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不思議屋と心霊探偵団  作者: 天西 照実
6/42

兄、駿河 2

 駄目元で3人はもう一度、不思議屋へやって来ていた。

 薄暗い店の中、老婆は手元の水盆すいぼんを見下ろしている。

 流石さすがが真剣な面持ちで老婆を見つめている。

 白狐の笹雪ささゆきを抱いている景都けいとと、咲哉さくやも老婆の言葉を待っていた。

「体質は治せんが、最近の体調不良の原因なら取り除けそうだね」

 と、老婆は水盆から視線を上げて言った。

「原因ってなんだよ」

「伯母の美加みかだよ」

「……は? さっき、見舞いに来てたけど」

 流石が、いぶかしげな顔で首を傾げた。

「それほどが強くはない。知れれば引っ込む程度だ。だが荒立てればこじれる」

「だから、なんのことだよっ」

 食ってかかる流石の後ろで、咲哉がスマホのレンズ側を老婆に見せた。

 老婆は頷き、

「明日の午後3時、病室の外から覗いてごらん」

 と、言った。

「学校が終わってからじゃ間に合わないよぉ」

 と、景都が言う。

「いや、学校から直でタクシーに乗って行けば間に合うよ。すぐ乗れる時間に、俺がタクシー呼んどくよ」

 と、咲哉はもう一度スマホを振って見せた。



 その日は雲が厚く、廊下の窓から入る日差しのぬくもりも少なかった。

 入院棟はひんやりとして静かだ。

 駿河するがの病室は、若年層の入院階の一室だった。

 午後の回診なども終わり、入院階には廊下を出歩く患者の姿もない。

 個室の扉は、縦長の覗き窓がついたデザインだ。

 ちょうど午後3時になった。

 足音を抑えて病室の前に来た3人は、不思議屋の老婆に言われた通り、扉の窓をそっと覗き込んだ。

 駿河は、枕に背を預けて座っていた。そのベッドに、伯母の美加も腰掛けている。

 美加は駿河の肩を撫で、身を寄せた。

 視線を落とす駿河の口に、美加がそっとキスをした。

 頬を撫で、視線を覗き込むと、もう一度唇を合わせる。

 廊下の暖房なのか、生暖かい空気が流れていた。

 咲哉に袖を引かれるまま、流石と景都は入院棟の階段ホールまで戻って来た。

 患者が行き来することの少ない階段には暖房もなく、ひんやりと冷たく感じる。

「そういう事だったんだな」

 と、咲哉が頷いている。

「……今のって」

 呆然としたまま、景都が呟いた。

「いやいや、なに逃げてんだよ。止めねぇと」

 と、向きを変える流石の腕を掴み、咲哉はスマホの画面を見せた。

 先程の瞬間。美加が駿河にキスしている場面が写されている。

「なにしてんだよ、お前」

「これがどういう意味でも、俺が兄貴なら弟には見られたくないよ」

「……」

「婆さんが言ってたのはきっと、これが駿河さんの体調不良の原因ってことだ。荒立てればこじれるって言ってたろ。これごと持ってって良いから、なにも言わずお母さんに見せろ」

