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流星のネコ  作者: 双見トート
第二章・学園編「夏空、秋雨、冬の陰り」
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第23話「縷々たるは――(1)」

ここから第二章のエピローグまで同一タイトルで進む為、前後編の区切りではなく連番での区切りにします。

また、暫く胸糞・鬱展開が続きますので、脳が破壊されない程度にお楽しみください

 カウントダウンが終わり、試合が始まる。

 

 ネコは視界の端で、微光を纏う飛翔体を捉えて身体を向き直す。


 その微光とは機体の主翼から剥離したRS粒子であり、剥離した粒子は精神を苛む不快な嘶きを上げながら機体を押し込んで更なる加速を行う。


 雲と雲の合間を縫うようにして縷々は近づき、ネコは彼女の攻撃に備えて回避を行えるマージンを取りながら左手のアサルトライフルを構えて、FCSによる偏差射撃の誘導に合わせながらトリガーに指を載せる。


 その時、縷々から通信が繋がった。


『おにいちゃん』


「縷々?」


 その声色は何処か不気味で、全く聞いた事の無い様な雰囲気にネコはたじろいだ。


「試合中にどうしたの? 言っておくけど、幼馴染だからって――」


『この武器、何に見える?』


 ネコの言葉を遮るように、突如としてネコの目前に現れた縷々は自身の左腕にマウントされた近接武器を振り上げて、突き立てる。



 そして、反射的に引き金を引こうとしたネコの指が固まった。


 

 ネコが本能的に身を後ろへ引いたのと、爆発音が鳴ったのはほぼ同時であった。

 

 次に、鉄がひしゃげる音とアサルトライフルから伝わる衝撃にネコはそのままの勢いでアサルトライフルを手放しながら距離を取る。


 海へと落下していくアサルトライフルは銃身の途中から無理矢理圧し潰した様に切断されていた。


『ネコ、右へ飛んで!』 


 状況を呑み込めないまま混乱した頭にネクの声が響く。


 その声に突き動かされて乱雑なアクセルパネルを展開し、その衝撃によって右へ避ける。


 直後、先程耳にした爆発音と共に縷々が近接武器を空振る姿を目にする。


「逃げないで、おにいちゃん」


『縷々……? そ、それ……』

 

 じくじくと、右肩が痛みだす。



 撃発式圧力切断武装Ⅱ型。


 

 縷々の左腕にマウントされている武装の正式名称であり、端的に言えば火薬の力によって刃を急激な圧力で押し当てて切断する……ハサミだ。



急転直下。ネコはバランスを崩して慣性に流されながら落下していく。


『ネコ! ネコ! 持ち直して! 速く!』


 ネクの叫びも虚しく、過呼吸でパニックに陥ったネコは何も出来ず、縷々の追撃を躱す事も出来ない。


 雷の様な音を発しながらネコが吹き飛んでいく。縷々のハサミが起こした急激な圧力を防ごうとしたRSフィールドが弾けながら反作用を起こした音だ。


 挟み込むと逆に不効率と判断した縷々は、それまでの試合でやってきた様に閉じたハサミを鈍器として殴りつける。


『後で謝ります! リボーンズ・プロトコル、オンライン!』


 怒号にも悲鳴にも聞こえるネクの指令は空に消えた。


 そして、ネクが視界を共有する網膜投影HUDを埋め尽くす赤文字の「ERROR」。


『何故!? いや、それどころかシンクロ率が57%……52%……50%を下回った!?』


 ミーティアが起動に必要な最低限のシンクロ率は39%と言われている。


 それも、飽くまでも起動に最低限必要な数字であって実際にその数値であればスラスターとブースターはほとんど稼働せず、FCSを始めとしたコンピューターとのリンクが不完全な為にHUDの網膜投影が行われない。


 辛うじて、電力の発生は行われるお陰で強化外骨格は駆動するが、その為だけにミーティアを動かすのは最早アドバンテージは皆無だ。



 これが空を飛んでいる時に起こればどうなるか?



