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流星のネコ  作者: 双見トート
第三章学園編「春は遠く、夜は始まる」
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第8話「反転するセカイ」

複数人の視点で物語が動きます。少し複雑になるかもしれません。

 夕方、縷々は目が醒めた。


 朝からあんな事があって、ネコとまた顔を合わせるのが嫌で結局ひとりだけ学校を休んだ。



 佳奈とネコの間に不和があった。縷々はそれに付け入り佳奈を襲った。



 そうなっては原因の所在など関係無い。ただひたすらに手を出した縷々が悪いで片が付く。


 そう、分かり切っている筈なのに。


「ぐすっ……佳奈ぁ……」


 未練たらたら、やはり佳奈が諦めきれずにいる。


 そんな厚顔無恥な自分が嫌いで、また自己嫌悪。


 そんな堂々巡りを繰り返して、夕陽のオレンジと陰の黒によるコントラストで染まった寝室で時間を無為に過ごすばかりだ。

 

「……といれ行こ……」


 ため息を吐いて、縷々は立ち上がる。

 


 その時、ごぉぉおぉぉ、というジェット音と共に窓がカタカタと震えた。

 

 最初は旅客機が飛んでいるのかと気にも止めずにいたが、そのジェット音が連なって聞こえてくるのだから、流石に違和感を覚え始めた。


 窓を開け、海を見ると遠目に何やら船の様なものが浮かんでいる。


 その船から最後の飛行機が飛び上がると、続けざまに大量のヘリコプターが飛び上がっていく。


「なに……あれ……?」


 佳奈が思わず口にする程異様な光景。


 始まりは10分前に遡る。


『浮上開始、浮上開始。乗員は振動に注意されたし。繰り返す、浮上開始、浮上開始……』


 ごうんごうんと音を上げながら、浮上する潜水空母の中で、阿羅志岐はポールを両手で掴み転げない様にしながら、格納庫を見下ろす様に配置されている管制室を睨んでいた。

 

 ――俺を含めて、この世には悪魔しかいねぇンだろうか。


 顔をしかめながら、阿羅志岐は帰国する最中、陰のクライアントの指令を受領した。


『貴様の"とっておき”を使って、襲撃作戦のサポートに回れ』


 何もかもを知り得ているクライアントの要望に答える為、アムリッツァ連邦軍に売りつけた潜水空母の同乗を依頼したところ、快く受けられた。


 乗り気じゃなかったのが急転しての上機嫌さに思わず理由を訊いたら、こうだ。



『襲撃に乗じて、我々はミーティアを鹵獲する作戦を発案した』



 あれだけ子供を殺す事に拒否感を覚えていたというのに、自分達の利益になるのに気づいた途端にコレだ。


 どちらが悪魔か、分かったものではない。


 そんな事を考えているうちに、浮上は完了し、甲板が開き始める。

 

 開いた隙間からは海水が雨のよう滴り落ちて、整備員達はそれを意にも介さず作業を続けている。


「アラシギ殿」


 格納庫を見下ろしていた阿羅志岐の背中に、海兵式の脇を締めて幅を取らない敬礼を行いながら声をかけるのは、ヘルカ少尉。

 

 再配属から日が立っていないというのに彼が駆り出されるのは、それだけ現役のパイロットが居ない事を意味していた。


「おや、エルヴァスティ少尉殿。御機嫌よう」


 阿羅志岐は振り返りながら、同じく海兵式の敬礼で返す。


「貴方様に名前を覚えて頂き光栄です。――この様な場所でどうされましたか?」


「いえ……まぁ……自分の売りつけた商品がちゃんと飛んでくれるか心配でして」


「なるほど。貴方様の商品であれば、問題無く稼働しております。ご安心を」


「それは良かった。これから出撃ですね」


「はい」


「……場合に寄っては、少女達が居る校舎に向けて爆弾を落とす事になりますね」


「……はい」

 

 しばしの沈黙と、眉をしかめながら少し震える手。


 それを見て、阿羅志岐は思う。


 ――あぁ、彼はこんな場所で正気を保っている。


 きっと、彼の産まれがHALだとかリヴァルツァ合衆国、グランタニア共和国辺りであればどれだけ救われていただろう。


 しかし、現実は厳しい。


 彼は、あの滅びの崖際で尚も行進しようという国に産まれてしまったのだ。


 それが哀れで仕方がない。

 

