表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

婚約者の家に昼食会で招かれたのだが、ワンコソバとは何だ?

作者: 庭咲瑞花

 俺、この国の王太子ハロルド・ケニングスには幼い頃から婚約者がいる。彼女の名前はリドリー・エール。とても賢くて、どこか抜けていて、だがとてもかわいいのだ。俺は彼女を愛している。


 彼女が俺の婚約者になったのは、幼い頃から読み書き計算がものすごく得意だったからだという。現在も城の文官にも引けを取らないその実力は、王太子妃に向いていると思う。小国ゆえ、我々王族も執務に関わらざるをえないのだ。


 彼女とは、毎週一度は会うことにしている。同じ王城にいても仕事部屋が違い、最近はお互い忙しくしていたせいで、なかなか会えなかった。だから、この日がとても待ち遠しかった。今日は、彼女が昼食会に招いてくれるというのだ。俺は一も二もなく快諾した。


 晴れ渡った空の下、俺は馬車で伯爵邸に向かっている。今日のメニューは聞いていないのだが、彼女の作る——いや、作らせたといった方がいいのだろうか——ものはどれもおいしい。もし、おいしくないものが出てきたとしても食べるが、そんなことは今まで一度もなかった。そうこう考えているうちに、どうやら到着したらしい。俺は馬車を降りた。


「今日は招いてくれてありがとう、リドリー」

「ごきげんよう、ハロルド様。本日の昼食はお庭に用意してもらうことになっております」

「そうか。なら早速行こう。案内してくれ」


 そう言って俺たちは伯爵邸のこじんまりとした庭に出た。花々が咲き乱れる様……を見つめるリドリーを眺めるのは飽きない。花を愛でるリドリーを愛でる時間は、俺にとって至福の時間だ。彼女はきっと花の妖精の生まれ変わりに違いない。


 準備ができたとのことだったので、俺たちは庭に用意された白いテーブルセットに向かい合わせで座った。目の前には蓋のついた大きめの器が置かれていた。


「リドリー、これは何だ?」

「開けてみてください」

「うむ。これは……」


 中に入っていたのは灰色じみた色をしたスパゲッティだった。量も少ない。ふとリドリーの方を見れば、彼女の分もまた同様だった。


「これは……」

「わんこそば、ですわ」

「ワンコソバ? 何だそれは」


 尋ねると、彼女はワンコソバについて説明してくれた。どうやらここ数年、エール領では農業に力を入れていたらしく、東方から入手したソバという作物を育てていたらしい。そして、その作物を加工してできたのが目の前にあるワンコソバだという。


 彼女は幼い頃から優秀だったのだが、時々こうして、突拍子のないことを始めるのだ。それもまた、俺にとってはとても好ましかった。


「その中身を食べ終わったら、侍従が次の分を入れますので、殿下は好きなだけお召し上がりください」

「つまり、量が少ないのは食前酒、前菜といったように小分けされているということか」

「はい。これ以上食べられないと思ったら、そちらのフタを閉じてくださいね」


 彼女は天才だと思う。一杯辺りの量が少ないというのは、よい。この見た目だ。はじめての者には、量が多いと警戒されるかもしれない。俺は彼女が用意したという理由だけでいくらでも食べられるが、普通は警戒するだろう。彼女が用意したものを警戒するなど想像もできないが、一般的にはそうらしい。俺は彼女の生み出す料理ならどれもおいしいと知っているから、今度も大丈夫だと確信しているのだが、大半の者はそうではないのだという。


 俺は恐る恐るフォークで巻き取り、ワンコソバを口にした。旨い。このような食べ物は食べたことがない! いや、ワンコソバがはじめてだとかそういった話ではないのだ。この食べ物は味、食べ方と共に革新的だ。これは売れる! 俺の器はすぐに空になった。すると、休む暇もなく次が追加される。旨い、旨い、旨い。やはり、リドリーが用意してくれたという事実だけをおかずに何杯でもいける。


「これは旨い。きっと国内でも人気が出るだろう」

「ありがとうございます。実は、領内ではとても流行しておりますの」

「違いない」


 もちろん、食べながらリドリーの方を見るのも忘れない。彼女は二本の棒を器用に操りながら、食べ進めている。これは芸術ポイントが高い。まるで運命の糸を操る女神のようだ。


「殿下? どうかしまして?」

「いや、リドリーが作る料理はいつも旨いな、と思ってな……城でもレシピ通りに作ってもらうのだが、一人で食べる食事は味気ないのだ。だから、今日はとても美味しく食べられて満足だ」

「わたくしと一緒だと美味しい……それほどでもありませんわ、殿下」


 顔を赤らめている。かわいい。花とたわむれるさまは妖精のように愛らしく、(タクト)を操る姿は女神のように美しい。周囲の者は彼女のことをじゃじゃ馬だとか言うが、そんなものは関係ない。俺は彼女の婚約者となれたことを今日も感謝した。


 どのくらい時間が経っただろうか。俺たちは侍従が持ってきたワンコソバを全て平らげてしまった。たぶん、俺はリドリーの五倍ぐらいの速さで食べていったと思う。俺の隣に積まれた食器は、彼女のそれの数倍は高かったからだ。今日は素晴らしい一日だった。俺は器に蓋を被せた。


「殿下……今回のわんこそばは」

「ああ! 最高だ! 見た目からは想像できないほど旨い。これは晩餐会で前菜の一品として出しても問題ない。やはりリドリーは天才だ」

「! ありがとうございます!」


 ああ、かわいい。リドリーはやはり俺の天使だ。————それから数百年。かつてケニングス王国()()()地域は、蕎麦の一大産地となっていた。リドリー王国——ハロルド一世がそう改名した——の国内では、今日も一トンの蕎麦が消費されたという。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 「もう食えない…!」となるだろうと思いきや裏をかかれました(笑) ハロルドもリドリーも鉄の胃袋の持ち主ですね。 面白かったです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