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不思議屋と心霊探偵団  作者: 天西 照実
1/42

不思議屋 1

 始めは不思議要素満載、ホラー要素少々です。

 3月の初め。冷涼な地域の木々は、まだ新芽が見え始めたばかりだ。

 木枯らしとは香りも違うが、春の風はまだ冷たい。

 ランドセルの少年が3人。ひび割れだらけのアスファルト道路に立ち、うっそうと茂る山を見つめている。

 黒いランドセルがふたりと、こげ茶のランドセルがひとり。

 3人の真ん中で、活発な印象の黒ランドセル少年が、

「この山で間違いないな」

 と、言った。真剣な目をやぶの奥に向けている。

 もうひとりの黒いランドセルは小柄な少年だ。活発そうな少年の腕にしがみつきながら後ろを振り返った。

 背後には、雨ざらしでボロボロのバス停がある。小柄な少年は、

「使われなくなって、穴だらけのバス停『楓山かえでやま』の前から続いてる道……」

 と、呟いた。

 びたバス停の標識には、かろうじて楓山という文字が見える。

 もうひとり、こげ茶のランドセルの少年は、パーカーのフードを目深に被っている。表情は見えないが、痩せた肩を落として腕を組み、

流行はやってないのは確かみたいだな」

 と、言った。

「まともな道も無いのかな」

 藪に近寄る黒ランドセルのふたりから少し離れて、こげ茶のランドセルの少年は辺りを見回し、

流石さすが景都けいと。右奥に道がある」

 と、言った。

「右奥?」

 こげ茶のランドセルの少年は、アスファルトの道路からすたすたと藪に入って行った。

咲哉さくや、足もと気をつけろよ」

「大丈夫だよ。ほら、流石。少し広めの獣道けものみちみたいのが続いてる。一応、砂利じゃりが敷いてあるっぽい」

 流石と呼ばれた活発そうな少年は、とことこと近付いて足元を見た。

「本当だ」

 近寄れずに居る小柄な少年、景都は、枯れた雑草が広がる藪を見回しながら、

「知らない山に入るの、危ないよぉ」

 と、泣きそうな声で言っている。

「気をつけて歩いてみよう」

 と、フードの少年、咲哉が手を伸ばすと、小柄な景都は飛びつくようにその手を握った。



 流石、景都、咲哉の3人は、きた小学校の生徒会メンバーだ。

 生徒会と言っても、小学生なので難しいことはしない。

 数人の立候補者が簡単な選挙演説をし、生徒たちも投票の練習のような感覚で選んだのだ。

 元気と馬鹿力が取り柄の流石が生徒会長。小柄で女子にも間違えられる可愛らしい景都は書記。体力と愛想は無いが聡明と言う字が服を着たような咲哉は副会長だ。

 1学年に3クラスしかない北小学校で、3人は別々のクラスだった。タイプの違う3人はそれまで深く関わることも無かったが、生徒会に揃うと不思議と意気投合した。

 当然、いざ卒業が近くなれば、離れ離れになることを寂しがった。

 3人とも同じ中学へ進学するが、数か所の小学校から生徒が集まるマンモス中学なのだ。1学年に9クラスあり、同じクラスに3人が揃うことはまず難しいだろう。

 そこで、都市伝説(村伝説)の『不思議屋ふしぎや』という謎の店に、山を登ってやって来たのだ。

 不思議屋は、なんでも願いを叶えてくれるのだという。



「雑草まみれの山道、めっちゃキツい……」

 体力の無い咲哉の茶色いランドセルを、流石が持ってくれている。登り初めには手を引かれていた景都が、咲哉の手を引っ張って歩いていた。

 先頭を歩く流石は、あとのふたりが歩きやすいように枯れ草を踏み固めながら進んでいる。しかし、雑草まみれの砂利道は続く。

「ねえ、迷子にならないよね?」

 と、景都が聞いた。

