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不思議屋と心霊探偵団  作者: 天西 照実
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兄、駿河 1

今回はホラー要素が少なめです。

 知人の兄が亡くなった。

 本人と直接の関わりはなくても、それは流石さすがにとって、他人事ではないのだ。


 青森流石の兄、駿河するがは身体が弱く、ずっと入院している。

 不思議屋の不思議な喫茶テラスで、流石は景都けいと咲哉さくや、それに不思議屋の老婆に兄の話をしていた。

「前にテレビでさ、家族でキャンプに行くっていう内容の旅番組を見てたんだ。河原とか山の中で、兄弟で遊んでるのが楽しそうだった。それで、なんとなく『俺も兄弟で遊んでみたい』って言ったんだ。そしたら親父が『それなら、お前には兄貴なんかいないものと思え』って言ったんだ」

 涙のあふれていた目元を擦りながら、流石が話した。

「……そんなぁ」

 聞いている景都の目も潤んでいる。

「親父はよく言葉が足りないとかって、母ちゃんに言われてるからさ。いま考えれば、一番我慢してるのは兄ちゃんだとか、俺と遊んだりしたら兄ちゃん死んじゃうとか、そういう意味で言ってたのかも知れないんだけどさ。そのとき俺は、親父は兄ちゃんが負担なのかなとか、入院費が大変なのかとか思ったんだよ。俺にはわからないような難しい事があるのかなとか、遊んでる場合じゃない感じのさ……」

「でもさ、でもさぁ、兄弟なのに……」

 と、景都も目に涙をいっぱいに溜めている。

 流石は小さく何度も頷きながら、

「家族なのになんてこと言うんだって思った。でも、もしかしたら兄ちゃんの病気、すごく悪くて今にも死んじゃうんじゃないかって思って、親父に言い返せなかったし、今でも何も聞けないんだ」

 と、話す。

 静かに聞いていた咲哉は、不思議屋の老婆にちらりと目を向けた。

 老婆の横顔は、薄い笑みを浮かべたまま変わらない。

 緑茶をひと口飲んでから、咲哉は、

「病名は?」

 と、流石に聞いた。

「虚弱体質」

「……生まれつきのものなのか?」

 咲哉に聞かれ、流石は頷いた。

「生まれつきの体質だから、治らないって聞いた。俺が小学校入る前までは家で寝てたんだけど、何度か救急車で運ばれてから、入院したままになった」

「そうだったのか」

 腰掛けていた椅子から立ち上がり、流石は老婆に、

「兄ちゃんの病気、治す方法はないのか」

 と、聞いた。老婆は、

「病名として扱われるものでも、それが本人の体質なら治すという言葉は当てはまらないよ。症状を良くするなら『改善かいぜん』という言葉になるだろうが、駿河の体質は今の状態で安定している。無理に改善しようとすれば数年は元気になっても、その分、寿命を短くすることになる」

