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不思議屋と心霊探偵団  作者: 天西 照実
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憑き渡り 2

 幽霊に取り憑かれて歩けない咲哉さくやを、流石さすがが背負って楓山かえでやまを登った。3人は不思議屋へ来ている。

 不思議屋には、願いを叶え、幽霊への対処も教えてくれる謎の老婆がいる。


 老婆は、椅子に腰かけた咲哉の背をポンと叩いた。

「……!」

 半透明に見える若い女性が、咲哉の体の中からよろけ出た。

 ぎこちない足取りで数歩進み、振り返る。頬も痩せこけた細身の女性だった。

 流石と景都けいとが目を丸くしている。

 女性も驚いた表情で老婆を見つめ、その視線を咲哉へ向ける。

「……エレキバン、効くわよ」

 幽霊の第一声だ。

 椅子に座っていた咲哉と、その左右で様子をうかがっていた流石と景都も目をパチパチさせた。老婆は、

「地縛霊と浮遊霊の中間の存在だ。自由に行動はできないが、人に取り憑きながら移動をしていたようだねぇ」

 と、隣のテーブル席に腰掛けながら言った。

「あ、はい」

 女性の霊が答えた。

 不思議屋の奥。窓の外には楓山ではない景色の広がる、不思議な喫茶テラスだ。

「足、動くようになったな」

 足を揺らしてみながら言うと咲哉は立ち上がり、いつものテーブル席へ移動した。

「よかったぁ」

 景都と流石も、咲哉と同じテーブル席に座った。

 慣れた様子の3人に、女性の霊の方が困惑しているようだ。

「お座り」

 と、老婆が女性の霊に言うと、

「あ、ありがとうございます」

 と、会釈し、先ほどまで咲哉が座っていた椅子に腰かけた。

 流石は水晶玉越しに女性の霊を見た。

 ブラウスにカーディガン、ロングスカートを身につけた女性だ。半透明で全体的に白く見える。背後のテーブルが透けて見えた。

「なんで、景都に取り憑いてたんすか」

 流石が聞いた。

「人の痛みを、知りたかったの」

 と、女性の霊は答えた。悲しげな声だ。

 霊感のない者も霊の姿を見ることができる水晶玉だが、覗いただけで声まで聞こえるようになってしまうから不思議だ。

 水晶玉がなくても霊の姿を見ることのできる景都と咲哉は、女性の霊に直接、

「人の痛み?」

 と、声を揃えて聞き返した。

「事故で、両足が不自由になったの。立てないわけじゃないんだけど、痛みが残って上手く歩けなくてね。始めはみんな優しくしてくれたけど、始めだけなのよね。治らない痛みがいつまでもずっと続いていると、どうしても回りの人たちの意識の中では軽く思われるようになった」

 と、女性の霊は話した。

「私の痛みはどんどん強くなっていたんだけど、『周りが可哀そうがらなくなったら大袈裟おおげさに言うようになった』なんて言われるようになっちゃってね。そのまま無理してたら……内側の炎症が広がってて死んじゃったんだけど」

「……無理してたの」

 景都が呟いた。

「周りの気持ちもわかったのよ。四六時中しろくじちゅう、痛い痛い言われてたらうっとうしいもの」

「そんなぁ……」

「だけど、どれだけの痛みなのかが相手に伝わらないの、すごく理不尽に感じていたのよね。死んで幽霊になったから、初めは人が感じている痛みの大きさが知りたくて、人から人へ、取り憑いて渡っていたの」

 肩を落としながら、女性の霊は話す。

「それでも、やっぱり実感は出来なかった。痛みの強さじゃなくて、痛みに対するその人の感じ方も、人それぞれ違うみたい。もちろん、大したことないのに大袈裟に言う人はたくさんいたけどね」

 老婆は女性の霊にも、湯飲み茶碗に緑茶を淹れて出した。

「そういうやからに、本当の痛みをわからせてやるという行動を取っていたら、お前さんは地獄行きになっていたんだよ」

 と、老婆が言う。

「……それは、危なかったわ」

 呟きながら、女性は湯飲み茶碗を手にした。

 ひとくち、緑茶を飲んでから女性の霊は、

「どこも痛くない元気に動く子どもの体にも入ってみたけど、こんな肩こりは初めて」

 と、言って咲哉に目を向けた。

 流石と景都も、咲哉に目を向ける。小さく咳払いし、咲哉は、

「今まで取り憑いてきた子どもたちは、なんともなく歩けていたんですか」

 と、聞いた。

「私と、馴染まないように取り憑いていたから。でも、景都君とは相性が悪くて、あなたに移る時も、私の体と馴染まないようにすることが上手くできなかったの。ごめんなさいね」

