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流星のネコ  作者: 双見トート
第三章学園編「春は遠く、夜は始まる」
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第14話「3人の決意」

まだまだアムリッツァ軍の襲撃は続きます。今回はその準備回

 かつての大戦で、HAL……旧遥大帝国はグリーデ大海を隔てたリヴァルツァ合衆国へ宣戦布告を行った。


 それと同時に、主要軍港へ軍艦と航空機による強襲を行い、先制攻撃を取る事に成功する。



 それから約80年。



 アムリッツァによって同じ事を今、HALは行われている。


 不幸中の幸いであったのは、カミツレ学園襲撃によりアムリッツァの奇襲に対して全航空基地の戦闘機が迎撃に上がれた事であった。


 しかし、アムリッツァ総力を上げた攻勢は軍事基地に留まらず、民間人が従事する筈の工業地帯にも及ぶ。 


 その中には、キサラギと有坂重工の持つ工場もターゲットに含まれていた。


 そして、ネコにとって最大の不幸は丁度父親である有坂隆文がミーティアの各種パーツを製造する現場へ視察に訪れていた事。


 病院の前で義継はネコに苦々しい表情を浮かべながら説明を続ける。


「ハッキリ言って迎撃に上がる戦闘機が足りない。隆文氏が居る工場にも何機か向かってるだろうがHALの防空レーダー網が捉えた数から見た戦力比は10対1でこちらが不利だ」


「一体、アムリッツァのどこにそんな戦闘機を揃える力があったんだ……」


「知らん。これに関しては神在月も掴めん。一つ確かな事は、やはり今回も環グリーデ連盟国の救援は望めない事だ」


「そんな……! リヴァルツァのグリューネ沖艦隊は!?」


「確かにあの場所からなら間に合うだろうな……だが、それでも望めない」


「どうして?」


「HALには手を出さない。先進国各位が持つ暗黙の了解だよ」


「なんだよそれ……」


「気の毒だが、ミーティアのせいと言える。アレがあるから、どこの国もHALに取り入ろうとするのを互いに牽制しあってる。それが10年続いて今や全ての国が不干渉で波風立てない様にしているってワケだ」


「なんで……なんでそんな事に……」


 力なくネコは地に伏せながら嗚咽交じりの声を上げる。


 それを見て、義継は隣でしゃがみ込んで、背中を擦りながら話を続けた。


「……ネコ、私を人でなしと罵って断っても構わない。だが、私の頼みを聞いてくれるか?」


「……なに?」


「まだ戦えるなら、君も戦ってくれ」


「無理だよ……っ!」


 だんっ、とネコは地面を殴りつける。


 そして、ネコはすすり泣きながら声でぽつりぽつりと紡ぐ。


「戦闘機をどうにかしろって言われて、ボクは結局格納庫への特攻を防げなかった……っ!」


 ネコの涙と皮膚の切れた拳の血が大地に滲んでいく。

 

 それを霞んだ目で見つめながら、ネコはどれだけ自分が惰弱で……そして過ちを犯したのかを滔々と語っていく。


「その結果11人だ……っ! 11人も死なせてしまった……っ! 怪我をした人ならもっと居る……っ!」


 誰が悪いのか、誰の責任なのか。それが分からないから、ネコは自分を責め続けるしかないのだ。


「ボクが弱いから……ボクが何もできないから……っ! うぅ……っ! 佳奈の事だって、みんなの事だって……全部……全部ボクのせいなんだよ……っ!」


 義継は静かにそれを聞くと、震えるネコの背中に手を添えたままで……それでも自分の人間としての感情を殺し、ネコに告げる。


「…………まだ11人だ」


「え……?」


「まだ11人なんだ。これからもっと増える。兵士が戦って死ぬんじゃない。夜間だって製造ラインを止める訳には行かないからっていつも通り働きに出た――カミツレに通っていた少女達と同じ様に日常を生きている何万人もの人間が――狙われているんだよ……っ!」