 と、しわがれた声ながら優しく話した。

「……そうか」

「元の体質は変えられんが、さらに風邪でも引いたら回復祈願をしてやるよ」

 景都も涙を擦り、

「お見舞いには行けないの?」

 と、聞いた。

「行けるよ。でも、親父の話のあと、なんか行きにくくなっちまって」

「行こうよ。ずっとひとりで入院なんて寂しいじゃん」

「お母さんに聞いてみろよ。俺たちも行っていいかどうか」

 景都と咲哉に言われ、流石は涙の残る目をパチパチさせた。

「一緒に来てくれんの?」

 景都と咲哉は大きく頷いて見せた。

 3人の笑顔を、老婆と笹雪ささゆきは穏やかな表情で眺めていた。



 早朝から雲が増えている。

 流石、景都、咲哉は、人通りの多い通学路ではなく、竹藪たけやぶや雑木林に囲まれた田舎道を選んで登下校している。

 朝の待ち合わせ場所から3人で歩き出すと、流石は、

「最近、あんまり具合良くないんだってさ。でも、俺の顔見たら兄ちゃん元気になるかもって母ちゃんが言ってた」

 と、話した。

 空き家のボロ壁と雑木林の境界に引かれた、狭い通路を歩いている。

「僕たちも行って大丈夫?」

 と、景都が聞いた。

「うん」

「じゃあ、学校終わったらこのまま、制服見せに行くか」

 と、咲哉が言うと、流石と景都も揃って頷いた。



 合併都市開発の一環で、新しい四季深しきふか市の中心地には大規模な医療センターが建てられた。最新設備も整い、腕のいい専門医に診てもらうためには紹介状などが必要だ。

 そちらは、いつでも混雑しているらしい。

 流石の兄、駿河は合併前からある田舎の総合病院に入院している。

 流石たちの通っていた北小学校からも、入院棟が見えていた。

 以前からある病院と言っても、北区総合病院は明るくスッキリした印象だった。屋内が清潔なので、外壁にひびなど見えても気にならない。

 3人は正面玄関から入ると、備え付けアルコールでしっかりと手指消毒をした。

 受付窓口や薬局の前の待合ベンチは、半数が埋まっている。

「入院棟はこっちだ」

 流石が先頭を進み、3人は外来受付からは反対側の階段を上がった。

 通院患者の多い外来病棟から離れると、とたんに人気ひとけがなくなる。入院棟は出歩く患者も少なく静かだ。

 駿河の病室は5階奥にある。

 扉の覗き窓から病室内を見ると、パジャマ姿の駿河がベッドで本を読んでいた。

「……よし」

 流石は少し緊張した表情で、扉をノックした。

「はい」

 落ち着きのある声が答えた。

 横開きの扉を開け、3人は駿河の病室へ入った。

 大きな窓に薄いカーテンが引かれている。

 手前の横壁際に空いているベッドが置かれ、奥の明るい窓際に駿河のベッドがあった。

 膝の上の本を閉じて棚に置くと、パジャマ姿の駿河は笑顔で3人を迎えた。

「兄ちゃん。あの、友だち」

 流石が言うと、景都と咲哉はぺこりと頭を下げた。

「こんにちは」

 痩せた青年だが、落ち着きのある笑顔は目元が流石とよく似ていた。

 駿河はベッドに歩み寄る3人を眺め、

「学ラン、似合うじゃないか」

 と、言った。

「みんな、制服に着られてるって言うよ」

「そんなの、すぐに馴染んじゃうよ」

 駿河は流石の学ランの袖を撫でた。

「なんか、久しぶりになっちゃって……えっと制服、見せに来た」

 と、流石は言った。

 入学してからいくらも経っていないが、流石の制服はすでにしわだらけだった。だぼだぼの景都の制服とも、サイズを合わせて仕立てられた咲哉の制服とも印象が違うから不思議だ。

