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不思議屋と心霊探偵団  作者: 天西 照実
25/42

五人熟女と亡毒蛇 1

 今回は怪談要素ありです。

 薄暗い不思議屋の店内。

 番台のように少し高くなった囲み机の中、置物のように老婆が座っている。

 ぼろきれやスカーフに包まれた地蔵か何かのようだ。

 囲み机の上では小さな白狐(しらぎつね)笹雪(ささゆき)が丸まっていた。薄暗い店内でも、白い被毛はよく目立つ。

 薄暗くガラクタまみれの店内に溶け込む老婆より、寝息を立てる笹雪の方が存在感があった。

 今日は風が強い。

 大きな暖簾(のれん)の隙間から、午後の日差しと一緒に風が流れ込む。

 戸は開けっ放しの不思議屋だ。強風に暖簾がバタつくことがないのも、店の不思議のひとつだ。

 ゆったりと流れ込む午後の空気に、笹雪が目を覚ました。

 老婆の皺だらけな手に撫でられながら、大きな欠伸(あくび)をする。

「ポテトチップが食べてみたい」

 笹雪は黒い目をパッチリ開けて言った。

「ほう。なら、ちょうどいい」

 老婆が頷いた。

「これから、ガキ共が来たら頼んでごらん。代わりに、守り札でも作ってやろうかね」

 クックッと笑いながら、老婆は笹雪の小さな頭を撫でた。

 店の外、楓山の木々が乾いた風にざわめいていた。



 青森流石(あおもり さすが)富山景都(とやま けいと)栃木咲哉(とちぎ さくや)の3人組が不思議屋へ通うようになってから、ふた月近く経つ。

 中学生らしい座学の授業にも慣れて、ノートに落書きをしたりこっそり居眠りすることを覚えた生徒も多い。

 流石たち1年2組は国語の授業中だ。

 黒板に向かう中堅の男性教諭は、近付く足音に振り返った。

 一番後ろの席に居るはずの咲哉が、教卓のすぐ手前に座る景都の肩をさすっている。

「栃木君。どうした?」

 と、国語の男性教諭が声をかけた。生徒たちも目を向けている。

「貧血っぽいので保健室に行かせてもらおうと思ったんですが、富山も具合が悪そうに見えたから」

 と、咲哉は言う。

 居眠り常習犯の流石も、咲哉の声で目を覚ました。

「富山君。具合悪い?」

 男性教諭に聞かれ、景都は泣きそうな顔で頷いた。

「そういう時は我慢しないで、先生に言っていいんだよ」

「はい……」

 流石が手を上げ、

「先生、保健委員男子が爆睡してるので俺が保健室に連れてきます」

 と、言った。

「じゃあ、青森君にお願いするね。でも、相沢君も叩き起こしなさい」

 クラスメートたちが笑い合う中、3人は教室を出た。

 まだ午前中の3時間目が始まったばかりだ。

 授業中で静かな廊下を、3人は黙って保健室に向かった。

 びくびくしながら今にも泣きそうな景都の背中を、流石が支えている。

 やっと1階の保健室に着くと、景都は溜め息を吐きだすようにボロボロと涙を落とし始めた。

「怖かったぁ……」

福井(ふくい)先生ー」

「あら、どうしたの?」

 養護教諭の福井は、保健室奥の職員机で書き物をしていた。

「こいつら具合悪くて、俺は付き添い」

 と、流石が言った。福井教諭は、

「こっちいらっしゃい。座って」

 と、保健室中央に置かれた丸テーブルに呼んだ。

「いや、俺は」

 咲哉が、体の後ろに回していた左腕を見せた。

「ひっ」

 景都が、よろけるように流石の後ろへ隠れた。

「咲哉ぁ、ヘ、ヘビが――」

「ヘビ持ってんのっ?」

「やっぱりヘビか。なんか動く長いのが巻き付いて手が開らかないんだ」

 握った拳を見下ろしながら、咲哉が言っている。

 Yシャツの袖が、腕にまとわりついているように見えた。

 背中にしがみ付いて来る景都をなだめながら、

「どうすりゃ良いんだ?」

 と、流石は小声で聞いた。

「うーん、ナッシーのところ行ってみようかな。福井先生、早退していいですか」

 咲哉が聞くと、福井が白衣をひるがえして歩み寄った。

「引っぺがせばいいじゃない」

「え?」

 福井は、咲哉の腕とそこに巻き付く何かを掴んだ。ぐるぐると紐を解くように引き剥がす。

「いて」

 咲哉の腕から引っぺがした何かを、福井はそのまま勢いよく床に叩き付けた。

 パーンッと、音のような衝撃が伝わってきた。

「――っ!」

「ほら、消えちゃったわよ」

 不思議屋でもらった水晶玉をポケットから取りだすのが一瞬遅く、流石は何も見えなかった。その横で、全て見えていた景都が硬直している。

