五人熟女と亡毒蛇 2
養護教諭の福井は素手で『亡毒蛇』を掴み、咲哉の腕から引き剥がしていた。
巻き付かれてはいたものの、咲哉本人は亡毒蛇を触ることはできなかったのだ。
保健室のパイプ椅子に座ったまま、咲哉は絆創膏を貼られた噛み痕を眺めている。
「福井先生は見えるうえ、触ることもできるんですね」
と、咲哉は聞いてみた。
流石と景都も、目を丸くして頷いている。
「特技なのよ。幽霊も、素手で殴れちゃうの」
と、福井は拳を見せる。それには咲哉も目を丸くした。
「幽霊も殴れちゃうんすか」
「幽霊に物理攻撃……」
「そうよ。もう少し、亡者の毒を食べて強くなった亡毒蛇なら、栃木君も触れたかもしれないわよ」
「あのヘビ、強くなるの?」
「私はあんまり詳しくないんだけどね。昔から、気に入らないことは拳で解決してきちゃったから。詳しいことは不思議屋のお婆ちゃんに聞いてちょうだい」
福井は景都の髪を撫でながら言った。
「福井先生、不思議屋に行ったことあるの?」
景都に聞かれ、福井は頷いた。優しい笑みを見せ、
「似てると思ったけど、やっぱりそうよね。果絲を見つけたの、あなたたちだったのね」
と、言った。
「香梨寺の?」
「そう。果絲も私も見える性質だから、不思議屋のお婆ちゃんにはお世話になってたの。歳も近いからね。あなたたち3人組みたいに、私と果絲ともうひとり、子どものころは3人組で不思議屋の常連だったのよ」
「マジすか」
流石と景都は目を丸くしたままだ。
少々、記憶を探ってから咲哉は、
「じゃあ、先生がマドカさん?」
と、聞いた。
「私の名前よ。福井真登香」
「先生の声、果絲さんのお葬式でギャン泣きしてる男の人をなだめながら、ナッシーに真登香さんって呼ばれてた人の声に似てるなとは思ってた」
「先生もお葬式に来てたんだね」
「ええ。その、ギャン泣きしてた奴と果絲と私が、あなたたちの前の3人組よ」
「前の3人組?」
首を傾げる3人に、福井は、
「なんだか定期的に、不思議屋には3人組が居付くんですって。私たちの前は、香梨寺の住職と奥さんの絹笑さんと、もうひとり誰かの3人組だったのよ」
と、話した。
「じゃあ、俺らが今の3人組なんだな」
「へー。なんか不思議だね」
流石と景都が頷く横で、咲哉は、
「なんでだろうな」
と、首を傾げている。
福井は咲哉の頭も撫で、
「不思議の理由なんて考えていたら、頭痛くなっちゃうわよ」
と、言った。
「確かに」
そういう事にした。
ジジジとスピーカーが音をたて、3時間目終了のチャイムが鳴った。
「具合はどう?」
福井に聞かれ、
「僕は治った!」
「俺も」
景都と咲哉が答えると、流石も、
「じゃあ、戻るか」
と、立ち上がった。
「頑張って勉強してらっしゃい。困ったことがあったら来るのよ」
「はーい」
3人は元気に声を揃えた。
学校が終わると3人は当然、楓山の不思議屋へ来ていた。
薄暗い不思議屋の奥、不思議な喫茶テラスでおやつタイムだ。
本日のおやつは、シナモン香るアップルパイだった。
「婆さんにもらったお守り、早速役に立ったよ」
3人は、老婆に本日の出来事を話した。
「真登香が退治したか」
口元の皺を余計に刻み、老婆は笑っている。温かい紅茶を淹れながら、
「差はあるが、亡者は毒気を放っているものだ。その毒気を食べに来るのが亡毒蛇という魔物だ」
と、話した。
「まもの……」
「亡毒蛇の見つけた亡者が、たまたま人の霊じゃなかったんだねぇ」
「オバサンだったよ?」
「景都に寄って来た亡者たちも、五人熟女という魔物だ」
と、言った。
「五人熟女?」
咲哉は話も聞く前から、
