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不思議屋と心霊探偵団  作者: 天西 照実
16/42

見え方と夢枕 2

 その日は、不思議屋に先客がいた。


 流石(さすが)景都(けいと)咲哉(さくや)の3人組は、いつものように楓山の不思議屋へ向かって歩いていた。

 不思議屋は山の中腹にあり、雑草まみれの山道を登っていく。

 獣道のような山道の途中、咲哉が足を止めた。

「待って、ふたりとも。先客だ」

「先客?」

 流石は周囲をきょろきょろしているが、景都は山道を見上げながら、

「あ、本当だ。白い服の女の人が曲がってったよ」

 と、指をさした。

 首を伸ばして藪の向こうに目を向けながら、

「そっか。今日は帰るか?」

 と、流石が聞く。

「婆さんに今日も来いって言われただろ。すぐ済むんじゃないか。草むしりでもして待ってようぜ」

 通学リュックを下しながら咲哉が言った。景都も、

「そう言えば、軍手持って来いって言われてたんだったね。ちゃんと持って来たよ」

 と、草の上にリュックを下ろす。

「あ。俺は忘れた。素手でいいか」

 流石もリュックを山道の隅に置いた。

「流石の分も俺が持って来たよ。毒虫いるかもしれないから、素手はやめとけ」

 と、咲哉はリュックの中から、二人分の軍手とゴミ袋を取り出した。



 不思議屋は『なんでも願いを叶えてくれる』と、子どもたちに噂されている店だ。

 大人たちに聞けば、困り事を解決してくれる、未来を予言する、謎の薬を売っている、心霊現象を解決してくれる……などと様々だ。

 村の中で広まる、一種の都市伝説だ。村伝説というのが正しいだろうか。

 流石、景都、咲哉の3人は、中学で同じクラスになるという願いを叶えてもらった。

 その後、店の奥に存在する謎の空間『喫茶テラス』で洋菓子や和菓子をご馳走になりながら、店の周りの草むしりなど手伝うようになった。

 いや、なにも手伝わずに喫茶テラスで小腹を満たしながら、宿題など済ませることの方が多い。


「あ。先客の用事、終わったみたいだな」

 咲哉が、しゃがみ込んだまま言った。

「ん? まだ誰も降りて来ないぞ?」

 と、流石が道を見上げたが、咲哉はゆっくりと腰を伸ばしながら、

「さっき、景都は白い服の女の人って言ってたけどさ。俺には赤っぽく見えてたんだ」

 と、言った。

「赤かった?」

 景都が首を傾げるが、咲哉は自分の首の後ろを指差しながら、

「首の後ろの、この辺にさ。包丁みたいのが刺さってて背中に血がぼたぼた流れて、俺には赤く見えてたんだよ。たぶん、流石には見えない人だったよ」

 と、話した。

「……」

 流石と景都が無言で顔を見合わせる。

「その人から落ちたっぽい血が、葉っぱの上に続いてたんだけどさ。今、それが全部消えたから、用事は済んだんだと思うよ」

 元々表情の薄い咲哉だが、いつも以上に平然として見えた。

「……先に言えよ」

 眉を寄せ、流石が言った。

「むやみに怖がる必要ないだろ」

「だって、血ぃ落ちてるの触っちゃったかもしれないじゃん」

 と、流石と景都は軍手をはめた両手を見下ろしている。

「それは大丈夫だよ。俺に見える限りは、先にむしっちゃったし、実際の血とは違うっぽいから。あー、腰痛くなった。婆さんとこに腰痛に効く湿布売ってるかな」

 などと言いながら咲哉は、むしった雑草や流石が折った邪魔な枝をゴミ袋に押し込んでいる。

 流石も雑草の束を丸めながら、

「咲哉は、そういうの見えるんだな。景都は血が出てるの、見えなかったのか?」

 と、聞いた。

 制服の膝についた草を払いながら景都は首を横に振り、

「ぜんぜんわかんなかったよ。白っぽいセーターみたいの着てて、茶色い髪の毛を後ろでひとつに束ねてた」

 と、答える。咲哉は腰をさすりながら、

「その人は多分、怪我なんかしてない白い服の格好のつもりでいたんだと思うよ。その人がイメージしてる自分の姿を、景都は見てたんだよ。でも理由もなく首に包丁なんか刺されたりしないだろうからさ。俺はその理由の方を先に感じ取って、女の人に気付いた感じなんだと思う」