 と、咲哉は流石にスマホを差し出した。

 流石はスマホを受け取ると、

「先帰る」

 と、言いながら階段を駆け出した。

 その場に残された咲哉は、まだ呆然としている景都の背を促し、

「俺たちも帰ろう」

 と、階段を歩き出した。

 景都も小さく頷いて歩き出す。

 雲が厚くなり、もうすぐ雨が降り出しそうだ。



 伯母の美加は、流石と駿河の母親、彩加さいかの実姉だ。

 甥である駿河の入院する病院へ、ちょくちょく通って来ては勝手に世話を焼いていたらしい。

 レンガ造りの喫茶店は、冷たい雨のせいで客足が少ない。

 窓ガラスに、吹き付ける雨が流れ続けている。

 彩加は、姉の美加を近所の喫茶店に呼び出していた。

 彩加は活発な印象の女性だ。さらりとしたセミロングの黒髪を耳にかけている。

 重い表情をしているが、待ち合わせの席にやって来た美加よりもずっと若々しく見える。

「急にどうしたのよ。こんな天気に」

 席に座った美加に、

「姉さん、これを見て」

 と、彩加は、自分のスマホに転送した例の写真を見せた。

 美加は画面を覗き込んで眉を寄せ、

「……なによ、この合成写真」

 と、声を尖らせた。

「駿河から聞き出したわ」

「なにを」

「姉さんがそんなに病院に来てたこと、わたし知らなかったわ。駿河が黙っていたのは、そういうことだと思うの。駿河のことを気にしてくれるのは嬉しいけど、もう二度と病院には来ないで」

 落ち着きながらも、強めの口調で彩加は言った。

「そんな写真、なにかの間違いよ」

「ええ、もちろんよ。でももう病院には来ないで。駿河の所には、私や流石が行くから」

「そう」

 わざとらしく溜め息を吐き出すと、美加は注文をすることなく席を立った。その後ろ姿を、彩加が目で追う。

 カツカツとヒールの音を鳴らしながら、喫茶店を出て行く美加は不機嫌そうな表情だった。赤い傘を広げ、その姿はすぐに見えなくなる。

 まだ雨は止みそうにない。

 一歩遅れたウエイトレスが、彩加の残る席へやって来た。

「あの、お連れ様は」

「ごめんなさい、ちょっと立ち寄っただけだったんです。えっと、レモンティーをもう一杯もらえます?」

 と、彩加はお代わりを注文した。

「かしこまりました」

 ウエイトレスに作り笑みを向けていた彩加は、スマホ画面に視線を落とすと、眉間にしわを寄せて息をついた。



 ひんやりとした空気の中、暖かい風が流れている。

 日ごとの寒暖差も大きく、季節の移り変わる時期だ。

 学校の帰り道。

 雑木林の横を、3人は傘を差して歩いていた。

「こういうのって……身内だけどさ。これでいいのか? 警察とかに言わなきゃいけない事じゃないのかな」

 と、流石が言った。

「証拠写真、撮っちゃってるね」

 と、景都も呟く。咲哉は薄暗い林の奥を眺めながら、

「警察沙汰になったら身内による虐待なんて事になって、駿河さんにやたらな人目が向くぞ」

 と、話した。

「……そんなの、具合がますます悪くなっちまう」

「その通り。これ以上続くようならともかく、身内とは言え、守りたいのは加害者側じゃなくて被害者側なんだからさ。わざわざおおやけにしなくても良いじゃないか」

「うん。そうだな」

「きっと、流石のお母さんが上手く伝えてくれたよ」

 静かに頷く流石の手を、景都がそっと握った。



 病院の窓の外を、さらさらと霧雨が舞っている。

 北区総合病院1階の売店で、咲哉と景都は差し入れを選んでいた。

「俺の親戚にオネエの人がいてさ。多少スキンシップは激しいけど、別に俺は嫌じゃないんだよ。ちゃんと相手に合わせてくれてるって言うか、俺が引くような事は絶対しないんだ」

