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不思議屋と心霊探偵団  作者: 天西 照実
2/42

不思議屋 2

 北小学校の生徒会室は、西日が差し込んで橙色に照らされていた。

 生徒会メンバーもすでに代替わりし、元生徒会長の青森流石あおもり さすがは窓から校庭を眺めていた。

 元生徒会書記の富山景都とやま けいとも窓の近くのパイプ椅子に座り、ぼんやりと生徒会室の天井を眺めている。

 西日を眩しそうに元生徒会副会長の栃木咲哉とちぎ さくやは、奥まった位置でパイプ椅子に座り、落書きだらけのホワイトボードを眺めていた。

 なんだかわからない書類やファイルの詰まった棚が壁際に並び、ささくれ立った長机にパイプ椅子を並べている。形ばかりの小さな生徒会室だ。

「短かったな。生徒会」

 流石がぽつりと呟いた。

「うん」

 景都も頷きながら、流石と並んで窓の外を眺めた。

 咲哉は長机に頬杖をつきながら、夕日を浴びるふたりを眺め、

「あっという間だったな」

 と、言った。

「生徒会で、俺たちまだ知り合ったばっかじゃんか」

「うん。もっと一緒に遊びたい」

 流石と景都が窓の外を見下ろすと、校庭で高学年の生徒たちのサッカー教室が行われていた。

 鉄棒や、うんていなどの固定遊具で遊ぶ生徒たちの姿も見える。

「でも、中学は1年生だけで9クラスもあるマンモス校だ」

 西日の当たらない棚の陰に座る咲哉が、流石と景都を眺めながら言った。

「北小なんか3クラスしかないのに、僕たちバラバラのクラスだもんね」

 と、景都も呟いた。

「……」

「……」

「だけど、なんでも願いが叶うって噂の不思議屋も本当にあったんだ。俺たちの願いは叶うって信じようぜ」

 流石が力強く言うと、景都と咲哉はしっかりと頷いた。



 街の駅には新幹線もとまり、私鉄が走り路線バスも幾重いくえに広がっている。

 しかし、街の駅から離れるほど、昔ながらの田舎の町並みになっていく。

 過疎化かそかをまぬがれるため、小さな村や町を合併した『四季深しきふか』が誕生したのは約二十年前。村や町を隔てる山や森は開発され、道路や施設も整備された。

 合併都市開発の一環として、閉校に追いやられそうだった学校をまとめて、大きな中学校が建てられたのだ。



 緊張の時が来た。

 本日は、四季深市立中央(ちゅうおう)中学校の入学式だ。

 小学校を無事に卒業した流石、景都、咲哉の3人は、おろしたての学ランに身を包み、中学校の入学式へやって来た。

 北小学校と違い、真新しい大きな校舎に広々とした校庭。

 校門横に植えられた桜もまだ若木だ。細枝に残る桜の花びらが、風にひらひらと舞っていた。

 白く艶やかな校舎中央の昇降口に、人だかりが出来ている。

 昇降口前の広場に、新入生のクラス分けが貼り出されていた。

 大きな紙に担任名と生徒の名前がずらりと印字され、9台のホワイトボードに貼り出されている。

「この中から探すのかよ。アナログだなぁ」

 と、溜め息をつく咲哉に、

「名前の順になってるから、そんなに大変じゃないだろ」

 と、流石が言う。

「1組には僕たちの名前、無いみたい」

 早々に1組の生徒名に目を通した景都が、流石と咲哉の袖を引っ張った。

「あ、俺2組だ」

 相沢、青島の次に青森流石の名前があった。

「……俺も」

「僕も!」

 男子の名前の中ほどに、栃木咲哉と富山景都の名前も並んでいた。

「不思議屋、噂通りだったな!」

 力強く言い、流石が景都と咲哉の手を握った。

「マジか……すごいな」

「担任の先生が女の先生って言うのも、たぶん当たってるよ。香川茉莉かがわ まり先生だって」

 丸い目をキラキラさせ、景都が言う。

「あとは、Eカップかどうかか」

 などと、咲哉も言っている。

『まもなく入学式が始まります。新入生の皆さんは、クラスを確認したら体育館へ集合してください』

 校庭のスピーカーから、女性教師の声が言った。

「やったな。楽しくなってきた」

「うん」

「びっくりだ」

 流石、景都、咲哉の3人は、もう一度クラス発表に目を向けてから、体育館へ足を進めた。



 焼き菓子の甘い香りが漂っている。

 流石、景都、咲哉の3人は制服姿のまま、不思議屋へやって来た。

 薄暗い不思議屋の店内。3人の学ラン姿に、老婆は噴き出して笑っている。

「制服に着られてるって、さんざん言われたよ」

 と、流石が口を尖らせている。

 長い袖と裾を内側に折り上げた縫い目の見える景都も、だぶだぶの袖を揺すって、

「僕なんか、すぐに大きくなるってみんなに励まされたよ」

 と、肩を落としている。

「女子のスカートは腰で折り上げて調節できるから良いよな」

 と、言っている咲哉はひとり、サイズの合った学ランをしっかりと着こなしていた。

「婆さん。俺たち、同じクラスになったぜ」

 流石が言うと、老婆はニンマリと笑った。

 チンっと店の奥から、返事をするようにオーブンの音が鳴った。

「ガレットが焼けたよ。奥にお上がり」

 入り口側からは陰になり気付かなかったが、囲み机の向こうに小さな木戸があった。

「こんな所にドアがあったのか」

 囲み机から降りた老婆は、

「お入り」