 先頭を行く流石は登って来た山道を見下ろし、

「一応、一本道だったろ。俺たちが踏んできた雑草も続いてるし、帰り道もちゃんとわかるよ」

 と、話す。

「そっか」

「……なあ、なんかあるぞ」

 息を切らせながら、咲哉が木々の向こうを指差した。

 上り坂がゆるやかになり、土の踏み固められた広場に出た。山道よりも雑草は少ない。

 広場の正面に、古びた木造店舗が見えた。

 落ち葉や枯れ枝の積もる瓦屋根の上に、『不思議屋』と横書きされた古い木の看板が掲げられている。

「マジか……」

「本当に、あるんだ」

 木造店舗に近付く流石の後を、数歩遅れて景都と咲哉も続いた。

 林に馴染むような深緑色の大きな暖簾のれんが、風にゆらゆらと揺れていた。

 暖簾の左側の壁には、食堂の品書きのような板が掛けられ、消えかけた文字で『祈願成就』『占い』『厄除け』『縁切り』『薬種薬酒』『古書』『人生相談』と書かれている。

 そして、暖簾の右側には巨大な設樂焼しがらやきのタヌキが置かれていた。

 巨大なタヌキに、景都は目が点になっている。

 流石と咲哉は、品書きのように並ぶ板切れを見上げた。

「これ、何の店なんだよ」

 と、言った流石の耳に、

『ここは何でも屋だよ』

 という、しわがれた声が聞こえた。

 ギョッとして辺りを見ても景都と咲哉しかいない。

 ふたりにも声は聞こえたらしい。耳元を押さえてキョロキョロしている。

「ここって占い屋さんなの?」

「ここって本屋なのか」

 景都と咲哉が同時に呟いた。

「えっ?」

 顔を見合わせ、ふたりが流石を見る。

「……俺には、何でも屋って聞こえたぜ」

「……なんで?」

 もちろん、スピーカーのようなものも見当たらない。

「店の外で聞こえただろ。誰が言ったんだ?」

 景都が巨大なタヌキを見て後ずさるが、その肩を支えてやり、咲哉は、

「たぶん、タヌキじゃないよ」

 と、言った。

「なんか、怖いよ。入るの?」

 景都が震えた声で言う。

「せっかく来たんだし、願いを叶えてもらうんだろ」

 と、流石は真剣な眼差しを暖簾の奥へ向けた。咲哉も頷きながら、

「入るだけ入ってみようか。でも、まともな店かわからないからな。金額を聞くまでやるって言うなよ。後からとんでもない大金を要求されるかもしれない」

 と、言った。

「い、いくらくらいなら払う?」

「千円くらいかな」

 景都に聞かれ、流石が腕を組みながら言う。

「俺たち小学生だしなぁ」

 と、咲哉は肩を落としている。

「変な店だったら、ダッシュで逃げるぞ」

 暖簾の正面で身構える流石の袖に景都がしがみつき、咲哉も隣に並んで頷いて見せた。  



 開け放たれた出入口に、足元まで届く大きな深緑色の暖簾が下がっている。

 3人は流石を先頭に、恐る恐る暖簾をくぐった。

 薄暗い店の中は土間どまのような造りになっていた。不思議と、暖簾の外からの明かりが入ってこない。

「……誰もいない?」

 呟く景都に、流石が小声で、

「いる。右奥。番台ばんだいみたいなとこ」

 と、答えた。

 乱雑に置かれた商品棚の奥。銭湯の番台のような、少し高くなった囲み机があった。

 その中に、ひとりの老人が置き物のように座っていた。

 ボロボロの布を何枚も重ねて被っている老人は、ゆっくりとこちらを向き、

「……いらっしゃい」

 と、言った。しわだらけの口元がニヤリと笑う。

 声は老婆のように聞こえるが、口元以外はボロ布に隠れて顔が見えない。

 突然、入口が明るくなった。壁に掛けられていたランプに火が灯ったのだ。

 続いて正面の棚に置かれたランプ、天井高くから下がる灯篭とうろうのようなものにも火が灯った。

 老人の手元にスイッチでもあったのか? 