「ボクには……ボクには関係無いよ……無理だよ……背負えないよ、大きなもの……」


「あぁ、そうだ……関係無い。赤の他人だ。だからこれは私からの単なるお願いで、軍人の命令じゃない……君が何か大きな物を抱える必要なんてない……」


「……ずるいよ、そういう言い方」


「すまないな……でも、私はやっぱり神在月家の人間で、この国を護れる手段はなんでも利用したいんだ……まったく、血の通ってない機械みたいだな、私は」


 嘲るように、義継は自分を笑う。


 そうと生きろと言われたから。そうと生きろと育てられたから。


 だから、それしか考えれない。

 

 ネコもそれは理解していた。彼女は天地がひっくり返っても考えを改められない程に染み付いていて……だけれど、彼女が自分に向けてこんな事を言いたくない事も理解できた。


 二人の間に、暫くの沈黙が産まれた。


 その時間の中で、ネコの脳裏に過るのは父親の顔ではなく……父や祖父に連れられて訪れた全国各地の工場や支社……そこで働く人達。


 彼らには彼らの人生があって、そして、その人生を……あるいは家族を支える為に有坂重工で働く事を選んだ。


 その信頼に応える義務が我々にはあるんだと、隆文も隆臣も真っすぐな目でネコに語っていた。


 阿羅志岐はネコを指して、ラースタチュカの血筋だと言った。それは事実であろう。


 だが同時に、有坂の血筋でもあるのだ。


「一つ、条件がある……」


「なんだ?」


「ボクは顔を知らない誰かの為に戦えない……だから……ボクが向かうのは有坂重工管轄地区の……梢江(こずえ)工業地帯だ」


「……ありがとう」


 そういうと、義継はネコの手を引いて立ち上がらせる。


「いつかの時も……こうやって立ち上がらせてくれたっけ……」


「あの時から君を利用してばっかだな。私は」


 そう言って握手する手に、また別の誰かの手が置かれる。

 

 二人はその手の主を見て目を丸くした。


「トリシア……」


「私も混ぜろよ」


 義継とネコは、トリシアの顔を見ながら、少しだけ笑った。


「珍しい、君がこういうのに首を突っ込むのは」


「有坂の社長には両手両足の恩があるからな。それを見捨てるほど、私は冷めちゃいない」


「心強いよ、トリシア」


 浜櫛が寄越した迎えのジープに乗りながら、義継はネコに作戦の確認をする。


「カミツレから梢江まで250kmはある。現地に向かう手筈を訊きたい」


「一人だったら困っていたところだけど、今回はトリシアが居る。だから色々助けて貰うよ」


「私にか?」


「ミーティア用追加ジェット推進装置(AJPD)が納入されたのを確認してる。これならミーティア自身の推力と合わせて簡単に4000km/hに届くよ」


「あぁ……一応目には通したが、あんな物を搭載したら航空戦なんか出来ないだろう?」


「だから、トリシアの出番だ」


「あぁ~……ミリオタ(ネコ)、私にも分かるように言え」


「トリシアはM2A-10にAJPDを搭載してボクを抱えて現地まで運ぶんだ。

 断熱圧縮に対するRSフィールドのコントロールはボクがするから、全速力で飛んで欲しい」 


「単純だな。現地に着いた後は?」


「カミツレの時と同じ様にボクが航空戦力を相手にする。トリシアは陸軍海軍の火力支援を行って」


「任された」


「よし、カミツレに残っている作業員に今のオーダーを転送した。武装の注文はあるか?」


「右腕にはマウント式12.7mmチェーンガン。左手には40mmミサイルランチャーを。今回はRSフィールドで4000km/hの断熱圧縮に耐える為に沢山RS粒子を消費するから増槽は忘れずに。トリシアは注文ある?」


「私は武器に詳しく無い。ネコに任せるぞ」


「じゃあついでにボクがオーダーするね。基本的な武装は模擬戦大会の時と同じだ。主翼上部に両門29年式76mmライフル砲。両手にはGAE―34。ライフル砲に装填している弾に注文がある」


