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不思議屋と心霊探偵団  作者: 天西 照実
12/42

引っぺがすカミソリ 3

 『引っぺがすカミソリ』という不思議道具を不思議屋へ返しに行き、3人は老婆に少女が成仏したことを伝えた。

「そうかい……」

 老婆が、あまりスッキリしない表情をしていたのが、咲哉(さくや)は気になっていた。


 咲哉の家は両親が海外勤めのため、静かだった。

 シャワーを浴びようと、咲哉が階段を下りて来たところだ。

 玄関ホールに、もやもやとした少女の姿が見えた。

 少女は、真剣な面持ちで咲哉を見つめている。

「目が疲れてる訳じゃ……」

 目など擦っていると、少女はスーッと横移動していき、家族写真の貼られた壁のコルクボードに近づいた。

「……?」

 一枚の写真が、ぶるぶると震えている。

 小学校卒業式の写真だ。流石(さすが)景都(けいと)が一緒に写っている。

 咲哉は、ポケットからトランシーバーを取り出した。咲哉の父に、体験モニターを頼まれたトランシーバーだ。頭の柔軟な子どもたちはすぐに使い方を覚え、便利に使いこなしていた。

 ふたりへの通信ボタンを押す。

「景都……流石、景都っ」

 ピピッと応答音が鳴り、

『咲哉、どした?』

 答えたのは流石だ。景都の応答はない。

「流石、すぐに家出られるか。景都が家に居るか確認してくれ」

 早口で咲哉が言う。

『何かあったのか』

「また、あの子の霊が俺んちに来てる」

『リコちゃんか? 成仏したんだろ? それとも、別のやつか?』

 流石は上着を羽織りながら、ドタドタと階段を駆け降りた。

「俺たちが写ってる卒業式の写真を揺らしてたんだ。今度は玄関の方にいる……俺の靴を転がしてる。外に出ろってことか……あっ」

『どした』

 少女の霊は、玄関窓のガラスに指をなぞらせた。

「窓に文字が……おにいちゃんを、たすけて」

 窓に書かれた文字を読むと、流石の子機から、

『かーちゃん、景都と咲哉んとこ行ってくる!』

 と、叫ぶのが聞こえた。『景都の家、寄ってみてからそっち行く』

 咲哉も靴を履き、

「そうしてくれ。俺はこの子についてく」

 と、言って玄関を飛び出した。



 なぜ、この場所に道路があるのか。

 舗装された大きな通りが、空き地や畑の中に伸びている。

 周囲には民家も見えるが、ほとんどが空き家だ。街灯もなく、片道3車線の大通りに車が全く通らないのは、その道路の先が工事中で通行止めになっているからだ。

 町村合併し、都市開発で道路が作られ始めたものの、宅地化が進むばかりではなかった。突然先の消える真新しい道路や、工事中のまま頓挫とんざしている商業ビルもちらほらしている。

