廃墟の晩餐 5
翌日の放課後、上高地が1年生の教室階にやって来た。
流石、景都、咲哉、6組の松本と上田と共に、生徒たちの帰った1年2組の教室で事の顛末を話していた。
松本には連れて行く気満々の霊が、上高地の後ろに居るのが見えていた。うっかり目を合わせてしまい、代わりに連れ去られてしまったのだ。
「上高地先輩を連れてこうとしてたサラリーマンの霊、どうなったんだ?」
と、松本が聞いた。流石が、
「パーティーしてた霊たちと一緒に、あの世へ逝けたって」
と、答えた。咲哉も椅子に座って痩せた足を組みながら、
「学校で松本が代わりに連れてかれてなかったら、誰も知らないまま先輩は突然、意識不明になって衰弱死とかしてましたよ」
と、上高地に言っている。
「……助かったよ」
窓際で空を眺めながら、上高地は言った。その視線を流石と咲哉に向け、
「もうひとつ、気になってる事があるんだ」
と、言った。
「なんすか」
「伯父さんは、パーティーの中に居なかった」
「死ぬ前の一番楽しかった時間に、どんな奴でも招き入れようとは思えないでしょう」
溜め息交じりに、咲哉が答えた。流石は首を傾げながら、
「そういや、先輩の伯父さんも自殺なんだよな。あの場所には居なかったんだな」
と、言っている。
「……」
「居なかったよな?」
「……先輩の伯父さんが死んだのは、ビルに入って正面の管理人室みたいな場所でしょ? 俺達が入ってない場所に居たんだよ」
答える咲哉に、上高地は目を見張り、
「居たのかよ。まだ居るってことなのか。自殺者たちの霊は救われたんだろ? なんで伯父さんだけ助けてくれないんだ」
と、言った。
「……」
「見殺しにしたのか。死んではいるけど、他の自殺者だけ助けておいて」
強い口調で言う上高地に、松本と上田が顔を見合わせている。流石が、
「先輩、俺たちだってなんでもできる訳じゃないっすよ」
と、言うが、
「だからって、黙ってることないだろ」
と、上高地は言い返す。
「……地下で死んだ人たちは、生きたかったんですよ。でも死ぬしかなくて、もう自殺しか選択肢が見つからなかったんだ」
咲哉が、静かに言った。
「咲哉」
「一緒に死ぬ人がいるからって、軽い気持ちで死ねたわけじゃない。ひとりひとり、自分じゃどうにもならない状況の中で、なんとか少しでも苦痛を減らそうと努力して我慢し続けて、それでもどうにもならなかった。つらい時ほど、次の行動は少しでもつらくないようにしたいものでしょ。だから、他の死にたい人と一緒に、思い切ってしまおうと思ったんだ」
「……自殺は自殺だ」
上高地が言うと、咲哉はわかってましたとでも言うように溜め息を吐きだした。
「理解できるなら、とっくに向こう側だったかも知れませんけどね」
「は?」
「先輩の伯父さんはね。生きる努力をしたくなくて、軽い気持ちで死んだんです」
「なんだよ、それ」
「先輩の伯父さんは親から相続していたあのビルを持っているだけで仕事してる気になってたんですよ。妻も子どももいて、とっくに廃ビルになって不労所得なんかなくなってたのに、ビル持ちの資産家気取りでいたんです。ずっと奥さんの稼ぎで飲んだくれてたんですよ」
立ち上がり、真っすぐ視線を向けて話す咲哉に、上高地は少々たじろぎながら、
「……そんな話、聞いたことない」
と、言った。
「先輩のお母さんのお兄さんでしょ?」
「なんで知って……」
「遺産相続でも、先輩のお母さんと揉めていたそうですね」
「……母方の爺さん婆さんは亡くなってて、遺産で揉めたっていうのは聞いたことあるけど」
「介護してたのは先輩のお母さんと伯母さんだったんです。お祖父さんもちゃんとわかってて、遺言書に家と土地は長男の嫁と孫に、金融資産は長女に、長男にはすでに譲渡しているビルがあるからそれ以外は無いって、正式に分配してあったんです」
淡々と話す咲哉に、流石と景都も顔を見合わせている。
「そんな事までわかるのか」
「昨日、先輩のお祖父さんが教えに来てくれました」
「えっ」
と、流石と景都が目を丸くする。
「茶色のチェックのスーツ上下と、同じ柄の丸い帽子をかぶって杖をついてました」
「……お祖父ちゃんの、遺影の格好だ」
「他にも車やらパソコンやら、仕事に必要と言うものを買ってやっても、ついに就職することは無かったそうです」
「……」
「それから、息子と孫が世話になった。息子が蔑ろにしてしまった人たちも救ってくれて感謝してるって言ってました」
「いつだよ、それ」
と、流石が聞いた。
「昨日の帰り。わざわざ、話をしに家の前まで来てくれてたんだ」
と、咲哉は答える。
「マジか」
「持ちビルの収入があった頃は全て遊ぶ金にしてしまって、廃ビルになれば都市開発の失敗が悪い、入り込んで自殺なんかした奴らが悪いって人のせいにし続けていた。話のネタに自分から言い触らしてたくらいだ。バイトでも就職でもできたのに、奥さんの収入からこづかいふんだくってたんです。お祖父さんが亡くなって、正式な意義申し立てもせずに先輩のお母さんが相続した金融資産を分けろと押しかけて手を上げた。奥さんにやってたから、自然と殴っちゃったんでしょうね」