「まだ不十分かもしれんが、そろそろ逝くべきところへお逝き」

 しわがれた優しい声で老婆が言う。

「……はい。ありがとうございました」

 スッと立ち上がり、女性の霊は深々と頭を下げた。

「よく考えたら、この足が痛くないのは久しぶりだわ」

 笑いながら女性の霊は宙へ浮き上がり、天井の向こうへ消えて行った。



「えー、遊びに行っちゃったの?」

 買い物から帰った宮子みやこは、京香きょうかから景都が出かけたことを聞かされ目を丸くしていた。

「今度は咲哉君が心配になったって、ふたりで見に行った。外で遊んじゃダメって言っといたから、咲哉君の家でゆっくりしてると思うよ」

 しっかり者の小学4年生、京香が言う。

「そう……でも急に熱が下がっちゃうなんて不思議ねぇ。知恵熱って本当にあるって聞くけど、学校で不安なことでもあるのかしら」

 と、宮子の方が不安そうだ。

「でも、不安を取っ払ってくれる友だちも、そばにいるって事でしょ?」

「あぁ、そうね。流石君と咲哉君が来てくれて、きっとすごく安心したのね」

 母の宮子と息子の景都は瓜二つだが、宮子が頬に手を当てる様子はとても女性らしい。そして、水泳と柔道を習っている京香は、大柄な父親とよく似ているのだ。

 京香はダイニングテーブルの椅子にどっかりと座り込み、

「お母さんはいつも居てくれる安心なんだよ。来て欲しい時に呼んだら来てくれる安心は別物なんじゃん? 贅沢ぜいたくなことだと思うけど」

 と、言っている。

「そうね。京ちゃんも心配な事があったら言ってね」

「私も友だちいるよ」

「そうね」

 にっこり笑って、宮子は京香の髪を撫でた。



 女性の霊が成仏した不思議屋の喫茶テラスでは、ゆったりとしたティータイムが続いている。

 咲哉は緑茶をひと口飲み、

「キュウちゃんってなに?」

 と、聞いた。

 景都も熱い緑茶にフーフーと息を吹きかけながら、

「あ、聞こえてた? キュウリのお新香だよ。市販の。細かく刻んで、玉子のおかゆに混ぜたの美味しいんだよ」

「へー。それは美味そうだな。スーパーの漬物とか売ってるところにあるかな」

「うん」

 同じテーブルに並んで、流石は何やら考え込んでいた。

「どうした?」

 と、咲哉が声をかけると、流石は顔を上げて、

「お前、人の痛みを感じるために、色んな人の体を渡ってた幽霊も驚くような肩こりってことかよ」

 と、言った。景都も目をパチパチさせながら、

「お婆ちゃん、咲哉の肩こりを治す薬ってないの?」

 と、老婆に聞いた。

「あるよ。だが、治ったところで、またすぐに凝っちまうよ」

 と、老婆も茶をすすりながら答える。

 自分の肩をさすりながら咲哉は、

「大人は慢性肩こり多いんだよ。俺は、それがちょっと早く始まっただけだよ」

 と、言ってみるが、老婆は横目で咲哉を見ると、

「馬鹿言ってんじゃないよ」

 と、溜め息をついた。

「えー」

「だがまあ、相性がいい景都なら……ふむ」

 老婆が、咲哉と景都を交互に見る。

「大抵は幽霊を意図的に移すなんてことは、よっぽど相性がよくなけりゃできないんだよ。相性がいいお前たちなら、景都の治癒力が発動するかもしれないね」

「ちゆりょく?」

「景都、そんなんまであんのか」

 流石に顔を覗き込まれ、景都は首を傾げている。

「相手の痛みに対して、心底、治って欲しいと願える者は希少なんだよ。そういう希少な気持ちの持ち主には、わずかだが特殊な力が宿っているんだ」

 と、老婆が言う。

「……咲哉の、目に見えないものも信じるってのみたいに、また俺だけ治って欲しいと願ってないみたいじゃんかよぉ」

 流石が口を尖らせている。

「お前はそれで良いんだよ。願ったところで何になる。お前なら、咲哉が具合でも悪くすればすぐに病院かこの店に連れて来るだろう」

 そう言って、老婆はクックッと笑った。

「そりゃそうだけど……結局、願ったところで何になるなのかよ」

「僕は願ってても、どうしようどうしようってなって、すぐ行動できないと思う」

「景都はそれでいいんだよ。落ち着きや自信のある行動力ってのは、大人になりながら自分なりに身についていくものだからね」

