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不思議屋と心霊探偵団  作者: 天西 照実
23/42

残念な大人 3

 昼休み中に階段の異物を見つけられなかった流石(さすが)景都(けいと)は、放課後にも階段から上階のトイレまで行き来してみた。しかし、踏み付けそうな物は見当たらなかった。

「こんな時こそ、不思議屋じゃない?」

 と、いう訳で。

 流石と景都は、楓山の不思議屋へ来ている。

 不思議屋の老婆は、いつもの囲み机で水盆(すいぼん)を見下ろしていた。

「証拠として見せることはできんが、結果を知っていれば導き出せるものがあるだろう」

 老婆の言葉を待っていた流石と景都は、そろって首を傾げた。

「……頭脳担当が負傷中だ。わかりやすく言ってくれよ」

 と、流石が口を尖らせる。

「これをごらん」

 見下ろしたまま老婆が言うので、流石と景都も囲み机越しに水盆を覗き込んだ。

 金属の大皿に水が薄く張られている。その水面に、学校の廊下が映し出された。

「学校の階段だ」

 階段と廊下を真上から見た様子だ。

「天井と階段の記憶だよ」

「記憶……?」

 明るい茶色の階段だ。手すりはこげ茶色で、踊り場の窓の外には中庭の木々が揺れているのも見える。

「階段に、何かあるか?」

 流石が呟くと、映像はグーンと階段に近付いた。

 踊り場から一段下に、透明のビニールテープで何かが貼り付けられていた。

「これ、ピンポン玉だ。テープで貼り付けてある!」

「こっち、誰かいるよ」

 水盆の映像が横に移動した。

 踊り場から上へあがる階段の途中に、体育の数本(かずもと)教諭が腰掛けていた。

「……数本?」

 階下から、男子生徒が階段を上がって来る。頭頂部が見えているのは1組の奈良(なら)だ。

 踊り場の窓の外を、小鳥たちが飛び交っている。奈良は窓を見上げながら階段を上って来る。

「あぶないっ」

 景都が声を上げると、水盆の中から、

『奈良っ』

 と、咲哉の声が聞こえた。奈良の驚く声が続く。

 ピンポン玉を踏んだ奈良は階段を転げ落ち、駆け寄った咲哉が、奈良の腰を抱え込むように受け止めた。そのままふたりで廊下の床に倒れ込む。

 立ち上がろうとした奈良の額から、血がパタパタっと落ちた。

 そして踊り場の上では、数本が嬉々としてガッツポーズをしていた。

『大丈夫か! 栃木もか! 大丈夫か!』

 その大声は笑いを含み、奈良の言っていた通り嬉しそうに聞こえる。

 数本は、うずくまる咲哉の腕を引っ張り上げるように担ぎ、驚きの表情を見せている奈良も反対の肩へ捕まえるように担ぎ上げた。

 両肩にふたりを担ぎ、数本はバタバタと階段を下りて行った。

「……」

「咲哉が死んじゃう――」

 泣きそうになりながら景都が言った。

「死にやしないよ。ほら、少し早送りだ」

「……?」

 ふたりが水盆に目を戻すと、数本がひとりで階段を上がって来たところだった。

 周囲に目を向けながら、数本は階段に貼り付けられたピンポン玉を剥がし、丸めてジャージのポケットへ突っ込んだ。そのまま階段を下り、奈良の額から落ちた血を靴底でこすって消した。

 ニヤニヤした顔で数本は、人目を確認するように辺りを見回し、階段を下りて行った。

 景都は映像の消えた水盆を見下ろしたまま、呆然としてしまっている。

「くそっ、こんなあからさまに数本が犯人なんじゃねぇか!」

 悔しげに言う流石に、老婆は軽く笑い、

「それを証明するのが、お前の役目だ」

 と、言った。

「……どうやってだよ」

「今見せたものは証拠にならないよ。階段の記憶というだけだからね」

「じゃあ、どうすりゃいいんだ」

「まだ消えていないものが、いくつもあるだろう」

 老婆に言われ、考え込みながら景都が、

「ピンポン玉、今はどこにあるかわかる?」

 と、聞いた。

「ピンポン玉を貼り付けていたのは、教材用のでかい両面テープだ。職員室の奥にある備品室に保管されているものだ。生徒は立ち入り禁止の場所だと警察が確認するだろう。お前たちは、テープに包まれたピンポン玉を見つけ出せばいい」

