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流星のネコ  作者: 双見トート
第二章・学園編「夏空、秋雨、冬の陰り」
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第15話「捩れと徒花」

重た~~~~~~~い話が続きますが、お付き合いください……あと結構生理周りで生々しいので苦手な方はスルーをお願いします

 模擬戦大会の雰囲気が流れ出す前、あれだけいつものように集まっていた6人はいつの間にか散り散りになっていた。


「早く二人とも仲直りするといいね」


 佳奈は教室を後にして、そう呟いた。


「じゃあ、また寮で」


 縷々はそう言うと、佳奈と別れて西校舎へと向かった。


 6限目が終わる頃、放課後に研究棟へ来るようにと縷々に通達があった。


 一人寂しく向かうと、縷々はそのまま格納庫へと通される。


 案内をする研究員はいたく舞い上がった様子で、どこかミリタリーの話をするネコと同じ雰囲気を覚えた。


 そうして、いつも実習で使う格納庫のひとつ隣。


 ネコが普段使っているほうの格納庫に、その機体は鎮座していた。


 流線形で、いつも見るミーティア(M3F-15)とは違い起伏の無い流線形の造形。HALの夜明けの紫雲に黄色く燃ゆる日を表現した国旗を思わせるトリコロールカラー。


 メインフレームのスラスターは3枚のパドルが設けられた推力偏向ノズルを2門。


 レッグスラスターも鋭いフォームに、2枚のパドルが着いたヒールスラスター。


 腕部パーツも無駄のない洗練されたデザインで、しかし、両腕に装備をマウントする為の基部をつけるスペースも存在している。


「えっと……これは?」


 一通り観終わったあとで、案内の研究員に問いかける。


 その問いに、研究員は無邪気な笑顔で答えた。


「M3X―3です!」


「……えっと、どんな機体なんでしょう」


 形式番号だけじゃ分からないんですけど。


 という声は飲み込んだ。


「隕石の飛来でとん挫していた国産ステルス戦闘機及び先進技術実証機計画の再スタートに併せて、同じ技術をミーティアに盛り込もうというのがこの機体なんですよ! なにが凄いかと言いますと~…………」


 佳奈もそうだし、ネコもそうだが、オタクという人種の話は始まって熱が入ると長くて仕方ない。しかも長さに対して早口だし。


 ほとんどを聞き流して、キリの良さそうなところで強引に要件を聞き出した。


「ああ、そうそう、そうでした! えっと、縷々さんがですね、これのテストパイロットとして認められたんです! なので、これから受験シーズンになるまで、この機体はあなたの専用機になるんですよ! 専用機!」


