズ??心理テスト?)
ビビりながら従順に答えて、しばらく沈黙に耐えていると、ますます困った顔をしたヴィルバートが意を決したように言った。
「…………まさか記憶喪失って、本当なんですか?」
「まだ信じてなかったの?!」
驚きのあまり叫んだ私とヴィルバートの関係がスタートラインにたった瞬間だった。