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不思議屋と心霊探偵団  作者: 天西 照実
4/42

香梨寺 2

 辺りはすっかり暗くなっていた。

 数台のパトカーと白バイが、香梨寺こうりんじの駐車場にとまっている。

 110番で集まった警官たちは、ライトで照らしながら山裏の現場検証を続けていた。

 流石さすが景都けいと咲哉さくやの3人は、本堂の奥の小さな待合室にいた。

 遺体発見の経緯を警官に聞かれ、流石が、

「もし失踪じゃなくて何かの事故だったとしたら、普段の生活範囲のなかで何かあったかも知れないと思った。だから、事故なんかじゃないってことを確認したくてやぶに入っただけなんだ」

 と、話した。

 あれこれ質問しながら、若い男性警官がクリップボードに書き込み続けている。

 涙の止まらない景都を抱きしめてやりながら、咲哉が、

「トラウマ深めるのは、このくらいで勘弁してもらえませんか」

 と、疲れたように言った。

「また話を聞きに連絡が行くかも知れないから、よろしく」

 と、言われ、3人はやっと解放された。

 知らせを受けて飛んで来た流石と景都の母親たちに、両親の忙しい咲哉も一緒に送られて帰宅した。

 帰り道に、言葉はなかった。

 長いようで、あっという間の出来事だった。



 暗い不思議屋の店内。

 老婆は、水盆すいぼんを見下ろしている。

 水盆には、土の上に腰掛けて夜空を眺める青年の姿が映し出されていた。店の中よりも、水盆に映る星空の方が明るく見える。

 水盆の中から、青年の声が聞こえてきた。

「この寺が俺の居場所だ。嫌がってても、なにも変わらない。わかってる」

 目を閉じ、青年が呟いている。

 ふっと小さく笑うと、青年は深く頷いて目を開けた。

「よし、やるか。母さんの畑も復活させないとな」

 と、立ち上がった。

 足元に星明りが反射している。土のぬかるみだ。

 向きを変えたところでガクンと状態を崩し、ぬかるみで足を滑らせた青年は、水盆の中から姿を消した。

 水盆を見下ろしたまま老婆は、

「……伝えられんものだな」

 と、呟いた。



 山梨栽太やまなし さいたの兄、果絲かいとは寺のある山の裏手の急斜面を落下して死亡していた。

 すでに白骨化しており、青竹に肋骨を貫かれ、遺体は高く持ち上げられていた。

 地面に倒れていた遺体を竹の子が突き抜き、そのまま竹が伸びて宙に持ち上げられていたのだろうと聞かされた。

 山梨果絲の遺体は検視のため警察に運ばれている。葬儀は検視が済んでからだ。

 その間、警察沙汰になったこともあり、噂はすぐに広まった。

 元々、長男が行方不明らしいという噂話に現実が結びつき、尾ひれが付いて近隣住人の興味の的となった。

 跡取り問題で住職と揉めていたのではないか。自殺ではないか。

 流石たちの学校でも噂は広まっていた。しかし、教室で景都が大泣きしたため、クラス内では触れられることはなくなった。

 その後、果絲の死は事故だったと警察に断定された。

 それでも、3人の重い気持ちは晴れない。



 葬儀が行われたのは、新入生気分もすっかり抜けた頃だった。

 3人は、制服姿で香梨寺へやって来た。

 しかし、焼香しょうこうの列に並ぶこともなく、3人は本堂奥の待合室にいる。

 噂の的になっていた『発見者の子どもたち』に悪い目が向かないようにと、山梨に奥の部屋へ通してもらったのだ。

 表からは、質問攻めされる山梨の受け答える様子が聞こえてくる。

「ちょっと前までランドセルしょってた子どもたちが、野晒のざらしの遺体を見付けてしまったんです。そっとしておいてやって下さい」

 実の兄の死を目の当たりにしている山梨に、そんなセリフを言わせてしまっている。

