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不思議屋と心霊探偵団  作者: 天西 照実
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思い出 2

 公園を出て行く女性は足取りも軽く、楽しそうな表情をしていた。

 しかし、見送っていた景都(けいと)は、ふらりとベンチに倒れ込んだ。

「あっ」

 急に立ち上がろうとした咲哉(さくや)も、立ち眩みでふらついた。目を閉じながら、

流石(さすが)、行ってやって」

 と、景都の残るベンチを指差している。

「おう。ゆっくり来い」

 そう言いながら流石は、景都の元へ駆け出した。

 水晶玉越しに見ても、女性の姿は消えている。

「景都、どうした!」

「あー、流石ぁ……くたびれちゃった」

 ベンチに寝そべりながら、景都が眠そうな声で言った。

「何かされたのか?」

「されてないよ。でも……眠い――」

「眠い?」

「寝かせてやれ」

 ゆっくりと咲哉もベンチまでやって来ると、景都の髪を撫で、

「お疲れさま」

 と、薄い笑みを見せた。景都も満足そうな笑顔だ。

「流石、景都を背負えるか? 不思議屋に連れてこう」

「おう。咲哉は大丈夫か?」

「うん。ゆっくり休んだから」

 流石は通学リュックを体の前に回して肩に掛け、景都の前で屈んだ。

 抱き付くように景都が背中へ乗ると、流石は軽々と背負い、立ち上がる。

「景都をおんぶするの、久しぶりだな」

「そうだねぇ」

 とろけるような声で答えると、景都はすぐに目を閉じ、眠ってしまった。

 湿った風が流れているが、蒸し暑くもなく過ごしやすい体感だ。

 朝夕は冷えるので、6月に入っても子どもたちは学ランを身につけている。

 不思議屋へ向かいながら、流石は咲哉に目を向け、

「景都と咲哉、重さ変わんねぇんだけど」

 と、言った。

「うん。発育測定で体重、ほとんど同じだったよ」

 無表情に言う咲哉に、

「いや、お前。痩せすぎだって。景都より頭ひとつ分は身長あるのに」

 と、言ってやった。

「じゃあまた、うちで焼き肉でもやるか」

「おー。暑くなる前に、スタミナつくもん食おうぜ」

「いいね」

 林に囲まれた道へ入り、3人は楓山(かえでやま)への近道を進んだ。



 楓山の砂利道を登って行けば、木造家屋の不思議屋は現れる。

 入り口には大きな深緑色の暖簾(のれん)がかかり、その右側には巨大な設樂焼(しがらやき)のタヌキが置かれている。しかし、不思議屋に住むのはキツネと老婆だ。

 暖簾の左の壁には、日によって変わる品書き札が掛けられ、本日は『薬種薬酒』と『厄除け』、『人生相談』の3枚だ。

 咲哉が暖簾を開き、景都を背負った流石が潜り抜けた。

 薄暗い店内に老婆の姿は無い。

 不思議な商品がゴチャゴチャと並ぶ店内を抜けて、3人は奥の木戸から喫茶テラスに入った。

 こちら側は、驚くほど明るい。

 洒落た喫茶店のような洋風テラスのテーブルで、

「おかえり」

 と、老婆がしわがれた声で言った。

 動かなければ、ボロ布に包まれた地蔵のような風貌の老婆だ。

 テーブルには子犬よりも小さく見える白いキツネも、ちょこんと座っている。

「気付け薬が出来ているぞ」

 と、言うのは、言葉を話す白狐(しらぎつね)笹雪(ささゆき)だ。

「おー、サンキュー」

 流石は、いつものテーブルのいつもの席に、背負っていた景都を座らせた。

 連絡を入れている訳でもなく、老婆はいつでも子どもたちに必要なものを用意して待っている。すでに慣れっこの3人は不思議がる事もなくなっている。

「僕、これ初めて」

「俺のも作ってくれたんだ」

 景都の席と咲哉の席にも、湯飲み茶碗が置かれていた。それぞれの湯飲み茶碗の中身は、色と香りが少し違っているようだ。

「景都の気付け薬と、咲哉にはいつもの薬湯(やくとう)だよ。ココアも用意してある。一気に飲んじまいな」

 と、老婆はクックッと笑った。

 テーブルでは笹雪が、珍しく担がれてきた景都を心配そうに見詰めている。

「どっちも苦そうなニオイだなぁ」

 と、流石にも見守られながら、景都と咲哉はゆっくりと湯飲み茶碗を空にした。

「……」

 景都は感想も言えずに目を白黒させている。咲哉は苦笑いだ。

 外は曇り空だったが、喫茶テラスの窓には明るい高原の景色が広がっている。

 紫外線アレルギーの咲哉でも日向ぼっこできる、偽物の陽光なのだそうだ。

 そもそも喫茶テラスは、不思議屋の外観からは存在すらしていない謎の空間だ。

 陽光や天気が偽物でも納得してしまう子どもたちは、不思議を受け入れるスキルを会得しているのかも知れない。

 老婆の作った苦い気付け薬で元気になった景都は、甘いホットココアを頬張ってホッと一息ついた。

「景都はお姉さんって言ってたけどさ。俺には、お婆さんとお姉さんがダブって見えてたんだ」

 ココアのカップを口に運びながら、咲哉が言った。

「お婆さんとお姉さんが見えてたのか?」

 と、流石は咲哉に聞いた。

「うん。同じ女の人の、若い頃と年を取ってからの姿が重なってたんだと思う」

 老婆は渋茶をすすりながら、

「それなりに長生きした女だね。年を取って死んだが、若いころの記憶が鮮明で、年を取ってからの気がかりと結びついたんだろうね」

 と、言った。

「気がかり……」

「寝たきりになった夫の世話をしていて、いつ夫が目を覚まさない日がくるかと恐れる日々が長かったようだ」

「……それは、不安だったよね」

 景都が表情を曇らせる。流石は首を傾げ、

「でも悪い霊じゃなかったってことだよな。景都はなんで急に眠くなっちまったんだ?」

 と、聞いた。

「そのまま消えるのを待つばかりだった霊の気を晴らして成仏させるには、生者の生気を与える必要があったのさ。女に景都の生気を奪うつもりはなくても、気が晴れた時点で生気は吸い取られちまうもんだ。自然と移ってしまうと言っても良いだろうね」

 と、老婆が話す。笹雪も、

「磁石と砂鉄のようなものだ」

 と、言った。

 首を傾げる流石の隣で、景都は、

「なんとなくわかるよ。磁石の幽霊さんは、砂鉄な僕の生気が引き寄せられてくっついちゃうってことを知らないんだよね」

 と、言った。

 なるほどと、流石と咲哉が頷いている。

「そう。友好的だろうと死者と生者は、そう簡単に関わり合えるばかりじゃないのさ」

「そっかぁ」

「でも、あの女の人の気がかりが晴れて良かったな」

 と、流石が言った。

「うん!」

 嬉しそうな笑みを見せる景都の頭を、咲哉が優しく撫でた。



 その後、香梨寺(こうりんじ)の墓地にカタバミの花が咲いた墓があったことを、3人は知らない。


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