引っぺがすカミソリ 1
今回はしっかりホラーです。
流石、景都、咲哉の3人は商店街へお使いに来ていた。
景都が母親にお使いを頼まれ、流石と咲哉はその付き添いだ。
帰り道に探検がてら、いつもと違う回り道をしている。
咲哉が自動販売機で缶コーヒーなど買っているのを、流石も眺めていた。景都は近くの壁の上に野良猫を見つけ、ふらふらと近寄って来たところだ。
よく太った猫はすぐに逃げてしまったが、景都の後ろから声をかけた少女がいた。
「ねえ、うわさって信じる?」
振り向けば、5歳ほどに見える少女だ。ピンクの長袖ワンピースで、髪をポニーテールに結い上げている。目がパッチリとした可愛らしい少女だ。
景都はしゃがんで、
「どんなうわさ?」
と、聞き返した。
「……」
少女がなにか答えようとしたところへ、流石と咲哉がやって来た。
「景都、何か言ったか? ひとりで何やってるんだ?」
と、流石が聞いた。
「えっ?」
驚いてすぐ横に目を向ける景都に、咲哉が目を細めながら、
「なんか靄みたいなのが見える。煙か?」
と、言った。
「前にも、煙みたいに見える人はいた。でも私とは思ってもらえなかった」
と、少女が言っている。
「あれ、なんかほわほわ聞こえないか」
と、咲哉が耳元を押さえた。流石は首を傾げている。
「……なんで?」
景都は流石と咲哉、それに少女を交互に見て呟いた。
「だってわたし、幽霊だから」
そう言った少女は、その場でスッと姿を消した。咲哉は首を傾げ、
「あれ、見えなくなったかな」
と、言った。
「消えちゃった……女の子、ふわって見えなくなっちゃった――」
しゃがんでいた景都は、膝を震わせながら立ち上がった。
「落ち着け、景都」
片手を差し出す咲哉に、景都は飛び込むように抱き付いた。
「何かされたのか?」
咲哉に聞かれ、景都は大きく首を横に振る。
流石は、景都が見ていた辺りをきょろきょろと見回している。
「別に、何もないぞ。煙が出てたのか?」
「女の子がいたんだよっ。でも、ふわって消えちゃったのっ」
「そうか……」
抱き付いたまま泣き出す景都の背中を、咲哉は優しく撫でてやる。
「さっき、何か話してなかったか?」
「なんか聞かれて、なんだっけ……頭、真っ白……」
「なんだったんだろうな。明日、不思議屋に行ってみるか?」
流石は咲哉と顔を見合わせ、首を傾げる。景都のふわふわな髪を撫でてやりながら、
「もう暗くなるし、今日は帰ろうぜ」
と、流石は家路へ促した。
流石を先頭に、咲哉が景都の手を引いて歩き出す。
周囲の家から、晩御飯を作る香りが漂っている。
大きな車も通れるが、決して広くはない住宅地の道路だ。
先ほどの少女が道路の真ん中に立ち、見送っていた事を3人は知らない。
その夜。
景都は幽霊だと言う少女の夢を見た。
「うわさって信じる?」
同じ道で、少女が同じように聞く。
「……どんな、うわさ?」
自分は幽霊だと言って消えた少女だ。景都は、恐る恐る聞き返す。
「うわさ話、好き? 信じたい?」
真顔のまま少女は、質問を返してくる。
「うわさ話、お兄ちゃんは信じるの?」
「うわさって信じる?」
繰り返す。
景都が一歩下がっても、少女は視線を変えず宙に聞き続ける。
「うわさって信じる? うわさって信じる?」
――これは夢だ。
気付けば眠っている自分の体を感じられる。
夢と現実の間で、景都は少女から逃げるように目を覚ました。
豆電球が灯る自分の部屋の天井を見る。どこからか生暖かい隙間風が流れて肌に触れる。
中学1年生になっても幼さの残る景都だ。
目を潤ませながらベッドを飛び出し、母親のベッドへ潜り込みに行った。
「ずっと繰り返してるの。うわさって信じる? って。すごい怖かった」
