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不思議屋と心霊探偵団  作者: 天西 照実
38/42

廃墟の晩餐 3

 大きな繁華街から北へ入った雑居ビル通り。真っ赤なパチンコ屋の斜め向かいにある灰色の雑居ビル。

 上高地(かみこうち)に聞いていた通りの場所に、そのビルはあった。

 開発は頓挫したようだが、短かくても営業していた期間はあったのだろう。中心の繁華街は真新しいビルも多いが、雑居ビル通りは開発前からその町にあったもののように見える。

 ハイヤーにはまた待っていてもらい、流石(さすが)咲哉(さくや)は灰色の雑居ビルの前に立っていた。

「高地ビル。ここだな」

 汚れたガラス窓のついた正面扉は施錠され、ささくれ立った古い木の板が数枚打ち付けられていた。

「……出入口、聞いて来るの忘れたな」

「裏口とかあるのかな」

 流石がガラス窓から中を覗くと、奥へ続く廊下にトイレのマークが見え、その横にすりガラスの窓があった。

「あの窓かな。横から入れそうだ」

 ビルの脇にゴミの吹き溜まりになった狭い通路がある。

 通路を進むと、ふたりの身長でも中が覗けそうな高さの窓があった。擦りガラスなので中は見えないのだが、流石が手を伸ばすとキキキと音をたてて開いた。

 窓の下には、置かれてから日の浅そうな一斗缶が、ちょうどいい踏み台のように置かれている。

「先輩、ここから出入りしてたんだろうな」

「うん」

 念のため、周囲の気配をうかがいながら、ふたりはビルの中へ侵入した。

 雑居ビル内は、とても静かだった。

 正面から見るより、奥行きのあるビルだった。外から板の打ち付けられた正面扉の真横にはエレベーター扉があり、その横には上へあがる階段があった。

 ふたりが入ってきた窓の前にはトイレと、内側からカーテンのような布が掛けられた小さい窓のある管理人室のような部屋が並んでいる。

 床のタイルは所々ひび割れて砂埃も溜まっているが、それほど古びた様子はなかった。

「静かだな。そんなに廃墟って感じでもない」

 咲哉は足元を見詰めながら、

「……松本は上だ」

 と、言う。流石も咲哉の足元に目を向けながら、

「松本は上か。下にもなんかあるのか?」

 と、聞いた。

「先に松本の精神体を探そう」

 そう言って咲哉は、エレベーター横の階段へ向かった。

 流石はもう一度、咲哉が立っていた床タイルに目を向けてから、

「砂埃で滑るかも知れないから気をつけろよ」

 と、言い、階段を上り始めた咲哉の後を追った。

 4階建ての雑居ビルは、階ごとに別々の店舗や事務所として貸していたようだ。

 階によって、階段とフロアの間に扉があったり外れていたり。

 体力のない咲哉は、階段の途中で足を止めて息をつく。貧血でも起こして後ろへ落ちてしまわないよう、流石は咲哉の背中を支えてやりながら、

「この階か?」

 と、聞いた。

 すぐ目の前に3階の入り口が見える。

 息を切らせながら咲哉は3階に目を向け、

「……まだ、上だ」

 と、言って肩を落とした。

「4階か。最上階だな」

「行こう」

「おう」

 階段は上へ行くほど、傷みが激しくなっていた。

 2階の飲食店のような店舗は、廃ビルになる直前まで営業を続けていたのではないか。3階と4階の企業事務所らしいフロアは、退去してからかなりの時間が立っている様子だった。

 階段側から見ただけでも3階は汚れた壁紙や天井板も所々剥がれ、放置された棚が倒れかけていた。地震かなにかで倒れたのだろう。

 4階など改装工事でもしていたのか、薄い壁が突き抜かれ、鉄骨やコンクリートの柱がむき出しにされている場所もある。そのおかげで、3階よりも窓からの明かりが入りやすく明るかった。

 人がいる気配はない。静かだ。

 流石は、階段を上り切った咲哉の息が落ち着くのを待ってから、4階フロアへ足を踏み込んだ。

「精神体って、普通は見えないよな」

「見えないだろうな」

 流石は、不思議屋でもらった小さい水晶玉越しに、周囲を見た。

「けっこう、奥行きあるんだな」

 崩れかけた壁に仕切られ、いくつかのフロアに分かれている。

 流石は窓のない暗いフロアに目を凝らし、咲哉は隣の窓の多いフロアを覗いた。

「松本―、いるか?」

 と、流石は控えめに声をかけてみる。

「あ、いるいる。流石、こっちの部屋の奥だ」

 隣のフロアを覗いていた咲哉が言った。

 半透明な学ラン姿の少年が、必死に窓を開けようとしていた。保健室に寝かされていた松本だ。

 ふたりの声に松本はギョッとして振り返り、

『お前らは……あ、前の方のクラスの?』

 ほわほわと、くぐもったような声で言った。

「2組の青森流石」

「俺も、2組の栃木咲哉。長野双子の兄ちゃんの方のクラスメート」

 ふたりが名乗ると、松本は目をパチパチさせながら、

『俺、6組の松本。俺の状態、見えるのか。っていうか、それなに?』

 と、流石が顔の前にかざしている水晶玉を指差した。

「幽霊が見える水晶。俺はこれがないと見えないんだよ」

『幽霊が見える水晶……』

「6組の上田と長野が、保健室に松本の身体を運び込んで来たんだぜ」

 流石が辺りの気配をうかがいながら言った。咲哉も、

「俺はたまたま、松本の中身がどっか飛んでく気配がわかったから気になって、保健室に行ってみたんだよ。上高地先輩に、ここには行かない方がいいって言ったんだろ? 先輩に話を聞いて、松本の中身を迎えに来たんだよ」