 こほん、と咳き込み、それに気づいたジープの運転手が水の入ったペットボトルを渡す。


 ネコはそれを多めに一口飲むとまた早口でまくし立てる様に武装のオーダーを続ける。


「模擬戦大会の時は近接信管だったけれど、今回はバンカーバスター弾を装填して欲しいんだ」


「説明を頼む」


「バンカーバスター弾は元になった航空機搭載爆弾のバンカーバスターと一緒でコンクリート壁などの障壁を貫通して内部の目標に対しダメージを与える砲弾だ。HALの建物は鉄筋コンクリートばっかりだからね」


「なるほど、連中が建物に隠れたら、その建物ごとぶち抜けってこったな」


「そういう事。それじゃあ、今の通りにお願いね」

 


 それから15分後、ネコとトリシアは全ての準備を終えて滑走路を飛び立った。


「AJPD点火のカウントダウンは要るか?」


「要らない。AJPD投下タイミングと分離の時だけカウント点呼をするね」


「分かった」


 返事を聞いて、ネコは背面飛行に移行する。


 ミーティアがミーティアを輸送する為の方法は未だコレという物が確立されていない。


 故に苦肉の策でネコはトリシアの身体にしがみつく様にして抱きついて、トリシアもネコの脇の下から腕を通し、両腕を組んでガッチリとホールドする。


「むぐぐぅ……」


 その体勢の為、どうしてもネコはトリシアの胸に顔を押し付ける形になってしまうが、気にしていられない。


「なんなら、私の胸の中で泣いていいんだぞ?」


「やだ」


「傷つくなぁ」


 やがて、きぃぃぃぃぃぃんと甲高い音を上げながら、AJPDはタービンからファンローターまで高熱を発しながら高速回転を始める。


 それに伴ってネコとトリシアの機体はぐんぐんと速度が上がって行き、わずか2秒で音速域へ到達してパンッ! と一瞬RSフィールドが瞬く。


 それを頭が認識した頃にはマッハ1.5まで到達していた。


「アフターバーナーを点火する!」


「了解!」


 トリシアの点呼と共に、AJPDのノズルから蒼い焔が噴射されて速度は爆発的に急上昇。


 轟音と揺れが襲いながらも、それを構わずに二人は突き進む。


「RSフィールド、最大出力!」


 彼らを覆う球形のRSフィールドは流星の如き輝きを発して、地上に居る人間達にまるで隕石がまた飛来したのかと錯覚させる。


「AJPD投下3秒前! ……2……1……投下!」


 がこん、という音と共にAJPDがトリシアの機体から分離。


 トリシアは僅かに機体を上昇させてそれとぶつからない様に進路を取る。


 投棄されてタービンの回転を止めたAJPDはそのまま速度を受け、風に煽られながらも山間部へと落下していった。


「このまま方位ワンフォーゼロを維持しつつ、慣性航法で!」


「オーケイ!」


 やがて、二人の速度は慣性に流されるまま空気抵抗で徐々に減速していき、やがてマッハ2.5まで落ちると、ネコはRSフィールドの出力を弱めた。


「ネコ、工場地帯が見えてきた!」


「了解、分離に備えて」


 そのまま、ネコは自身の機体のブースターとスラスターを駆動させて、分離時に速度差が産まれない様に調整を開始した。


「スリーカウントで分離行くぞ!」


「分かった!」


「3! 2! 1! 今!」


 トリシアが腕を広げ、ネコもピッタリと足に掌を付ける様にして背面飛行のまま降下しつつ、半回転して身体を大地に向ける。


 そのままネコはトリシアの前に付き、スリップストリームでトリシアが速度を維持させる。


「ここからが本番だ……」


 ネコはHALが持つ防空レーダー網が映したアムリッツァ機の情報をミーティアの広域レーダーに投影させる。


「ネコ、聞こえますか? ネコ?」


 ちょうどそのタイミングで、ネクが声をかける。


