第16話「嵐の激震作戦」
嵐の激震作戦。
イニシアティブ7連合軍が発案した、新生ハルマニエ皇国の主要軍事基地に対して傭兵達と共に強襲を行う作戦である。
このポイントは本来であれば航空機の仕様を忌避する大嵐の中を敢えて進撃する事でハルマニエ側の虚を突くという物。
本来であれば。
『こちらリマ19! 至急救援を求む! 至急救援を求む!』
連合軍は総崩れだ。
連合軍が侵攻したトリマック渓谷は特に嵐の被害が大きく、雷が絶え間なく岩肌に打ちつけている。
ここならば流石に哨戒飛行などやっていないだろうと意気揚々と突き進んだところで、突如として現れたハルマニエ皇国の戦闘機群の襲撃により、あっという間に駆逐されていった。
連合軍側は与り知らぬ事だが、元よりここには数多くの偵察隊が駐在しており、もしも航空機が通りがかれば、すぐさま近くの基地へと連絡が飛ぶように防衛線が構築されていたのだった。
結果、現在は正規軍の撤退支援の為に傭兵達が駆り出されている。
「あわわわわわわわわっ!!」
嵐の突風に煽られて、円香が振り回されている。
「た~~~す~~~け~~~て~~~!!」
「よっと……大丈夫か? お姫様」
それをトリシアが受け止める。
「あ、ありがとうございます……」
「悪いがこのまま担がせて貰うぞ、そっちの方が安定する」
「は、はい……」
「さて、ネコ。私達はどうすりゃいい? 空戦には不向きだぞ?」
その質問に対して、ネコは澱みなく答える。
「トリシアと円香は敵の通信施設を破壊して。地上からの目が無くなれば少しは網に穴を開けられる」
「わかった。ほら、行くぞ」
「はぁぁいっっ!!!」
悲鳴の様な声を上げて、トリシアと円香はガトリング砲と狙撃砲で通信施設を破壊していく。
ネコと義継、縷々達は3人固まって、ネクと義政によって伝えられた情報を元に近くで救援を求めている連合軍パイロットの救援を開始する。
『制御不能! 制御不能! 墜ちるぅぅぅ!!!』
突風で煽られて姿勢を崩しているうちに失速し、回転しながら墜ちて行く機体をネコは捉えた。
「あれを助けるよ、援護をお願い」
「了解」「わかった」
自由落下する航空機をなんとかするのはもう一度や二度じゃない。
「A1rG81amh、バスターモード」
輝ける銀の腕が光を発し、粒子によって象られた巨人の左腕を形成する。
「うわぁっ!!!」
コックピットが光に呑まれて、ずんっ! という衝撃が走る。
「落ち着いて」
「へ、な、なんだ!? 俺は死んだのか!?」
「違う。早くエンジンを再始動して、失速域を抜け出して」
「わ、わかった!」
パイロットはネコの指示に従い、機体を制御する。
ネコのバスターモードによって生み出された手に引っ張られた機体は、やがて失速域を抜け出して、再び飛び立った。
『次はエリアB-76へ向かってくれ』
義政から連絡が入る。
「わかった。義政の方は大丈夫?」
『あぁ。機体が重くてパワーがあるからな、多少の突風じゃ吹き飛ばないさ』
「流石はM2B-2。シンク達の方は?」
『あいつらはエリアF-3に向かった。正反対の位置に居るが、今の所順調だ』
「ありがとう。じゃあまた後で」
『無事に帰って来いよ』
通信を終えて、ネコ達は指定されたエリアへと飛ぶ。
そこでも連合軍側の航空機がハルマニエ皇国機に追われていて、てんやわんやしている状態だ。
「こちらはR.I.S.E、あなた達の救援に来ました」
ネコは連合軍に呼びかける。
だが……。
『こちらジャズフォック連邦第7航空中隊アスィミノーク。救援不要』
相手はこちらの申し出を不躾にも断る。
ネコは通信越しにその相手の声がどこかで聞いた事のある声だと感じた。
『なんて、嘘嘘冗談! ウチの男衆が大変不甲斐ないし、私も慣れない機体だしで困ってたのよ! 救援大歓迎大助かり!』
確か、去年の11月頃に出逢った――。
「もしかして、貴方はジグーリンさんですか?」
『あら? 私ってば有名人?』
「ネコです。11月頃に会って、貴方を母と間違えた」
『まぁ! あの子ね! まさかまた会えるなんて!』
ニーカ・アズラフィル・ジグーリン。