「……お葬式の場所でまで、色々聞いてくる人がいると思わなかった」

 と、景都は泣きべそをかいていた。

 座卓と座布団の置かれた、小さな和室だ。

 3人は座布団を横に3枚並べている。座卓に突っ伏して泣いている景都を、両側から流石と咲哉がなだめていた。

 ふと、襖の向こうのざわめきが消えた。

 3人が振り返ると、襖がスッと開いた。

 紺色の作務衣姿の青年が立っている。

「……!」

 遺影で見た青年、山梨果絲だった。

 かしこまった遺影よりも若々しい笑顔を向けている。

 ポカンと見上げる3人に、

『怖がらせて悪かったな。見つけてくれてありがとう』

 と、果絲は言った。

 口ではない所から声が広がっているような感覚だった。

 裸足の爪先までしっかり見えている。小さな和室をとことこ横切ると、正面の襖に手をかける。

 襖を開けて出て行こうとする果絲に、景都が、

「あのっ」

 と、声をかけた。「怖がって、ごめんなさい」

 振り返った果絲はにっこりと笑みを見せると、軽く手を振って暗い廊下へ去って行った。

「……」

「……」

 3人が閉じられた襖を見詰めていると、背後の襖がもう一度開いた。

 ギョッとして振り返ったのは流石と咲哉だけだ。

 景都は呆然と正面の襖を見詰めている。

 背後の襖から顔を出したのは山梨栽太だった。

「表の方は、もう人も引けてきたぞ。どうした?」

 振り向かずに硬直している景都の様子に首を傾げ、山梨は流石と咲哉に視線を向ける。

「ナッシー……果絲さん来た」

 と、景都が、呆然としたまま呟いた。「見つけてくれて、ありがとうって……」

 そう言って、景都はまたしくしくと泣き出した。

「……兄さん」

 流石が正面の襖を指差し、

「そっちから出てったぜ」

 と、言った。

 山梨はハッとして立ち上がると、正面の襖を開けた。

「えっ」

 段ボール箱や座布団が入れられている。襖の向こうは、廊下ではなく押入れだった。

 山梨が中を覗くと、上段のすぐ手前に真新しい紺色の作務衣が畳まれていた。

「あれ? 作務衣だ。あぁ、これ……ずいぶん前に、母さんが兄貴にって縫ってたやつかな」

「たぶん、さっきそれを着てたよ。キレイな紺色の作務衣」

 と、咲哉が言った。

「そうか。ちゃんと着れたんだな」

 泣きやまない景都の頭を撫でて、山梨は、

「兄貴も律儀なとこがあったからな。見つけてもらったお礼を言いに来たんだな」

 と、言った。「作務衣、お焚き上げしておこう」

「そっか。これから火葬じゃないんだったね」

「警察からは、もう骨壺に入れられて戻って来たんだよ。だけど、お前らが見つけてくれなかったら、兄貴はずっとあのままだった。ありがとうな」

 山梨に優しく言われ、3人はゆっくりと頷いた。



 香梨寺は、地域に根付いた小規模な寺だ。

 敷地内には大きな駐車場と墓地も広がっているが、寺に務めるのは住職とその息子、山梨栽太のふたりだけだ。山梨の母はすでに亡くなっており、行方不明だった兄も他界した。


 早朝、住職は本堂で経を上げていた。

 手元には、小さな写真立てが2つ並んでいる。長男の果絲とその母、絹笑きぬえの写真だ。

 住職が読経を終えると、背後から、

「住職」

 と、声をかけられた。

 振り返ると白い子狐がちょこんと座っている。

 子狐の足元には白い封筒が置かれている。住職は数歩近付いて床に膝をついた。

楓山かえでやまの狐か」

 不思議屋の白狐、笹雪ささゆきだ。小さく頷いて見せ、床に置かれた封筒を前足でスッと差し出した。

「不思議屋の婆さんから、手紙と線香代だ」

 と、笹雪は小さな口で言った。住職は驚くことなく頷き、

「近い内に、稲荷寿司でも届けると伝えてくれ」

 と、答えた。

