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流星のネコ  作者: 双見トート
第四章・R.I.S.E編「戌亥を跨ぎ、子の刻へ」
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第四章プロローグ「Re:この死にかけた世界で」

この回は4章からの雰囲気という事を知ってもらう為の回になります

 この世界は死にかけている。


 飛来した無数の隕石により主要国家の多くが混乱に陥り、小国は明日の身も知れないまま誰かが悪人だと決めつけ合って、殺し合う。


 水、食べ物、土地。


 どこにもそんな物、ないというのに。


 あるのは炎。


 身を焼き尽くし、やがてこの世界を覆いつくそうという炎だけだ。


 高度10000m。


 凍えそうなこの空でさえ、その炎は立ち昇っている。


『こちら、航空管制機(AWACS)ブラックスワン。傭兵共、仕事の時間だ』


 通信が入る。


『俺達の仕事はこの先で飛んでいる爆撃機どもを一機もクライアント様の土地に到達させない事だ。

 爆撃機一機につき20万ディラ。護衛戦闘機は1万ディラだ』


『一機20万!お偉方は相当焦っていると見えるな、ハハハハ!』


 お調子者の別のパイロットが笑った。


 機体も揃えていない、まともに編隊飛行も出来ない。


 そんな俺達は死肉漁り(ヴァルチャー)と蔑まれる、国に切り捨てられた戦闘機乗り。

 

『それではいつも通りお前らはこれよりドッペル小隊だ。稼ぎ順にナンバーを割り振る。よく聞け』


 ここで言うドッペルとは、ドッペルゲンガーではない。


 ドッペルゾルドナー。


 かつて、ミシア大陸で名を馳せた高給取りの傭兵。


 彼らはその高い報酬を代償に、どの兵士よりも先に敵陣へ切り込み死んでいった。

 

 そして、この現代に於いても、同じ様な傭兵たちが居る。


 敵のスコードロンへ向かって、誰よりも先に突っ込んでかき回して行く為の切り込み部隊(ドッペルゾルドナー)


 そうしたらいつの間にか、そいつらに当てる臨時のチーム名も、俗称も、ドッペルになっていた。

 

『それではまずドッペル1……ほう、驚いた。今回はシルフィが1じゃないのか』


 シルフィ。俺が傭兵をやる上で登録したTACネームだ。


「こちらシルフィ。御託は良い、さっさと番号振りをやれ」


『ブラックスワン了解。では今日のドッペル1はシンク。お前だ』


 その通信を聞いて先頭に出た赤色に染まった機体を見る。


 シンク……思考(Think)でも同期(Sync)でもなく、HALの言葉で真紅か。


『そしてドッペル2、シルフィ。シンクと仲良くペアを組んで飛べよ』


『まさかシルフィが2番機に墜とされる日が来るとはよォ! そのうち4番機まで転落するんじゃァねぇのか? アギャハハハハッ!』


『ブラックスワンからケイン。そんなに四番機が好きか?』


『アァ?』


『ならば喜べ、今日はお前が四番機だ』


『なんだとおぉぉぉ!?』


 まるで、治安の悪い酒場でも見ているような気分だ。


 そんなノリで7機全ての番号が割り振られて、ようやく広域レーダーが目標の爆撃機と護衛戦闘機を捉える。


『さぁ、ゴロツキ共。交戦開始予定ポイントまであと100秒だ』


 俺は、ブラックスワンの声を聴き流しながら、シンクの横に並ぶ。


「ドッペル2からドッペル1へ。稼ぎ頭はお前の様だが、今日で塗り替えさせて貰うぞ」


 通信を受けて、シンクの頭が一瞬こちらに向くが、すぐに正面へ戻る。


 そして、わずかな沈黙の後に返答が返ってくる。


『それで構わない。爆撃機は全部墜としていい。護衛戦闘機は俺が全て片付ける』

 

