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不思議屋と心霊探偵団  作者: 天西 照実
27/42

喪服幽霊 1

 今回はホラー要素ありです。

 青空が広がり、初夏の日差しはまぶしい。

 山梨栽太(やまなし さいた)香梨寺(こうりんじ)で働くようになって、最初の大型連休が過ぎた。

 春の彼岸に墓参りできなかった親族が集まったり、連休を利用した法要も重なった。本格的に寺勤めをするという挨拶もあり、山梨は檀家(だんか)への対応に追われていた。

 そして連休が過ぎ、墓参りで供えられた花たちも萎れるころ。

 忙しさの波が過ぎた途端、山梨は熱を出して寝込んでしまったのだ。



 流石(さすが)景都(けいと)咲哉(さくや)の3人は、山梨の見舞いにやって来た。

「爺さん、いないなぁ」

 香梨寺の境内(けいだい)はしんと静まり返り、住職の姿も見当たらない。

「本堂の奥か母屋かな」

「ピンポンしたら、具合悪いナッシー出て来てくれちゃうかな」

 本日は土曜日。3人は私服でやって来た。

 流石と景都は半袖Tシャツにジーンズという涼しげな格好をしている。紫外線アレルギーの咲哉は長袖パーカーのフードを目深に被っている。

 朝から不思議屋へ遊びに行った3人は、山梨が寝込んでいると聞いて来たのだ。不思議屋の老婆から、精がつくという粉薬を届けるよう頼まれている。

「勝手に入ったらまずいよな」

 老婆の薬を入れた紙袋を片手に、流石が母屋の玄関に向かって行く。

「スマホは枕元かな。電話してみるよ」

 と、咲哉は山梨に電話をかけてみる。

「――あ、ナッシー。咲哉だけど。不思議屋の婆さんから、ナッシーが寝込んじゃったって聞いてさ。精がつく薬っての届けに来たんだけど」

 電話中の咲哉の声を聞きながら、流石は玄関の戸に手を掛けてみた。細く隙間が開き、鍵は開いているらしい。

「うん……あ、玄関は開いてるみたいだね。入って良いよね」

 咲哉は切電ボタンをタップし、流石と景都に頷いて見せた。


 香梨寺は山梨と、住職である父親のふたりで切り盛りしている。

 3人が見舞いついでに手伝いを名乗り出ると、墓地で萎れた花の回収を頼まれた。

 軍手やゴミ袋は、不思議屋の草むしり用で持ち歩いている。

 3人は手荷物を縁側に置き、墓地へ向かった。

「ナッシー、五月病かなぁ」

 と、景都が呟いた。

「それは、ちょっと違うやつだよ」

 と、咲哉が小さく笑う。

 ゴミ袋を持った流石も、

「婆さんの薬飲んだから、すぐ良くなるだろ」

 と、言っている。

 香梨寺と墓地の境に、横広の竹藪(たけやぶ)がある。墓地の周囲にも竹林が広がっていた。

 3人は竹藪の中、砂利の敷かれた通路を抜けて墓地へやって来た。

 植え込みにはツツジが咲き、アジサイにもツボミが膨らんでいる。

 連休中は墓参り客も多かったようだが、今日は人気(ひとけ)もない。

「こっち、初めて来たな」

「けっこう広いんだね」

「そっちの隅からやってくか。俺、雑草抜くから、咲哉は枯れた花の回収、景都は線香きれいにできるか?」

 ゴミ袋を広げながら、流石が言う。

「うん」

 流石が墓地や通路の雑草を抜き、咲哉は萎れた花を回収して筒の水を捨て、景都は線香入れの掃除担当だ。

 3人は、寺に近い区画からテキパキと作業を進めた。

 寺に近い区画は、昔からこの地域に住む者たちの眠る墓が並ぶ。

 そして奥へと進むほど真新しい墓石が増える。都市開発で新しく越して来た者たちのために広げた区域だそうだ。

 まだ区画だけが確保されている場所や、墓石は乗っていても誰も入っていないらしい区画もある。

 景都は、先程から真新しい墓の方角が気になって仕方なかった。

 竹林に囲まれた静かな墓地の奥。新しく広げられた区画にひとり、黒いワンピースの若い女がいるのだ。景都にも、その黒いワンピースは喪服とわかる。

 真新しい墓石の前で喪服姿の若い女がしゃがみ込み、時々声を漏らしながら泣いている。

 雑草や回収した花を入れたゴミ袋を下げて、流石が新しい区域へ進もうとすると、

「ねえ、この先は後でにしようよ」

 と、景都は言った。

「ん? どうした?」

「だって……」

 景都が見詰める先には、真新しい花の供えられた墓があった。

「景都。俺も気になってはいたけどさ」

 と、咲哉も同じ方向を見詰めながら言った。腰などさすりながら咲哉は、

「流石が、あんなに泣いてる女の人をほっとくはずないよ。そういう事で、流石にも見える人なのかどうか、判断できるんじゃないか」

 と、言った。

「……流石に、見えない人?」

 流石は景都と咲哉が見ている方向に目を向けながら、

「女の人がいるのか?」