「どこにあるんだ?」

「体育館の校庭側に、体育教員室がある。体育教師や運動部の顧問が使う教員室だ」

「知ってる。体育館からも校庭からも、体育館の横の通路からも入れるようになってる小さい職員室みたいな場所だぜ」

 運動部の助っ人を頼まれることもある流石が言う。

「通路から出入りする扉の手前に、掃除用具入れと並んでゴミ箱がある。そこにピンポン玉は捨てられているよ。犯人の指紋と奈良の上履きの足跡がついたテープに包まれた状態でね」

「教室以外のゴミ箱は、金曜日の掃除の時間に捨てることになってるよね。明日が金曜日だよ。朝の掃除の時間に捨てられちゃう」

 と、景都が言う。

「学校はまだ、部活をやってる時間だねぇ」

 老婆に言われ、流石と景都は顔を見合わせた。

「指紋つきテープに包まれたピンポン玉だけで、数本が犯人って証明できるのか?」

 と、流石が聞いた。

「偽の目撃証言もつければいい。踊り場の窓の正面には、中庭を囲んだ向こう側の4階に生徒会室がある。生徒会室前の廊下から、ちょうど踊り場から上へあがる階段も下へ降りる階段も見える。多少、木の枝が邪魔をしていても、階段の様子は見えるだろうね」

 クックッと笑いながら老婆は言う。景都は目をパチパチしている。

 流石は、にやりと笑いながら頷き、

「なるほど。角度的に数本が待ち構えてるのは丸見えだろうし、奈良の足元は見えなくても、上がって来た奈良の上半身が落ちたようには見えるだろうな」

 と、言った。老婆が頷いて見せる。

「それを、見たって言えばいいの?」

 と、聞く景都に、流石は頷きながら、

「中学の生徒会室だろ。俺ら、小学校で生徒会だったから学校の探索がてら見に行ってた事にすればいい。で、奈良が落ちたように見えて階段を見に行ったら、ちょうど数本がきょろきょろしながら証拠隠滅してるのを見つけるんだ」

 と、話した。

「なるほど。流石、探偵みたい」

「俺は、ひとっ走り学校に戻って、ゴミ箱から証拠品を手に入れて来る。景都は、(あき)さんの店が開く時間になったら、咲哉のリュックを届けてくれ」

「うん。わかった」

 3人の持つトランシーバーで、病院にいる咲哉から、検査が長引きそうだから荷物は秋さんの店に届けておいて欲しいと連絡があったのだ。

「流石は、これを持って行きな」

 老婆の腰掛けている囲み机の後ろ壁に、階段状の引き出し棚がある。老婆は、引き出し棚の一段目の引き出しから、薄手のビニール手袋とポリ袋を取り出した。

「そっか。俺の指紋も付いちまうもんな」

「ポリ袋は、ドングリ拾いでもするために、いつもポケットに入れているとでも言えばいい」

 流石と景都は頷き合い、

「婆さん、サンキュー!」

 と、手を振って、元気に不思議屋から駆け出して行った。



 救急車で咲哉と奈良が運ばれたのは、流石の兄も入院する北区総合病院だった。

 あれこれと検査され、大事をとって病院に一泊することになった。

 窓の外は、すでに真っ暗だ。

 ベッドがふたつ並んだ病室で夕食も済み、ふたりはやっと一息ついたところだ。

 廊下から、奈良の母親が看護師と話している声が聞こえる。

 普段はコンタクトレンズを入れている咲哉は、すでに外して眼鏡をかけている。パジャマは、病院の貸し出し入院着だ。

 咲哉は、隣り合うベッドの間に引かれたカーテンを、ボフボフッとノックしてみた。向こう側から、額にガーゼを貼られた奈良がカーテンを開けた。

「お母さん、帰ったのか」

「うん。また明日、朝一で来るって。母さん、心配性なんだよ」

 と、奈良が苦笑いしている。

「そっか」

 枕に背を預けて座り、奈良は、

「栃木の両親が、ふたりとも海外で働いてるなんて驚いたよ。中学からひとり暮らし状態なんて」

 と、言った。

「俺は自由で気が楽なんだけどさ。あんまり人には言わないでくれ。他人が放任(ほうにん)だの育児放棄だの言い出したら、イギリスの学校に入れられちまう。俺は日本が良いんだ」