 と、木戸を開けて入って行った。

 香ばしい焼き菓子の匂いをクンクンしながら、

「ガレットってなに?」

 と、景都が聞いた。

「クッキーの分厚いやつみたいのじゃないか」

 と、咲哉が答える。

「クッキー! お腹空いてきた!」

 流石、景都、咲哉は順に木戸を通った。

 木戸の奥の部屋は、席数の少ない喫茶店のような造りだった。

 落ち着いたえんじ色の壁紙に、窓には白いカーテン。

 広々とした部屋の奥など、ガラス張りの洋風テラスになっている。

 3人は横に並んで、ぽかんと口を開けていた。

「わぁ、キレイだね。どこかの喫茶店みたい!」

 と、最初に感想を述べたのは景都だ。

「へぇー、奥はこうなってたのかぁ」

 と、流石もテラスを見回しながら入って行くが、咲哉はつっこまずにいられない。

「いやいや、なってなかっただろ。よく見ろよ、窓の外。どう見ても楓山の風景じゃないだろ。どこの高原だよ」

 窓の外には、なだらかな丘が見える。青々とした草木が風になびいていた。

「そう言やそうだな」

「窓を開けるんじゃないよ。外がこことは限らないからね」

 大皿に焼きたてのガレットを持って来た老婆は、そう言ってクックッと笑った。

「なにそれ、どうなってるの……」

「不思議屋に来て、なにをまともな事なんか言ってるんだい。早くお座り」

 と、部屋の中央のテーブルにガレットの大皿を置く。

「それもそうだな」

「うんうん、すごくいい匂いだよ」

「……まぁ、そうだな」

 そういう事にした。

 清潔な白いテーブルクロスに、青い花柄のティーセットが並んでいる。ご丁寧におしぼりやナプキンも3人分の席にセットされていた。

 3人が素直に腰掛け、おしぼりで手を拭いていると、老婆はティーポットからカップに紅茶を注いだ。

 目の前に置かれた紅茶の香りに、

「変わった香りだね」

 と、咲哉が聞いた。

「これでもベースはダージリンだよ。適当なブレンドに桜葉を混ぜてある。いい季節だからね」

「桜か。いいね」

「いただきまーす!」

 3人は、大皿の熱々ガレットにも手を伸ばした。

「美味しい! なんだっけ、ガレット? お母さんに言ったら作ってくれるかな」

 と、景都は目をキラキラさせている。咲哉は目を丸くし、

「いや、これすごく良いバター使ってるよ。そこらのスーパーじゃ材料を買えないんじゃないか」

 と、言っている。

 老婆は隣のテーブルの椅子に腰かけ、

「バターも手作りだよ」

 と、言った。

「えっ、自家製バターなの?」

 もぐもぐと頬張ほおばる流石と景都が、ふたつめ、みっつめと口へ運んでいく様子を見ながら咲哉は、

「いくら取るつもりだよ」

 と、聞いた。

「菓子作りは趣味だから代金はいらないよ。作っても食う者がいなきゃ菓子が可哀想だろう?」

「俺たちが来るのわかってたから作ったのか?」

 と、流石が聞いた。

小気味こきみいい食いっぷりだね」

 老婆は、しわだらけの口元で余計にしわを刻んで笑った。



 テラスのガラス窓から、暖かい午後の日差しが入り込んでいる。

 ガレットを平らげたテーブルに、白狐がポンと飛び乗った。

 すぐに景都が、ふわふわな毛を撫でている。

「制服に毛が付くぞ」

 と、今日も白狐は小さな口で言葉を話した。

「やだやだ、抱っこしてよぅ」

「抱っこさせてだろ」

「えへへ、そうだった。ねぇねぇ、名前は?」

 景都の腕の中に抱かれながら白狐は、

笹雪ささゆきだ」

 と、答えた。白狐という生き物で、笹雪という名前のようだ。

 紅茶のお代わりを飲みながら、流石が、

「本当に3人同じクラスになっちまうなんて、すごいよな。9分の1だぜ」

 と、言った。

 その隣で何度も頷く景都と、大きく頷いている流石を交互に見て、咲哉は、

「9クラスの内の1クラスに3人が揃う確率の事を言ってるなら、9分の1じゃないよ」

 と、言った。

 目をパチパチして首を傾げる流石と景都に、咲哉は指を立てて説明しようと口を開きかけたが、

「いや、説明面倒臭いな。これから中学の数学で習うよ。3人別々になるか、ふたりが一緒でひとりだけ別のクラスになるとか、全部の可能性を数えたら9クラス分だけじゃない数になるだろ」

 と、話した。

「そ、そっか……自分だけ別のクラスって事もあり得たんだ」

 と、改めてあおざめるふたりに咲哉は薄く笑みを見せ、

「9百円は安かったな」

 と、言った。

「9百万払うかい」

 などと、老婆が笑う。

 ぎょっとする流石と景都を横目に、

「払うわけないだろ。でも、店の前の草むしりくらいはしてやっても良いよ」

 と、言って、咲哉は上品にティーカップを口へ運んだ。

 流石と景都がキラリと目を光らせる。

「なあ、婆さん。また遊びに来て良いか?」

 流石が言った。老婆は目を細め、

「好きにしな」

 そう言って、ククッと笑った。

「やったーっ!」

 流石と景都が元気に万歳し、ワンテンポ遅れて咲哉も万歳した。


 中学校から雑木林を抜ける、楓山への近道も見つけている。

 3人は中学校で同じクラスになり、小学校の生徒会室に次ぐ溜まり場も見付けたのだ。


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