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流星のネコ  作者: 双見トート
第四章・R.I.S.E編「戌亥を跨ぎ、子の刻へ」
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第9話「魂の器」

 オペレーション・ジブリールは完了した。



 アムリッツァ内の主な抵抗勢力はほとんどは無力化され、僅かに残る残党が未だに抵抗を続けているが、予備戦力との交代してすぐに鎮圧されるだろう。


 この紛争に於けるR.I.S.Eに残った仕事は、捕縛したアムリッツァ将校をカミツレの閣僚達に引き渡し終戦の合意を結ぶ手伝いをする事。


 これはR.I.S.Eというよりはネリによって引き抜かれた義久を始めとして政治能力を持った元イニシアティブ7の閣僚・政治家が行う仕事だ。


 兵士達はというと、作戦に参加していた者達は2日間の哨戒作戦。その後は2週間の休暇が待っている。


 参加していなかった兵士達はリソム市民への食事や寝床の提供に割り当てられて仮設住宅の建設に奔走している。


 

 ネコは、カイネ列島に建設された仮設宿舎に戻り休息を取っていた。


「今頃、尋問している頃か……」


 ベッドに横たわりながら一人呟く。


 

 阿羅志岐は即座にネリの元へ連れて行かれて、彼女が直々に尋問を執り行う。


 あれだけ殺意に呑まれていたというのに、今では関心さえ失われようとしていた。


「本当に……わかりやすい答えに縋っていただけなのかもしれないな……」


 虚無感に襲われながら、ネコはスマホを取り出して、ネクとの会話アプリを起動する。


「ネク、母さんに何か言われてない?」


『ええ。ちょうど伝言があります』


「伝言?」


 ネクの言葉を聞いて、上体を起こす。


『ただそのまま伝える訳ではありません。その……ネリ博士は口下手ですから、私が嚙み砕いてネコに伝わりやすい様に話せと』


「なにそれ。まぁいいや。話して」


『はい。良い悪いの両極端な考え方はやめて欲しいとの事です』


「両極端? 白黒ハッキリつける事がダメなの?」


『アラシギという男へ復讐しようとした事についての言及でしょう』


「復讐は何も産まない……って言いたいの?」


『いいえ。復讐をする事で貴方が救われるなら存分にやって欲しいそうです』


「何それ。じゃあなんで阿羅志岐を殺す事は止めたの?」


『貴方は復讐を正当化させる為に悪い人を裁くという大義名分を使っていた。それが良くないとの事です』


「復讐を正当化ね……」


『悪人を裁くという個人の私見に酔った行動に正当性はありません。ましてや本来見落としてはならないものを見落とす原因にもなります』


「見落としてはいけないもの?」


『はい。複数で多角的に物を見て、故意なのか事故なのか、誰の責任なのか、誰かに命令されたのか、それらの情報を加味した上で、最大公約数的な裁きを下す。それが人間の積み上げて来た法というものです』


「母さんも阿羅志岐と似た事を言うな……」


『本当は貴方にネリ博士や隆文社長、祖父の隆臣氏などが伝えなければいけなかった事、というコメントを残しています』


「確かにボクはそういう情操教育というものを家族から受けていなかったけどさ」


『今からでも遅くはないですよ』


「そうかな。他には何かある?」


『お友達……義継さん達を大事にして、との事です』


「それはわかってるよ」

 