翌朝。景都は登校中に、流石と咲哉に夢の話をした。
「幽霊みたいのを見て、ビックリしたせいで夢にも出てきたのかもな」
と、流石が言う。
「うん……」
「気になるのか?」
景都と手をつなぎながら、咲哉が聞いた。
「……気のせいと思いたい」
と、景都は答えた。
「俺、今日の放課後はバレー部の助っ人に呼ばれてるんだ。お前ら、ふたりで不思議屋まで行って来るか?」
3人は帰宅部だが、運動神経抜群の流石は運動部のクラスメートたちに、練習試合などの人数合わせで呼ばれる事があるのだ。
景都は首を横に振った。
「気のせいと思いたいもん」
「もしまた変なもの見たら、不思議屋に行く事にしようか」
「うん」
そういう事にした。
しかし、その夜も景都は同じ夢を見たのだ。
竹藪の木陰に置かれた土管。いつもの待ち合わせ場所だ。
朝から空には雲が広がり、空気はひんやりしている。
景都は待ち合わせ場所で泣きべそをかいていた。
「また、同じ夢見たの……」
景都をなだめてやりながら、流石と咲哉は顔を見合わせる。
「もし幽霊なら、あの辺りで何か事故でもあったのかと思って調べてみたんだ」
咲哉がスマホを眺めながら言った。
流石は景都と手をつないで歩き出しながら、
「事故があったのか?」
と、聞いた。
「7年前に、交通事故があったみたいだ」
咲哉が言った。
「えっ」
「綾野莉子ちゃん5歳が、2軒先の祖父母宅からの帰宅中に、トラックにはねられ死亡。居眠り運転だった。街灯はあったものの辺りは暗くなっており、事故当時は雨で視界も悪かったため、莉子ちゃんはトラックの接近に気付かず道路の中央寄りを歩いていたと見られている」
咲哉が、スマホのニュース記事を読んだ。
「トラックにはねられて……」
「ってことは、あの辺に家があったのか」
と、流石が言う。
「それも調べたけど、莉子ちゃんは祖父母のところに母親が作ったおかずを、おすそわけに行った帰りだったみたいでさ。小さい子を暗くなってから使いに出すなとか大人が付き添わないのが悪いとか、赤の他人共が好き勝手に騒ぎ立てて、両親も祖父母もそこに住んでられなくしちゃったんだ。犯罪者扱いの嫌がらせがあったみたいだよ」
肩を落としながら咲哉が話す。流石も眉を寄せ、
「リコちゃんの思い出がある家から追い出しちまったのか」
と、言った。景都はまた涙をこぼしながら、
「ひどい……居眠り運転が悪いのに」
と、呟く。
「うん。家族を引っ越させて、莉子ちゃんをひとりぼっちにした」
「うわさって信じる? って、言ってた」
呟く景都に、咲哉はスマホ画面を見せた。
「これが、被害者の綾野莉子ちゃんだ」
「……この子」
スマホ画面には、景都に声をかけ、夢にも出てきた少女の写真が載っていた。
「やっぱり、景都が見たのは莉子ちゃんの幽霊だったのかもな」
「……」
「流石、今日の放課後は?」
スマホをポケットにしまいながら、咲哉が聞いた。
「なにもない。不思議屋に行ってみるか」
「……うん」
そういう事になった。
楓山を登り、藪の向こうに不思議屋が見えてくると、咲哉と手をつないでいた景都は足を止めた。
「よくわからないのも怖いけど、わかるのも怖い……」
「わかれば、俺らと一緒に対処できるだろ」
と、前を歩く流石が力強く言った。
景都と手をつなぐ咲哉も頷いて見せる。
「……うん。そうだね」
3人が再び歩き出すと、暖簾の下から白狐の笹雪がチョロリと顔を出した。
「あー、ささゆきぃ……」
景都が伸ばした腕を駆け上がり、笹雪は景都の肩に乗って頬を舐めた。
「どうした、景都」
言葉を話す白狐の笹雪が、小首を傾げている。
「よく考えたら、キツネがしゃべってるんだから幽霊がしゃべってても不思議じゃないよな」