「ネク、どうしたの?」


「いえ……その……良かったのですか? 本当に戦場へ来て」


「良い悪いじゃない、父さんと社員のみんなを守る為に必要な事なんだ」


「わかりました……でも、ペース配分を考えて」


「うん……それは……ボクも気をつける」


 戦闘中、気を張り過ぎた末に一瞬の暗転という苦い記憶を噛みしめて、ネコは時間を確認する。


 時間は22時半を過ぎた頃。


 眼下の工場地帯では空襲警報のサイレンが鳴り響き、ここから避難しようとした従業員の車で渋滞が発生している。


「最悪だ……海上で絶対に止めないと……っ!」


 顔をしかめて、ネコは湾岸へ進路を変える。


 その時、ネコの機体にレーダー照射が行われる。


「!?」


 ネコの心臓が跳ね、ネコは周囲を見渡しながらレーダーを確認すると遠方から戦闘機がこちらの後方へ付こうと旋回しているのがレーダーに映っていた。


 敵味方識別はHALのものだ。


 すぐに相手から通信が入る。


『こちら、HAL空軍第113航空大隊所属第4小隊赤鷲の(レッドイーグル)2。そちらの所属と目的を明らかにせよ。緊急事態の為、場合によっては警告無く発砲する』


「え、うぇぇ!? ネク、どうしよう?」


『とにかくカミツレ所属で適当な部隊名を言ってみてください。とにかく言わないとダメです』


「うぅ……わかった、ボクが隊長ね!」


 そういうと何度か咳払いして、ネコは赤鷲に向けて通信を返す。


「こ、こちらカミツレ研究所所属……うぅぅ……そ、空猫(スカイキャット)小隊! この工場地帯を強襲するアムリッツァ軍の迎撃を行いに来ました!」


『カミツレ研究所? そんなところに航空部隊なんて……いや、まさか! お前はミーティアを装備してきたのか!?』


「は、はい……」


『しかもその声……学生か。一体何をやっているんだ。危険な事は辞めて、直ちに逃げなさい』


「これが普通の反応だよね……」


「まぁ、そうなるわな」


『君達は軍人じゃないし子供なんだ。迎撃を手伝わせる訳にはいかない』


「撃たれてもやります。ボクはカミツレが襲われた時、戦闘機の迎撃に上がりました。格納庫への特攻は防げなかったけれど……」


 ネコの言葉に対する返答を行おうと、赤鷲の2からノイズ音が流れる。


 だが、赤鷲小隊の方でいくつか問答があったようで、1分後に赤鷲の2に代わり隊長である赤鷲の1がネコに答える。


『こちら赤鷲隊長の飯沼だ。コールサインはスワンプ。君は有坂ネコくんで間違いないね』


「は、はい……」


『君がカミツレ強襲に於いて直掩を行った事は聞いている。陸の駐在部隊に言われているかもしれないが……民間人を巻き込んでは混乱を招くだけと断れないのが今のHALの状況だ』


「だから……」


『ああ、だから君は父を救う為にここまでやってきたと私は理解している。よって君を臨時でHAL軍所属として扱う』


「そ、それはつまり……」


『現在時刻、2234(フタフタサンヨン)時よりこの迎撃作戦が終わるまでの間、君は第113航空大隊所属臨時小隊空猫の隊長だ。君を呼ぶ際は空猫の(スカイキャット)1と呼ぶ。いいね?』


「わかりました!」


『軍所属という事は敵に銃を向けられても文句は言えないという事を、分かっているね?』


「覚悟はとっくに出来てます!」


『了解、健闘を祈る!』


 ジェット音をかき鳴らし、5機の戦闘機がネコ達に先行して港湾を飛び抜ける。

 

「プロのサポートとは、手厚いな」


「うん……失敗は出来ない……今度こそ……っ!」



 それに続き、二人は飛ぶ。


 永い永い夜が始まった。



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