 と、話した。

 まとめたゴミ袋を抱えて流石は、

「俺にもさぁ、包丁だけでも見えねぇもんかな」

 と、言った。

「えー?」

「人に刺さった高さで包丁だけ浮いてるのが見えるのか?」

「それも怖いよー」

 渋い表情になりながら、景都はしっかり咲哉と手をつないだ。


 不思議屋に、先客の気配はない。

 もちろん、道ですれ違うこともなかった。

 3人は店の横にある水道で手を洗った。

 そしていつも通り、喫茶テラスでおやつタイムだ。

 ガラス張りのテラスの外には、楓山ではない高原の風景が広がっている。

 流石は焼き立てのカステラをかじりながら、

「なぁ、婆さん。俺も、水晶なしで見えるようになったりしねぇの?」

 と、聞いた。

 テーブルの上に、老婆にもらった小さい水晶玉を転がしている。

 霊感の無い者でも霊の姿が見え、覗き込むだけで霊の声まで聞こえてしまう不思議道具だ。

「水晶じゃ不満かい」

 と、薄く笑いながら老婆が聞く。

「水晶が必要かどうか、自分じゃわかんねぇんだもんよ」

 口を尖らせながら流石は、カステラを頬張る景都の頬を指先でつついている。

「お前に見えない存在は、見る力のある者でなければ見えない存在だ。わかりやすくて良いじゃないか。お前たちは3人いるんだ」

 3人が顔を見合わせる。

「霊の姿を見る景都、霊の感情や怨念を感じ取る咲哉、どちらも見えない流石。いい組み合わせだろう」

「確かに」

 と、咲哉が頷いている。

「そう言われてもなぁ……」

 と、まだ口を尖らせている流石に、

「明日は香梨寺(こうりんじ)へ寄ってごらん。面白い話が聞けるだろう」

 と、老婆は言った。

「ナッシーのところ?」

 首を傾げる景都に、老婆は頷いて見せた。



 翌日は風の穏やかな暖かい日だった。

 流石、景都、咲哉が6年生だった時、山梨栽太(やまなし さいた)は3人の通う小学校へ教育実習に来ていた。

 生徒会メンバーだった3人は授業の他にも、山梨の学校案内など頼まれて親しくしていたのだ。

 しかし山梨は学校の先生にはならず、実家の寺で働いている。

 3人組は不思議屋の老婆に言われた通り、学校帰りに香梨寺へ寄っていた。

 温かい麦茶を出してもらい、山梨が幽霊や物の怪が見えるようになったという話を聞いたところだ。

 元々表情の薄い咲哉は真顔で、

「それは良いこと聞いたな。景都、何か怖いものを見たら、この寺に駆け込めばいい」

 と、言った。

「駆け込み寺だね!」

 学ランを着ていなければ女子にも間違えそうな、可愛らしい表情で景都が言う。

「それ、意味違うけどな」

 と、突っ込みを入れるのは流石だ。

 短髪でヤンチャな印象の流石が、

「ナッシー、お祓いとかしてくれんの?」

 と、聞いた。山梨は肩を落として見せ、

「俺ができる訳ないだろ。まだお経だって、ちらっとしか覚えられてないのに。見えるようになったばっかりで、お前らより経験値も低いんだからな」

 と、答えた。

「僕だって、みんなに見えない幽霊が見えてるなんて知らなかったもん」

 と、景都が口を尖らせている。

「そうなのか。咲哉は?」

「俺は、見ようと思えば見えたんだろうけど、ずっと知らんふりしてた感じかな。未練残して死んでたって、赤の他人なんだからさ」

 軽く首を傾げるように、咲哉は視線を落として答えた。

「それで良いんだと思うぜ」

 と、流石が言う。

 山梨は子どもたちの湯飲みに麦茶を足してやりながら、

「そうか。景都と咲哉の見え方は違うんだな。俺はどっちに近いんだろうなぁ」