 そうと知りながら見過ごして見送る自分は、あまりにも愚かで矮小であろうか。


「ご武運を。私も同罪でございますので」


「……ありがとうございます」


 彼は自分の事をなんと呼ぶのだろう。そう考えながら、格納庫から今や滑走路へと変形した潜水艦の甲板を歩み、自分にあてがわれた機体へ乗り込んだ。


 やがて、この潜水艦に搭載された全ての戦闘機、ヘリコプターが飛び立った。


 作業員は阿羅志岐の前で整列し、彼の号令を待っている。


「それでは諸君にはこれより最後の機体の出撃準備に取り掛かって貰う。なに、私の指示通りに手を動かせばそれで良い」


 そういう彼の視線の先にはコンテナの中から運ばれてきた黒色のミーティアが。


 そのミーティアには……悪魔の尾が伸びていた。





 誰もが違和感を気づいたのと同時に、避難警報が校舎内で鳴り響く。


「わっ、なになに!?」


 ネコと帰り支度を初めていた佳奈は思わず声をあげる。


「火事かな……一先ず、姿勢を低くしてグラウンドに行こう!」


 ネコは冷静に佳奈と、同じくまだ残っていた生徒達を誘導しながらグラウンドへ向かう。

 


 幸い、下校済みの生徒が多かったために、団子状態になる事はなかった。



 グラウンドに集まった生徒達を見て、教師たちはSNSやチャットアプリでここに居ない生徒の安否確認を指示するが、それをかき消す様にジェット音が響く。



「――プロペラ音もする……!?」



 その中で、ネコだけはジェット音に隠されたプロペラ音を聞き逃さなかった。


「格納庫へ逃げろ!」


 ネコは精いっぱいの声で叫んだ。


 それを聞いた生徒と教師一同は困惑した。


 だが、その困惑はパニックへと変わった。



「みんな、格納庫へ退避しなさい!」



 拡声器を握り、ジェット音にかき消されないように声を上げる常在の若いHAL軍兵士がネコと同じ事を言い始めたのだ。


 それと同時にプロペラ音は近づき、もはやジェット音では覆い隠せないほどにまで迫っていた。


「クソッ!」


 HAL軍兵士は悪態を吐く。


「逃げろ!! 格納庫まで逃げろ!! 早くしろぉ!!!」


 そう叫びながら、彼は格納庫とは反対方向へと走る。

 

 その手には20式自動小銃……HAL軍の標準装備アサルトライフルが握られていて、その銃口は今まさに校舎の上でホバリングしている大きな兵員輸送ヘリに向かっていた。


 そのまま、彼は走りながら、腰だめに構えてヘリコプターへ三点射する。


 その銃声に生徒達は悲鳴をあげながら格納庫へ向かって走っていく。


 走る生徒達の背中で、ぱぱぱっ、ぱぱぱっ、と乾いた破裂音が何度も響く。


 歩兵が持つ一般的なアサルトライフルに使われている、5.56mm弾は小口径高速弾。


 比較的少ない反動で防弾アーマーを貫き、効率良く人体を損傷させる為の弾だ。


 だが、小口径という事は、対車両に向かないという事だ。


 確かに鉄板を貫くだけの貫徹力はあるが、それは車両を無力化するに至るダメージにはならない。

 

 それこそ、何百発と撃ち込まない限り、ヘリコプターを落とすなど不可能だろう。


 それでも何故ヘリに向けて撃つのか。


 一つはヘリから兵を下ろさせない事だが、もうひとつ。


 自分が攻撃能力を持つ兵士であり、自分がここに居る事を知らしめる為だ。


 それ故に、撃ちながらメガホンで声を張り上げるのを止めない。


 彼はHALの軍人だ。


 役目は敵を殺す事だけではない。


 自国民を守る為、時には死ぬ事も仕事である。


 走る彼の足を銃弾が貫き、彼は転ぶ。


 それでも声を上げる事は止めない。

 

 マガジンを替え、弾を装填して、また引き金を引く。


 そして、次の銃弾が彼の持つメガホンと胸を貫いた。


「ごぼっ!?」


 ついに叫ぶ事も出来ず、銃を握る力を失って、彼は倒れた。


 薄れゆく意識の中、彼は笑っていた。


「おじさん……俺、夢かなえ……た……よ……」


 小島涼。


 5歳の時、隕石による災害で故郷が海と瓦礫に呑まれ、自身も倒壊した家屋の中に閉じ込められた。


 出動したHAL軍によって救助されて以来、彼は国民を救う兵士になる事を志す。




 血の海に沈む彼を乗り越えて、アムリッツァの兵士は走り出した。



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