CAR LOVE LETTER 「Love is over」
車と人が織り成すストーリー。車は工業製品だけれども、ただの機械ではない。
貴方も、そんな感覚を持ったことはありませんか?
そんな感覚を「CAR LOVE LETTER」と呼び、短編で綴りたいと思います。
<Theme:SUBARU LEGACY(BH5)>
「もう、終わりにしよう。」俺は言葉少なに彼女にそう告げる。
突然の事だ。彼女は少し険しい表情で俺の目を見つめる。俺から切り出した話だ。俺から目をそらす事は出来ない。
しばらく俺達は見つめあっていただろう。彼女から視線を伏せ、「そうね・・・。」と弱々しく呟いた。
俺は無意識にこぶしを握り締めていた事に気付く。掌にはずいぶん汗がにじんでいる。俺の選択は間違っていたのだろうか。
別に好きな女が出来たと言う訳ではない。彼女が嫌いになったと言う訳でもない。
俺は仕事で大きなプロジェクトを任され、この頃は朝から夜遅くまでつきっきりだ。それが嫌だと言う訳ではなく、むしろ充実感がある。
また、最近始めた趣味も楽しい。彼女には理解してもらえなかったが、俺にとってはそれも大切な時間だ。
最近の俺には、彼女と過ごす時間が無い。そんな状況で、いつまでも彼女を俺に繋ぎ停めておくのは失礼な事ではないか。
そうして俺は、この結論に至ったんだ。
彼が神妙な面持ちで、私に歩み寄る。
いつもとは違うただならぬ空気を私は読まざるを得なかった。
ほんの少しの間に色々な思考が巡る。彼の口から発せられた言葉は、私の想定の中でも最悪なものだった。
どうして彼がこの事を口にしたのか、彼にとって私と過ごした6年は一体何処へ行ってしまったのか、私は彼の目を見つめ、問いただしたい気持ちでいっぱいだった。
しかし彼も思い悩んで決断したのだろう。瞳の奥には強い意思が感じられる。
私は残念な気持ちと、ほんの少し彼を応援する気持ちを込めて、「そうね・・・」と答え、視線を落とした。
彼に違う女の影が見える訳ではない。しかし、少しずつお互いの距離が離れて行っていたのは感じていた。
彼の心を奪った何物かに嫉妬を感じながらも、彼の支えになれなかった自分に情けなさを感じた。
随分長い時間を共に過ごした。傍に居るのが当たり前、結婚しなかったのがおかしい位だ。
お互いの価値観、領域、空気。一緒に過ごす時間と同じ位、そういうのを俺達は尊重した。
干渉せず、離れもせず、そんな微妙な距離感でずっと過ごして来たように思える。
もちろん、愛はあった。お互いの感情を強く感じる事もあった。
それがいつからだろうかな、そういう機会が少なくなって行ったのは。
良く言えば安定、悪く言えば物足りない、俺達の関係はそんなだった。
彼がワインを開ける。これが二人の最後の晩酌になるのだろう。
お酒が好きな彼は、いつもちびちびとやりながら、友達の話、仕事の話、趣味の話、そういうのを語ってくれた。
何処に行きたい、何がしたい、そういう提案はいつも彼から。私はいつもついていくだけ。
でも私にはそれでよかった。私は彼が居てくれればそれでいい。
刺激的な事よりも、彼との安心感が何よりも大事だった。
俺の帰りを、彼女は一人俺のアパートで待つ。文句も言わなければ、笑顔も無い。
随分退屈な思いもさせてしまっているだろうか。
多くを語らない彼女からは、なかなかそういう物は感じ取りづらい。
殊更帰りの遅い最近では、意思疎通を図る機会も減ってしまっている。
俺と過ごした時間は、彼女にとって楽しかったのだろうか。彼女にとって充実していたのだろうか。
彼のアパートで、彼の帰りを待つ私。待つのが好きな訳ではないが、私は待つのは苦にならないタイプだ。
アパートの前をスバルの車が通る度に、彼が帰って来たかと、私はまるで甘えた子犬の様に耳を立てる。
分かる。これは彼じゃない。
彼のレガシィのエンジン音が、私は自分のリズムに合っている気がして、とても好きだった。
同じスバルの車でも、彼のレガシィの音は違って感じた。
翌日、彼女の荷物をレガシィの荷室に詰め込む。
荷室の広いこの車は、仲間との釣りやキャンプでは大活躍だった。
毛布と寝袋を持ち込んで、彼女とスキー場の開場を待ったりもした。
まさかこの車に彼女の生活道具を載せる事になるとはな。
この車を購入するとき、普段意見を言わない彼女が、珍しく意見を言った。
俺は白がいいと思っていたのだが、彼女は絶対に青だと言い張った。
結局彼女の意見を通したのだか、俺も青を選んでよかったと思っている。
俺と青いレガシィは、彼女と彼女の暮らしを載せて、しばらくぶりに彼女のアパートへ向かう。
この綺麗な青に、ショールームで出会って瞬間に釘付けになった。
私はありふれた白よりも、空よりも濃く、海よりも鮮やかなこの青が絶対にこの車に似合っていると思った。
この車で、彼はいろんな所へ連れて行ってくれた。
名所も行ったしスポーツジムにも行ったし、わざわざ隣街のスーパーに買い物に行ったりもした。
時には、私のアパートに送ってもらったりもしたっけ。ほとんど、その必要はなかったけれど。
二丁目の信号を青のまま通過した。少し急げば三丁目の交差点を青のまま曲がれるんだ。
走り慣れたこの道。俺はいつもの様に加速し、青のまま三丁目の交差点をクリアした。
すると彼女が、ふふっと微笑む。何?と聞くと、そうそう、この感じ、と。
彼女も走り慣れた道を思い起こしている様だった。
二丁目から三丁目にかけて、彼はいつも一気に加速する。
何もそんな慌てなくても良いのに、といつも思っていた。
一度理由を聞いたら、このターボの加速が心地いいんだ、と言った事があった。
ホントは、信号で待たされるのが嫌いなくせに。
今日もいつもと同じく、二丁目から三丁目にかけて、レガシィの快音が響く。
今日だけは、俊敏なボクサーもおやすみしてくれればよかったのに。
彼女の荷物をアパートに降ろす。彼女の部屋にはほとんど俺の荷物はなかった。
きっと俺は、自分の部屋がものすごく広く感じるのだろう。
だが、それもすぐにも慣れるだろう。
多分。
俺の去り際、レガシィのエンジン音を聞いた彼女は、この音を聞くと、思い出しちゃうかも、と漏らした。
ボクサーサウンドを鳴らしているスバルはたくさん居る。それも、すぐに慣れるさ。多分。
彼の部屋の鍵を返す。私の部屋から彼が持って行くのはそれだけだった。
部屋には荷物が山積みになった。しばらくはこの片付けで気が紛れるかな。
でも、きっとボクサーサウンドを聞く度に、また私は耳を立てるのかしらと思う。
この車の事だけじゃなく、彼との思い出が、きっと蘇ってくるんだと思う。
俺と彼女は、すれちがいだったのかも知れない。
そのすれちがいも、もうすぐ終わる。
私達の歯車は、一体どこから狂ってしまったのかしら。
それでも、レガシィのボクサーは規則正しく快音を響かせている。
私達が出会った、あの頃の様に。