 と、聞いてみる。

 麦茶をごくんと飲み込んでから景都は、

「僕はね、そのまま見える感じなんだって。幽霊さんがその時こういう格好をしていたつもり? みたいなの。だから、生きてる人と区別つかないこともあるんだよ」

 と、話した。咲哉も頷きながら、

「俺は目で見てるわけじゃないんだと思う。その場所で起きたことの当事者たちがその場所に残してった感情とか感覚みたいのから、何があったのか読み取ってるんだ」

 と、言う。

「へー……」

 理解しきれずにいる山梨の隣で、流石も、

「感情とか感覚かぁ」

 と、息をついて言う。

「例えば、変な客にはらわた煮えくり返しながらも笑顔を向けてるプロの店員さんの幽霊がいたとするだろ」

 人差し指を立てて見せながら、咲哉が言った。

「具体的だな」

「僕だったら笑顔のお姉さんしか見えないんだね」

 と、景都が言う。

「うん。で、俺には、笑顔のお姉さんは見えないんだよ。はらわた煮えくり返してる相手への恨みだったり、その客を押し付けてきた別のお(つぼね)店員への恨みだったり。そういうのから状況判断してって、変な客にイラついてる店員さんかなって。それでも笑顔作ってなきゃいけなかったんだろうなって想像してると、やっと笑顔のお姉さんの姿が見えてくる感じ」

 と、咲哉が説明した。

 山梨は咲哉の頭を撫でて、

「それはすごいなぁ……そんなのいちいち見てたら大変だろ」

 と、聞いた。

「うん。だからあんまり見てない。スルーしてる」

「俺は景都寄りかなぁ」

 境内に目を向けてみるが、今日は霊や不思議な存在の姿は見えなかった。

「案外、見えるやつの見え方ってみんな違うもんなんじゃねぇの? 俺は全然見えないけど」

「あー、なるほど。じゃあ、流石が見えないのも流石の見え方ってことだな」

「おー、坊さんっぽい」

 と、流石が言えば、

「えー、やっぱり学校の先生っぽいよ」

 と、景都が言う。どちらにも頷きながら咲哉は、

「哲学的」

 と、言った。

 そして、山梨はもうひとつ気になることを聞いてみた。

「お前ら、俺はもう学校の先生じゃないんだぞ。大の大人にナッシーってどうなんだ?」

「じゃあ、サイタンとか?」

 咲哉が真面目に言う。

「サイッチとかは?」

 と、流石は楽しそうだ。

「いやいや……山梨さんとか栽太さんとか、普通にさぁ」

「じゃあサンタさん!」

 という提案は景都だ。

「それならサイタンのほうが呼びやすいんじゃねぇか」

 子どもたちが口々に言う様子は、小学校での教育実習を思い出す。

「や、もう……ナッシーでいいです」

 諦めた。よく考えれば、すでに耳慣れている。


 兄の果絲(かいと)も、幽霊や思念体として残る人のエゴなどを感じ取っていたという。

 言われてみれば、子どものころから思い悩んでいる様子が多かった。

 楽しげに笑っているが、見える性質(たち)と気付いたばかりの子どもたちにも、これから苦労が待っているのだろうか。

 『進んで手を出すのではなく、支えが必要な様子を見逃さぬように見守ることが僧侶の立ち位置』と、資料集に書かれていた。

 教師と似ている。

 家事手伝いの延長に感じていた生活に、自分にできる務めを見付けられた気がする。

 山梨は、子どもたちの笑顔を眺めながら、

「また、色々教えに来てくれよ」

 と、声をかけた。

 元気な子どもたちの笑顔が答えてくれた。


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