 青白い顔ながら、駿河は明るい表情で3人を眺めている。

「そっか。もう中学なんだよな」

「うん」

「友だちを連れて来たのは初めてだな。あぁ、でも、小学校の卒業式の写真に写ってたふたりだね。母さんに見せてもらったよ」

「富山景都です!」

 と、景都が名乗ったので、咲哉も、

「栃木咲哉です」

 と、名乗った。

「よろしく」

「前からひとり部屋だったっけ?」

 長期入院のためか、窓際の駿河のベッド横には、戸棚や小さいテレビが置かれている。ベッドの柵には、スライド式のテーブルも備え付けられていた。

「二人部屋なんだけどさ。怪我とか急病で短期入院の人が、時々そっちのベッドに入るんだよ」

 と、駿河は壁際の空きベッドに目を向けた。

「へー」

「この前は、若い女の人が入ってたんだよ」

「え、男女で分かれてないの」

「普通は別々なんだけどさ。たまたま病室が足りなくて、ちょっとだけだからって。ふた晩だけだったけど、気まずいからこっちのカーテンも閉めっぱなしだったよ」

 と、天井から下がるベッド回りのカーテンを指差して笑った。

 ベッド脇に置かれていた丸椅子をふたつ持ってきて、景都と咲哉が座った。流石は駿河のベッドの足元に腰掛ける。

「ほとんど一人部屋状態の二人部屋なんだね。病院の夜とか怖くない?」

 と、景都が聞いた。

 駿河は景都のふわふわな髪を撫でた。

「周りの部屋には他の患者さんが寝てるし、看護師さんの見回りも来るし、別に怖くはないよ」

「病院の怖い話とかないの?」

 と、流石が聞いている。景都が、

「やめてよぉ……」

 と、口を尖らせた。

「はは、そういう話はぜんぜん聞かないんだよなぁ。そこの廊下さ、突き当たりが曇りガラスになってるんだけど、上の階はガラスが透明で夜には月が見えるんだよ。この前、夜中に月を見てたら急に子どもの声がしたんだ」

「子ども?」

「そう。上の階は廊下の突き当たりの横が、入院患者用の休憩スペースになってるんだ。そこで、1歳とか2歳くらいのよちよち歩きの子どもだけ十人くらい、うろうろして遊んでたんだよ。看護師さんとか保護者みたいな大人は誰も居ないし、キャッキャしててうるさいんじゃないかと思っても、次の日には誰もそんな話はしてないんだよなぁ」

 楽しげに話す駿河に、3人は目をパチパチさせている。

「……」

「……」

「あと、これも夜中だけどさ。赤ちゃんを抱いた女の人が5人、縦一列に並んでそこの廊下を歩いてたんだ。みんな同じ黒い服を着て、結構な速さで通り過ぎてったよ。でも、やっぱりそういう人たちが歩いてたって話は、他の患者さんたちからは聞かないな」

「……産婦人科の人たちかな」

 と、景都は聞いてみた。

「あぁ、そうかもな。赤ちゃんを抱いて暗い道を歩く練習とか」

 と、駿河は笑っている。

 この人なりのジョークだろうか。それとも……。

 咲哉はどんな反応をすべきかと考えたが、つっこみは実の弟にまかせようと、流石に視線を送った。

「なあ、それって――」

 流石が駿河に聞き返そうとした時だ。

 病室の戸をノックする音が響いた。

 紫色のワンピース姿の、中年女性が顔を見せた。

「あら、流石君?」

「え、伯母さん?」

 中年女性は、慣れた様子で駿河のベッドの奥まで行き、ハンドバッグを棚の上に置いた。

「しばらく来なかったんじゃない?」

「……あ、うん」

「最近、駿河君あんまり具合良くないのよね。聞いてるでしょ?」

「母ちゃんに聞いたけど」

 軽く頭を下げて会釈(えしゃく)する咲哉と景都にちらりと目を向け、

「病院は賑やかにお友だち連れてくる場所じゃないわよ」

 と、女性は溜め息交じりに言った。

「流石は病院で騒いだことないですよ」

 と、駿河は言うが、流石は少し気まずそうに、

「あ、じゃあ兄ちゃん。俺たち帰る。また来るから」

 と、立ち上がった。

「そっか。気をつけて帰れよ」

「うん」

 景都と咲哉がもう一度ぺこりと頭を下げ、3人は駿河の病室を後にした。



 流石と駿河の伯母、美加みかは景都と咲哉の座っていた丸椅子を、少々大げさな様子で片付けていた。

「流石は学ランを見せに来たんですよ。ついでに友だちも紹介してくれました」

 駿河は肩を落としながら言っている。

「駿河君は学ラン着られた事ないのに、わかってるのかしら」

「流石のランドセルは俺のお下がりだったんですけどね。中学の制服は流石のを買ってもらえたんですよ」

 駿河が話しても、伯母の美加は気にせずベッドに腰掛けた。

「さ、それより着替えましょ。体を拭いてあげるわ」

 と、ハンドバッグの中から制汗用の汗拭きシートを取り出した。

「看護師さんがやってくれますよ」

 と、言ってみるが、

「だめよ。確かに看護を勉強したプロなんでしょうけど、人数をこなすせいで一人ひとりが粗雑そざつに扱われてる気がするのよね」

「……」

 駿河は、美加の手が伸びる前に自分でパジャマのボタンを外した。


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