「えっ?」
「だから、離婚届を用意されてたそうです。向こうが言い出した離婚だから奥さんの名義のものも折半でもらえるつもりでいたら、DVの証拠も揃えてあって弁護士と警察が出てきた。折半どころか慰謝料を支払うことになる。もう、代わりにそれを払ってくれる人はいない。一人で家裁に立ち向かうこともなく、自殺未遂で被害者を気取ろうとしたら、本当に死んだというだけの自殺だったんです。地下で自殺した人たちの中にはね、DVの証拠を確保する事もできず両親にも信じてもらえずに自殺を選んだ人もいたんです。その自殺が同じはずないでしょ」
「……」
「彼らの自殺を誰よりも軽んじていたのは、先輩の伯父さんなんですよ。同じ方法で救われるはずがないんだ」
景都が、そっと咲哉の袖を引いた。流石も、
「咲哉、ちょっと座れ。唇、紫になってる。景都、アレ」
「うん」
椅子に座らせた咲哉の頭を両腕で抱き込み、景都の癒しタイムだ。
松本と上田が不思議そうに眺めているが、咲哉は大人しく景都に身を預ける。
流石と景都にも、やっと老婆の言っていたことが理解できた。
「別に、伯父さんを懲らしめようってんじゃないんスよ」
と、流石が言った。景都も咲哉に心臓の音を聞かせながら、
「伯父さんにも、救いがない訳じゃないよ。あるけど、あれもやだ、これもやだって言ってるの。暴力を振った事にされるのはいやだ、みたいな。それは、伯父さんが自分で受け入れなきゃいけないことなの」
と、話した。
「自分で、受け入れ……」
「恨みや無念が強すぎて、死んだ場所に縛られてる自殺者たちにはそれがない。同じ死者の存在でも、居場所は別次元だったんです」
少し赤みの戻った唇で、咲哉が静かに言った。
「そうか……」
視線を落とす上高地に、松本が、
「死んだ後は、嘘も言い訳も通用しないって聞いた事があります。だからこそ、嘘とかごまかしで自分が悪くなかった事にしようとするのは罪が重いんだって。先輩が今度、伯父さんの墓参りにでも行った時に、認めて受け入れた方が良いって、伝える感じで冥福を祈ってやったら良いんじゃないすか」
と、話した。「あのビルには、直接行かない方が良いっすよ」
「……そうだな。そうする。もう行かないよ」
頷きながら言い、上高地は流石たちにも、
「なんか、大変だったみたいで悪かったな。ありがとう」
と、言った。
流石、景都、咲哉の3人は揃って頷いて見せた。
学校で突然、他のクラスの生徒が幽体離脱した。そして、その精神体が跳んで行ったビルの自殺者たちを成仏させた。
心霊現象や不思議現象は、どこにあっても不思議ではないのだと、流石たち3人は実感する。
その週の休日。
流石たち3人は、利津と世津、松本と上田も呼んで不思議屋へやって来た。
霊感体質の松本に、不思議屋を紹介したのだ。
利津など、双子の弟の世津に松本と上田という友だちがいたことに驚いていた。もちろん、不思議屋の喫茶テラスに勝る驚きはないのだが。
楓山を登って現れる、不思議屋という謎の店の存在にも驚いたばかりだ。
喫茶テラスの入り口でぽかんと口を開けている4人に、老婆は、
「大勢連れて来たもんだねぇ」
などと言っているが、喫茶テラスにはテーブルを2台を合わせて大きなテーブルクロスを掛けた大テーブルが準備されていた。
山のような量の焼き立てスコーンとガレット。そして特大サイズのティーポットもふたつ用意されている。
「不思議だけど、不思議屋だから不思議な事に突っ込んでも意味ないよ!」
あどけない笑顔で言う景都の言葉に、
「……なるほど」
と、4人も納得するしかない。
「そこらの菓子屋より、めっちゃ美味いぞ」
早々に食べ始めている流石も言うと、4人も顔を見合わせながらテーブルに着いた。
「おー、マジだ。美味い」
「このジャムなんだろ。スコーン、何個でも食えそう」
「この婆さんが、松本の精神体を連れ戻す方法とか地縛霊を助ける方法を教えてくれたんだぜ」
「あ、お世話になりました」
と、松本が頭を下げると、老婆は愉快そうに頷いている。
しかし世津は、双子の兄や友人たちがパクパクと平らげていく様子を見ながら、
「なぁ、ここの代金って……」
と、小声で咲哉に聞いた。
「俺も初めはそれ気になったよ。でも菓子作りが趣味で食べる人がいないから、これの代金はいらないってさ」
咲哉は笑いながらティーカップを口へ運ぶ。
「マジか……」
「いつもここでオヤツ食べさせてもらって、宿題やったりお昼寝したりして遊んでるんだよ。お化けで困ったことがあったら色々教えてもらったり、咲哉がくたびれちゃったときも薬湯作ってもらったりしてるんだー」
楽しげに景都が話す。4人は驚くばかりだ。
喫茶テラスの窓の外では、楓山ではない高原の風景が広がっている。
子どもたちがスコーンとガレットを平らげるのを眺めながら、
「困った事があれば、訪ねておいで」
と、老婆は言った。
「はい!」
松本が元気に返事をした。隣で上田も頷いている。
生まれつき見える性質という松本は、利津と世津に上田も共に不思議屋デビューしたのだ。
自殺や廃墟侵入という内容ですが、それらの行為を容認・推奨するものではありません。