 大言壮語……とは言い切れない気迫があった。


 そして、今日彼がドッペル1なのが、何よりも実績なのだろう。


『アギャハハハハッ! じゃあ遠慮なく稼がせて貰うぜ、臨時隊長殿ぅ?』


 ケインのヤジには何も答えない。


 やがて、爆撃機も目視で捉えられる距離に来た。


 向こうも同じようで、戦闘機が散開し始める。


『さぁ、交戦開始まで10秒』


 操縦桿を握る手に力がこもる。何度経験しても、この瞬間だけは慣れない。


『3、2、1……ドッペルチーム、交戦(エンゲージ)!』


 同時に、シンクが前に飛び出した。


 彼は有言実行とばかりに、護衛戦闘機4機の群れに飛び込んでいく。


『1分で落とされるに賭けるね』


 ケインが言う。


「なら、俺は逆に全部落とす方へ1万ディラ賭けよう」


『1万ディラありがとなぁ! シルフィよォ!』


 彼ならばやってみせる。それだけのオーラが感じ取れた。


 そして、一分後。


 彼は一度もロックオンされる事なく4機を落としてみせた。


『流石と言いたいが、爆撃機を墜とせなければ護衛戦闘機を落としても無意味だぞ?ドッペル1』


『わかっている』


 そうは言いながらも、彼は護衛戦闘機を墜とすのをやめない。


 それも、敢えて連中の鼻っ面を掠めるように前へ飛び込んでは誘い込んで爆撃機から離れていく。


『くそ! 後ろにつかれた!』


 ケインの悲鳴が上がる。


『自分でなんとかしろよ、雑魚がよぉ!』


 ドッペル3を割り当てられた男が笑いながら爆撃機へ向けてミサイルを撃つ。


『俺が行く』


 シンクが静かにそう口にすると、奴は3機の包囲網をくぐり抜けて、ケインの後ろへ着いた敵機を追いかける。


『ロック、FOX2』


 わずかな時間だった。


 ケインの下へ駆けつけたかと思った矢先にはもう既にシンクは敵機を捉えていた。


 ミサイルは敵機のエンジンを破壊して、見事撃墜してみせた。


『助けろなんて言ってねぇ!』


 ケインが負け惜しみを叫ぶもシンクはどこ吹く風。そのまま反転して自分を慌てて追いかけてきた3機に相対する。


 敵は自分から向かってくると思っていなかったのか、左へ旋回して逃げる。


 だが、シンクは淀みなく旋回した方へ機首を向けながらミサイルを発射。


 発射したミサイルは機首へと当たり、機体から捥げていく。

 


 今のところ俺の稼ぎは爆撃3機……60万ディラか。 

 

 現時点で、奴の撃墜数は護衛戦闘機6機。わずか6万ディラ。


「これで俺の方が稼いだ……なんて言えないな」


 俺は呟きながら機首をシンクが飛ぶ方へ向ける。


「ドッペル2からドッペルチーム各機へ。シンクを援護しつつ、俺も護衛戦闘機を叩く。ボーナスはくれてやる」

 

 俺の通信に、その他のドッペルチームは歓声を上げる。

 

 シンクだけは何も答えない。


 お節介を焼いて、シンクの側を飛んで分かった事がある。


 奴は敢えて敵の砲火へ飛ぶ命知らず。

 だが、そのお陰で他の連中には向かない。

 

 所謂、自己犠牲の精神だ。


 神という奴はそんな自己犠牲の塊みたいな奴に天性の戦闘機パイロットの腕前を与えたらしい。


 俺の援護など、必要ないと言わんばかりに奴は敵の目と目の合間をすり抜ける様に飛ぶ。


 敵からしたらたまったものではない。


 何人もの目で追いかけようと死角を潰しているのにその潰した筈の死角に飛び込んでは有り得ないような速さで後ろについて撃墜してくる。


 数が減ればそれだけ死角が増えて、ドンドン不利になっていく。


 現に、奴は交戦が始まって一度もロックオンをされていない。


 どういう事なんだ。


『シンク、ミサイルの残弾1だ』


「どうする? 俺と交代するか?」


 戦果としては十分だ。


 護衛戦闘機24機いた内の16機をアイツ一人で撃ち落としたっていうんだから。


 敵もシンクを追えば逆に数が減ると学んだらしく残り1となった爆撃機を覆う様に固まっている。

 

『いや、構わない。このまま行く』 

 

 彼は躊躇いなく敵の戦闘機群へと突っ込んでいった。


「頭のネジが数本外れているのか?」 


 当然、展開していた敵機はシンク一機を囲い込むように追い立てる。


 如何に奴といえど、この数は難しいのか振り切れないでいる。


 それでもロックオンだけは避けるというのだから、わけがわからない。


 機体も相当改造されているようだが、奴自身があの無茶苦茶な機動に耐えられる身体をしているというわけか。


『シンクが囮になっている間にやっちまえ!』


 ケインがしゃしゃり出るが、しかし、また護衛戦闘機に捕まった。


 レベルが違い過ぎる。


 他のドッペルはただの命知らずで、雑魚だ。


 護衛戦闘機一機に食いつかれただけでコレだ。


 よくもまぁ今日まで生きて来たと言える。


 それに対して、シンクはなんだ。


 本当に人間なのか?