と、流石が言っている。
「いや、どっちも不思議なんだと思うよ」
と、言いながら、咲哉は景都の背を暖簾の中へ促した。
薄暗い不思議屋に入ると、老婆がいつもの囲み机の中に座っていた。
「いらっしゃい」
しわがれた声が言う。
「幽霊に何か言われたのか?」
景都の肩の上で、笹雪が聞いた。
「うん……お婆ちゃん、僕、幽霊見ちゃった」
「やっと自覚したかい」
横目で景都を見ながら、老婆が言った。
「どういうこと?」
と、咲哉が聞く。
「景都は元々、幽霊の姿を見る力があるんだよ。小さい頃から、あちこちに見ていたはずだ」
流石と咲哉が目を向けると、景都は大きく首を横に振った。
「見えてないよぉ」
「生きている人間と、ほぼ同じように見ているんだよ。人間の脳は都合よく出来ているからね。怖がりなお前は多少透けている存在にも気付かず、単に通りすがりの他人のようにすれ違ってきたんだよ」
涙でいっぱいの目を、景都はパチパチさせている。咲哉は、ふむと頷き、
「駅前の待ち合わせ場所で、俺と流石には20人しか見えてなくても景都には21人見えてたかも知れないってことか。そんな大勢も通りすがりにすれ違うだけの他人も、わざわざじっくり見たり数えたりしないから今までは気付かなかったってことだな」
と、話した。
ゆっくりと老婆が頷いている。
「なにそれぇ……もうひとりで外歩けないじゃないかぁ」
ボロボロと涙を落とす景都の頬を、肩に乗っている笹雪が舐めてくれている。
ふと、流石は首を傾げ、
「あれ? でも、咲哉も靄みたいに見えたんだろ」
と、聞いた。
「うん。ほわほわした声も聞こえた」
「咲哉は、その場に残る意志を感じ取っているね。景都と違って幽霊の姿をそのまま見ている訳じゃないんだよ。どんな可能性も受け入れる感性からきているものだ。自分の知らない感覚や思考が存在するのも当たり前という意識に、何かを伝えたい存在は意思表示をしやすいのさ」
「俺の場合は、感覚的な捉え方って事かな」
と、咲哉が言っている。流石は口を尖らせ、
「俺だって別に、目に見えるものが全てとは思ってないぜ?」
と、言った。老婆はクックッと笑い、
「それでも、受け入れられる情報はまだ少ないんだよ。咲哉は豊富な知識を元に、もっともっと世界は広いと当たり前に感じている。自分の思うものと違った情報も素直に受け入れる。それは誰でもできる事じゃないよ。知識が多いほど難しくなる。まぁ、その思考力のせいで、頭痛や肩こりに悩まされるんだろうねぇ」
と、話した。
「頭痛や肩こり?」
流石と景都が目をパチパチさせる。
「あぁ、肩こりは時々つらいな」
と、咲哉は笑った。
「そんで、リコちゃんの幽霊はどうして欲しいんだ?」
と、流石が聞いた。老婆は手元の水盆を見下ろした。
「その子は不成仏霊だ。成仏できない理由は……よく見えないねぇ」
「お婆ちゃんの水盆で見えない事もあるの」
笹雪を抱っこしながら、景都が目を丸くする。
「そりゃあ、なんでも見えるわけじゃないよ。不成仏理由や、その子の望みがハッキリとした事実ではないんだ。不安定なものはハッキリ見えないんだよ」
「望みがハッキリした事実じゃない……?」
考え込むように咲哉が呟いている。
「もうひと晩、夢を見ておいで」
と、老婆が言った。
「夢?」
「どんなうわさか聞くんだよ」
「でも、うわさって信じる? って聞いてくるばっかりで、僕が聞いても答えてくれないの」
「どんなうわさが信じられているのかと、聞いてごらん」
「どんなうわさが、信じられているのか……」
「そう。それで、その子の言ううわさというのが何なのかわかるだろう」
水盆を見下ろしながら、老婆は言った。