「こわっ」
などと顔をしかめている。
「僕と福井先生にはヘビもハッキリ見えたけど、巻き付かれてた咲哉にはほとんど透明だったんだよね。教室に入ってきたオバサンたちも、靄みたいだったんでしょ?」
「うん」
「景都は存在そのものを見ているんだよ。咲哉に見えるのは、明確な感情や未練に由来するものだ。亡毒蛇も五人熟女も、人間の意思や感情を持ち合わせちゃいないんだよ」
と、老婆は話した。
「オバサンたちも?」
「五人熟女は人間の幽霊じゃないよ。集合体が集合しているようなものだ」
「オバサンの集合体を想像しちゃった。怖いんだけど」
咲哉が失礼なことを言っている。
「女は年齢に関係なく、同年代と集まって喋りたがるんだよ。わかるかい」
「女子会とか井戸端会議とか?」
と、流石が聞いた。
「そう。『集まって好き勝手に言いたい事をしゃべり続ける』という状況から発生する存在、とでも言えばわかりやすいかねぇ。井戸端会議だの喫茶店だの、喋りたがりな女どもの集まる場所は清らかとは言えない。正論とも真実とも限らず、話の内容もころころ変わっていく。その場には一種の特殊な力が蓄積されていくんだよ。そんな場所が近辺に5か所揃うと、それぞれに蓄積された特殊な力からひとりずつ発生し、5人集まって好き勝手に喋りだすのさ。怨念も感情もありそうでどこにも無い。それが五人熟女だ」
「……謎の存在の域を出ないんだけど」
頭脳担当の咲哉の理解に及ばなければ、自分たちに理解できるはずもないと、流石と景都は考えるのをあきらめた。
「目が合ったら、教室に入って来たんだよ」
と、景都は聞いてみた。
「目が合って自分を認識していると思えば、近付いてくるモノは少なくないだろうね。こちらが見ていることは相手からもわかるものだ。生きている人間が相手でも同じだろう? 気になっても、目を合わせないように気を付けることだね」
そう言って、老婆は紅茶をひと口飲んだ。
「そっか。僕が見てたから、自分で呼び寄せちゃったんだ」
「咲哉が追っ払った後、五人熟女はどこ行ったんだ? 婆さんのお守りで消滅したのか?」
と、流石も聞いた。
「消滅しやしないよ。どこか逃げた先で喋り続けているんだろう。元々学校ってのは子どもたちの声と若い生命力によって守られている場所だ。静かな授業中だけ、ちょっと入り込めただけだろうからね」
「前にも、女の悲鳴と子どもの泣き声は魔除けの力があるって言ってたよね」
と、咲哉も聞いた。
「子どもたちの騒がしい声もそうさ」
「変なもの見ても、目を合わせないように気を付ける。怖くなったら泣く」
頷きながら景都が言った。
「学校って、わりと安全な場所なんだな」
と、流石が言っている。景都も、
「保健室も安全地帯だね。福井先生が鉄拳制裁してくれる」
と、言って、可愛い拳を見せた。
「幽霊にも物理攻撃できるって言ってたな。それ、俺もできるようにならねぇの?」
と、流石が聞いても、
「ならないよ。あれはかなり特殊なもんだ」
と、老婆は即答だ。
「やっぱ、そうだよなぁ……あと、婆さん。アップルパイおかわり」
「あっ、僕も!」
流石と景都が空になった小皿を差し出した。
「俺は紅茶おかわり」
と、言いながら咲哉は、自分でティーポットから紅茶を注いだ。
老婆は流石と景都の小皿にアップルパイを乗せてやりながら、
「まったく小気味いい喰いっぷりだ。その食欲も魔除けになりそうなもんだねぇ」
と、言って、クックッと笑った。
喫茶テラスでのおやつタイムは続く。
日の当たる窓際では、笹雪がポテトチップの空袋を寝床にして丸まっていた。