「そうか……でも、頼れる叔母さんも近くにいるなら安心だよね」

 奈良が言うと、咲哉は小さく笑った。

「あぁ、秋さん。キレイな女の人に見えるけど、実は叔父さんなんだ」

「……スカート履いてたように見えたな」

「うん。オネエの人。飲食店やってて、絵に描いたようなお母さんタイプだよ。いつも美味い飯食わせてもらってるんだ」

「そっか。あ、病院の晩御飯、ビックリしなかった?」

「した。全部ドロドロだったな。おもゆって言うの? お粥より水っぽいやつ」

「もう少し塩気があってもいいのにね。トマトジュースに、ポカリみたいな飲み物に牛乳って、ぜんぶ水分だよ。夜中にお腹空きそう」

「確かに」

 と、笑っている咲哉に、奈良は心配そうな顔を向け、

「俺の腰が腹に直撃してる栃木には、そのくらいが良いんだろうけどさ。晩御飯、全部食べられた?」

 と、聞いた。

 咲哉はお腹をさすりながら笑った。

「食べられたよ。でも三角牛乳って初めて見た。一瞬、構造がわからなかったよ」

「あ、俺も。四角い紙パックより美味しそうに見えたけど」

「うん。確かに」

 病室の外を、看護師や入院患者が行き来している足音が聞こえる。

「……色んな検査をされて疲れちゃったな」

 と、咲哉は小さく息をついた。

「そうだね。お互い、どこも大したことなさそうで良かった」

「うん」

「もう寝る?」

 病室の壁にかかる時計に目を向け、咲哉は、

「いつもなら今頃から宿題やるとか、パソコン開いて遊び始める時間だけどな。今日はくたびれたから、もう眠くなってきたよ」

 と、答えた。

「俺も。眠いよ」

 奈良は、ベッドの間を仕切るカーテンに手を掛けながら、

「……数本先生は、俺を階段から落としたかったのかな」

 と、呟いた。

「……」

「この前、体育の時に保健室に行ったから、母さんが学校に電話しちゃったんだ。それで話が伝わってないとかなんとか、クレームみたいになっちゃったのかな」

 視線を落とす奈良に咲哉は、

徳島(とくしま)先生には、ちゃんと話が伝わってたみたいだったよ。数本は多分、知ってたのに覚えてなかったんだ」

 と、静かに言った。

「そうかな。今時はアレルギーとか色んな理由で、体育は見学って生徒も珍しくないらしいけど」

「うん。だけど、もう体育もひと月近くやってて、他には見学って今までいなかったじゃないか。あの日の体育から見学するって伝えてあった訳じゃないだろ。数本は、具体的にいつからこうなるからこういう対応をするって直前に教えてやらないと、前もって言われていたことが連想できないタイプの人間なんじゃないかな。しかも、自分はまともに仕事が出来てるつもりでいるわりに、自発的に動いてる徳島先生の行動を見ながら動いてる。あれじゃ、徳島先生は苦労してるんだろうな」

 布団の一点を見つめ、咲哉はゆっくりと話した。

「……よく見てるな、栃木」

「あの歳で教師とかやっててもさ。意外と残念な大人って普通にいるもんだよ」

「残念な大人か……確かに、そういう印象はあるな」

 苦笑して見せながら、咲哉は奈良を見て、

「普通に傷害事件だけどさ。荒立てるかどうかは奈良が決めていいと思うよ。俺のことは気にしなくて良い」

 と、言った。

「ありがとう……助かるよ。俺は荒立てずに、普通に静かにしてたい」

「うん」

「じゃあ、おやすみ」

「おやすみ」

 奈良は、ベッドの間を仕切るカーテンを閉じた。


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