 景都の肩を撫でてやりながら流石は、

「大丈夫か? 何がどうなったんだ?」

 と、聞いた。

「俺も、よくわからなかったけど」

 と、咲哉も福井に目を向けた。

 福井は両手をパンパンと払いながら、

「まずは座りなさい、3人とも」

 と、言った。3人は大人しく、丸テーブルのパイプ椅子に座った。

 咲哉は、握っていた左手をゆっくりと開いた。

 手の平には爪痕がくっきりと残っている。そして不思議屋でもらったばかりの、薄緑色の守り袋が握られていた。

「この前もらったお守りか」

「うん」

「咲哉、爪の痕ついちゃってる。あっ、こっち血が出てるよ」

 親指の付け根に2か所、小さな血のしずくが膨らんでいる。

「ヘビの噛み痕みたいだな」

「消毒しましょ」

 と、福井は丸テーブルに救急箱を持ってきた。

 消毒液を含ませた脱脂綿で拭かれ、絆創膏を貼り付けられた。

 景都は噛まれたわけでもないが、終始、痛そうな表情になっていた。咲哉本人はいつもの無表情で眺めている。

「これで大丈夫よ。治るまで清潔にしてね」

「ありがとうございます」

「咲哉、大丈夫?」

「うん」

 救急箱を閉じながら、福井は丸テーブルに置かれた薄緑の守り袋に目を向けた。

「あら、それ。不思議屋のお婆ちゃんの?」

「福井先生、知ってるの?」

 と、景都が聞き返す。

「ええ。救急箱片付けちゃうから、その保健室利用票、適当に書いておいて」

「はーい」

 丸テーブルには、クリップボードに『保健室利用票』と書かれた用紙が置かれている。保健室を利用した理由などを記入するのだ。

 言われた通り咲哉は適当に、自分と景都が体調不良で休憩に来たような内容で記入しておいた。

 すぐに戻って来た福井も、丸テーブルを囲んで腰掛けた。

 握られて少しよじれてしまった守り袋を見下ろし、福井は、

「どうして、あんなものに巻かれてたの?」

 と、聞いた。景都は首を傾げて、

「福井先生、さっきの見えてたの?」

 と、聞き返した。

「見えてたわよ」

 と、福井は答えた。

 流石たち3人が揃って目をパチパチさせる。

「富山君も見えるのね。栃木君も?」

「さっきのは、ほとんど透明に近い半透明に見えてました」

「僕には、濁った薄紫みたいな色の太いヘビが、咲哉の手に噛みついて巻き付いてるように見えたよ」

「私も同じよ。青森君は?」

「俺はなんも。咲哉の袖が、腕にまとわりついてるように見えただけっす」

 流石も答えると、福井は、

「今のは亡毒蛇(もうどくへび)よ」

 と、言った。

「猛毒っ?」

亡者(もうじゃ)の吐く毒を好んで食べるから亡毒蛇。生きている人間に害はないわよ」

「じゃあ、あのオバサンたちが亡者……」

 思い出したように、景都が呟いた。

「オバサンがいたの?」

「廊下をオバサンが何人か歩いてて、保護者とかPTAの人たちかと思ったの。でも廊下側の窓から目が合って、ドアを開けないで入って来たから、普通の生きてる人じゃないんだなって……」

「教室に入って来てたのか?」

 流石に聞かれ、景都は頷いて見せる。

「僕を取り囲んで、なんかゴニョゴニョ言ってた。怖くて下向いてたら、咲哉が追い払ってくれた」

 頷きながら福井は咲哉に視線を向ける。咲哉は、

「俺は急に気分悪くなったんです。保健室に行かせてもらおうかと思って先生の方を見たら、教卓の前の席で景都が重苦しそうな(もや)に圧し掛かられてるのが見えて。このお守りで追い払えたと思ったら、半透明の何かが腕に巻き付いてきたんです」

 と、話した。

「咲哉は靄みたいに見えたり、くっきり見えたりするよな」

「そうだな」

「顔色悪いよ」

 不安げに景都は咲哉の顔を見つめている。薄い笑みを見せる咲哉の額に、福井が手を当てた。

「栃木君は亡者の毒気(どくけ)にあてられたのかも知れないわね。それとも、朝食を抜いてきたのかしら」

「朝はニンジン食って来ました。生でかじるガリガリ感にはまってて」

「ニンジンだけかよ」

「朝は食欲ないんだよ。面倒くさいし。でも太いニンジン、オリーブオイルちょっとつけて丸ごと一本食ったよ」

 と、咲哉は話す。福井は、

「ミネラルやビタミンは豊富でも、たんぱく質も炭水化物も足りないわね。身長、止まっちゃうわよ?」

 と、言ってやる。

「気をつけます」

 咲哉は真面目に頷いて見せた。


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