蝕場霊(じきばれい) 1
今回は怪談です。
桜は散っても、花曇りの空が続いている。
その日も厚い雲に覆われて、ひんやりとした一日だった。
流石、景都、咲哉の仲良し3人組は、いつもの帰り道を歩いていた。
雑木林と空き家群の間に通路があり、3人横に並べる道もあれば、生垣が出っ張って縦一列にならないと通れない狭い場所もある。
狭い道では流石を先頭に、景都が真ん中で最後を咲哉が歩いている。
手入れのされていない雑木林には、枯れ木も雑草もごちゃまぜにはびこっている。それほど広い訳でもないが、雑木林の向こうがどうなっているのかを見に行ったことはない。
空き家群と雑木林の間の通路も古く、咲哉はひび割れたコンクリートで転ばないように足元を見て歩いていた。
視界の先を行く景都の運動靴が、突然向きを変えた。
「……景都?」
咲哉が声をかけると、前を行く流石が気付いて振り返ったが、景都本人は無反応で藪の奥へと進みだす。
「景都、どうしたんだ」
と、流石が声をかけても、
「えー、なーにー?」
と、景都は呑気な声を出しながら、ガサガサと枝を分けて進んで行く。
「だめだ、景都っ、戻れ!」
咲哉が声を上げた。
その慌てるような声に驚きつつ流石は、景都を追って行こうとする咲哉の腕を掴んだ。
「待てよ、咲哉。お前かぶれるから。止めた方が良いんだな?」
「うん……」
珍しく慌てた様子の咲哉を通路に待たせ、流石は藪に入った。
大きな枯れ枝や雑草が入り混じって、地面も見えないほどだ。
「うわ、けっこう足取られる。景都、よく進んでくな」
流石は足元を確かめてバランスを取りながら歩いた。
軽快に進んでいた景都も、大枝に引っかかって足を止めている。
枝を避けることは諦め、流石はザクザクと枝や雑草を踏みつけて進み、景都の腕を掴んだ。
「景都!」
しかし景都は、
「いや!」
と、流石の腕を振り払った。
「うわっ。おい、景都っ。そっちに何があるってんだよっ」
「なんで止めるのっ。あっち行くの!」
振り向きもせず、景都は流石の手を逃れて進もうとする。
「行っちゃだめだ!」
咲哉も通路から叫んでいる。
「とにかく、いったん戻るぞ!」
と、流石は後ろから景都を捕まえ、そのまま抱えて通路へ向きを変えた。
「あーっ、やだやだぁっ」
「大人しくしろってばっ」
バキバキ、ガサガサと枝を踏む音が雑木林に響く。
暴れる景都を抱きかかえたまま進み、なんとか流石は通路へ戻った。
景都の腕を掴もうとする咲哉の手も振りほどかれる。
「どうしちまったってんだよっ」
抱えられて足をバタバタさせる景都を、ひび割れたコンクリートの上に押さえつけた。
それでも藪へ向かって行こうとする景都を、流石が羽交い絞めにしている。
「おい、景都っ!」
「行ってやるから出てってくれ!」
咲哉が叫びながら、景都の背中をバンバンっと叩いた。
「――けほっ、けほけほっ」
叩かれて咳き込む景都の背中を撫でてやりながら、咲哉は蒼い顔で溜め息をついた。
「出てった……」
「……なんだったんだ?」
抵抗していた力がなくなり、流石は押さえつけていた景都から手を離した。
「景都に動物霊が入っちまって、たぶん追い出せた」
と、咲哉が言う。
「動物霊っ?」
「……ふえ? いま、なにしてたの?」
咳き込んで涙目になりながら、景都が顔を上げて咲哉と流石に目を向けた。
「景都、大丈夫か」
「なにが?」
首を傾げる景都に、流石も首を傾げながら、
「いきなり藪に突っ込んでっちまったんだぜ。覚えてないのか」
