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不思議屋と心霊探偵団  作者: 天西 照実
11/42

引っぺがすカミソリ 2

 翌日は土曜日だった。

 学校は休みなので、3人は普段着姿で不思議屋に集まっていた。

 喫茶テラスで、紅茶とガレットを振舞ふるまってもらっている。

「夢、見たんだろ?」

 黒いジャケットにジーンズ姿の流石(さすが)が、薄手のトレーナー姿の景都(けいと)に聞いた。

 不安げに頷く景都の頭を、パーカー姿の咲哉(さくや)が撫でている。

「昨日と同じで、うわさ信じる? って聞かれた。信じられてるうわさを聞いたら、『ずっと、さまよい続けてる』っていううわさだって言ってた」

 ガレットを頬張りながら流石が、

「ずっとさまよい続けてる? リコちゃんが?」

 と、聞いた。

「うん、たぶん」

 頷きながら、景都もガレットに手を伸ばす。

 ゆったりと紅茶を口に運びながら咲哉は、

「あ、そうか」

 と、老婆に目を向けた。

 隣のテーブルで、老婆は水盆すいぼんを見下ろしていた。

「婆さんがハッキリしてなくて不安定な事実って言ってたのは、リコちゃんがうわさ話に縛られてる状態って事だったんだ」

 咲哉が言うと、老婆は頷いた。

「そういう事だね」

「んー? どういう事だよ」

 流石と景都が首を傾げる。咲哉は、

「リコちゃんの家族を追い出しちまうくらい、騒ぎになってたんだ。その場所でリコちゃんが亡くなってる事を知ってるやつらが、『リコちゃんの霊は、ずっとさまよい続けてる』なんてうわさを流したんだよ。リコちゃんは、うわさ話なんていう不確実なものに縛られちまって成仏できずにいるんじゃないか」

 と、話した。

「……うわさに、縛られてるの?」

「ふむ。そのようだね」

 老婆は水盆に手をかざし、金属の盆に張られた水を指先でかき混ぜた。

「交通事故で死んだその子は、ちゃんと成仏できるはずだったんだよ。だが、他人の思い込みや興味ってのが強い力で働く事がある。誰かが勝手に言い出した『さまよい続けている』といううわさ話で、その子を地縛霊にしてしまったんだ。成仏したいその子は、自分の姿が見える景都に助けを求めたんだね」

「なるほどなぁ。てっきり、家族を悪者扱いして追い出したほうのうわさを怨んだりしてるんだと思った。騒ぎ立てて家族を追い出したあげく、怪談みたいなうわさ話まで楽しんでる奴らがいるんだな」