 咲哉が少女の霊を追いかけてたどり着いたのは、先の無い大通りに作られた歩道橋だ。

 月明かりに照らされ、歩道橋の階段に敷かれたタイルがキラキラと光っている。

 咲哉は小さいLEDライトを持ちながら走って来たが、街灯も信号もない不自然な道路の真ん中で、少女の霊を見失った。

「……やべぇ、どこ行った?」

 体力のない咲哉が息を切らしながら辺りを見回すと、歩道橋の上に人影を見つけた。

「うわっ、景都!」

 景都が歩道橋の手すりの上によじ登っている。

 平均台のような手すりに立ち、景都はぼんやりと道路を見降ろした。

「景都っ」

 走りながら叫ぶ咲哉の声にも気付いていない。

 景都の目前には、成仏したはずの少女が浮いていた。

『お兄ちゃん、一緒に来て』

 ぼんやりしたまま景都は、

「どこに行くの。まだ、成仏できないの?」

 と、聞く。

『自由にしてくれたから、もうすぐできる。こっちに来て』

 静かな道路を、冷たい風が吹き抜けていく。

 景都は、宙に片足を進めた。

「――景都っ!」

 ふわりと身を落とした景都の腕を、駆け寄った咲哉が掴んでいた。

「景都っ、しっかりしろっ」

 歩道橋の手すりの外側で、咲哉に腕を掴まれた景都は身動きもせず、ぼんやりとしたままだ。

 咲哉は手すりの支柱に足をかけて体を支え、慌てて掴んだ景都の手首を両手でしっかりと掴み直す。

「やべぇ、上がらねぇ……」

 小柄な景都だが、咲哉の細腕では持ち上がらない。

 突然、景都の身体が揺れた。

「――っ!」

 宙に浮いている少女が、ブランコでも揺らすように景都の背をトーン、トーンと押している。

「連れてかせねぇよっ」

 叫んだ咲哉の背後に、もう一人、同じ少女が立った。

 ハッとして振り返る咲哉の服を掴み、少女は咲哉の体を引っ張り上げようとする。

 なんとか手すりにつかまって景都の体重を支えている咲哉は、重心を揺さぶられて、足元が浮かび上がりそうになる。

 さらに別の少女が現れ、重心の乗った咲哉の足を蹴とばし始めた。

 全員、同じ容姿の少女だ。

「いて……やめろよ、景都に見付けてもらったんだろ――」

 少女たちの味方をするように、強風が景都の身体をあおる。

「うわっ」

 浮き上がりそうになった咲哉の服を、今度は黒い影が掴んだ。

「咲哉っ」

 黒いジャケットを着た流石が腕を伸ばし、咲哉が掴んでいる景都の腕を掴んだ。

「おりゃあっ」

 流石の掛け声で、ふたりは景都の体を引き上げた。

 ドサリと歩道橋のタイルに尻もちをつく。

「景都っ、起きろよっ、関節抜けてねぇかっ」

 流石は抱きかかえた景都の頬をペシペシと叩いた。しかし景都は眠っている様子で、目を覚まさない。

 咲哉は肩を押さえてへたり込んだ。

「よかった……流石、よくここがわかったな」

「トランシーバーの発信器機能を駆使したぜ。大丈夫か、咲哉」

「……だめかも」

 咲哉はゆっくりと周囲を見回した。

 歩道橋の左右、同じ少女たちが3人を取り囲んでいた。

「なにがいるんだ……」

「増えてる。たぶん、同じあの子だけど、分裂したみたいにいっぱい居て囲まれてる」

 ポケットから水晶玉を取り出し、流石も周囲を見た。

「うわ、なんだっ?」

 数人の少女たち誰もが、交通事故で亡くなった綾野あやの莉子(りこ)と同じ顔、同じ服だ。同じ暗い表情をこちらに向けている。

「……たぶん、怨念みたいなものだ。俺たちは、あの場所に縛られてた怨念も自由にしちゃったんだよ」

 と、咲哉が低い声で言った。

「怨念っ?」

「流石、景都を離すなよ」

「お、おう」

『みんなが死ねばいい』

 少女のひとりが言った。

「声も聞こえる――」

 ギョッとして流石は、水晶玉越しに周囲を見回した。

『どうして楽しそうに話すの』

『いつまでここに居なくちゃいけないの』

『勝手なことを言うやつが車にひかれろ』

 同じ顔の少女たちが口々に言う。

『私の気持ち、バラバラ』

『戻れないの』

『ずっと強く思っていたひとつひとつ、私たちなの』

 少し考えてから咲哉は、

「亡くなってから7年間、ずっと道路に縛られ続けて、その間に強くあったリコちゃんのひとつひとつの気持ちが、それぞれ別々の意識体みたいなものになってるってことか」

 と、言った。

 少女たちが、同時に頷いた。

「マジかよ……」

「やばい流石、まだ増えてる――」

「なにぃ?」

 数人だった少女たちの隙間に次々と現れ、歩道橋が埋め尽くされていく。

『どうして私だけ』

『寂しい、寂しい、寂しい』

『みんな私を忘れたのに』

『痛い痛い痛い痛い痛い』

『私のお家どこ』

『雨の日が怖い雨の日が怖い』

 各々の少女たちがバラバラに言葉を繰り返し、徐々に何を言っているのか聞き取れなくなっていく。

「……頭いてぇ」

 咲哉が耳をふさいだ。

「ふざけんなお前らっ、どうしろってんだよ!」

 流石が叫ぶと、すぐ目の前に立つ少女が、