 もし、このまま俺が援護に向かわなければ、正体は見えるのか?


『――ドッペル2』


 その時、そのシンクから俺に向けて通信が入る。


『一機だけ、任せていいか?』


 初めて、俺に援護を求める声が来た。


 だが、それは他の連中が求める助けの声ではない。


 俺を、一人のパイロットとして仕事を任せたい。


 そう言わんばかりにの声だ。


「一機と言わず、全部喰っちまうぞ?」

 

 そう言いながら、俺はシンクを追い立てる5機の内、一機に狙いをつける。


 シンクに夢中になって、俺が真後ろに着いてるのに気づいていない。


 こいつらも、確か雑魚だったな?


「機銃掃射」


 俺が静かに引き金を引くと、断続的な銃声と共に無数の銃弾が射出されて目の前の敵機を破壊していく。


 被弾して初めて気づいたのか、慌てて旋回しようとするが、それが逆によろしくない。


 旋回によって機体が振り回されて産まれた遠心力が、蜂の巣になって捥げようとした翼に最後のトドメとなって吹き飛んでいった。


 バランスを崩したところへ追撃の射撃。


 エンジンは赤く燃え上がり、空中で爆散していった。


 シンクの方を見ると、スプリットSで縦方向に反転してそのまま一機をヘッドオンで撃墜。


 そのまま爆撃機の方へと飛び込んでいくのが見えた。


『畜生! シンクに爆撃機が取られちまう!』


 いいや、その程度じゃ済まない。


 また何かをやる気だ。


 爆撃機に向かわせまいと必死にシンクを追いかけていく。


 爆撃機までの距離はわずか500m。


『ドッペル1! ロックされている!』


 ブラックスワンから、初めてドッペル1への警告が伝わった次の瞬間。


 敵の戦闘機と爆撃機が正面衝突を起こして、仲良く墜ちて行った。


 そして、シンクを追い越してしまった敵機のケツを追って、奴は最後のミサイルを放った。







 待ってくれ。




 状況を整理しよう。



 奴は、爆撃機の正面へ向かって真っすぐに向かっていった。


 他の連中は全て、シンクが無理矢理に爆撃機を撃墜しようと飛んでいると思い込んでいた。それは敵も同じだ。



 だから、爆撃機、シンク、敵戦闘機は真っすぐ一つの軸に重なっていた。





 そこで……。






 あぁ、なんてこった畜生! 


 奴はとんだ天才だ!

 

 いや、鬼才だ!


 クルビット……その場で縦方向に宙返りをやるジャズフォックックの曲芸を飛行をあの状況でやりやがった。


 そして、その宙返りの遠心力を載せ、増槽を切り離して……真後ろでロックオンを取り勝利を確信した奴らの顔面にぶつけたんだ!


 あとはコックピットを増槽で潰された機体はそのまま敵の爆撃機に突っ込んでどちらも墜落……。


 最後の爆撃機が墜とされた事で、作戦失敗と判断した残りの護衛戦闘機は撤退を開始した。


『い、今のは……』


「事故と言えば事故だが、それを誘引したのはシンクだ」


 俺は、シンクがやった事を全員に向けて説明する。

 

 誰もが信じられないといった空気だが、彼の機体から増槽が無い事、そして、何より彼だけが無事である事が物語っている。


『少なくとも今の戦闘機と爆撃機はシンクのカウントにする。それでいいな?』


 ブラックスワンの発言に、異議を唱える者はいなかった。


「こちらシルフィ。流石は俺より稼いできた人間だな。どこで鍛えた?」


 帰り路で、俺は交戦前同様にシンクの隣につけて、声をかける。


 そして、彼もまた同じ様に少し俺の方を向いて、また正面に視線を戻す。


『俺の事は良い。それより、全員が無事で良かった』


「ハッ、そうかよ。けど、地上に戻ったら根掘り葉掘り聞かせて貰うぞ――」


 笑いながら、俺は少し減速して奴の少し右後ろに着く。


「――相棒」


 俺にとって、その切り込み隊長は、誰よりも高潔に見えた。


 願わくば、その高潔な身がこの死にかけた世界を覆う炎に焼かれない事を祈る。



 ―――――――無理、だろうがな。

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