梅雨のサクラと冬瓜鍋 2
食材準備班の咲哉と世津は、冷凍庫から松坂牛を探し出した。
一般家庭用の大容量冷蔵庫の隣に、飲食店にあるような大型冷凍庫が並んでいる。お歳暮などで貰い物が多く、ひとり暮らし状態の咲哉は何でも冷凍庫に放り込んでいるのだ。
「あった。これこれ」
真空パックに貼り付けられたシールに『松坂牛』と書かれている。
「霜けちゃってるじゃないか。もったいないな。すぐ食べちゃえばいいのに」
「肉なんかもらったって、調理しなくちゃいけないじゃん。あ、シャトーブリアンだって。これも焼けば食えるかな」
咲哉がのんびりと言っている。
「切って焼くだけだよ。わ、車エビとかデカっ」
「エビも焼けば食えるの?」
「エビも食っちゃっていいの?」
「全部食ってくれちゃっていいけど」
「待って、エビの下処理調べるから」
松坂牛、シャトーブリアン、車エビのパックを冷凍庫から取り出し、世津はスマホで検索を始めた。
「おー。検索すれば良いのか」
感心するように咲哉が言う。
「あんまり普段、検索とかしない?」
「他の事ではするけど、料理ではしてないな」
「それで自炊してるのも凄いけど」
「自炊ってほどの事もしてないんだよな。じゃあ、こっちは野菜洗っとくから」
「うん」
広々としたキッチンで、咲哉と世津は食材の準備を進めていく。
流石と景都、利津は物置部屋から、カセットコンロとホットプレートを探している。
物置部屋に入ってすぐ、大鍋やセイロなど調理器具の並ぶ棚があった。
子どもたちには興味深いものだらけの物置部屋だが、何が高額なのかもわからず、おいそれと立ち入ることもできない。
カセットコンロに焼き肉用赤外線ホットプレート、大きな土鍋もきちんと箱に入れられて保管されていた。
「ホコリっぽいから、とりあえず箱ごとリビングのテーブルに持ってこうぜ」
「うん」
「赤外線の焼き肉プレート、煙が少ないってやつだろ。広告で見たことあるけど結構な高級品だよな」
と、利津が運びながら言っている。
「取扱説明書、入ってるよな」
「大きい土鍋は新品みたいだよ」
「本当だ。箱もテープで止めたまんまだ。けっこう重いな」
流石と景都は、鍋料理の写真のある大きな箱から土鍋を取り出した。利津も赤外線ホットプレートやカセットコンロを箱から取り出している。
「鍋とプレートの部分は先に洗った方が良いな」
ダイニングテーブル用の椅子も運び、カセットコンロにガスボンベも取り付けた。
流石と景都、利津はテーブルの準備を進めた。
窓の外は暗くなり始めている。
ボタンひとつで動作する防犯シャッターも、すでに下りている。
テーブルにはセッティングの完了した赤外線ホットプレートと、カセットコンロに土鍋も乗せられている。
「こっち、すぐ火つけられるぞ」
と、流石はキッチンに立つ咲哉と世津に声をかけた。
「食材も用意できたよ」
世津が大皿に並べた野菜と、肉やエビもテーブルに運んだ。
咲哉が包丁やまな板を洗い終えれば、鍋と焼き肉の準備は完了だ。
キッチンを眺めて流石が、
「換気扇、あっちか。咲哉、煙がいかない方向に座れよ」
と、言って、自分は換気扇側に腰掛けた。
「うん」
煙の少ない赤外線プレートと書かれていたが、念のため換気扇側に置いた。ぜんそく持ちの咲哉は換気扇から離れた土鍋の近くに座った。その隣に景都が腰掛ける。
利津と世津も開いている椅子に座った。
「青森がリーダーって感じだな」
と、利津が言っている。
「うん。うちのリーダーは流石だよ」
と、楽しげに言うのは景都だ。
「じゃあ、鍋始めるぞ」
「おー」
薄めずそのまま使える鍋の素がテーブルに置かれている。
「味噌鍋じゃないのか?」
「咲哉がこってりは苦手だって。この鍋の素は水炊きだよ」
鍋の素を土鍋に入れ、咲哉は適当に野菜を入れていく。
すでに温まっている赤外線ホットプレートも、世津が肉を置くとジューッという音が食欲をそそった。
「栃木の彼女お勧めの冬瓜は?」
と、利津は鍋を覗き込む。景都が、
「川越さんの相手は、別のガリガリ男子だよ」
と、言っている。
焼き色のつく肉を菜箸で裏返しながら、世津は、
「痩せてはいるけど、栃木ってそんなにガリガリか?」
と、聞いた。
「脱ぐと凄いぞ」
などと流石が言うので、咲哉がふっと噴き出している。景都も、
