やけ食い
-ピロリロリン-
仕事終わりに歩いていた。いつもより少し早く終わり気分が高まっている。家に着いたらお義母さんが作ってくれた煮物を食べて、お弁当と水筒を洗って、シャワーを浴びて、洗濯を回して、大好きな本を読んで…。帰ったあとの流れを考えながら早足で進んだ。
1月中旬、20時過ぎの東京は肌寒くあいにくの雨が降っていた。霧雨のような優しい雨だと思っていたが、街頭に照らされた暗闇をみると結構な量だった。雨は嫌いではないが、傘を忘れた今日は気分がどんよりと沈む。
ああ、お腹すいたなあ。
雨に打たれながら、車の多い通りをスタスタと歩いていく。
赤信号で足を止めてふとつぶやく。
信号が変わると同時に、眩い光の元へ足は向かっていた。足取りに迷いはなくしっかりとしていた。微かにお義母さんの煮物が横切るが、何事も無かったように通り過ぎていってしまった。
自動ドアが開き店内に入る。会社から一番近くのセブンイレブン。これといった食べたいものがなかったため店内を徘徊する。
うーん…。甘いものかなあ。チョコ系ではなくてどっしりとした…
あんこが食べたいな。あんぱんにしよう。粒のないまっさらなこし餡。あんぱんはこれに限る。
レジに並んでいる時にホットスナックのショーケースが目に入った。普段は見もしないのだが、何かいいものがある気がした。あんぱんとショーケースから1品選び注文する。
外に出た瞬間ホットスナックを食べる。コンビニで初めて見たチーズボールはなかなかいける味だった。もっちもちの食感でチーズもぎっしりと入っていた。
横を通る通行人の視線も気にせず、食べることに集中する。お行儀が良くないことは承知だが、歩きながら食べることが好きだった。高校の部活帰りのおでんや肉まん。幸せな気持ちが蘇るから、23になった今も辞められない。少しの罪悪感の残る食事が幸せなんだ。
チーズボールを食べ終えてあんぱんに手を伸ばしたが、直ぐにその手を引っ込めた。
無意識で向かっていた、いや、無意識ではなく本能で向かっていたのか。目の前にはローソンが出てきた。
東京の良くないところだ。歩いて3分もしないうちにコンビニにぶつかる。1度背徳を味わった人はかなりの意志の持ち主でない限り、誘惑を振り切ることは出来ない。
ローソンで半額のシュークリームと板チョコの挟まったメロンパン、飲むヨーグルトを買う。
食べたら太るなあと、買わせたはずの脳が警告を出す。
その時にはレジを通し終え、両手に幸せを抱えているときだった。
まあ、食べよう。この後動けばいい話なんだ。今日はバスも使わず、30分の道のりを歩いて帰るからこれくらい食べても問題ない。言い聞かせずとも食べられるのだが、自己暗示は大切だと何かで耳にした。
雨に打たれながら、雨のあたったあんぱんを頬張る。味に変化もなく普通に美味しい。
「東京の雨は空気の汚れが含まれてるから汚いよ」と旦那が言っていたのを思い出した。
確かに。東京の空気が綺麗だと思ったことは1度もない。
でも田舎にいた時だって放射能だの、農薬だの騒いでいたじゃないか。東京に限ったことでは無い。
美味しければいいんだ。自分がいいと思ったならきっと後悔しない。
何年もダイエットを失敗してきた私は食べることに対して、とてつもなく強く硬い意地がある。
あんぱん美味しい。
噛み締めるようにじっくりと味わいたいが、袋の中にはまだシュークリームとメロンパンが待ち構えている。
咀嚼とも呼べない程度口の中で転がし、喉に流し込む。
この異物感がまた食欲を増進させる。
歩くスピードを落とし、シュークリームを開ける。
手のひらと同じサイズのシュークリームを半回転させてかぶりつく。
半回転させるとクリームの暴走を止めることができるらしい。
生クリームの身悶えする甘さに耐えながら、飲むヨーグルトを口に入れる。
歩きながら飲むのは苦手だが外は暗いから口から滴るくらいなら許容範囲内だろう。
もう1件ファミマが見えたところで、また引き寄せられるように足を早めた。