と、聞いた。
「僕が?」
制服についた小枝や枯れ葉を見て、景都はポカンとしてしまっている。
「……行ってやるって言っちゃったから、行かねぇと」
藪の奥を見つめる咲哉の腕も押さえ、流石は、
「だめだってば。かぶれるだろ」
と、言った。
アレルギー肌の咲哉は、葉っぱでも枯れ枝でも擦れればかぶれやすい。
「うん……それより、急にでかい声出したから、なんか目ぇ回っちゃった」
と、しゃがみ込んだまま項垂れてしまう。
「咲哉……ごめん、僕、なにしたの?」
景都が咲哉の肩を支え、一緒に並んで地面にへたり込む。
ゆっくりと瞬きをしながら、咲哉は景都の体に目を向けている。
「急に、動物霊が景都に取り憑いたんだよ。たぶん小さい子ネコと、でっかいネズミだ」
と、咲哉が言った。
「えっ」
「まだ近くにいるのか?」
と、流石がポケットから小さい水晶玉を出している。
不思議屋でもらった、霊感のない者にも霊の姿が見える不思議アイテムだ。
「今はもう見えない。たぶん、あの場所に戻ったんだ」
と、咲哉は景都が進んでいた方向を指差した。
水晶越しに見ても、藪が広がるばかりだ。霊の見える景都も首を傾げている。
「あの場所ってなんなんだ」
霊の姿ではなく感情や意志を見る咲哉は、藪の奥を見つめ、
「でかいカラスが2羽、子ネコとネズミを捕まえて来て、同じ場所で喰ってたっぽい。喰い散らかされたまま、虫にたかられてるのをなんとかしてほしくて、景都を呼んだんだ」
と、話した。
「……」
「埋めて来てやればいいのか」
と、流石が聞いた。咲哉はゆっくりと頷いた。
「落ち葉を被せるくらいでも満足するんじゃないかな」
「あ、流石。軍手、軍手」
景都が自分のリュックから、不思議屋の草むしり用に常備している軍手を出した。
「おー、ちょっと借りるな」
自分の通学リュックを下ろし、軍手をはめながら流石は、
「お前らはそこにいろよ」
と、言って、藪に入った。
「うん」
威勢のいい雑草を掻き分け、枯れ枝を跨ぎながら藪を進むと、落ち葉の吹き溜まりのような小さい空間が見えた。
「……ここか」
ハエがぶんぶんと飛び回り、枯れ葉の上に生き物の体が散らばっていた。
まさに、喰い散らかすという状態だった。
「……」
流石は足元の枯れ葉を除け、枯れ枝で地面を掘った。
小さな動物たちの死骸が乗った枯れ葉ごと、土に埋めた。
通路に残るふたりから、藪の中の流石が手を合わせているのが見えた。
景都と咲哉も、そっと手を合わせて目を閉じた。
空き家群と藪の間の通路を途中で曲がらず進むと、楓山へ続く山道に出る。
景都に取り憑いた動物霊を追い出した咲哉は、立てずに目を回していた。
ぐったりしている咲哉を流石が背負い、楓山の不思議屋へ向かっている。
景都は流石の通学リュックを両腕で抱えながら、
「カラス、生ゴミあさるだけじゃないの……」
と、思い出して泣きべそをかいていた。
「カラスは雑食だろ。肉も野菜も果物も喰い荒らすらしいぞ」
と、流石が言っている。
流石に背負われ、目を閉じたまま咲哉は、
「鳥はあんまり詳しくないから、黒っぽく見えたトンビとかタカだったかも知れないけどな」
と、言っている。
「猛禽類は地面に降りないで、木の上で獲物を食ってるイメージだけどな」
と、流石が言う。景都は、
「もーきん?」
と、首を傾げた。
「タカとかワシとか、肉食の鳥のことだよ」
「へー」
春の風が、3人の背中を促すように流れていく。




