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不思議屋と心霊探偵団  作者: 天西 照実
7/42

景都と咲哉の家事情 1

今回はホラー要素なしです。

 空き地や空き家の並ぶ道の突き当たりに、竹藪たけやぶが広がっている。

 竹藪の手前には、いつ置かれたのかわからない古い土管がひとつ放置されている。

 ひび割れて苔生してもいるが、座るにはちょうどいい大きさの土管だ。

 青森流石あおもり さすが富山景都とやま けいと栃木咲哉とちぎ さくやの3人は、人通りの多い通学路から外れた雑木林や空き家に囲まれた田舎道を選んで学校に通っている。

 竹藪の土管は、3人の朝の待ち合わせ場所だ。


 今日も風が強い。

 竹藪の笹が賑やかな音を奏でている。

 木陰の土管には流石と咲哉が腰掛け、景都が来るのを待っていた。

「今日は景都、遅いな」

「うん。でも足音はこっち来てる。あ、来たよ」

 と、耳のいい咲哉が曲がり角に目を向けた。

 いつも元気に駆けて来る景都が、俯いてとぼとぼ歩いて来る。

 流石と咲哉は顔を見合わせ、慌てて景都に駆け寄った。

「あー、ふたりとも、おはよう……」

 と、顔を上げて呟いた景都の目が、とたんに潤みだした。

「どうしたんだよ」

「転んだのか?」

 流石と咲哉は、身を屈めて景都の顔を覗き込んだ。

「ううん。今日から金曜日までさぁ……僕、家にひとりなんだ。ふたりとも今日、僕んち来ない? っていうか、うち散らかってるから、僕がふたりの家に行きたいんだけど」

 と、景都が話す。

「両親、遠くの親戚の葬式とか?」

 と、咲哉が聞いた。

「ううん。僕、妹がいるんだけどさ」

「えぇっ?」

 流石と咲哉が揃って、驚きの声を上げた。

「景都は兄ちゃんだったのか」

「うん。水泳と柔道やってるんだけど、水泳の強化合宿に急に参加できる事になったとかで、学校休んでお母さんと一緒に東京に行っちゃったの」

 目元を擦りながら、景都が言う。

「スポーティーな妹だな」

「妹って小学生なのか」

 咲哉に聞かれ、

「小4」

 と、景都は答える。

「え、去年は北小の3年生だったのか? それとも私立か?」

「北小だよ。でも内緒なの。なんかね、前に柔道の道場の人に『お兄ちゃんに女らしさ全部取られちゃったんだね』とか言われた事があるらしくて、北小では絶対に自分の兄ちゃんだってことバラすなって言われてたんだよ」

「ちゃんと約束守ってたのか。いい兄ちゃんだな」

 と、流石が、景都のふわふわな髪を撫でた。

「守らないと投げ飛ばされるもん。小4なのに、僕よりでかいんだ」

「マジで?」

「父ちゃんは?」

「いるけど、帰って来るの夜中なの。急だったから、仕事早く切り上げるのとか難しいって。昨日の夜は、もう中1だし僕ひとりでも大丈夫って言ったんだけどさ。うち古いし、うちの両隣は空き家だし……今朝からお母さんいなくて、ひとりになったら夜とかお化けが出そうな気がしてきてさぁ……」