 3人は驚きの表情で、明るくなった店内を見回した。

 外からのイメージよりも店内は広かった。

 二階建てに見えたが天井は高く、屋根まで吹き抜けになっている。

 壁一面、不規則にひしめき合う棚が天井まで高く伸びていた。棚には怪しげなビン詰めや古い本が並んでいる。

「これって建築法でOKなのか?」

 と、咲哉が首を傾げている。

 ぽっかりとひとマス開いた棚の上で、白い生き物が動いた。ふかふかの毛に覆われた小さな動物が、キツネのような顔を上げる。

 動物好きな景都が、やっと流石の後ろから歩み出た。

「大きいリス? 子ギツネかな」

白狐しらぎつねだよ」

 と、老人が答えた。

「しらぎつね? この子()む?」

 と、最初に老人に声を掛けたのは景都だ。しかし、

「噛みも引っ掻きもせんよ」

 と、白狐が口を開いたので、景都はポカンと口を開けてしまった。

「キツネがしゃべった?」

「今、この子がしゃべったの?」

 と、目を丸くした流石と咲哉も詰め寄ると、

「不思議だろう?」

 と、言って、白狐は棚から降りた。トコトコと商品棚の隙間を歩き、老人の元へ飛び上がる。

 雑多に物が置かれた囲み机の上にも、ちょうどよく白狐が乗れるスペースが開いていた。

 白狐の背を撫でながら老人が、

「なにをお探しだい」

 と、聞いてきた。

「なんでも願いを叶えてくれる店って聞いて来たんだ」

 と、流石が番台に歩み寄って言った。

「なにが望みだね」

 3人は顔を見合わせ、頷き合う。

「俺たち、中学で同じクラスになりたいんだ。その願いの祈願成就ってやつ、いくらになる?」

「くっくっ。千円でいいとも」

 と、老人は言った。

「えっ」

「そうさな、ひとり三百円お出し。九百円にまけてやるよ」

 もう一度、顔を見合わせた3人は、それぞれポケットから財布を出した。小銭をかき混ぜ、

「三百円あるぜ」

 と、流石が言った。

「僕も」

「俺も、ちょうど百円玉3個ある」

 手の平に出した百円玉を見せ、3人はもう一度顔を見合わせた。そして頷き合い、景都と咲哉は流石の手に百円玉を渡した。

 白狐が太い尾の先を、くるりと下へ向けた。尾の下には、木の皮を丸く切ったような皿が置かれている。そこに代金を置けと言う事のようだ。

 流石が9個の百円玉を木皿に置くと、囲み机の中が見えた。老人の手元に、水が張られた金属の皿のようなものがあった。

「これは、水盆すいぼんってもんだよ」

 と、老人が言う。

「すいぼん?」

 水盆に視線を落とし、すぐに顔を上げた老人は、

「よし。祈願しておいたよ」

 と、言った。

「へっ?」

 これから何が始まるのかと身構えていた流石は、()頓狂(とんきょう)な声を漏らした。

「その願いは叶うだろう」

 と、老人がしわがれた声で言う。

「……もう終わり?」

「終わりだよ」

「流石、祈願ってのはそんなもんかもよ」

 と、咲哉が言っている。

「あ、そうなのか……」

「物足りないのかい」

 と、老人に聞かれ、流石は、

「あ、いや……なんか、蝋燭ろうそく並べたり呪文を唱えたりするのかと思ってた」

 と、答え、頭を掻いた。

「それなら、こういうのはどうだい」

 見下ろしていた水盆の中に、カラフルな小石をジャラリと転がした。

 小柄な景都も、背伸びをしてやっと囲み机の中が見えた。3人が並んで覗き込むと、

「ついでに教えてやろう。タダで」

 と、老人が言う。白狐がクフッと笑った。

「お前たちの担任教諭は活発な若い女だよ。美人だ」

「わぁ、女の先生?」

 と、景都が目をキラキラさせる。「それ、占いなの?」

「くくっ、そうだよ」

「じゃあ、その先生の胸のサイズは?」

 などと咲哉がけしからん事を聞くので、流石と景都が咲哉のこげ茶のランドセルを叩いた。

「ふむ、Eカップだね」

 と、老人は真面目に答えてくれる。

「へぇ、でかいな」

「じゃあ俺にも、もうひとつサービスで教えてくれよ」

 と、流石も言った。

「なんだい」

「あんた、爺さんなのか、婆さんなのか」

 ぶふっと、白狐が噴き出して笑った。

「……あたしゃ、婆ぁだよ」

 老婆だそうだ。

「あっ、僕も僕もっ」

 と、詰め寄った景都が目を向けているのは白狐だ。

「あの、触っても良い?」

 キラキラの目に見下ろされ、白狐はゆらゆらと大きな尻尾を揺らしてから、なにも言わずに頭を差し出した。

 景都は満面の笑みで白狐の頭を撫でた。

「わぁ、やわらかい。あったかい。生き物だ」

「しゃべる生き物……」

「ここは不思議屋だよ」

 老婆に言われ、不思議と納得してしまう3人だった。

 願いも叶うかもしれない。

 流石と咲哉は、いつまでも白狐を撫でている景都の袖を引き、不思議屋を後にした。


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