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不思議屋と心霊探偵団  作者: 天西 照実
22/42

残念な大人 2

 もうすぐ5月とはいえ、当然まだ4月だ。

 天気予報では、梅雨入りするまで日差しが強く気温は高めの日が続くと伝えていた。

 南西向きの教室にも、午後になって差し込む陽が強い。

 こまめに日焼け止めを塗り直す必要のある咲哉(さくや)は、体育の前と昼休みに上階のトイレへ通っている。

 面倒だが仕方ない。ブツブツや赤い斑模様の皮膚は御免だ。

 それに、紫外線アレルギー仲間の奈良(なら)もいる。隣のクラスだが、体育は3クラス合同なので一緒に日陰で見学しているのだ。

 昼休みの日焼け止め塗り直しでも毎日、顔を合わせていた。

 上階のトイレには、人気(ひとけ)の少ない階段を使っている。

 その日は、1組の奈良がほんの少しだけ先に階段へ向かっていた。階段を上がる奈良の姿が、廊下を歩く咲哉から見えている。

 声をかけようか。もう少し近付いてからがいいか?

 などと考えながら追っていると、奈良の足元に何やら出っ張りが見えた。

 踊り場の窓を見上げている奈良は、足元の異物に気付いていない。

「――奈良っ」

「うわっ」

 咲哉が声をかけるより早く、奈良は足元の異物を踏んだ。重心を崩し、手すりを掴もうと伸ばした手が空を掴む。

 奈良は階段をごろんと転がるように頭をぶつけ、膝をぶつけ、勢いは止まらずに腰から落ちてきた。

 咲哉は慌てて駆け寄っていた。

 ガツンという、重い音が廊下に響いた。奈良の腰を、咲哉の腹部が受け止めていた。

「げほっ」

 何が何やらわからなくなっていた奈良は、咲哉の呻き声で我に返った。

「えっ、うわ、栃木っ!」

 奈良の体重を腹部で受け止めてしまった咲哉は、腹を抱えて悶えている。

 驚いて立ち上がろうとした奈良も、ふらふらとよろけてへたり込んだ。

 その膝もとへ、パタパタっと血のしずくが落ちた。

「わ、頭ぶつけたんだ。どうしよう……人呼んで来なきゃ」

 首に巻いていたタオルで額を押さえ、奈良がなんとか立ち上がろうとしたところへ、

「大丈夫か!」

 階段の上から声がした。体育教諭の数本(かずもと)だ。

「栃木もか! 大丈夫か!」

 バタバタと駆け下りてきた数本は、うずくまる咲哉の腕を引っ張り起こした。

「ちょ、動かさな……」

 それ以上言えず、咲哉はタオルで口元を押さえた。

 中学生とは言え、まだ小柄な1年生だ。

「つかまってろよ!」

「えっ、うわっ」

 数本は両肩に咲哉と奈良を担ぎ上げ、保健室に向かって走り出した。



「青森君、けーと君、大変っ。栃木君が1組の奈良君と保健室に運ばれて来たよ!」

 1年2組の教室に、女子生徒が駆け込んで来た。

 おしゃべりに花を咲かせていた昼休みの生徒たちが、一斉に目を向ける。

「また紫外線アレルギーかっ」

 声を上げてしまってから流石(さすが)は、咲哉にあまり大袈裟にするなと言われていたのを思い出した。

 しかし、駆け込んで来た女子生徒は、

「違うよ。階段から落ちたって、体育の数本先生に担がれて来たの!」

 と、声を上げる。

「なにぃっ」

「階段から落ちたっ?」

 叫びながら流石と景都(けいと)は教室から走り出していた。


「咲哉っ、さく……咲哉?」

 流石と景都が駆け込んだ保健室に人の姿はなく、しんと静まり返っていた。

 しかし、カーテンに囲まれた向こうから、

「ここよ」

 と、養護教諭の福井(ふくい)が顔を出した。

 中を覗くと、ベッドで咲哉が丸くなっていた。

「早かったな、流石、景都」

 咲哉は苦笑して見せた。

「大丈夫かよ、お前」

「保健室のベッドが思ったより寝心地良くて驚いてるよ」

 今にも泣き出しそうな景都にも、

「大丈夫だよ、景都」

 と、咲哉は笑みを向けた。

「咲哉が階段から落ちたって女子が」

「階段から落ちたのは俺だよ」

 隣のベッドから、間に引かれていたカーテンを開けて、奈良が顔を出した。

 ベッドに腰掛けた奈良の頭には包帯が巻かれ、ズボンをまくりあげた右足にも大きな絆創膏が貼られている。

「うわ、大丈夫か、奈良――」

「おでこと足をちょっと擦った程度なんだよ。踊り場のすぐ手前から下まで転がり落ちたんだけど、栃木が受け止めてくれたからさ」

 と、話し、奈良も肩を落とすように苦笑している。

 毛布に包まったまま咲哉は、

「俺は階段を落ちてきた奈良を避けられずに、ちょっとぶつかっただけだよ」

 と、言っている。

「ぶつかった?」

「すごく的確に、受け止めてもらった気がするんだけど」

 福井教諭が、クリップボードに挟んだ用紙に何か書き込みながら、

「そうよ。さっき吐いてた人が何を言ってるの」

 と、言った。

