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不思議屋と心霊探偵団  作者: 天西 照実
15/42

見え方と夢枕 1

 今回は少しホラーです。

 兄が亡くなり、次男の山梨栽太(やまなし さいた)は寺を継ぐことになった。

 しかし、それはまだ先の話だ。大学在学中から生活はあまり変わっていない。

 母親の絹笑(きぬえ)は数年前に持病の悪化で亡くなっている。

 兄の果絲(かいと)も元々、外泊が多かった。

 山梨は、ひとりで寺を切り盛りする父親を手伝い、家事の多くをこなしていた。大学卒業後、寺を継ぐことになってもそれは変わらない。

 まだまだ、家の手伝いの延長のような感覚だった。


 そもそも入りやすいという理由もあり、仏教系の大学だった。

 多方面の職種も選べる学科で、地元の小学校での教育実習も経験した。教員免許も取得はしたが、公立学校の教員採用試験は途中で辞退した。

 一般企業の採用試験は、いくつか受けたものの不採用だった。それは、あの3人には内緒にしている。

 宗派への在籍証明である『僧籍(そうせき)』は在学中に取得している。

 今は新人僧侶だ。

 しかし、生活に大きな変化はなく、家の手伝いの延長という感覚は抜けていない。



 仏教について、大学でも触れてはいたが勉強のしなおしだ。

 経典の解説書や講義の資料を机に広げたまま、山梨は部屋の時計に目を向けた。

「もう1時か……」

 朝も早い。山梨はぐーっと伸びをしてから、机のスタンドライトを消した。

 隙間風の絶えない古い和室だ。

 部屋の明かりも消すと、勉強を始める前に敷いておいた布団に潜り込んだ。

「明日の朝飯は……もらい物のうどんで焼うどんだったな」

 独り言は増えたように思う。

 食事の支度、掃除、経理の事務作業は家計簿をつけるようなものだろうか。

 布団の中で目を閉じたまま、山梨は自分の新生活は主婦業のようだと連想していた。だとすれば、全国の主婦の方々は大変な務めだ。

「母さん、いてくれたらなぁ……」

 半分、寝入りながら呟いた。

『ごめんね、栽太』

 母親の声が聞こえた気がした。そして、暖かい手が頬を撫でる。

 眠りに落ちようとしていた山梨は、パッチリと目を開けた。

「……へ?」

 枕もとで、数年前に亡くなったはずの母、絹笑が自分の顔を見下ろしていた。

『お父さんを、支えてくれてるのね』

 いつも若々しい笑顔だった母が、今は申し訳なさそうに肩を落としている。

「母さん」

『うん。お勉強も頑張ってるのね。でも、疲れすぎないように、ほどほどにね』

 仰向けに寝ている自分を見下ろしたまま、絹笑は優しい笑みを向けた。

 ずいぶんと意識のハッキリした夢だ。

「母さん、どうしたの」

 と、山梨は母の顔を見上げて聞いてみた。

 絹笑は山梨の額に手のひらをあて、

『やっと同じお墓に入れたから、果絲の力を必要な人に渡しに来たの』

 と、言った。

「兄さんの力?」

 額を覆う絹笑の手から、なにか暖かいものが体に広がるのを感じた。

 よくわからないが心地いい。

「兄さんは?」

 と、もう一度聞いてみる。

『ずっと宙ぶらりんだったから、横になってゆっくり休めるのが嬉しいって。今は安らかにぐっすりよ』

「よかった。安らかに眠れてるんだ」

『栽太。先生にはなれなかったけど、可愛い教え子たちがいるのね』

「うん。兄さんを見つけてくれたんだよ」

『良かった……』

 暖かかった、額に乗る母の手が消えた。

「母さん……」

 部屋の暗闇へ紛れるように、絹笑の姿は見えなくなった。

 すーっと、夢から覚める感覚があった。

 山梨は、もう一度目を開けた。

 短い夢から覚めた山梨は、枕もとの目覚まし時計に目を向けようとしてギョッとした。

 先ほど、絹笑がいた場所に黒い塊が座り込んでいる。

 香梨寺(こうりんじ)の住職である父だ。

「おわっ、親父……なに?」

 山梨は慌てて起き上がった。

 薄いカーテンを引いている窓の外から、月明かりがほんのり届いている。