 全て聞き終えると、ネコはまたベッドに身を投げ出して仮眠を取った。



 同じ頃、尋問室にて。


「久しぶりですね、阿羅志岐博士」


「あぁ、何年ぶりだ?」


「約8年です」


「博士キャラってのは何日何時間何秒までキッチリ言うもんじゃねーの」


「私、時間にはルーズですから。というか、結構老けましたね」


「お前が変わらなさ過ぎるんだ。まだ20代と言っても通るだろ」


「お世辞をどうも」


 ネリは手錠を嵌められた阿羅志岐の前に座り、ペンをくるくると回す。


「さて、尋問を始めます。私が何を訊きたいのか察しはついているんでしょう?」


「影のクライアント……というよりは、博士の推理を補填する証拠が欲しい。だろう?」


「ええ、その通りです。断片的でもいいのですが」


「物量とサイズがサイズだからな。流石のクライアントもルートは消し切れねぇ」


「それは良かった」


「流通ルートは全部話す。今回のミーティアも影のクライアントからのルートだが……やっこさん、焦り過ぎたな」


「ルートがバレても欲しいデータがあったという事でしょう。それだけミーティアによる軍隊というのはイニシアティブになります」


「俺の今後の扱いはどうなる?」


「貴方には正当な裁きを下る様に国際裁判にかけられます」


「だろうな」


「ですが今の時期に貴方の身柄を国際的な機関に明け渡したら暗殺されるのは間違いないでしょう」


「という事は、それまで俺を保護すると?」


「元開発スタッフのよしみという事もありますが……何よりネコの教育に悪いですから」


「あぁ……あの子の教育はホントにどうなってんだ?」


「ネコから逃げ出した私には、何も言う資格がありません……」


「これという芯が無いのはどうかと思うがね」


「私はまだマシだと思います」


「その心は?」


「そもそも人間というのは贔屓する生き物です。こっちは良いけど、あっちはダメ。そうやって身内には甘い気質があるからコミュニティを、家族という存在を他者より優先し種を遺す事が出来ます」


「だから、ダブルスタンダードで良いと?」


「両極端でもそれが多数派(マジョリティ)であるなら良い。少数派(マイノリティ)の苦しみは背負わせたくない」


「あんたがあの子の親だからか? それとも、ラースタチュカ家の人間だったからか?」


「……両方ですね。ラースタチュカ家はあなたの好む一本筋の通った家系。でも、そんな風に聞こえは良くても、結局は身内や友人、自分が所属するコミュニティですら自らの目的を阻むなら容赦のない一族です」


「哀しい家系だな」


「そう言えるのは、貴方がHALの産まれだからですね。でも、真っ当な感性だと思います。邪魔者は排除すれば良いという時代は終わったんですから」


「変わったな、お前も」


「あなた程ではないですよ。どうして武器商人に?」


「ここの傭兵と同じだよ。成果の出る研究に投資して、成果の出ない研究の投資はカットするっていう方針に変わってから、あの国にとって"成果の出ない研究”に明け暮れてた俺はクビにされた」