 プルプル震えながら泣き出す景都の手に、咲哉は自分のハンカチを握らせ、

「じゃあ、俺んち来いよ。うちの両親、海外だから誰もいないし」

 さらりと言った。

「えっ、咲哉はずっとひとりなの?」

「ずっとじゃないよ。母さんはちょくちょく帰ってくる。でも今のところはその予定もないし」

 そう言って、咲哉も景都の髪を撫でた。

「お手伝いさんとかいるのか」

「いないよ。俺ひとり」

「飯は、どうしてんだよ」

 と、流石が聞く。

「近所に食堂みたいのやってる親戚がいるんだ。ご飯は食べさせてもらったりしてて不便はないよ」

「へぇ……知らなかった。格好良いなぁ」

「夜まででも良いし、金曜まで泊まってても良いよ」

「うわ、楽しそう」

 と、目を輝かせるのは流石だ。

「流石も来る?」

「いいのっ?」

「いいよ」

「あはは、楽しくなってきた」

 やっと景都に笑顔が戻った。

「じゃあ、学校行こうぜ。急がないと遅刻だ」

 ゆっくり歩いていたが、いつもよりずいぶん時間が過ぎてしまった。

「あ、大変っ」

「よっしゃ、行こうぜ!」

 竹藪の横道を、3人は元気よく走り出した。



 その日の昼休み。

 咲哉は、1階職員玄関横の事務室を窓口から覗いた。

 すぐに事務員の女性と目が合う。スマホを見せ、

「親戚に晩飯の相談をしたいので、スマホ使っていいですか」

 と、聞いた。

「はい、いいですよ」

 事務員の女性が、にこやかに答えた。

 咲哉たちの通う中央中学校では、届け出のある生徒はスマホの持ち込みを許されている。しかし、校内での使用は禁止だ。

 必要な連絡などの場合は、事務室前で許可を取り使用する事になっている。

 事務室横の壁に寄り掛かりながら、咲哉はスマホで電話をかけた。

『もしもし、咲ちゃん? 何かあった?』

 電話先で、優しいハスキーボイスが言った。

「何かあった訳じゃないんだけど、晩御飯の事でさ」

『今夜は食べに来られなくなった?』

「ううん、行く」

『そう、良かった。良いタコが手に入ったのよ。みんな冷凍しちゃったらもったいないから、今夜はお刺身にしようと思ってるの。それで明日はお店でタコ焼きパーティーよ』

「楽しそうだね。で、晩御飯なんだけど、2人分追加してもらえないかな」

『追加?』

「今夜から何日か、友だちがふたり俺の家に泊まりに来る事になってさ」

『あらまぁ、楽しそうねぇ。珍しいじゃない?』

「うん。友だちのひとりが、母親が急に出かける事になって父親の帰りも遅いんだって。もうひとりはついでだけど」

『じゃあ、咲ちゃんも合わせて3人分ね。朝ごはんも』

「急にごめんね。お願いできるかな」

『いいのよ。咲ちゃんのお友だちって初めてだから、会うの楽しみにしてるわ』

「そういや、初めてだね」

 と、咲哉は笑った。

『腕をふるっちゃうわ。それじゃあ、もう少しお勉強、頑張ってね』

「うん。ありがとう」

 電話が切れると、咲哉はスマホをポケットにしまい、事務員の女性に会釈した。



 流石、景都、咲哉の3人は、小学校高学年になってから生徒会メンバーとして集まった。

 小学生の生徒会に面倒な仕事はない。形だけ用意された生徒会室を溜まり場にして、いつも学校内で遊んでいた。

 近所には住んでいるものの、まだお互いの家に遊びに行った事がなかったのだ。

「じゃあ、ふたりとも泊りの支度して来いよ。歯ブラシとか適当な着替えとか」

 通学路の分かれ道で、咲哉が言った。

「制服もだよね」

「そうだな」

「咲哉んち、どこだっけ」

 と、流石が丁字路の先に目を向ける。

「そっちの突き当たりを右に曲がって、ちょっと行った左側」

 と、指差しながら咲哉が言う。

「右に曲がって左側だな」

「うん」

「じゃあ咲哉、お支度して来るね!」

 隣近所に住む景都と流石は、同じ道を駆けて行った。

 元気に走るふたりの背中を見送って、咲哉はひとり帰路についた。



 昔ながらの日本家屋もあれば、元々の林が開かれて新しい分譲住宅の並ぶ区域もある。

 流石と景都の家は、道を挟んで斜め向かいにある。

 一方通行の狭い道を挟んで、流石の家側は新しい分譲住宅が並ぶ。反対側の景都の家は、町村合併する前からある家が多い。背後に雑木林があり、空き家や竹藪も並んでいる。