「はぁ……」


 専用機という言葉とはオタクにはとても甘美な響きなんだろうと頭の隅で考えながら、話を聞く。


「なので、これから装備の調整の為、身体測定を行って頂きたいんです」


「……それならさっさと言って欲しかった……」


「何か言いました?」


「いえ、なんでもありません。わかりました、早く済ませましょう」


「ああ、これも忘れちゃいけないところだった。はい、どうぞ」


 ぱんと何かを思い出したように手を叩くと白衣のポケットに締まってあった手紙を手渡す。


「これは?」


「この機体の送り主からですよ」


「いったい誰から……」


 怪訝な顔で裏面を見ると、そこには有坂隆文と書かれていた。


「――――っ」 


 手紙を握る手に力がこもり、爪が食い込む。


 息を整えて封を開け、手紙を読んだ。


 便箋一枚のみで、読むのにはそう対して時間のかかるものではないはずだが、縷々の目は滑り、なかなかに読み進める事は出来ない。


「……ありがとうございました。もう大丈夫です」


 読むのを諦めて、縷々は手紙をしまった。




 夕陽に照らされた通学路を、縷々はひとりとぼとぼと歩いている。


 ネコの講義が終わるのが近く、待ってれば一人で帰ることにもならなかったが、今だけはネコと顔を合わせるのが憚れる気持ちだった。


「せっかくの好意なのにな」


 独り呟く。


 有坂隆文のことが嫌いというわけではない。


 機体という贈り物が嫌だったというわけでもない。


 ただ、縷々がそう決めた覚悟が鈍るから、素直に受け取れない。受け取れない自分が……大嫌い。


「はぁぁ…………」


 大きく、長いため息を吐く。


 自然と帰り路を行く足が止まり、未だ暑さのせいで入道雲が浮かぶ空を仰ぐ。


 そんな縷々の背中に声をかける者が現れた。


「どうしたんだい、お嬢さん。そんな大きなため息を吐いて」


 縷々は二度目のため息を吐いた。


「先輩の顔を見てしまったからですかね」


「はっはっは、相変わらず酷いなぁ」


 いつもの薄ら笑いに、縷々は顔をしかめながらそっぽを向いて寮への道を歩こうとする。


 義継もそれについていくように歩き出した。


「着いて来ないでください」


「いやねぇ、最近君達の雰囲気が悪いようで心配なんだよ」


「どこで聞きつけたんですか、ストーカー?」


「ほら、私は忍者だから」


「その忍者さんがどうして私に声をかけるんです?」


「君を助けたい、そんな暗い顔をしてるのは見てられないから救いたいんだよ」


「信用できないんですが」


「ネコの件で既に実績はあるんだけどね。あれだって哀れな友人を救ってやりたいと思って尽力したんだ」


 ぎり、と縷々は奥歯を嚙み締めて歯ぎしりを立てる。


 やったことは事実だ。しかし、縷々は義継の言葉に何の重みも、誠実さというものを感じられなかった。


 それどころか、神経を逆撫でするみたいで、嫌になる。


 なにより、救う、救いたい、だなんて。


「一応理事長の姪だしね、学園で困っている人がいたら手助けもしてるんだよ。私の人気はただ外見だけで得たものじゃないって事を分かって欲しいな」


「結構です」


 義継と初めて会った時からそうだった。


 全てを俯瞰して見ている様な態度が、常に何かを探っている様な目つきが。


 その全てが大嫌い。


 嫌い嫌いばっかの中でも特に癪に障る。


「だから聞かせてくれよ――」


 そんな奴がよりにもよって、そんな事にまで手を伸ばすなんて。




「ネコと何があった? どうやって出会った? それさえ教えてくれれば――」




 ばき、という音をどこか遠くで聞いた様な気がして、ふと気が付いた時には、義継は頬を抑えて道で尻もちを着いていた。


 順々に縷々は理解していく。


 反射的に義継を殴ったのだと。


 それを理解したとき、ふつふつと怒りの感情が昂っていき、溜まりに溜まった言葉が洪水にように吐き出されていく。


「人の触れられたくない事にばっかずけずけと入ってくるんじゃないわよ!」


 殴り抜いた拳がジンジンと痛む。


 それも無視して、罵倒は続く。

「何が助けたいよ! 何が救いたいよ! 心にも無い事言って!」


「そんな事はな――」


「あるに決まってんでしょ!! そういう奴に限って、本当は誰かに助けて貰いたがってるバカなのよ! そんな奴の相手してる暇なんて、私には無いんだから!」


 すぅぅっと大きく息を吐き、また大きく息を吸うとを帰路へ振り返りずかずかと足早に帰ってしまった。


 独り取り残された義継は、茫然としたままゆっくりと立ち上がり、未だに痛みの引かない頬をさすって、呟く。


「そうかぁ、私は助けて貰いたかったのかぁ」




 時間は少し遡り、1年A組。


 今日もネコはクラスメイト達にネクと一緒に講義をしている。


 やることもなく、かと言って何となく寮に居づらい空気が漂っていて、それから逃げる様にしてトリシアは講義を受けていた。


 受けていた、と表現するには少し語弊があるだろうか。


 トリシアはただそのクラスで席に座って講義をBGM代わりにしてぼうっとしながら時間を潰していると言った方がより正しい。


 この日も、同様に時間を潰していたのだが、ふとトリシアは廊下の方へ目を向けると円香が帰ろうと歩いているところを目にする。


 まだ声をかけづらい。


 そう思って目を離すが、一抹の不安が胸を過ぎる。


 もう一度円香に目を向けると、遠目から見ても分かるほどに彼女の顔色は悪く蒼白している。