「そっかー」

 飲みやすい温度になった緑茶を、景都はゆっくりと飲み干した。

「景都の治癒力ってのはなに?」

 急須から景都の湯飲みに緑茶を足してやりながら、咲哉が聞いた。

 老婆は頷いて見せ、

「景都。痛みを取る呪文を知っているだろう」

 と、聞いた。

「じゅもん? ……あっ、いたいのいたいの飛んでけ!」

 と、景都が明るい声で答える。

「あたり」

「あたりなの?」

「……なにそれ」

 と、咲哉が聞いた。流石が、

「知らねぇか? 転んですりむいた子どもとか『いたいのいたいの飛んでけ』ってやってもらうと痛いのが無くなるって信じ込ませておいて、実際にケガした時に本当にそんな気がして痛さをごまかせるっていう、小さい子ども向けの暗示みたいな。昔から日本にある、おまじないってやつだよ」

 と、説明した。

「へー」

「兄ちゃんが母ちゃんによくやってもらってた」

 と、流石が言う。

「なるほど」

「ちゃんと意味のあるおまじないだったんだ」

 と、景都は目を丸くしている。老婆は頷きながら、

「ただの暗示だけじゃないよ。景都の痛みを治したいと願う気持ちは、景都と相性がいい咲哉ならより強い力で働く」

 と、言った。

「それって、咲哉の肩こりを景都が治せるってことか」

 と、流石が聞く。

「肩こりの元は消えるもんじゃないよ。凝りの痛みが一時的に取れるってだけさ」

「でも取れてる間は肩こり痛くないってことだろ? すげえじゃん」

 流石が言うと、咲哉もうんうんと頷いている。

「やってごらん」

「えっ……えっと、遠くに飛ばす真似すれば良いんだっけ」

「まず、咲哉の肩に両手をあててごらん」

「うん」

 景都は咲哉の椅子の後ろに回り、その肩に両手をあてた。

「肩の中にある肩こりという痛みを、つかめるものだとイメージしてごらん」

「痛みを、つかめるもの……うん。なんとなくわかる」

 両肩に乗せた左右の手を交互に見詰めながら、景都は頷いた。

 当の咲哉と、流石も目をパチパチさせている。

「イメージ出来たら、まじないの呪文だ。呪文を言いながら、痛みをつかんで引っこ抜いて、遠くに吹っ飛ばすんだよ」

「つかむ。いたいのいたいの、飛んでけっ」

 景都は、つかんだ両手を振り上げた。

「わっ、えっ?」

「飛んでった!」

 咲哉と流石が声を上げた。

 ふたりとも、天井を見上げている。

「なんか、飛んでった」

 と、景都も自分の手元と天井を交互に見た。

 景都が両手を振り上げた瞬間、色も形もない何かが天井の向こうへと飛んで行ったのだ。

「……あれ。肩こり、無くなったな」

 肩を動かしながら咲哉が言った。

「本当?」

「なんか、本当に引っこ抜けた感覚だった。ぜんぜん痛くなくなったよ」

 表情の薄い咲哉が、珍しく驚きの表情を見せている。

「飛んでったの、また戻ってくるの?」

「戻らないよ。飛んでいったのは『いたいいたい』というものだ」

 景都に聞かれ、老婆が答えた。

「痛い痛い?」

「このまじないは昔からあるだろう。飛ばされた『いたいいたい』を、食べる妖怪がいるのさ」

 と、老婆は真上を指差しながら言う。

「妖怪……」

「その妖怪さんが食べてくれるから、いたいいたいは戻って来ないの?」

「そうだよ。また肩が凝って痛くなったとしても、それは新しい別の痛みなのさ」

「このお店の中だからできるの? どこでもできること?」

「どこだってできるよ。頭痛でも腰痛でも」

「すげぇ。それ、俺はできねぇの?」

 と、流石が聞いたが、

「できないよ」

 と、老婆は即答だ。

 流石ががっくりと肩を落としている。

「景都はくたびれちゃったりしないのか」

 と、咲哉も聞いた。

「僕はなんともないよ」

 老婆は遠くでも見るように天井に目を向け、

「最近はそのまじないも減って、腹を減らしてるようだからね。ちょくちょくやってやればいいさ」

 と、言った。


 こうして景都は、『いたいのいたいの飛んでいけ』という特技を身につけたのだった。


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