婚約者の家に昼食会で招かれたのだが、ワンコソバとは何だ?
俺、この国の王太子ハロルド・ケニングスには幼い頃から婚約者がいる。彼女の名前はリドリー・エール。とても賢くて、どこか抜けていて、だがとてもかわいいのだ。俺は彼女を愛している。
彼女が俺の婚約者になったのは、幼い頃から読み書き計算がものすごく得意だったからだという。現在も城の文官にも引けを取らないその実力は、王太子妃に向いていると思う。小国ゆえ、我々王族も執務に関わらざるをえないのだ。
彼女とは、毎週一度は会うことにしている。同じ王城にいても仕事部屋が違い、最近はお互い忙しくしていたせいで、なかなか会えなかった。だから、この日がとても待ち遠しかった。今日は、彼女が昼食会に招いてくれるというのだ。俺は一も二もなく快諾した。
晴れ渡った空の下、俺は馬車で伯爵邸に向かっている。今日のメニューは聞いていないのだが、彼女の作る——いや、作らせたといった方がいいのだろうか——ものはどれもおいしい。もし、おいしくないものが出てきたとしても食べるが、そんなことは今まで一度もなかった。そうこう考えているうちに、どうやら到着したらしい。俺は馬車を降りた。
「今日は招いてくれてありがとう、リドリー」
「ごきげんよう、ハロルド様。本日の昼食はお庭に用意してもらうことになっております」
「そうか。なら早速行こう。案内してくれ」
そう言って俺たちは伯爵邸のこじんまりとした庭に出た。花々が咲き乱れる様……を見つめるリドリーを眺めるのは飽きない。花を愛でるリドリーを愛でる時間は、俺にとって至福の時間だ。彼女はきっと花の妖精の生まれ変わりに違いない。
準備ができたとのことだったので、俺たちは庭に用意された白いテーブルセットに向かい合わせで座った。目の前には蓋のついた大きめの器が置かれていた。
「リドリー、これは何だ?」
「開けてみてください」
「うむ。これは……」
中に入っていたのは灰色じみた色をしたスパゲッティだった。量も少ない。ふとリドリーの方を見れば、彼女の分もまた同様だった。
「これは……」
「わんこそば、ですわ」
「ワンコソバ? 何だそれは」
尋ねると、彼女はワンコソバについて説明してくれた。どうやらここ数年、エール領では農業に力を入れていたらしく、東方から入手したソバという作物を育てていたらしい。そして、その作物を加工してできたのが目の前にあるワンコソバだという。
彼女は幼い頃から優秀だったのだが、時々こうして、突拍子のないことを始めるのだ。それもまた、俺にとってはとても好ましかった。
「その中身を食べ終わったら、侍従が次の分を入れますので、殿下は好きなだけお召し上がりください」
「つまり、量が少ないのは食前酒、前菜といったように小分けされているということか」
「はい。これ以上食べられないと思ったら、そちらのフタを閉じてくださいね」
彼女は天才だと思う。一杯辺りの量が少ないというのは、よい。この見た目だ。はじめての者には、量が多いと警戒されるかもしれない。俺は彼女が用意したという理由だけでいくらでも食べられるが、普通は警戒するだろう。彼女が用意したものを警戒するなど想像もできないが、一般的にはそうらしい。俺は彼女の生み出す料理ならどれもおいしいと知っているから、今度も大丈夫だと確信しているのだが、大半の者はそうではないのだという。
俺は恐る恐るフォークで巻き取り、ワンコソバを口にした。旨い。このような食べ物は食べたことがない! いや、ワンコソバがはじめてだとかそういった話ではないのだ。この食べ物は味、食べ方と共に革新的だ。これは売れる! 俺の器はすぐに空になった。すると、休む暇もなく次が追加される。旨い、旨い、旨い。やはり、リドリーが用意してくれたという事実だけをおかずに何杯でもいける。
「これは旨い。きっと国内でも人気が出るだろう」
「ありがとうございます。実は、領内ではとても流行しておりますの」
「違いない」
もちろん、食べながらリドリーの方を見るのも忘れない。彼女は二本の棒を器用に操りながら、食べ進めている。これは芸術ポイントが高い。まるで運命の糸を操る女神のようだ。
「殿下? どうかしまして?」
「いや、リドリーが作る料理はいつも旨いな、と思ってな……城でもレシピ通りに作ってもらうのだが、一人で食べる食事は味気ないのだ。だから、今日はとても美味しく食べられて満足だ」
「わたくしと一緒だと美味しい……それほどでもありませんわ、殿下」
顔を赤らめている。かわいい。花とたわむれるさまは妖精のように愛らしく、棒を操る姿は女神のように美しい。周囲の者は彼女のことをじゃじゃ馬だとか言うが、そんなものは関係ない。俺は彼女の婚約者となれたことを今日も感謝した。
どのくらい時間が経っただろうか。俺たちは侍従が持ってきたワンコソバを全て平らげてしまった。たぶん、俺はリドリーの五倍ぐらいの速さで食べていったと思う。俺の隣に積まれた食器は、彼女のそれの数倍は高かったからだ。今日は素晴らしい一日だった。俺は器に蓋を被せた。
「殿下……今回のわんこそばは」
「ああ! 最高だ! 見た目からは想像できないほど旨い。これは晩餐会で前菜の一品として出しても問題ない。やはりリドリーは天才だ」
「! ありがとうございます!」
ああ、かわいい。リドリーはやはり俺の天使だ。————それから数百年。かつてケニングス王国だった地域は、蕎麦の一大産地となっていた。リドリー王国——ハロルド一世がそう改名した——の国内では、今日も一トンの蕎麦が消費されたという。