ネコとしては苦い記憶だが、屈強なパイロットを引き連れ、若干29歳ながらにして少佐の階級を持った女性。
『貴方ならウチの男衆を任せられるかも! 私は一足先に退却するとわね~』
そう言いながら、ネコは前方から何か機影が飛来するのを目で捉えた。
距離にして数百。
だが、その距離にして米粒ほどの大きさしか見えない。
ネコは即座に遠景カメラで確認すると、それは人だ。
見覚えのある顔。
一度、母と間違えた若き少佐が、ミーティアで空を翔けていた。
「お先に失礼~!」
ものの数秒でお互いは交差して、離れていく。
機体は形状からしてステルス機のメインフレームと思われるが、ネコの記憶に無い全く新しい型だ。
恐らくは、ジャズフォック連邦が独自に開発したミーティア。
世界へネリの手によってミーティアの設計図がばら撒かれたのは12月。
あれから数週間で、オリジナルの機体を生み出す事が出来たというのだから、彼らの技術力は恐ろしい。
「さて、任された以上は絶対に一人も墜とさせない様にしないとね」
正直、部下を放って一人だけ逃げて行く様は尊敬出来ないが、それでも隊員の命を預けられた以上は果たさなければならない。
そうネコは意気込んでレーダーを確認する。
まずは4機に狙われている機体を助けに入る事を決める。
ニーカは不甲斐ないと話したが、悪天候下で4機に追われながらも未だ健在なのは流石の練度としか言いようがない。
眼下に広がり、黒煙を上げる機体も、飛行中隊の残存数からして彼らが墜としたものだろう。
「他のエリアよりはラクそうだ」
ネコはA1rG81amhのミサイルモードで、完全にアスィミノークの隊員に夢中になっていた二機を同時に撃墜する。
『な、なんだ!?』
思わず、誰に言うでもなく言葉を上げて振り返るハルマニエ皇国のパイロット。
慌てて視線を前に戻すとアスィミノーク機の姿は無い。
それを認識した瞬間、ぶぅぅぅぅぅうぅぅぅぅうぅぅぅぅという断続的な銃声の下、機関砲の直径20mmの銃弾がハルマニエ皇国機の翼を蜂の巣にする。
『被弾した! 被弾した!』
ハルマニエ皇国機が悲鳴を上げると同時に、突風が皇国機に吹き付ける。
その風によって、風前の灯火となっていた翼はついに折れて、きりもみ回転を起こしながら皇国機は墜落していた。
『貴様――――ぐわっ!』
残る一機が憤慨しながらアスィミノーク機へ向けて旋回すると、その横っ腹へ向けてミサイルが直撃する。
そして、続けざまに雷の様に弾ける音がする。
更なる衝撃を受けて、機体は吹き飛ばされていく。
目を回しながら、機体を確認すると、翼は綺麗さっぱりに切断されていた。
『こちらアスィミノーク2、救援感謝する』
「どうも。早く撤退を」
『わかった。仲間をよろしく頼む』
ニーカが飛んだ方へ、アスィミノーク2も飛翔していくのを見届けて、ネコは引き続きアスィミノーク隊の救援を行う。
ネコの見立て通り、仕事は比較的ラクなものだった。
ネコ達空猫小隊が何かしら攻撃を行って敵機に隙を生み出すと、それを突いてアスィミノーク隊は皇国機を撃墜していく。
卓越した練度だ。
瞬く間にエリアB-76の敵機は一掃されて、アスィミノーク隊の撤退は完了した。
『凄いスピードだな』
「ボク達だけの力じゃないよ、後一手が足りないだけで、練度が凄い高かったお陰。シンク達の方はどう?」
『流石に連合軍全てがあれだけの練度を持っている訳じゃない様だ。お守りに駆られて数の減っていくスピードは遅いな』
「距離が距離だから、助けに行く頃には終わってそうだな。仕方ない、次のエリアへ行こう」
『わかった。次は……いや、待て』
その時、義政の声色に緊張が走る。
『敵の援軍だ。速いぞ……連合軍が接敵したが……まずいな、接敵して数秒もかからず墜とされた』
「なるほど、向こうもエースを出してきた様だ」
『お前達とも距離が近い。どうする?』
「当然、撃退する。撤退支援が今回の任務だからね」
『気を付けろよ』
「分かってる」
だが、ネコはエースと持ち上げられて鼻が高くなっていたと、後悔する事になった。




