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不思議屋と心霊探偵団  作者: 天西 照実
28/42

喪服幽霊 2

 竹藪(たけやぶ)の通路を戻りながら、流石(さすが)が、

「案外、旦那のほうは奥さんの墓の前で泣いてたりしてな」

 と、呟いた。景都(けいと)も、

「ナッシー寝込んじゃってるからさ。お爺ちゃんに相談してみようよ」

 と、言っている。

 咲哉(さくや)は腰をさすりながら、

「ナッシーが、住職は本堂で法事の用意してるって言ってたな。でも、教えてくれるかな」

 と、呟き、首を傾げた。

 墓地には初めて足を踏み込んだが、香梨寺(こうりんじ)の中は探検済みだ。

 山梨たちが住む母屋の裏手に、落ち葉を詰めたビニール袋の積まれたゴミ置き場がある。流石は、枯れた花や雑草を詰めたゴミ袋を置いた。

 境内の隅にある水道で手を洗い、3人は本堂の入り口に向かった。

 住職は灰色の作務衣(さむえ)姿で、卒塔婆(そとば)を書いていた。

 3人が入っていくと、住職は筆を置き顔を上げた。

「あぁ、お前たちか。墓地の掃除を手伝ってくれたんだってな」

「うん。それでさ。爺さんに聞きたいことがあって」

 と、流石が切り出し、喪服の女性の話をした。

 頷きながら話を聞いていた住職は、

大月(おおつき)さんか。納骨に奥さんがいなかったのは体調不良と聞いたがな」

「お葬式のあと、旦那さんの後を追ったんだって。でも、奥さんの実家でもお墓を買ってあるの自慢したくて、そっちに入れられちゃったんだって」

 喪服女性の涙を思い出して、景都は悲しげに言う。

「知っていれば、夫婦は同じ場所で眠らせるように勧めたんだがな」

「旦那さんは成仏しちまってるのかな」

 流石に聞かれ、

「わからんな」

 と、住職は肩を落として言った。

「ずっと泣いてるんだよ。あのお姉さんに、してあげられることはないの?」

 と、景都も聞いた。

「なにか頼まれたのか?」

「もうしばらく、ここに居させてってだけ」

 と、咲哉が答える。

「そうか。なら、自然に任せておけばいい」

「えー……」

 流石と景都が、不服そうな声を漏らす。

「奥さんの方の墓とか新居とか、知らねぇの?」

 と、流石が聞いた。しかし住職は、

「個人情報だ」

 と、一言だ。しかし、力強く流石は、

「故人事情の方が優先だろ」

 と、言った。

「おー」

 景都と咲哉が拍手している。

「ふーむ」

 住職は唸るような溜め息をつき、流石の頭をわしゃわしゃと撫でた。

「ちょっと待っていろ。調べて来る」

 そう言って立ち上がると、住職は本堂を出て行った。



 喪服女性の実家の墓地は、都市開発と共に開かれた新規管理霊園だそうだ。

 香梨寺は中央駅より山側の北区にあるが、管理霊園は中央区より南寄りにあった。

 電車やバスを使うのもダルいという咲哉がタクシーを呼んだ。

 郊外で緑も多く、明るい印象だ。しかし、日頃は山で遊ぶ子どもたちにとって、街路樹や公園の緑は人工的にも見えた。

 管理霊園も緑に囲まれ、大きな公園のような入り口だった。

 四季折々の植物も花壇も手入れが行き届いている。通路を進めば、管理事務所や休憩所にトイレもあった。

 見渡す広さの霊園だ。

 庭師や掃除のおばちゃんが、流石たちの頼まれたような仕事をてきぱきとこなしている。

「ナッシーの所とは大違いだね」

 と、景都が感想を述べた。

 朝から不思議屋へ遊びに行き、香梨寺で手伝いをし、そろそろ正午を回る。

 初夏の日差しから顔を背けるように、フードを目深に被った咲哉は、

「ここで探し回るとか、俺は無理だ」

 と、溜め息をついた。

 とりあえず、3人は霊園を見渡せそうな木陰に入った。

「土曜日だし、これだけ広いと、お墓参りに来てる人もたくさんいるね」

 と、景都が言っている。

「ん?」

 流石が首を傾げた。咲哉は、

「いや、景都。お墓参りに来てる人は、そんなにいないよ」

 と、言う。

「……えっ」

 流石が水晶玉を覗き込む。

「おー、マジか……」

 スーツや和服、カジュアルなど様々な格好の霊が漂うように歩いていた。

「墓地って、けっこう幽霊がいるもんなのか」

 と、流石が言っている。

 周囲を見回しながら、景都は咲哉の手を握った。

「……こっちはまた、別の問題なんだろうな。ほとんど浮遊霊って感じだ」

 と、咲哉が言っている。

 水晶玉を覗きながら、流石が、

「大月さん、いますか!」

 と、声を上げた。

 驚いて目をパチパチする景都の横で、咲哉は霊園を眺め、

「……反応なし」

