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不思議屋と心霊探偵団  作者: 天西 照実
20/42

蝕場霊(じきばれい) 2

 3人が不思議屋の暖簾(のれん)をくぐると、囲み机に老婆の姿は無かった。

 薄暗い店の奥、喫茶テラスへの木戸が開いている。

 咲哉(さくや)を背負った流石(さすが)景都(けいと)は、木戸をくぐって喫茶テラスへ入った。

 瓦屋根の不思議屋には似合わない、小さい喫茶店のような洋風テラスだ。

 窓の外には、楓山ではないどこかの高原が広がっている。

「婆さーん」

 流石が声をかけると、老婆は薬場(くすりば)にいた。

「ちょうど、できたところだよ」

 薬草を磨り潰したり混ぜたりするような道具や、怪しい薬壺が並ぶ2畳ほどの広さの床の間だ。日によって喫茶テラスの奥に現れる、お薬コーナーだ。

 連絡を入れている訳でもなく、老婆はいつでも子どもたちに必要なものを用意して待っている。すでに慣れっこの3人は不思議がることもなくなっていた。

 老婆は、小さな土瓶(どびん)で煮出していたらしい薬湯(やくとう)を、茶こしを乗せた湯飲みに注いだ。

「すごく苦そうなニオイする」

 渋い顔をしながら、景都が言っている。

 流石の背中から降りて椅子に座った咲哉も、目をパチパチさせている。

「ほら。飲ませてやりな」

 と、老婆は流石に湯飲みを渡した。

 見た目は濃い緑茶のようだが、香りは少し青臭い漢方薬という印象だった。

 流石も渋い顔をして見せながら、湯飲みを咲哉に渡した。

 ひと口飲んでみた咲哉は、

「……なにこれ、合法ドラッグ?」

 と、呟きながら渋い表情をした。

「馬鹿言ってんじゃないよ。ただの精のつく薬湯だ。全部、飲んじまいな」

「薬湯……」

 濃い濁りの薬湯を、咲哉はゆっくり飲み干した。

「苦い?」

 心配そうに見詰める景都が聞くと、咲哉は苦笑いで、

「苦いけど、なんか癖になりそうな味だよ。喉から、胃じゃなくて肩とか背中の方に流れてってる感覚が不思議なんだけど……」

 と、感想を言いながら、小さく欠伸(あくび)をした。すぐに、とろんと眠そうな表情になった。

「眠くなる成分とか入ってんのか?」

 と、流石も聞いている。

「疲れをとる薬湯だからね。そのまま少しお休み」

 老婆は、天井までガラス張りになっているテラスの一角を指差した。

 たくさんのクッションを並べて、いつも3人で昼寝している場所だ。

 ここではない風景の屋外は、紫外線アレルギーの咲哉も浴びていられる偽物の陽光なのだと老婆が言っていた。

「うん……ひと眠りする」

 欠伸をしながら、咲哉は昼寝場(ひるねば)に横になった。

 クッションと一緒に用意されている薄い肌掛け布団に包まると、咲哉はすぐに軽い寝息を立て始めた。

 店の外では曇っていたが、窓の外に見えるのはぽかぽか陽気の風景だ。

「寝たら元気になる?」

 少し声を抑えて、景都が聞いた。

「なるよ。安心しな」

 老婆は流石と景都に普通の緑茶を淹れた。

 熱い茶をすすりながら流石は、

「咲哉はデカい声出したせいって言ってたけど、たぶん、景都の中から動物霊を追い出したから目ぇ回したんだよな」

 と、老婆に聞いた。

「そうだよ。そりゃあ、目も回すだろうさ。小動物霊だろうと、素人が人の体から叩き出したんだ。気力や体力なんてもんを大量に注入して、霊を押し出したんだよ」

 老婆の話に、流石と景都は目を丸くした。

「咲哉はそんな事まで出来ちまうのか」

「あまり、やらせない方が良いだろうね。ただでさえ、お前たちより体力はないんだ。まあ、暴れる景都をあのまま、ここまで運んで来るには骨が折れただろうがね」

 そう言って、老婆がクックッと笑う。

「えー、僕、そんなだったの?」

「すごい力で暴れるから、地面に押さえ込むので精いっぱいだったよ」