 流石の家は周囲と同じ造りの建売住宅で、玄関回りもシンプルで真新しい印象だ。

 景都の家は昭和を感じる昔ながらの家屋で、庭は広く季節の花木も手入れが行き届いている。

 ふたりはお互いの家がうらやましいと思いつつ、まだ遊びに行った事がない。改めて思えば不思議なほど、家で遊ぶ事を考えていなかった。

「咲哉の家は、外からも見た事ないもん」

 しっかりと玄関の鍵をかけた景都は、自分の家を眺めながら呟いた。

 身支度も簡単に済む少年たちだ。

 薄手のトレーナーに着替えた景都は、手近にあった布リュックに制服や洗面道具などを詰め込んだ。通学リュックには、翌日に使う教科書を準備している。

 景都が家の前で待っていると、流石もすぐに玄関から顔を出した。

「おまたせ」

「流石ママ、お泊りして良いって?」

 ジャケットにジーンズの普段着に着替えた流石は、通学リュックに制服なども詰め込んで来た。

「おう。ちゃんと遠慮とかしろって言われた」

「僕はお父さんに置手紙して来たけど、またあとで咲哉の家から電話させてもらう」

「そっか」

 ふたりは、閑静かんせいな住宅地を歩き出した。

 通学リュックを背負い、景都は制服などお泊りセットも詰めた布リュックを両腕に抱えながら、

「咲哉の家って、お金持ちの家がいっぱいある辺りだよね」

 と、周囲の家を眺めながら言った。

「でかい日本屋敷とかな。昔から、医者とか弁護士とか資産家とかが住んでる広い家が多いんだってさ」

 と、言いながら、流石はよく似た造りの建売住宅を眺めている。

「この辺も、町村合併してから変わったんだろうね。僕たちが産まれる前だけど」

「俺んち側の建売は、元々竹藪だったんだってさ」

「へー」

「ここを曲がって、左側って言ってたよな」

「あ、咲哉待っててくれてる」

 道の向こう。

 門の前で咲哉が、スマホを眺めながら待っていた。パーカーのフードをすっぽり被って日除けしているのは、小学校から変わらない普段着スタイルだ。

 ふたりが駆け出すと、咲哉は顔を上げて手を振った。

「ふたりとも、早かったな」

「えっ、ここ?」

 決して豪華ではないが、シンプルで落ち着いた洋風の門構えだ。

 柵状の車用門の横に、人ひとり通れる通用口がある。通用口の横に『栃木』と表札があった。

「……門から玄関が見えない」

「玄関はあっち」

 3人が通用口をくぐると、季節の花木に迎えられた。

「すげぇ」

「お花いっぱいだね!」

 ツツジにサツキ、ボタンなど庭には晩春から初夏の花があふれている。

 庭の奥にも咲き始めた藤棚が見え、遅咲きの八重桜にも花が残っていた。

「母さんが好きでさ。隙間があれば、あれこれ植えてるんだよ」

 車も通れる幅広い通路を進みながら咲哉が言う。

「ここ、お前んちだったのか。どっかの私有地の公園みたいなの想像してた」

 と、流石は庭中をきょろきょろ見回している。

「そんなに広い訳じゃないよ」

「そっちに芝生もあるじゃん」

「お庭の手入れ大変そうだね」

 と、景都が言うと、咲哉は、

「定期的に植木屋さんが入ってるから楽だよ」

 と、笑う。

「……掃除は?」

「掃除も時々業者が来るけど、母さんが帰った時にはちょこちょこやってるよ。後はタンゴが勝手に走り回ってくれてる」

「おぉー、お掃除ロボットか。母ちゃんが欲しがってる」

「洗濯は?」

「洗濯は洗濯機がやってくれるよ」

 話している内に、やっと玄関に到着した。

 重厚な扉の横に、警備会社セマダのマークが貼られている。それを見て景都が、

「あ、これ。お父さんの会社のマーク」

 と、言った。

「あぁ、そうなのか。お世話になってます」

「これって、泥棒とか入ったら来てくれるんだろ?」

「うん。最近は田舎も物騒だからな。近所の金持ちの家には、みんなこのマークついてるよ」

 流石に聞かれ、咲哉は玄関の鍵を開けながら言っている。

「お父さんは警備員さんとか監視員さんの人数管理とかやってて、急に誰か休んじゃうと代わりに夜勤に入ったりもしてるよ」

 と、景都が話す。

「人数管理って、けっこう偉い人だな」

「よくわかんないけど、何年か前から少しお給料が上がって、お母さんが助かるって言ってた」

 玄関扉が開けば、広々とした玄関ホールだ。

「スリッパ履くか?」

 咲哉に聞かれても、流石と景都はポカンとした表情で見回すばかりだ。