 当然、それまで展開していたRSフィールドは失われ安全装置としてのRSバーストはそれを発生させる為のRS粒子が賄えないので発動も出来ない。


 重さ約300kg弱の重しをつけて空に放り出されるだけだ。


 そんな状態で、人ではなく兵器を破壊をする為に作られた武器を人の身で受ければどうなるか……想像に難くない。


『やむを得ません……!』


 ネクは高速で流れていくネコとの接続が解除された機能を尻目に、建て直すという選択肢を捨てて遺された機能から一つの情報を……虚偽のステータスを流し込む。



 そして、ミーティアのコンピューターはそのステータスを信じ込んでRSバーストを発生させた。



 ネクが流入した虚偽のステータスとは、ミーティア及びパイロットが受けたダメージ量。


 RSバーストが発生させるかどうかの判断を行う規定値を目一杯超過した……それこそ、核爆発の中心にでも居たかのような数値を流し込んだのだ。



 そして、RSバーストが発生したという事は――――ネコの負けである。



 試合後、この特殊な事態にはさしもの模擬戦大会といえど、一時中断となった。


 騒然とした格納庫。群がる研究員達を押しのけて、薬箱を抱えた忠人がネコへと駆け寄った。


「退いて! 退きなさいって言ってるでしょ! おバカ!」


 ベンゾジアゼピン系抗不安薬を取り出し、それをネコに飲ませる為にペットボトルの水で流し込む。


 時計を見ながら4~5分確認し、再嘔吐は無いと判断すると、また人混みをかき分けながら保健室へとネコを連れていく。


 佳奈が現場に着いたのは、既に連れ出した後だった。



 

「縷々ちゃん!」


 模擬戦大会が中断となり、人気の無くなった専用機格納庫で、佳奈は縷々を複雑な表情で睨み、声を張り上げる。


 その姿を見て、縷々は顔を背けて口元を抑えた。


「なんであんな事をしたの!? ネコくんがハサミがダメだって知ってるでしょ!?」


 それは知らないでは済まされない事であったし、むしろ知っていなければあのような武器を選ぶ事はしない。


「縷々ちゃんはこんな事する様な人じゃないじゃん! しかも……一番大事なネコくんに……っ! ねぇ、何か答えてよ!」


 瞳に涙を浮かべながら縷々へ叩きつけるように喚くも彼女は何も答えない。


 それどころか、逸らした口元を覆った顔は笑みを浮かべてすらいた。


「お願いだから……何か話してよ……ねぇ……」


 最初、勢いに任せて叫んだ佳奈の声は次第に消え入りそうな弱々しい声となる。


 ヨタヨタと力無く歩み、顔を背ける縷々の背中に添える手はカタカタと震えていた。


 血の気が引いて熱を失った手の感触を受けながら、縷々は大きく深呼吸をしてそれまで閉ざしていた口を開く。


「佳奈」


 唐突に呼ばれた事に、佳奈はビクッと身体を跳ねて、半歩下がる。



「あなた、おにいちゃんのところに行かなくていいの?」



 頭がどうにかなりそうだった。


 ネコがフラッシュバックを起こして、あの端正な顔が涙と鼻水と嘔吐でぐちゃぐちゃになった原因が、そんな事を口走るのだから。


「どの口が言って……」


 気丈に振舞うも、誰が聞いてもその声が震えていた。


「私の口。それ以外ある?」


「ホントにどうしちゃったの……? 縷々ちゃん、怖いよ……」


 また半歩、佳奈は下がる。


 少しずつ遠ざかる佳奈を追って、縷々は振り返りながら一歩……大きく一歩佳奈に踏み出した。


 間近で佳奈を見下ろして、口角を不気味に吊り上げながら佳奈は続ける。


「発作を起こして大変なおにいちゃんを置いて、あなたは私のところに来た。そうよね?」


「へ……?」


「おにいちゃんよりも私を選んだ。そうよね?」


「…………」


 恐怖に慄き、逃げだしそうになる佳奈の肩を鷲掴みにして、なおも縷々はまくし立てる。


「そうよね?」


「あ……うぅ……」


 佳奈は何も答えられなかった。


 頭の中が「逃げたい」という感情だけで埋め尽くされていた。 


「佳奈」


「ひっ……!?」


 中学校の時、牧野達の時、そのいずれの頃でも感じた事の無い様な言い知れぬ恐怖に脚はガタガタと震え、頭は機能を停止させる。


「決勝戦、いい試合にしましょうね」


 そういうと、冷たい……凍りついたおぞましい笑みを浮かべながら縷々は手を離して下がる。



 解放された。



 それを理解すると、佳奈は一心不乱に駆け出して逃げおおせた。



 彼女の背中を目で追う縷々の顔は愉悦に歪んでいた。



 