「流石の馬鹿力でも?」

「うん」

 目をパチパチするばかりの景都の膝に、白狐の笹雪(ささゆき)が飛び乗った。

「あ、笹雪」

「ほう……小動物共に悪さをされたか」

 言葉を話すキツネの笹雪は、景都の肩に上ってその頬を舐めた。

「でも、咲哉が僕の中から追い出してくれたの」

「なるほど。それであの状態か」

 と、笹雪は、眠っている咲哉を見て言った。

「うん……」

「やる気注入! みたいに、俺は霊を追い出したりできねぇの?」

 叩く真似をしながら流石は聞いたが、老婆は、

「やる気なんか注入できるのかい」

 と、聞き返した。

「……さあ、やった事ないけど」

「ただ、ぶっ叩いたって出て行きやしないよ。体に入った霊の存在を見て、それを押し出すように注入してやらないとね」

「そっかぁ」

「僕が取り憑かれないようにする事はできないの? ぜんぜん、前触れみたいの無かったよ」

 と、景都も聞いてみた。

「無防備な受け入れ態勢の景都がいたから、あの動物たちは喰い散らかされたまま放置され続けることなく、土にかえれると安心して成仏できたんじゃないか」

 老婆も茶をすすりながら言った。

「成仏、できたんだ」

「できたよ」

 すぐに飲み干した湯飲みに、流石は自分で緑茶を注いだ。

「でもよぉ、自然界ではよくある状況なんじゃねぇの?」

 と、流石は首を傾げている。

「よくある状況さ。習性でなくても、どこかで捕ってきた獲物を、いつも同じ場所で喰う習慣にしている動物もいる。するとその場所では、同じ動物に喰われた多くの動物たちの思いが残っていく。本来ならすぐに成仏しちまうものが、その場に残る動物たちの痛みや恐怖をひと塊にして、意志や力を持っちまう事もあるんだよ。蝕場霊(じきばれい)というものだ」

 ゆっくりと、老婆は話した。

「じきばれい……」

「それでも、できるのは取り憑きやすい子どもを呼ぶ程度だ。呼ばれてやればいいじゃないか」

 と、言って、老婆は口元の皺を刻んで笑う。

「……えー?」

 頷きたいような首を傾げたいような、景都は微妙な表情になった。

「取り憑かれやすい体質でも、もっと凶悪な霊なら簡単には入れないよ。少なくとも、前触れくらいはあるもんさ」

 流石が、景都の湯飲みにも緑茶を足した。

「取り憑かれやすい体質は、元々の体質だから治せないってことか」

 と、流石が聞いた。老婆が頷いて見せる。

「自然に治すことは難しいだろうね。怖くなれば泣けばいい。子どもの泣き声や女の悲鳴には魔除けの力があるからね」

「泣けばいいの?」

 景都の肩の上で笹雪が、

「景都がすぐに泣いてしまうのは、無意識に自分で身を守ってきたからなのだろうな」

 と、言った。

「……そうだったの?」

「うむ」

「咲哉は、なんで除霊みたいな事までできちまうんだ?」

 眠っている咲哉に目を向けながら、流石はもう一度聞いてみた。

 老婆も咲哉を眺めながら、

「景都が身を守るために泣くのと同じさ。感覚的にわかるんだろう。それが咲哉の、霊の感じ取り方だからね」

 と、言った。「まあ、その内に守り袋でも作ってやるよ」

「お婆ちゃんのお守り? すっごい効きそう!」

「お前たちも、少しお休み」

「そうだな。俺らも昼寝しようぜ」

「うん」

 湯飲みの中の緑茶を飲み干し、流石と景都も咲哉の左右に寝そべった。咲哉を起こさないように、そっと肌掛け布団に潜り込む。

 白狐の笹雪も、景都の枕元に丸くなった。

 ぽかぽか陽気の昼寝場で、3人はぐっすり眠った。

 老婆は椅子から立ち上がると、

「さてと。ガキ共が寝ている間に、ガレットでも焼こうかね」

 横目に3人と1匹の寝顔を眺めながら、老婆は喫茶テラスの奥へ消えて行った。


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