廃墟の晩餐 2
「一緒に死ぬことにならなくて良かったですね」
と、咲哉は平然と言った。
「……そうなったらヤバいと思ったから、こっそり帰ろうとしたんだ。でも、サラリーマンみたいな奴に見つかって『今度の日曜日にパーティーするから集まろうよ』って声かけられたんだよ」
蒼い顔で上高地は話す。
「また、今度の日曜日ですか?」
「そいつら、最後の晩餐のつもりがないのかも知れない。もうすぐ死ぬ時間じゃないのかって時間になると、まだまだ日曜日は先みたいな会話をし始めて、普通に俺を帰らせてくれたんだよ」
「次の日曜日にも行ったんですか」
と、咲哉が聞いた。
「行けなかった。ヤバかったらどうにもならないし……でも気になって、最初に行った日曜の次の次の日曜日に行った。そうしたら、やっぱりパーティーしてた」
「同じ時間を繰り返しているのかしらね」
腕を組んで考えながら、福井教諭が言う。
「その後も、通ってたんですか」
「ちゃんと帰らせてくれたからな。本当にパーティーしてるだけで、みんな受け入れてくれるし話しやすいし……なんか、居心地が良かったんだよ」
「……」
「7週間、通った。でも、そろそろやめた方がいいかとも思ったし、テスト期間だったから勉強するし。8週目は行かなかった。それで、テストも終わって次の日曜日の夜に、家で夢見たんだ。あのビルに居て、いつも通りにパーティーに混ざって、帰り際には同じように今度の日曜日にパーティーがあるから集まろうって話になったんだけど」
「何か違ったんですか」
と、上田も身を乗り出して聞いた。
「場所がわからなかったら、迎えに行くって言われたんだ」
と、上高地はうつむきながら答えた。
「……迎えに?」
「君の場所は知ってるから迎えに行くよって言われた。夢だったけど、リアルで……」
「次の日曜日、どうしたんですか」
「行かなかった。近所の神社で厄除けのお札買ってきて、部屋に貼っといたんだ。夢も見なかった。もう行くつもりもない」
「その日曜が、この前の日曜日ですか」
と、咲哉が聞いた。
「……そうだよ」
難しい顔で福井は、
「自殺者の霊はそんなに自由に動けないことが多いから、上高地君を捕まえるのに、時間が必要だったんじゃないかしら」
と、言った。
「どういうことですか」
と、聞き返す上高地に、福井教諭の代わりに咲哉が、
「パーティーが開かれるのは日曜日でも、先輩を連れて行くのは何曜日でも良かったんですよ。部屋にお札が貼ってあったなら、部屋の外に居る時に捕まえようとするでしょうね」
と、話した。景都も不安げな顔を上げ、
「先輩、もうサラリーマンに捕まってたんだよ。後は先輩がちょっと気を抜いてる時とか、午後の授業でうとうとした時とか、連れて行きやすい時に連れて行けばいい状態だったんだと思う」
と、話す。
「松本に、先輩を連れて行こうとしている霊が見えてたとしたら、霊は邪魔をされないように手段を考えるでしょうね」
ベッドに横たわる松本を見詰め、上田が、
「それで、松本が代わりに連れてかれちまったのか」
と、呟いた。
「しっくりくるわね。栃木君、探偵みたい」
と、福井教諭が頷いている。
「……」
「景都。松本が、引っ張り出された精神体と体、繋がってるのわかるか?」
「えっと」
景都は、静かに眠っている松本の額に手を当ててみた。
「……離れてる。でも、体の方からも、飛んでっちゃった方からも、呼び合ってるみたい。すごく怖い……どうしたら良いかわからなくて」
「景都、もういいよ。福井先生。俺、早退します」
と、咲哉は福井教諭に言った。
「具合が悪くなって早退した事にしときましょうか」
「僕も」
と、景都も言うが、咲哉は、
「景都はここにいてくれ。松本の中身が戻った時の連絡役。俺は流石に付き合ってもらうよ」
と、言った。
「あっ、流石、忘れてた」
「マジかよ、お前ら!」
保健室内に流石の声が響いた。
「あれ、流石」
利津、世津と並んで、流石も大人しくパイプ椅子に座って話を聞いていたのだ。
「どうしたかと思って迎えに来てみれば」
「ごめんごめん」
職員机に向かい、福井教諭は書類を探しながら、
「じゃあ、具合が悪くなった栃木君の付き添いで、青森君も早退したことにしましょう」
と、言っている。上田も咲哉に、
「俺も行くよ。俺は見えないけど、松本の話、わかってやれなくて悪いと思ってたんだ」
と、言った。