 少女はいつから歪んでいたのか。


 今日この日に起きた唐突な変貌だったのか、この学校に来た時からなのか、それとも……ネコの家が離散した時からなのか。


 それはどれも違う。



 何故なら彼女が歪んでいたのはきっと、彼女が5歳になるかどうかという頃だからだ。


 

 彼女が産まれたのは、未だにHALが隕石の被害から立ち直れなかった時代。


 それは彼女の年代のほとんどがそうであるように、しかし、彼女だけが周りと違うのはいくつかあった。


 貧困。


 それはどの時代にも付き纏う不幸であり、それだけが明確な原因で無いにしろ、それでもそのまま生活環境……言ってしまえば、虐待、ネグレクトと言った問題が発生しうる。


 縷々が産まれた家がそうであった。


 父親は誰か分からない。


 母親は年齢までは覚えていないが、とても若かったのは記憶にある。


 きっと、あの当時ありふれた不幸だったのだろう。


 災害で身寄りが無くなり引き取る人も、手を差し伸べる人もいなくなり、そして生きていく上で身を売る。


 そうして産まれたのが……縷々からすれば、産まれてしまったのが……彼女だ。


 望まない妊娠、出産が行きつく先はどう取り繕うとも先に述べたように育児放棄と八つ当たりであり、赤子の頃に死ななかったのが奇跡だとすら思えた。


 その環境は、人の心が荒み、歪んでいくのは避けられない環境であろう事は言うまでもない。


 そして、縷々にとって運命の日。


 季節は夏。誕生日を迎えて8歳になったばかりの縷々を連れて彼女の母親は心中を図った。


 誰も寄り付かないような岬から飛び降りて。


 母親は当然死んだ。


 だが、奇跡が起こった。


 奇しくもそこはネコがかつてミーティアの実験を行う為に試験飛行を行った場所で、ネコが死に掛けた縷々を救ったのだ。


 しかし、引き取られてからの時間すらあの凄惨な環境で過ごした結果産まれた歪みを癒す事は出来なかった。


 だから、縷々は自分の感情が……自分が他人に向ける感情が理解できない。


 そして、誰もその事を知らない。


 もしも何処かで彼女が心に抱える歪みに気づいて、適切な治療を施していたのなら……今日の様な豹変は起こらなかったであろう。


 だが、あの有坂家にそんな事に気づいてくれる人はいない。


 リヴァルツァへ飛んだネコ、行方不明となったネリ、それらから逃避する為に家へ戻らない隆文。


 隆臣ですら、見落としていた。


 

 虐待を始めとした育児放棄の原因は無関心とする者もいる。



 そうであるならば、彼女はその無関心の犠牲者である。



 無関心の犠牲者は歪みを抱えたまま思春期を迎えて、自らの感情を理解できないままネコへの尊敬……いや信仰を恋心だと誤解して生きていた。


 クールな鉄面皮はその裏には他者への恐怖、他者への不信感、それを理解できないが故に表に出せなくて産まれた仮面で、その仮面は他人とのコミュニケーションに齟齬を産む。


 齟齬はグループからの疎外を産み、グループからの疎外はいじめへと繋がる。


 それは縷々を益々他者との繋がりから遠ざけていって、また繰り返す。


 泣き出したい、逃げ出したい、でも、その感情が理解できないから涙を流せなくて、逃げ出せない。


 

 その様な心を、まともに育った人間は理解できるだろうか?



 その様な心が引き起こす孤独を、救える者はいるだろうか?



 奇跡は起こらない、救世主であるネコは居ない。



 奇跡は二度も起こらない。



 そう思っていた縷々を救ったのが、佳奈だった。

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