 と、流石が言った。

「ああ。その事実の方が幽霊よりよっぽど怖い話だ」

 と、咲哉も声を低くして言う。

「助けてあげられるの?」

 景都が聞いた。

「ほう。怖くなくなったか」

 景都の膝の上で、白狐の笹雪(ささゆき)が聞いた。

「怖かったけど、可哀そうだよ。家族もいなくなっちゃった場所に、ずっといなくちゃいけなくされてるなんて……お婆ちゃん、どうしたらリコちゃんを助けてあげられるの」

 笹雪を抱きしめながら、景都が聞いた。

「カミソリで引っぺがせそうだね」

 喫茶テラスのテーブルで、老婆は水盆すいぼんを見下ろして言った。

「カミソリ? 刃物?」

「ちょっと待っていろ」

 笹雪が景都の腕から飛び降り、店の方へ駆けて行った。

「……?」

 すぐに笹雪は、小さななたのような形の刃物を口にくわえて戻って来た。小さな体に似合わず、力持ちだ。

「刃物だ! これがカミソリっ?」

 流石が声を上げた。

 テーブルに置かれたカミソリは、床屋で使われる物のイメージよりもずっと大きく厚みがある。よく見れば刃も厚く、鋭利ではない。

「引っぺがすカミソリだよ」

 と、老婆が言った。

「引っぺがすカミソリ……正式名称なの?」

 咲哉に聞かれ、老婆はにやりと笑いながら頷いている。

「縛られた罪なき地縛霊を、その地から引き剥がすカミソリさ」

「そんな事できるの?」

「どうやって使うんだ?」

 流石は、分厚いカミソリの柄を掴み上げた。

「その子の足元で、カミソリを振るだけでいい。地面や霊を切る必要はない」

 老婆が言うと、流石は景都に視線を向ける。

「僕がするの? 大きい刃物……怖いよぉ」

「流石がやればいい」

 と、老婆は言うが、流石は口を尖らせながら、

「俺は見えねぇってば」

 と、言った。

「包丁より小さいけど……うわ、重いし」

 咲哉もカミソリを持ち上げてみながら言っている。

「俺だけ見えないのは不便だ。なんか、俺も幽霊が見えるようになる不思議アイテムとかはねぇの?」

 と、流石は老婆に聞いた。

「面倒だねぇ」

 老婆は息をつきながら、片手で服のポケットらしき部分をあさった。

 スカーフやぼろ布を重ねたような格好の老婆が取り出したのは、ピンポン玉ほどの大きさの透明な玉だった。

「これをやろう」

 老婆は、流石に透明な玉を手渡した。

「うおっ、でかいビー玉?」

「小さい水晶玉だよ」

「わぁ、キレイ」

 と、景都は目をキラキラさせる。咲哉も眺めながら、

「純度高そうだなぁ。それ、高価だぞ。今、くれるって言った?」

 と、老婆に聞いた。

「この水晶玉越しに見れば、目に見えない存在も見ることができる。そういう不思議アイテムさ」

 と、老婆が言う。「大事に取っときな。また使う時がくる」

 流石は、片目で水晶玉を覗いてみた。

「すげぇ。なんか、こんな丸いと歪んでたり逆さまに見えたりしそうなのに、普通に向こう側が見やすい」

 景都と咲哉も覗き込む。

「わー、本当だ」

「婆さんが山姥やまんばに見えたりはしないんだな」

 そう言った咲哉の頭に、老婆のげんこつが落ちた。

「……痛いし」

「ほら。さっさと、その子を自由にさせてやっといで」

「おう」

 流石は小さい水晶玉をポケットに入れ、片手に引っぺがすカミソリを掴みながら喫茶テラスを駆け出した。

 その後ろを、景都と咲哉も追いかけて行った。



 商店街から横道に入った住宅地。

 3人は、景都が少女の霊を見た場所へやって来た。

 引っぺがすカミソリは鋭利でないものの、見るからに刃物の形をしている。流石はズボンのベルトに挟み、ジャケットで隠して運んで来た。

「リコちゃん、いるよ……」

 道路の中央を見つめながら、景都が呟いた。

「俺にも、この前よりハッキリ見える」

 と、咲哉も言っている。

 流石はふたりの視線の先を、不思議屋でもらった水晶玉越しに見た。

「本当だ……リコちゃんの幽霊か」

 ピンクの長袖ワンピースを身につけ、髪をポニーテールに結い上げた少女が立っていた。大きな瞳で、3人を見つめている。

「リコちゃん。うわさ話に縛られて、成仏できなかったんだね」

 景都が声をかけると、莉子という少女はゆっくりと頷いて見せた。

「おうちの人がいる場所、わかる?」

 と、景都は聞いてみる。

 莉子という少女は首を横に振りながらも、

「平気。私が行きたいの、あっちだから」

 と、片腕を真っすぐに伸ばし、空を指差した。

「そっか」

「リコちゃんを縛るうわさ、切ってやるからな」

 水晶玉越しに見ながら少女に近寄り、流石は手にしていた引っぺがすカミソリを低い位置に走らせた。

 スパッと、軽快な音が足元から聞こえた。

「なんか切れた!」

 カミソリを振った流石本人が驚いている。

 景都の目には、足元に不安げな表情を向ける少女の姿が映っている。

 少女の足元が薄くなり、ふわりと浮きあがった。

「動ける……やっと自由だ」

 呟き、少女の姿はスッと見えなくなった。

「成仏したのか」

 と、流石が聞いた。咲哉も宙を見上げ、

「なにか言ってた?」

 と、景都に聞いた。

「やっと自由だって言ってた」

 見上げていた景都は、ゆっくりと俯いて涙をぽろぽろこぼし始めた。

「助けてあげられて良かったな」

 流石が言うと、景都は泣きながら頷いた。咲哉も頷いて見せる。

「不思議屋に戻って報告しようぜ」

「うん……」

 景都と咲哉が手をつなぎ、流石を先頭に歩き出した。

 振り返って見ても、その場にはもう少女の姿は見えない。

「自由にしてあげられて良かった」

 景都が呟き、流石と咲哉も頷いていた。


 しかし、その夜。事件は起きた。


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