 と、聞いた。

 ポケットから、不思議屋でもらった小さい水晶玉を取り出す。

 目に見えない存在も見ることのできる水晶玉だ。水晶越しに見るだけで、幽霊の声も聞こえるようになるという不思議アイテムだ。

「本当だ。泣いてるな」

「だって、喪服着てる……大事な人が亡くなったばっかりの、遺族側の人じゃないの」

 さりげなく流石の後ろに隠れながら景都が言う。

「幽霊でも、大事な人が亡くなったら悲しいってことじゃないのか」

「……どうしよう。お花キレイだし、そっとしておいた方が良いのかな」

「なあ、こっち見てるぞ」

 水晶越しに見ながら流石が言った。

「あ……」

 しゃがんだまま、喪服の女性がこちらに泣き顔を向けている。

 景都は慌てて流石の背後に隠れたが、咲哉は、

「目、合わせちまった」

 と、言っている。

 喪服の女性も、目が合って驚いているようだ。恥ずかしそうに涙を擦っている。

「咲哉には、どう見えるんだ?」

 流石が聞いてみると、

「どうにも出来なくて泣くしかない『悲しい』の塊。優しそうな美人の新妻?」

 と、咲哉は答えた。「俺、ちょっと話を聞いて来るよ」

「……僕も行く」

「俺も行くけどさ。咲哉、美人に弱くね?」

 流石に言われ、咲哉は薄く笑った。

 喪服の女性は、3人にペコリと頭を下げた。


「見える人がいるとは思わなかったから、思いっきり声を出して泣いてたの。恥ずかしいわ」

 泣き腫れた目元に手を当てながら、喪服の女性は言った。

 遠くからは違和感のない喪服姿の女性に見えたが、近付いてみれば少し透けている。通路に立っているが、黒いパンプスの下にも地面が透けて見えた。

「俺たちはお墓の掃除を手伝ってる近所の者です。どうかしたんですか」

 と、咲哉が聞いた。

 喪服の女性が泣いていたのは『大月(おおつき)家』という墓の前だ。

「ここは主人のお墓よ。結婚してまだ一年も経っていないのに、職場で起きた事故に巻き込まれて……亡くなってしまったの」

 と、女性は言う。

「ご主人のお墓ですか」

「ええ。もう、なにがなんだかわからない内に、私が喪主ってことでお通夜が始まったけど、実家の父は食事の席で酔って宴会状態になるし、主人のご両親は、主人が入っていた生命保険の受取人が私になってる話をしてきて――」

「そんな……」

「夫を失ったばかりの女に、その通夜の席で話す内容じゃないことくらい、子どもでもわかるよね。でも、そんなこと気にしない人たちなの。そんなところに、私だけ残されるのはいや。だから、お葬式まで済んで私たちの新居に戻ってから、私は包丁でお腹を刺して、彼の後を追ったの」

「――っ!」

 言われてすぐに流石と景都は、女性の喪服の腹部が血で濡れている事に気がついた。

 黒いワンピースでも、てらてらと赤黒く光るのが見える。

 その様子も初めから見えていた咲哉は、流石と景都が言われるまで気付かないのも不思議なものだと考えていた。

 しかし、女性は自分も死んでいる事は自覚しているらしい。咲哉は、

「ここがご主人のお墓で、あなたは一緒に眠っている訳ではないんですか」

 と、聞いてみた。

「このお墓は、主人のご両親が買ってあったお墓なの。まだ誰も入ってなくて、私たちはお墓なんて考えた事もなかったから……息子はここに入れば良いって。私は、実家のお墓に入れられてしまってるの。実家のお墓も私ひとりよ。父が自分たちも余所にお墓を買ってある事を自慢したかっただけなのよ。そんな理由で、新婚だけどちゃんとした夫婦なのに、離れ離れなの――」

 話しながら、女性はぽろぽろと涙をこぼしている。

「通夜の席で、お嫁さんが受取人になっている保険金の話をして来るような義理の両親なら、『いやいや夫婦一緒に』なんて申し出ないでしょうね」

 と、咲哉は静かに言った。

「そうね。一人息子が亡くなったばかりで、その嫁は後追い自殺なんて体裁も悪いでしょうし、保険金にたかろうとした事がきっかけなんて言われるのも嫌だったみたい」

 流石は『大月家』の墓石に目を向けながら、

「旦那さんは、奥さんが後を追った事に気がつかずに、成仏しちまったのか?」

 と、聞いた。

「……そうね。事故の原因を調べるためって、亡くなってからお通夜まで少し時間も開いてしまったから」

「あなたは、いつからここに?」

 と、咲哉も聞いた。

「よく、わからないの……話を聞いてくれてありがとう。もうしばらく、ここに居させて」

 両手で顔を隠し、女性はまたしくしくと泣き出した。

 3人は顔を見合わせ、ペコリと頭を下げた。

 そのまま、大人しく墓地の掃除に戻っていった。


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