「それで例のクライアントに声をかけられたと」


「当時は俺も若くてね。金と設備に釣られてホイホイついて行ったらこのザマだ」


「お互い、老けましたね」


「ネコには何も話さないのか?」


「はい。もし話せばあの子も命を狙われます。それに、贈り物はさり気なく恩着せがましさも感じさせず。隆文さんの家に嫁いで学んだ事です」


「…………あの頃は良かったな」


「その発言、おじさん臭いですよ」


「悪かったな」




 その晩、ネコはネルを呼びつけた。


『珍しいね、君から私を呼ぶのは』


「訊きたい事がある。殺戮思考(マーダーシンク)についてだ」


『なるほど、確かに私に訊くのが一番だね』


 そういうと、ベッドに腰掛けるネコの隣にネルは座った。


『どうして訊きたくなったのかな?』


「今日の作戦行動中、ボクは殺戮思考を発動していた。その最中、撃墜された機体が民兵部隊に向かって落下しているのを見てこう思った"どうでもいい"と」


『けど、君の身体は民兵部隊を守る為に動いたばかりか、その機体のパイロットも救う事を選んだ』


「思考と身体が乖離している。次に同じ事が起きて、ボクが撃墜されると困る。だから予防したい」


『そうだね。君の懸念は尤もだ』


 顎に手を当てて、ネルは数秒考えこむフリをする。


 それを見て、ネコは不機嫌そうに頬杖をついて眺めている。


『最も簡単な予防策は長時間の殺戮思考を使用しない事だ。君は意識的にしろ無意識的にしろ、殺戮思考を使いすぎている』


「使いすぎている? 敵を倒すのに躊躇しない為の殺戮思考なんでしょ?」


『あぁ。けれど、それは飽くまでも表向き……いや、生物的な理由に過ぎない』


「生物的な理由……って事は、またファンタジックな話?」


 顔をしかめて、ネルの顔を睨む。


 そんなネコを見て、彼はおどけたように笑った。


『そう邪険にしないでくれよ。結構大事な話なんだから』


「今のところ貴方のファンタジックな話で参考になったのはRS粒子の件のみだ」


『まぁ……今回も飽くまでも覚えておくと予防になるという話なんだけど……要点のみ話せと言わないよね?』


 そう言われて、深くため息を吐くネコだった。


「わかった。今日は好きに話して」


『ありがとう……さて、まず人間の魂の器について話そう』


「魂の器?」


『ああ。人の身体は器に過ぎず、それを満たすのが魂』


「これまたスピリチュアルな」


『けれど、私はこうして君の前にいる。それは魂という物が存在する証だ』


「はいはい、それで? その器というのがどう殺戮思考と関係あるの?」


『そうだね。器を満たす魂を構成するのは何か。それは他者との協調性、他者への共感性。つまりは思いやりだね』


「はぁ?」


『知性体は単一では知性体になりえない。複数の共同体を構成して初めてお互いを認識し、知性体として構成される。だから魂とは他者と繋がろうという意思で構成されるんだ』


「哲学的だ」


『さて、ここで君が殺戮思考に対する一番の疑問を言い当てよう』


「どうぞ?」


『それは、最初からラースタチュカ家に産まれる人間全てが他者への共感性を捨てていればいい。限定的に切り捨てる意味が無いと』


「……当たってる。一時的にサイコパスになるだけなら最初からサイコパスになる方が速いでしょ」


『ここで出てくるのが魂の器だ。他者を思いやる心が器を満たすのなら、他者への共感性が無い存在の器は……空虚だ』


「……サイコパスは魂の器とやらが空っぽと言いたい訳?」


『ああ。それはもう……全く別の魂が憑りつく事ができる程に』


「でも、それは……」


『既に君は体験している筈だ。リボーンズ・プロトコルによって、プログラムの中に移された他者の魂によって、身体の制御を明け渡した体験を』


「…………」


 ネコは絶句するしかなかった。


 確かに、模擬戦大会のあの日、トリシアに打ち勝つ為にリボーンズ・プロトコルを発動した。


 そして、ネコの精神はあの情報の渦に呑まれ、身体の制御を一時的に機械に奪われた。


 あるいは、目の前の曾祖父がこうして目の前に現れるという事さえも……。


『殺戮思考は、魂を構成する他者を思いやる心を切り離す。そして、切り離した部分は戻らず、隙間が出来る。リボーンズ・プロトコルはその隙間に入り込んだんだよ』


「……じゃあ、殺戮思考の本当の価値って……」




『戦士として戦いながら器を他者に明け渡さない為。それが我々の遺伝子に刻まれた魂の防護壁だ』


 正直、半信半疑だ。


 だが、それ以上に、納得がいく。


『我が家系ではネリの殺戮思考は不完全と言われててね。完全に切り離せないから戦士になりきれないと』


「けど、貴方が言った事がその通りなら……」


『魂を明け渡す隙間を産まず、かと言って容赦を一時的に抑える……真に完成された殺戮思考だ』


「なるほどね……」



 それだけ訊くとネコはベッドから降りて、簡易冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出した。


 一口、水を飲むと最後の質問を投げかける。



「殺戮思考でも魂の器に隙間が出来るなら、後天的なサイコパス……ソシオパスはどうなる?」


『あぁ。とても空虚な器になっている事だろう。縷々という少女、彼女には気を付けたまえ。アレはいつ他人の魂が入り込んでも不思議ではない。まぁ、君が負ける程の存在ではないけれどね』


「……質問は以上です。今日はもう寝るから消えていいよ」


『今度は私も色々と根掘り葉掘りインタビューをしてみたいな』


「絶対に嫌だ」


『残念。それじゃあ、またね』



 そうして、ネルの青白い半透明な身体は粒子となって消えた。


「縷々が……乗っ取られる……?」


 義継に気をつけろ、と言われたのも、まだ呑み込めないでいるというのに。


 要らない事を訊いてしまったと後悔するのは、既に遅かった。



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