「いや、上田もここに居てくれ。松本が体に戻った時に、景都だけじゃ混乱するだろ」
「そ、そっか」
丸テーブルではパイプ椅子に座っている利津が、
「俺らはどうする?」
と、世津に言っている。
「俺らは授業だろ。何人も授業に出てなかったら怪しまれる」
「確かに。じゃあ、放課後になっても解決してなかったら保健室に集合だな」
「了解」
そういう事になった。
タクシーではなく、咲哉は顔馴染みのハイヤー運転手を呼んだ。
車に詳しくない流石でも高級車だろうとわかる黒光りするハイヤーが、学校の前にやって来た。降りて来た品のいい紳士運転手が、
「お待たせいたしました、咲哉様」
などと言うので、流石は目を丸くするばかりだ。
なめらかな走りで、楓山の不思議屋へ向かってもらっている。
広々とした車内で、咲哉はスマホで調べ事をしながら、
「母さんが弾丸帰国したり、急に戻るって家から空港に急いでもらったりする時に頼んでる運転手さんなんだよ」
と、話した。
「へー……」
座り心地抜群の高級車ほど、流石は緊張して乗り心地が悪くなってしまう。
「……もし、自殺者の霊たちが、自殺した状態にでもなってたらさ。景都には見せられないだろ」
と、咲哉が呟いた。
「そうだな」
普通のタクシーなら断られそうな楓山の狭い砂利道も、ハイヤーは難なく進んだ。
自由奔放な咲哉の母、百合恵と付き合いの長い運転手は、『不思議屋』という古びた看板を掲げる謎の店にも驚く様子はなかった。いや、営業スマイルの中では驚いているのかも知れないが。
「すぐ戻るので、待ってて下さい」
と、咲哉が言うと、紳士運転手は営業スマイルを崩さず、
「かしこまりました」
と、頭を下げた。
店の外でハイヤーを待たせ、流石と咲哉は不思議屋の暖簾をくぐった。
薄暗い不思議屋の店内では、老婆がいつもの囲み机の中に座っていた。
水盆を見下ろしていた老婆は、頷きながら顔を上げ、
「まずは、松本の精神体を助け出してやりな」
と、しわがれた声が言った。いつでもお見通しの老婆に説明はいらない。
しかし、今回は幽霊を見たという話ではないのだ。
「どうすれば良いんだ」
と、流石は聞いた。
「上高地の代わりに、伯父のビルへ引き込まれている。精神体では自殺者の霊たちに、出口を眩まされているだろう。だが上高地とやらが行き来できたように、ぴんぴんしているお前たちなら外へ戻れる。松本を連れて、出口に案内してやりな」
水盆を見下ろしながら老婆は言った。
「だけど、それだけじゃ解決はしないよな。上高地先輩を、また連れて行こうとするかも知れないだろ」
と、流石が首を捻る。老婆は頷き、
「自殺者の霊たちを救ってやるまで、何度でも上高地を呼び込もうとするだろうね。だが、簡単には救えないよ。まずは先に、松本を助け出してやりな。松本を出口に案内したら、お前たちも一度戻っておいで」
と、話した。頷く流石の横で、咲哉は、
「自殺者の霊たちに妨害されないかな」
と、聞いた。
「意図しない存在には気が付かないだろう。それほど自由の効く霊たちじゃないからね」
「そっか」
「よし。じゃあ、早く松本を助けに行ってやろうぜ」
「うん」
頷く老婆に流石と咲哉も頷いて見せ、ふたりは不思議屋をあとにした。
「封鎖されてるらしい旧開発地区の中に行きたいんだけど」
という、咲哉の難題にも、高級ハイヤーの紳士運転手は慣れた様子で手元のカーナビを操作した。少し考えてから、
「封鎖区域の中に、封鎖されていない国道が通っているようです。古い防犯カメラがチラホラしていますが、どれも今では飾り物状態のようですね。入れる所まで入ってみましょう」
と、答えた。
――普通のカーナビで、そこまでわかるものだろうか?
細かい疑問がわいても、流石はスルーする事にしている。
山を越え、農道を進み、高級ハイヤーは旧開発地区に着いた。
走り出してから20分ほど。思ったより時間はかからなかった。
旧開発地区の隅を通る道路から、工事用の重機などが出入りしていたらしい砂利道が奥へ続いていた。伸縮式の門が閉じられていたが、内側のカンヌキ状のロックは手で簡単に開閉することができた。
即席で立てられたような照明の下に防犯カメラが設置されているが、現在は作動していない物とのことだ。
高級ハイヤーは砂利道から旧開発地区の廃墟へ進んだ。
自殺や廃墟侵入という内容ですが、それらの行為を容認・推奨するものではありません。