 と、言った。景都も、

「うん。あそこの掃除のおばちゃんだけ、流石の声に気付いたみたいだけど」

 と、言っている。

 清掃員の制服らしいピンクのつなぎ姿で、草むしりをしていたおばちゃんがこちらを見ている。

「そうだな。俺にも見える掃除のおばちゃんだ」

 掃除のおばちゃんは腰を伸ばしながら、

「どうしたの。はぐれちゃったの? 管理事務所の受付で、園内放送できるわよ」

 と、声をかけてくれた。

 咲哉がペコリと会釈し、

「すいません。駐車場の方だと思うので。お騒がせしました」

 とりあえず、そういう事にした。

「こういうのって、やっぱさ」

 と、咲哉が言った。

「ん?」

「住職から聞き出すより、不思議屋の婆さんに聞いた方が確実だったんじゃないか」

「あ、そういやそうだな」

 いつも色々とお見通しの不思議屋の老婆を、3人とも、うっかり忘れていたのだ。



 楓山(かえでやま)にも、3人はタクシーに乗って来た。何もないはずの山で下りる子どもたちに、運転手は微妙な表情を向けていた。タクシー運転手にも、不思議屋は知られていないらしい。

 しかし楓山の砂利道を登って行けば、古い木造家屋の『不思議屋』は現れる。

 朝は焼き菓子の香りだったが、出迎えたのは鰹出汁の香りだ。

 薄暗い店の奥、明るい喫茶テラスのいつものテーブルには、3人分のうどんが用意されていた。

「おかえり」

 老婆が、いつものテーブルで出迎えた。

「お婆ちゃん、ただいま!」

「昼飯、期待してたぜ」

 と、流石は楽しげに言ってテーブルについた。

 山菜、月見、きつね、たぬきと具沢山の温かいうどんだ。大食いの流石と小食の咲哉のどんぶりは、うどんの量も加減してある。

「これも、代金必要ないの?」

 と、咲哉は一応聞いてみた。

 すでに箸を持っていた流石と景都が、目をパチパチさせる。

「気にせず、おあがり」

 と、しわがれた声で言い、老婆は笑った。

「いただきまーす!」

 菓子作りが趣味という老婆に色々な焼き菓子を食べさせてもらっているが、うどんも近場のうどん屋などよりずっと美味しかった。

 老婆のテーブルでは白狐の笹雪(ささゆき)が、子どもたちのうどんに乗っているものと同じ油揚げをかじっている。

 3人はうどんを頬張りながら、香梨寺の墓地で会った喪服女性の話をした。

「子どもは行動力があるな。すぐにここへ来ればいいものを」

 と、笹雪が言っている。

 早々に食べ終えた流石が、

「旦那さんは奥さんの方の墓に行ってると思ったんだもんよ」

 と、口を尖らせている。

「あの霊園にはいないだろうよ」

「そっかぁ。やっぱり成仏しちゃったのかな」

 汁の中を泳ぐ山菜を箸で追い回しながら、景都は首を傾げている。

 よく噛んで食べる咲哉は、箸で摘まんだうどんを眺めながら、

「亡くなった事に気付いてなかったりするんじゃないかな」

 と、言った。

 老婆は、金属の大皿に水を張った水盆(すいぼん)を見下ろしている。

「咲哉が正解だよ」

 と、老婆が言った。

「マジか」

「えっ。じゃあ、まだお仕事してるの? お仕事の事故で亡くなったって言ってたよね」

「咲哉はどこにいると思う」

 老婆に聞かれ、咲哉は少し考えてから、

「新居?」

 と、答えた。

「正解だよ」

「すげぇ。なんでわかんの?」

「なんとなく」

 やっとうどんを食べ終え、咲哉は箸を置いた。

「美味かった。いい出汁だね」

「うん。美味しかった。ご馳走さま!」

 皺を余計に刻み、老婆はクックッと笑った。

「これか?」

 水盆を見下ろす笹雪が言っている。

「ああ。連れて来ておやり」

 老婆が言うと、笹雪はテーブルから降り、トコトコッと喫茶テラスを飛び出して行った。

「笹雪、どこ行ったんだ?」

「夫の霊は新居で、帰りを待っているはずの妻を探す時間を続けている」

 と、老婆が言った。

「妻を探す時間……」

「仕事から帰って来て、おかえりって出迎えてくれるはずの奥さんがいない、どこ行ったんだっていう時間が終わらずに続いてるってこと?」

 咲哉が聞くと、老婆は頷いて見せた。

「そんなぁ……」

栽太(さいた)が起きた頃だ。香梨寺へ戻って、預かり蔵に隙間を作るよう住職に伝えな。笹雪も、香梨寺へ行くだろう」

「あずかりぐら?」

「行けばわかるよ」

「よっしゃ。じゃあ、行ってみようぜ」

 と、流石が立ち上がると、景都と咲哉も続いた。

「婆ちゃん、ありがとな。ご馳走さま!」

 3人は元気に駆け出して行った。


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