「そうだよ。前に一緒にお風呂入ったけど、白いミイラみたいだった」
と、言っている。
「白いミイラ……」
「じゃあ、今夜は俺らと風呂入ろうぜ」
と、利津が言えば、
「俺ら?」
すかさず世津が突っ込みを入れる。
焼けていく高級肉を眺めながら、咲哉が、
「川越の中身はどうなってるんだろうなぁ」
と、呟いた。
「中身?」
「いくら太ったって、脂肪を支えるための軟骨とかが新しくできるわけじゃないだろ。背骨とか3本くらい入ってないと、支えられなそうじゃないか」
「咲哉って、時々アホなこと言うよね」
と、景都が言う。
「うん……そうか?」
「白菜の柔らかいところ、食っていい?」
「いいよ。俺は灰汁取るし」
「灰汁は僕がやるから、咲哉はお肉食べなよ」
「ほら、焼けたぞ」
「あれ、鍋にもエビ入ってるよ」
「で、けっきょく冬瓜ってどれ?」
ニンジン嫌いが共通する流石と利津は、取り皿に次々とニンジンを乗せられた。咲哉も肉やらエビやらを盛られている。
子どもたちだけの賑やかな夕食が続く。
長野双子は客間に布団を敷いた。
すぐに寝られるよう、ラフなTシャツとジャージに着替えている。
「布団並べて寝るの、久々だな」
枕を置きながら、利津が言っている。
「布団ふた組敷いても余裕だ。この和室、何畳だろう」
と、世津は客間を見回している。
「さっき数えた。床の間付き8畳だよ。栃木の母ちゃんが外国の友達とか連れて来ると、和室を喜ぶんだってさ」
そう言って、利津は床の間に飾られた掛け軸を眺めた。桜と藤、百合の花が流れるような構図で描かれている。
「そうか。俺らの部屋、元々8畳間だったのを壁で区切ったんだったよな」
「おー。双子になっちまって、子ども部屋を区切る羽目になったって何度も言われたな。同じ部屋に二段ベッドとかで良かったのに」
「いや、別れてた方が良いけど」
世津に言われ、利津が口を尖らせて見せる。
「後片付け、手伝いに行くか」
「うん」
流石と景都は洗い物をしている。景都もお客だが、
「利津と世津はゆっくりしてていいよ」
と、言っていた。
客間から玄関ホールに出ると、壁一面のコルクボードに貼られた家族写真に目が向いた。
「すごいな……」
「栃木の母ちゃん、めっちゃ美人だな」
「うん」
「あれ?」
利津が、一枚の写真に目を止めている。
「なに?」
「なあ、世津。これ見てみろ」
利津が指差す写真には、咲哉と並んで咲哉と瓜二つの少女が写っていた。
「栃木、一人っ子って言ってたよな」
と、利津が首を傾げる。世津は目を見張りながらも、
「なんか……なんて言うか、訳ありなのかな」
と、声をひそめて言った。
「聞いてみよう」
「いや、待てよ。突っ込んじゃまずいこともあるだろ」
「それなら、こんなとこに貼ってないだろ」
「そりゃ……でも――」
「おーい、栃木」
玄関ホールから、利津はダイニングルームの方へ声をかけた。
「待てよ、利津」
「んー?」
のんびりと欠伸をしながら、咲哉がダイニングから顔を出した。
「なあ、この写真って双子?」
と、利津が指さす写真に、咲哉も目を向けた。
「うわ、なにこの写真……母さんがこの前、帰って来た時に貼り替えたんだなぁ」
目をパチパチさせて咲哉は言った。慌てて世津が、
「ごめん、悪いこと聞いたなら」
と、言うが、咲哉は薄く笑う。
「いや、良いんだけどさ。それはサクラちゃんだ」
「双子の妹?」
「俺の女装だけど」
「へっ?」
利津と世津が声を揃えた。
固まっている世津の横で、利津も驚きの表情のまま、
「お前、そういう趣味だったか」
と、言った。
「俺の趣味じゃないよ。母さんの趣味」
そこへ、景都がタオルで手を拭きながらやって来た。
「洗い物できたよ」
「ありがとな」
「流石がココア淹れてくれてる。なに見てるの?」
「ほら、富山。これ見てみろ」
と、利津は写真を指差している。
景都も写真を見上げて目を丸くした。
「咲哉がふたりいる!」
「合成写真だけど、なんか怖いよな」
「あぁ、合成写真なのか。世津なんか訳アリの妹がいると思ってたぜ」
「……だって、そう思うだろ」
世津が肩を落としているところへ、流石がトレーにホットココアのカップを乗せてやって来た。
「ココア淹れたぞ。寝るまで、客間で喋ろうぜ」
「うん。じゃあ、そっちで説明するから」
とりあえず、そういう事にした。