 このままダンスパーティーでも開けそうな玄関ホールだ。

 正面の左奥に2階へ上がる階段が見える。

 靴を脱ぎ、3人はスリッパを履いて玄関ホールに上がった。

「不思議屋以来の衝撃」

 と、流石が言うと、咲哉は小さく噴き出して笑った。

「そこまでじゃないだろ」

 景都の目が、玄関ホール正面の壁に飾られた家族写真を見つけた。

「わー、家族写真が飾ってある」

「母さんが帰って来るたびに、色々入れ替えてるんだよ」

 壁一面のコルクボードに、たくさんの写真が貼り付けられている。

「あ、俺たちの写真もある。卒業式の」

「あっ、こっちの咲哉、髪が長いよ」

 と、景都が1枚の写真を指差した。咲哉も写真を見上げ、

「あぁ、それスッピンの母さんだよ……それ俺に見えるのか」

「咲哉はお母さん似なんだね」

「そうかな」

「隣に写ってるのが父ちゃんだろ。父ちゃんにも似てるよな。父ちゃんと母ちゃんが似てる訳じゃないのに」

「親子って不思議だよねー」

 景都が頷きながら言っている。

 咲哉も笑いながら流石と景都の背を促し、

「客用の布団、日が出てる内に少し干しておくから手伝ってくれ」

 と、言った。景都は目をパチパチさせ、

「同じお布団で寝てくれないの?」

 と、言う。咲哉も目をパチパチさせ、

「それでも良いけど」

 と、答えた。

「子どもかよ」

 と、流石は笑ったが、

「まぁ、俺のベッド無駄にでかいから、3人寝られるかな」

 と、咲哉が言うので、流石も目をパチパチさせた。

「とりあえず、俺の部屋行くか。2階の奥」

「後で、探検したい!」

 と、景都はご機嫌だ。

「俺ら、お互いの家に遊びに来た事もなかったもんな」

 シックな木目調の階段を上がりながら、流石が言う。

「いつも、北小の生徒会室で遊んでたもんな」

「咲哉んちが初めてのお宅拝見だね」

「あはは、そうだな。あ、2階のトイレはここ。そっちが父さんと母さんの部屋で、俺の部屋はこっち」

「2階も広いねぇ。咲哉の部屋、ここ?」

「うん」

 階段を上がって左に進むと、奥から2番目の扉が咲哉の部屋だ。

 その部屋を見て、流石と景都はもう一度ポカンとする事になった。

 カーテンの引かれた窓は小さいが、天井が高く広々としている。

 扉から入って正面にはL字型の机が置かれていた。半分を勉強机として使い、もう半分にデスクトップパソコンが置かれている。棚に並ぶのは中学の教科書やノートだが、パッと見た様子はオフィスの一角のようだった。

 姿見や引き出しも高級そうに見えた。子どもらしい部屋ではない。

 そして、部屋の中でひときわ目立つのは大きなベッドだ。

「本当にでっかい……」

「これ、ダブルベッドってやつ?」

「いや、クイーンサイズ? うちの親が使ってたベッドのお下がりなんだけどさ。それでも転げ落ちるんだよ。俺、寝相悪いから」

「へー、意外」

 姿見鏡の横に咲哉の制服がハンガーに掛けられている。

 部屋の奥にあるクローゼットからハンガーをもう2つ出してきて、

「制服持って来たんだろ。とりあえず、出して掛けとけよ」

 と、咲哉が言うが、ふたりの目は大きなベッドに向いている。

 枕や布団カバーはグレー系で統一されている。しかし、その上に脱いだままのパジャマはショッキングピンクだった。

「お前、すごい色のパジャマだな」

「うん。意外」

「あ。いや、母さんのお下がりだけど、100%シルクで上下セット十万以上するパジャマなんだ」

 と、苦笑いで咲哉はショッキングピンクのパジャマを丸めた。

「十万以上っ!」

「フランスの友だちにもらったらしいけど、父さんの趣味じゃないからって資源ゴミの日に出しといてくれって言われたんだよ。でも肌触りが良くて寝心地良いんだ。もったいないから俺が着てるんだよ」

「へー」

「じゃあ、客用の枕だけ出して来るから、適当にしてて」

「わかった」

 咲哉が扉を開けると、廊下をお掃除ロボットのタンゴが高速で走り去っていった。

「今の、なに?」

「あぁ、タンゴ。センサーの調子が悪くてさ。高速でぶつかって来るから気を付けてくれ」

「……へー」

 流石と景都はポカンとするばかりだった。


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