「それなら、景都たちに渡してくれ」

「あの子たちか。今はあの3人が不思議屋に行っているんだな」

「うむ。遊びに来るようになった」

「果絲も、あのくらいの時はよく世話になっていたな」

「住職もな。時が過ぎるのは早いものだ」

 そう言って笹雪は腰を上げると、ぺこりと頭を下げ、トトッと駆け出すように姿を消した。

 ひとり残った住職は、床に置かれた白い封筒を大切そうに拾い上げた。



 流石、景都、咲哉の3人は、通学途中に位置する香梨寺へ立ち寄った。

「おー、お前ら。おかえり」

 青色の作務衣で、今日も山梨は境内の掃き掃除をしていた。

「ただいま」

「ナッシー、ただいま」

 葬儀も埋葬も住んで日が経った。しかし、まだ3人は元気に挨拶をする気持ちになれずにいた。

 山梨は優しい表情で、景都の頭を撫でた。

 そこへ、本堂の裏から住職が顔を出した。手に、紫の風呂敷包みを抱えている。

「流石、景都、咲哉」

「あ、親父」

 山梨と並ぶと、住職の方が少々小柄だ。だが、表情のよく似た親子だ。山梨が坊主頭になった様子も、容易に想像できる。

「楓山の狐が来た」

 と、住職が言った。

「笹雪が来たの?」

 景都が聞くと、住職は目尻に皺を寄せて頷いた。

「あの狐は笹雪と言うのか。不思議屋の婆さんから、手紙を届けに来たんだ。わしも子どもの頃に、不思議屋へ行ったことがある。果絲も世話になっていた」

「え、そうだったんだ。兄貴も?」

 と、山梨が言っている。

「これを不思議屋に届けてくれ。稲荷寿司だ」

 紫色の風呂敷は重箱を包んでいるようだ。流石が両手で受け取った。

「そういや、果絲さんを見つけたって、報告行ってなかったな」

「うん……」

「これから行こう」

「うん」

 そういう事になった。



 楓山の山桜も、すっかり葉桜だ。

 緑も深まり始めている。

 老婆は今日も薄暗い不思議屋の中、番台のような囲み机の中にいた。

 流石は囲み机に、風呂敷に包まれた重箱を置いた。

「占いってのは不便なもんでね。訊ねなければ、答えはわからん。答えの方から知るべきことがやって来てくれる訳じゃないのさ」

 老婆が静かに言う。

 それを見上げる笹雪の表情は、どこか寂しそうだった。

「ナッシー、子どもの頃はお兄さんとずっと一緒だったのに、寂しいだろうな」

 景都が呟いた。咲哉も静かに頷くが、

「うぅー……」

 と、流石が唸るように俯き、突然、涙を落して泣き出した。

「……流石?」

 驚く景都と咲哉に、老婆が、

「お前たちは、お互いの事をまだよく知らないようだね」

 と、言った。

 景都と咲哉がハッとした表情を見せた。それに気付いたか気付かずか、流石は泣きながら大きく頷いた。

「奥に上がりな。茶を入れてやる」

 老婆は囲み机から降りると、奥の木戸を開けた。

 景都と咲哉も流石の背を促して、木戸の向こうの喫茶テラスへ足を踏み込んだ。

 鬱蒼うっそうとした楓山の風景と違い、窓ガラスの向こうに広がるのは見知らぬ高原だ。

 こちら側はまぶしいほど明るかった。

 3人は初めて来た時と同じ、中央のテーブル席に座った。

 テーブルには急須と湯飲み茶碗が用意されている。

「……俺、5こ上の兄ちゃんがいるんだ」

 緑茶の注がれた茶碗を見つめながら、流石が言った。

 近所に住んでいる景都は目をパチパチさせ、

「知らなかった」

 と、素直に答えた。

 山梨の兄の死で泣き出した流石に、咲哉は少々蒼くなりながら、

「兄ちゃんは」

 と、聞いた。

「体が弱くて、ずっと入院してるんだ」

 目元を擦りながら流石が答えると、景都と咲哉は顔を見合わせた。


次話に続きます。

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