『お兄ちゃんと一緒に』

 と、答えた。別々の言葉を口にしていた少女たちが、

『お兄ちゃんと一緒に』

『お兄ちゃんと一緒に』

『お兄ちゃんと一緒に』

 と、声を揃えて繰り返す。

『意見は一致してるの』

 と、すぐ目の前の少女が笑った。

『もうすぐ、同じ車が来る』

「この道路には来ねぇよっ」

 流石が叫ぶが、咲哉は首を振り、

「居眠り運転だ。高速に入る前の横道が近くにある。この辺りは、長距離を走るトラックとかタクシーが車を停めて仮眠するのに使ってるんだ」

 と、冷静に言う。それに答えるように、車のエンジン音が聞こえてきた。

「……マジ?」

 流石はギュッと景都を抱き締めた。冷や汗を浮かべる咲哉も、周囲に目を向けながら身を寄せる。

『3人で一緒に来て』

『私たち、いっぱいいるから』

 少女たちに埋め尽くされた歩道橋の上、わずかに開いた流石たちの周囲の空間が、じりじりと狭まっていく。

 道路の向こうに、一台の大型トラックが見えた。

 エンジン音が強まり、徐々にスピードが上がっている。

「突き抜けるか、いや……」

「まずい」

 近付くエンジン音に少女たちの笑い声が混ざった。

 無数の手が迫る。

 しかし、流石と咲哉の腕の中、

「本当のリコちゃんは、ひとり……」

 景都の小さな声が、不思議とハッキリ聞こえた。

 迫りくる少女たちが動きを止めた。

 ヘッドライトの光が近付く。

 身を固める流石たちの真下を、大型トラックが走り抜けて行った。

 スピードの出た大型トラックは、アスファルトの敷かれていない砂利道に降り、急停車した。

 砂利道の振動で運転手は目を覚まし、ブレーキを踏んだらしい。

 エンジン音が止み、辺りが再び静けさに包まれた。

 少女たちは動きを止めている。

「景都」

 ぐったりとしたまま、景都が薄目を開けていた。

 動かない少女たちの中、景都が見つめるひとりだけが、はらはらと涙を流していた。

「ごめんなさい」

 泣いている少女が言う。

「気持ちの全部が強くて、どうしたら良いかわからないんだよね」

 優しい声で、景都が言った。

「うん……」

「リコちゃんは、リコちゃんで良いんだよ。集まっている他の感情は、リコちゃんが成仏できれば、行くべき場所へ行くから」

「……うん」

 スッと、泣いている少女が夜空へ浮かび上がった。

 周囲の少女たちが、驚きの目を向ける。

 流石の腕の中、景都が、

「リコちゃんを自由にしてあげてっ」

 と、声を上げた。

 泣いている少女は意を決したように夜空へ昇り、月明かりに溶け込んで姿を消した。

『あぁ――っ』

『ああぁ――っ!』

 突然の強風が、残された少女たちを襲った。

 竜巻のような風が少女たちを巻き込み、グルグルと吹き上がりながら大通りの向こうへと流れていってしまった。

「……」

 急に静まり返った歩道橋には、しゃがみ込んだ3人だけが残された。

「……みんな、いなくなった?」

「どっか、行っちまった。なんだ、今の風」

「これで、良いんだと思う」

 景都は大粒の涙をこぼし、流石にしがみついて泣き出した。

 流石は、咲哉と顔を見合わせた。疲れた表情で、咲哉が頷いて見せる。

「帰ろう。また明日、不思議屋へ行ってみような」

「……うん」

 やわらかな月明かりが、歩道橋に座り込む3人を照らし続けていた。



「引っぺがすカミソリだけじゃ、成仏できなかったんじゃねぇか」

 翌日も3人は、不思議屋の喫茶テラスに集まっていた。

「あの子は、自分と一緒に自由になってしまった、よからぬ感情共が心配で残っていたんだよ」

 と、老婆が言っている。

「残っててくれたんだね。でも、やっと逝けたんだ」

 笹雪ささゆきを抱きしめながら、景都が言った。

「景都を連れてこうとしていたのは別の感情たちで、俺を呼びに来たのがリコちゃん本人だったんだな」

 と、咲哉が言った。

「幽霊にも色んな感情があるんだなぁ」

 流石がしみじみと言った。

「幽霊ってのは、幽霊という生き物じゃないんだよ。生きていた時間が終わってしまったというだけで、根本的には生きた人間と変わりないのさ。7年間存在していて、成仏したいという願い()()を持ち続けていられるはずがないんだよ」

 ティーカップに紅茶を注ぎながら老婆が言う。

「残った感情は、どこに飛ばされてったんだ?」

「持ち主のいなくなった感情にも、ちゃんと逝き先は用意されているのさ」

「じゃあ、また幽霊が見えたら、他の生きてる人たちと同じでいいんだよね」

 カップを受け取りながら景都が聞いた。

「幽霊も、すれ違う赤の他人と同じさ。こちらから、わざわざ関わりをもつ必要はない。声でもかけられて困ったことになれば、またこの店を頼りに来な」

「うん。ありがとう」

 景都が頷くと、老婆は皺を余計に刻んで笑っていた。


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