 と、咲哉が言う。

 咲哉が適当に選んだ飲み物を、景都の持つカゴに入れていく。

 カゴを持ちながら景都は、

「自分勝手はダメだよね。相手に合わせるって、相手を合わせさせるって事じゃないもん」

 と、言う。

「うん。本当だね」

 咲哉は景都の髪を撫でた。「景都はなに飲む?」

「あ、桃のジュース」

「オーケー」

「あ、自分の僕払うよ」

 と、景都は言うが、咲哉はレジに向かい、

「俺が買うからいいよ。でも上まで持ってってくれるか」

 と、笑った。

「うん」

 売店の奥の窓から薄日が差している。

 もうすぐ雨は止みそうだ。



 ひとりで病室へやって来た流石の表情で、兄の駿河はすぐに気付いたらしい。

「見られたか」

 と、駿河は肩を落とした。流石は無言で頷いた。

「午前中、母さんが来たよ。詳しく教えてくれなかったけど、美加さんはもう来ないって」

「俺が来るよ」

「それは楽しみだ」

 駿河はにっこりと笑った。

「なんで母ちゃんに言わなかったんだよ」

 流石が言うと駿河は片手を伸ばし、流石の短髪を撫でた。

「まぁ、それで伯母さんが救われてるなら良いのかなと思ってたんだよ。俺に出来ることなんて少ないからさ」

「じゃあ俺に算数教えてくれよっ、まちがえた数学!」

 と、流石は力強く言った。

「……そのくらい構わないけど、数学苦手なのか?」

「だいたい……全部の教科苦手だけど」

「全部?」

 病室の扉がノックされ、景都と咲哉が顔を出した。

「流石、声大きいよ」

「ジュース買ってきた」

「ふたりも来てくれたのか。こんにちは」

「こんにちは!」

 景都は、ジュースの入ったビニール袋をベッド横の棚に置いた。

 薄いカーテンの向こうから、夕方の日差しが届き始める。

 雨は止んだようだ。

「新しい中学の勉強って難しいのか? 母さんからは、あんまり小学校の通知表も良くないって聞いたことはあったけど」

 駿河に聞かれ、景都が嬉々として、

「流石はすごいんだよ! 小学校の通信簿で、右から順番に1,2,1,2って行進みたいな時があったんだよ」

 と、答えた。

「行進……」

「この前やった入学初期学力テストってやつの総合順位は、俺が上から5位だった時に下から5位だったよな」

 と、咲哉も笑いながら言う。

「――!」

 これには駿河も驚きの表情を見せた。

 流石は口を尖らせている。

「中学は勉強をする場所だと実感したぜ。英語も単語の小テストばっかやるしさ」

「小学校では生徒会長だったんだろ? 勉強できなくはないんだと思ってたよ」

 と、駿河は目をパチパチさせながら笑っている。

「成績で選ばれた訳じゃねぇもん。それに行事とかで言う事は咲哉が書いてくれてたんだ」

 片手をひらつかせて咲哉が、

「副会長でした」

 と、答えた。

「俺の勉強はここでできる通信教育だったから、普通の中学の内容とは少し違ってるかもしれないけどな……うん。そういうレベルなら、俺に教えられる事は色々ありそうだ」

 駿河はそう言って、明るく笑っていた。



 ――その夜。

 駿河が目を覚ますと、開いているベッドに半透明の若い女が腰かけていた。

「シズさん」

 ベッドに起き上がり、駿河は半透明の若い女に声をかけた。

『残念。お迎え、遠退いちゃったみたいね』

 ほわほわした声で女が言う。

「弟のおかげです」

『よかったわ。心配してたのよ』

「シズさんには、お迎えよりお見舞いに来て欲しかったな」

『これから、弟君たちが元気を運んでくれるわ』

「はい」

 半透明の若い女は、腰掛けた空きベッドのシーツを撫で、

『ふた晩だけだったけど、このベッドもなんだか愛着がわいちゃったわ。最後に覚えている場所だからかな。でも、もう逝かなくちゃ』

 半透明の若い女はふわりと立ち上がると、駿河のベッドのそばにやって来た。

 女性用の病室が足りず、駿河とふた晩だけ相部屋になった女だ。

 その後、亡くなっている。

『シートベルトを締め忘れた時に限って事故を起こして、顔は包帯を巻かれてたのに、どうして私が若い女だってわかったの?』

「今と同じ姿が、体から出かかってました」

『ふうん。死ぬ間際の人間ってそんなふうに見えるのね』

「人によりますけどね」

『その体質が、あなたの体調に影響してるのよ』

 言われて駿河は苦笑して見せる。

「まぁ、俺の場合はそうですね」

『もう行くわ。元気でね』

「シズさんも気をつけて」

『ありがとう』

 空気に解けるように、若い女は姿を消した。

 見送っていた駿河は、棚に置いた写真立てに目を向けた。

 流石たち3人が写る卒業式の写真だ。

 3人の笑顔につられるように、駿河は優しい笑みを向けていた。


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