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流星のネコ  作者: 双見トート
第三章学園編「春は遠く、夜は始まる」
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第三章プロローグ「母」

という事で第三章開幕です。

カミツレという舞台を出て、新たな世界へと旅立たなければならない時が来ました。

 プロローグ


 見慣れたはずの研究所。


 にこやかなに、時折失敗による挫折や齟齬で諍いもあった研究員達が悲鳴、怒号……パニックに陥っている。


 私が目にするディスプレイには、どの数値も異常値を計測していて、いまの状況から逃げ出したい、夢だと思いたい頭を嫌でも現実に引き留める。


『――私で良かった』


 モニター越しに、あの人はそう言った。


 そして、その30秒後に試作機は爆発して――。



「お母さん!!!!」



 

 私は夢から醒めた。



 そして、嘔吐した。



「あああぁぁぁあぁぁぁああああぁああぁぁあぁぁああぁぁぁぁあ!!! わああぁああぁぁあぁあぁぁあぁぁ!!!! いやあぁあぁぁぁぁぁああぁぁぁああぁぁああぁぁぁ!!!!!!」


 気でも狂った様にこの研究室で年甲斐もなく泣き叫び、頭をかきむしる。


 両腕は爪を食い込んで肉が抉れた傷がいくつも遺り、爪先は私自身の皮と肉が挟まって、血に汚れている。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…………」


 私は何度も何度も何度も何度も……そこには居ない母への謝罪を繰り返す。


 それをかき消す様に母の声がする。


 聞くに堪えない、私を糾弾する母の声。


 お母さんはそんな事言わない、私のお母さんはこんな風に私を責めない。


 だからこれは幻聴だ。


 けれど、その幻聴を生み出しているのは私自身だ。

 



『母さん』



 ぞわ、と鳥肌が立つ。



 

 ――やめて。



 やめて!



『どうして――』



 私の心が生み出したものなら、なんで私を……。



『ボクから逃げたの?』



 ――なんで私を責めるの?

 

 


 暫くして白衣を着た医師たちが部屋へ乱入し、暴れる私を羽交い締めにしながら薬を飲ませた。



 1時間後。



 私は研究室のソファで仰向けに横たわりながら医師の……何度目か分からないカウンセリングを受けている。


 私の記憶にはない、新しい医師だ。


 3ヶ月ごとに医師には帰国させて別の医師と交代するローテーションを組んでいるから、こういう事はいつもの事だ。


「それで……今日パニックを起こした理由をお聞かせください」


「……母が死んだ時の夢を見ました」


「母が死んだ時……病死ですか? 事故死ですか?」


「事故死です。わっ……私の……」


 もう吐き出すものなど胃に残っていないというのに、また吐き気が襲ってくる。


 それを抑えて、私は訊かれた質問に答えた。


「私の行っていた実験の……テストパイロットとして参加した際の事故で……」


「なるほど……貴方はそれに対して責任を感じていると」


「はい……」


 その後もいくつか家族について訊かれた。


 

 母は……偉大な人間だった。



 ネク・ガブリエラ・ラースタチュカ……祖父のネール・ミハイル・ラースタチュカと並ぶ、ジャズフォック連邦の英雄。


 けど私にとって、あの人が英雄であるかどうかは関係無い。


 ラースタチュカ家に於いて、軍人を志望しないで色んな工学の勉強にのめり込んだ私に味方してくれた数少ない人。

 

 私とは大違いの、立派な人間。


 だからこそ私はあの人を尊敬しているし…………あの人を喪ったから、私は今精神を病んでいる。


 …………母さんの事を思い出していたら、頭が冴えてきた。


「…………あなた、連邦の人間ね?」


「は?」


 目の前の医師は、唐突に投げかけられた言葉に疑問符を浮かべている。


「ジャズフォック語特有の訛り、隠せてないわ」


「は、ははは……そうですね、確かに私の祖国はジャズフォック連邦です。さてカウンセリングの続きを……」


「スパイは帰れと言っているのよ」


「なんですって?」


「確かに心理学を学んできたようだけれど、人を探る為の心理学と人の精神疾患を直す為に身につける心理学は別よ。次から医師免許取れるくらいには頑張る事ね」


「…………」


「今から私を拉致する? それとも暗殺?」


「…………それはそうと、昨日は何を食べていたか覚えていますか?」


 統合失調症が妄言を口にした時は話題を変える。常套手段だ。


「ぶぶ漬け」


「HALの食べ物ですか?」


「あなたに今から提供してもいいわ」


「どういう食べ物なのでしょう?」


「HAL特有の緑茶を米に掛けただけの料理よ。他にもトッピングを付け合わせるのだけれど、HALの特定地域ではその料理を出そうか? と相手に提案するのは早く帰れっていう意味を含ませてるらしいわ。面倒な地域性ね」


「……どうやら皮肉を言われていた様ですね。わかりました、今日はこれで終わりにしましょう」


 そういうと、彼は席を立って私の研究室を後にした。



 その後、私は管制室に連絡を入れる。


「さっきの医師、ジャズフォック連邦のスパイの可能性が高い。何処から情報が洩れました。ひとまずローテーションに組み込まれている医師達の経歴を洗って。それとラボを引っ越します。今日中に作業を開始して」



 それだけ告げると、私はまたソファに身を投げ出した。



 指令は出した。もう私がこの研究室で出来る事は無い。

 


 鋭く尖った物はなく、ロープ状のものは排除。どうしても配線しなければならないケーブル類は特定の工具が無ければ抜き出せない様に納めてある。


 私はこう言った研究室のあるラボを世界の何処にでも持っている。


 そして、この研究室は私が私の責務を果たす為に逃げ出さない為の……。


 そう……命を捨てるという選択肢を取らない為の、私自身を捕える牢獄だ。

 

「…………待っててね、ネコ。私は絶対に成し遂げるから」

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