 と、話した。

 半透明な姿でも、松本が目を丸くしているのがわかった。

『俺はちょっと見えるだけで、なにもできないんだ。あんまり関わらないようにしてたんだけど、つい……』

「とにかく、ここから出よう」

『出られないんだ……』

 と、松本は怯えた表情で言う。

「マジで?」

 周囲を見回しながら松本は、

『パーティーがどうのとか、始まるまでここにいれば良いとか言ってる霊がいて、帰らせてくれって言っても、同じこと言ってるばっかりで会話にならないし……とにかく、こういうビルに入るの初めてだから散策してくるって言って出て来たんだけど、階段も見つからないし、窓も開かないし』

 と、話した。

 咲哉は、松本に片手を差し出し、

「大丈夫だよ、俺たちは生身だから。一緒にこのビルを出れば、たぶん体に戻れる」

 と、言った。その手を見つめ、松本も手を伸ばす。

 咲哉は、半透明な松本の手を握った。

『あ、この状態でも手、触れるんだな』

「行こう。階段はこっちだ」

 流石を先頭に咲哉と松本も、4階フロアを戻り階段へ出た。

 暗い階段はひんやりとして静かだ。

『階段があったのか。ぜんぜん行き当らなかった』

 と、松本は咲哉に手を引かれながら言っている。

「霊たちに、出口を眩まされてたんだってさ」

『どういう原理なんだろう』

「精神体になってる奴のセリフかよ」

 苦笑いで流石が言う。階段を下りながら振り返り、

「咲哉、大丈夫か」

 と、咲哉に声をかけた。軽く息を切らせながら咲哉は、

「この階段、学校の4階まで行くよりきつい気がする。空気が悪いせいかな」

 と、言った。「早く出よう」

「そうだな」

 霊を見かけることもなく、3人は1階まで階段を下りきった。

『出入口、塞がれてるのか』

「こっちの窓から入ったんだ」

 管理人室らしい壁の前で、咲哉が足を止めた。カーテンのかかった小窓に目を向けている。

 窓を乗り越えようとしていた流石は、

「咲哉、どうした?」

 と、声をかけた。

「いや。なんでもない」

 咲哉と手をつないでいる松本は、先に窓の外へ出た流石に手を引かれて窓枠を乗り越えた。

 最期に咲哉が外へ出て、しっかりと窓を閉めた。

 半透明の精神体になっても、ふわふわと宙を浮けるわけではないようだ。松本は、しっかりとその足で歩いている。

 狭い通路から3人はビルの前に出た。明るい空が見える。

『出られた……ビルの外だ』

 と、松本が空を見上げている。

「うん」

『――あ、戻れそう』

 道路に立っていた松本の精神体が、スッと浮かび上がった。

「松本の体、保健室だぜ」

 流石の声が聞こえたかどうか、松本の精神体は宙に消えてしまった。

 青空を見上げ、流石は、

「松本、体に戻れたのか」

 と、聞いた。

「たぶんな。霊と鉢合わせなくて良かった。俺たちも、早く離れよう」

 どこかでUターンしていたらしいハイヤーが、帰り道の方角を向いて停まっていた。



 高級ハイヤーでの帰り道、流石はトランシーバーで景都に松本の精神体が戻ったことを伝えていた。保健室で、松本は無事に目を覚ましたそうだ。

 ちょうど、午後の授業が終わった時間だった。

 ハイヤーは楓山の不思議屋へ向かっている。学校にいる景都にも、不思議屋へ来るように伝えてある。

「トランシーバーって、長距離はつながらないんじゃないのか」

 小型トランシーバーを眺めながら、流石が言っている。

「これは試用中の新規格だからな。四季深(しきふか)市内くらいならつながるはずだけど、ちょっと雑音が入ってたな」

 と、笑う咲哉は、少々くたびれた表情をしていた。

「上高地先輩はサラリーマンの霊とか言ってたけど、松本の精神体以外、誰もいなかったよな。咲哉にも、見えてなかったんだろ?」

 と、流石は聞いてみた。

「見えなかったけど、気配はあったような気がする」

「マジで?」

「たぶん、直接目を合わせた松本とも違って、無関係な俺らには姿を見せられない霊たちなんじゃないかな……不思議屋の婆さんが、なんか教えてくれるだろう」

「それもそうだな」

「雑居ビルの階段、疲れたからちょっと寝る」

 言いながら、咲哉は目を閉じた。

「うん」

 そんな時のために、後部座席には仮眠用ブランケットも用意されている。

 流石はブランケットを広げ、咲哉の痩せた体にかぶせてやった。目を閉じたまま咲哉は薄く笑い、ブランケットに包まった。

 快適な安全運転で、高級ハイヤーは不思議屋へ向かっている。

 自殺や廃墟侵入という内容ですが、それらの行為を容認・推奨するものではありません。

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