「絹笑が来てたんか」

 と、住職は畳に座り込んだまま言った。

 山梨は目をパチパチさせた。

「母さん、夢に出てきた」

「夢枕に立つというもんだ。わしの所にも来た。見鬼(けんき)の目をお前に移したと」

「けんきのめ……?」

「目に見えぬ存在を見ることのできる者のことだ。古い言い方だな。今で言えば、第六感だの霊感があるだのと表現されとる」

 薄暗い中でも住職は真顔に見える。元々、冗談を言うような性格でもない。

「霊感?」

「絹笑が言っていただろう。それが果絲の力だ」

「……兄さんの力を、必要な人に渡しに来たって言ってたけど」

 ポカンとした表情で呟く山梨に、住職は頷いて見せ、

「果絲は生まれつきの見鬼だった。幽霊や思念体として残る人のエゴなどを感じ取っていた。子どもの内は醜く見えるものも多かっただろう。寺を継げば、そういう存在と生涯付き合うことになる。だから、果絲はこの寺を継ぐのを嫌がっていたんだ」

 と、話した。

「……知らなかった」

「お前には見えなかったものだ。絹笑も果絲も、触れずに済むものをお前にわざわざ教える必要はないと言っていたからな」

「子どものころ、なんとなく兄さんには秘密がありそうな気がしてた。でも、ちょっと人とは違う感覚とかモノの見方をしているもんだと思ってたんだ……」

 兄の果絲が使っていた隣の部屋に目を向け、山梨は言った。

「霊感……それが、兄さんの秘密だったのか」

「あいつを見付けてくれた子どもたちの、小さい子と痩せた子も見鬼だ」

 と、住職が言う。

「へっ? 景都(けいと)咲哉(さくや)?」

 つい、()頓狂(とんきょう)な声が出てしまった。

「困る事もあるだろう。これからはお前が力になってやれ」

 そう言って、住職は立ち上がった。

 すたすたと廊下へ出ると、部屋の襖をスッと閉めて行った。すぐに足音は遠ざかる。

「……え? で、どういうこと?」

 暗闇に呟いてみるが、当然、答えはない。

 よくわからないことを考え続けるのはよそう。

 山梨は布団に潜り込むと、無心に目を閉じていた。



 香梨寺は、田舎町にも周囲の竹藪にもよく似合う質素な寺だ。

 山から吹き下ろす早朝の風に、笹の葉が賑やかな音を奏で続ける。

 そして境内では、丸い木の玩具のような生き物がカラカラと動き回っていた。

 ポカンと口を開けたまま見詰めている山梨に、住職が、

「あれは転がって音を出して、風が強いことを家主に教える物の怪だ。桶や笊なんかの道具が風に飛ばされないようにと、家主に知らせている。見える者にとっては、人の前を横切っていくだけのものだ。踏まないようにしてやれ」

 と、話した。

 朝になって、昨夜の出来事はどこまでが夢だったのだろうかと考えていたが、全て現実だったらしい。

「……幽霊じゃないのか、見えるの」

 竹箒を手にしながら、山梨が呟いた。

「死霊ならあそこにいる」

 住職が指差す先は、寺の正面の門だ。

 スーツの男のように見える半透明の存在が、門の向こうでうろうろしていた。

「どう見える」

「半透明の……サラリーマン風の男がうろうろしながら覗いてる」

 答える山梨に住職は頷いて見せ、

「どんな形であれ、成仏を願う死霊を寺は拒まん。だが恨みを晴らすだの呪うためだのと考えて、成仏する気のない者は寺の敷地に入れん。外の者に進んで関わる必要はない。すぐに居なくなるだろう」

 住職が話す内に、半透明の男は門の中を見回すような仕草をしてから、くるりと背を向けて去っていった。

「……俺に出来ることなんかあるのかな」

 山梨が言った。

「子どもん頃から見えた果絲と、今から見えるお前は違うだろう」

「うん……そうだな」

「朝飯は?」

「昨日もらったうどんの残りを焼きうどんにする」

「そうか」

 無表情ながら少し満足そうに頷いて、住職は本堂へ歩いて行った。

「……景都と咲哉も、見えてるのか」

 朝の掃除をはじめながら、山梨は呟いていた。


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