「えぇっ」

「あー、バラされたぁ」

 ゆっくりベッドに起き上がり、咲哉はわざとらしく溜め息を吐いた。

「咲哉ぁ、大丈夫?」

 毛布の端を握りしめて、景都が目を潤ませている。

「もう大丈夫だよ。数本に担がれて、揺さぶられながら運ばれたから酔っただけ。給食のあとだからさ」

 と、言って、咲哉は景都の頭を撫でた。

「数本に担がれて来たのか」

 と、聞いた流石に、奈良が、

「ビックリしたよ。俺と栃木、ふたり一緒にこうやって両肩に担いで」

 と、両肩に担ぐ真似をして見せた。咲哉も頷きながら、

「どう見ても階段から落ちたらしい生徒を、あんな担ぎ方するとかあり得ない」

 と、言っている。

「早く保健室へって感じだったんじゃねぇの?」

「頭ぶつけてるかも知れない時も骨折とかしてるかも知れない時も、やたら動かしちゃダメだ。悪化する」

「そうなのか」

「確かにそうだけど、担架なんか用意していたら目立ってたわよ」

 白衣姿の福井が小さく息をついている。

「……それもやだけど、もうちょいジッとしてれば歩けた」

「とにかく、ちょっと事務室に行って来るから、ふたりとも救急車が来るまで静かにしてなさいね」

 と、福井が言う。

「救急車――」

 景都が蒼ざめる。

「いや、俺は階段落ちた訳じゃないし」

「俺も、栃木が受け止めてくれたし」

 咲哉と奈良が言うと、福井は眉を寄せ、

「あのねぇ、中学男子の全体重をお腹で受け止めておいて、内臓がどうにかなってる可能性が無い訳ないでしょう。頭をぶつけてる子もそう。本人が嫌がっても、学校はそういう可能性のある生徒を病院に連れて行かない訳にはいかないの。わかった?」

「は、はい」

 勢いに押されて奈良はすぐに返事をしたが、咲哉はまだ渋い表情をしている。

「咲哉、あきらめろ」

 と、流石は咲哉の肩に手を乗せて言った。

「うーん……」

「大丈夫よ、救急車がくる頃には午後の授業が始まってるから、目立たないわよ」

「あ、そうだ奈良。階段から落ちた時、何でつまずいたか覚えてるか?」

 咲哉が奈良に聞いた。

「え、あぁ。何か丸っこいもの踏んだ気がするんだよな」

 と、奈良は首を傾げながら答えた。

「あら、何かしら。危ないわね」

「しかもベタベタして、とっさに足をつき直す事もできなくて後ろに落ちちゃったんです」

「俺も、何か変なものがあるなと思ったんだ。で、見てたら奈良が落ちてきた」

「ごめん」

「いや、足元に何かあるって声かければ良かったな。それに避けられれば避けてたよ。たぶん」

「あら、栃木君がクッションにならなかったら、奈良君はどこか骨折してたわよ。下手したら、脊髄や骨盤をやってたかも」

 福井に言われて奈良は頷き、咲哉は肩を落としている。景都は蒼ざめるばかりだ。

「……数本が現れるのも不自然だったよな」

 と、咲哉が言う。奈良も、

「足音も無く現れた気がする。その後の足音はうるさかったのに」

 と、言っている。

「俺たちがいつも、日焼け止めを塗り直しに行くタイミングだ。確かあの時、栃木もかって言ってたよな」

「言ってた。なんか嬉しそうな声に聞こえて気になった」

 余計に眉を寄せて福井は、

「……待って待って。どういうこと?」

 と、声を抑えるように聞いた。

「数本が出てくるタイミングが不自然すぎる。上の階から踊り場まで下りて来る足音も聞こえなかったし、奈良が階段から落ちるのを待ち構えていたようなタイミングだった」

「……」

 流石と景都が顔を見合わせた。

 そろそろ昼休みの終わる時間だ。授業開始5分前の予鈴が鳴った。

 コンコンと、保健室の戸からもノックの音が聞こえた。

「はーい」

 福井の返事で扉を開けて顔を出したのは、2組の担任、香川教諭だ。両手に運動靴を持っている。

「ふたりの外靴を持って来たんだけど、これであってるわよね」

「あ、はい」

「私も救急車について行くから、この話はまたあとでね」

 と、福井は小声で咲哉と奈良に言った。

「香川先生、ちょっと事務室に行ってきますので」

「はい」

 流石も咲哉の耳元で、

「その階段、俺らが見ておく」

 と、言った。

「うん。頼む」

「学校終わったら、咲哉の鞄も持って帰るからな」

 と、流石が言うと、気付いたように香川教諭は、

「あ、そうそう。奈良君の鞄は、吉野君に頼んだからね」

 と、言った。

「はい」

「じゃあ、俺ら行くから。病院でちゃんと診てもらえよ」

「うん」

 流石は、不安げな景都と手をつないで保健室を後にした。

 景都の手を引いて早歩きしながら、流石は、

「授業始まる前に、階段見に行くぞ」

 と、小声で言った。

「うん……」

 どこからか、救急車の音が聞こえた。


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