 追うまいか、トリシアは悩む。


 彼女の体調を案ずるならば素直に追うべきだろうが、また彼女を怒らせてしまったら? という懸念がそれを邪魔する。 


 どうして自分の様な人間がそんな事まで考えるのか。


 今までであれば、そんな事を考えることすら無かったのを、今では頭の中でぐるぐると抱え込んでしまう。


 他人の事も、自分の事も理解できず、「情緒」という物が掴めないで人との繋がりが出来ないでいた。


 この両手両足を作ってくれた有坂隆文の話を聞いて、もしかしたらネコならばと思っても、既に彼は佳奈という居場所を見つけていて、入る余地など無い様に思えた。


 そんな中、ネコの幼馴染という少女とルームメイトになった。


 世間知らずで、ふわふわしていて……自分とは似つかないタイプの人間だが、消去法的に選んだ。


 だから、どうなろうと構わない。


 筈だったのに。


 夏休みの思い出が、いつも元気に自分の名前を呼ぶ彼女の声が――。


「すまん、先に帰る」


 そう言って、鞄を手に取ると、そそくさと教室を後にして駆け足で円香を追う。


 そう離れていない場所で、円香は見つかった。


 ふらふらと覚束ない足取りで、壁に手をつきながら歩いている。


「まど――」


 その背に声をかけようとした時、崩れ落ちるように円香は膝をつき壁にもたれかかった。


「円香!」


 全力で駆け寄り、円香の側へ行く。


「と、トリシア……?」


「大丈夫か?」


 立たせようとトリシアは手を伸ばす。


「大丈夫です」


 だが、円香はそれを除けてゆっくりと立ち上がりながらまたふらふらと歩き出す。


 けれども、2、3歩歩いたところでまた膝をつき、腹を抱えて苦しみだす。


「……抱えるぞ」


「だから大丈夫って、きゃあっ!?」


 見ていられなくなったトリシアは即座に円香を抱える。


「と、トリシア、本当大丈夫なの、お願いだから下ろして」


「何言ってるんだ、そんなに苦しそうにして」


「だって……は、恥ずかしい……」


「体調不良に恥ずかしいも何もあるか。寮と保健室、どっちに行けばいい?」


「うぅぅ……ほ、保健室でお願いします……」


「了解した。なるべく揺らさないようにしてやるから」


 そういうと、円香を抱えているとは思えない軽快さで進む。


 保健室の前へ着くと、保険医がちょうど扉の鍵を閉めようとしていたところで、トリシアは大声をあげながらそれを止める。


 保険医は急患という事で慌てて円香をベッドに寝かせると問診を始めた。


「えっと、痛みはいつから?」


「あ、朝からです……」


「朝から? なんで休まなかったの?」


「朝はまだ我慢出来たというか……えっと……その……」


「何? ちゃんと答えてくれないと」


「せ、生理痛……です……」


「あっ……はい、わかりました。痛み止め出しておくわね」


 薬と水を出されるまで、恥ずかしそうに円香は布団に潜り込んでしまった。



 ほっと胸を撫でおろした保険医は後をトリシアに任せると、書類を職員室へ届けに保健室を後にする。


 それを見送って、トリシアは未だに頬を赤らめて顔の半分をベッドの掛け布団で隠す円香を見下ろした。


「なぁんだ、生理痛だったかぁ」


「うぅぅ、なんだじゃないです……」


「私はてっきり、もっと重い病気かと思った」


「生理痛も立派な体調不良です、トリシア」


「とは言ってもなぁ、私には分からないし」


「どうして? そういえば、あなたが辛そうにしているのを見たことがありませんでした」


「そういうお前もそうだろう。今までそんな素振りは見せなかったじゃないか」


「私は……お父様が生理痛で苦しくならないようにと産婦人科で貰うお薬を飲んでました。ただ、学校が楽しくて、行くのを忘れてしまって……」


「それが災いして重いのが来たって訳か」


「はい……それで、トリシアはどうして?」


「あ~……私、そもそも来ないんだ」


 そう言いながら、トリシアは自分の下腹部を擦る。


「多分これからも来ないらしい」


「な、なぜ?」


「忠人に引き取られてから色々と検査したんだけど、その時に分かったのが、私の身体は女性的な身体機能が稼働していない……らしい」


「それってつまり?」


「例えば子宮なんかは動いていないみたいなんだ。ただそこにあるだけ。これから機能するようになる見込みもない。排卵が無いから月経も無い、妊娠もする事は無い。私は、遺伝子を遺す事が出来ない徒花なんだ」


「そんな……どうして?」


「さぁ……私にも分からない」


「トリシア、あなたはどこから来たの?」


「それも分からない」


 そう言って、トリシアは天を仰ぎ天井を見つめる。


 暫く黙って、トリシアは目を瞑りながらこの身体の一番最初の記憶を思い出す。


 波打ち際だった。


 漣と風の音だけがトリシアを包み込む、静かな夜。


 そこに、何も分からないまま両手両足、そして首に着けられた金属製の輪っか以外は一糸まとわぬ姿でトリシアは投げ出されていた。


 何かから逃げるように、何かから解放されたように、這いつくばりながら、陸を目指す。


 しかし、それを止めるように輪っかがビープ音を鳴らし、やがてそれはトリシアの四肢を吹き飛ばした。


 やがて首輪すらもビープ音を鳴らし始めて、四肢の時と同じように頭を吹き飛ばすつもりだと理解できても足搔く事すら出来ない。


 死を覚悟し、目を瞑ったその時、ビープ音は不協和音へと代わり、断続的なものはやがて飛び飛びのレコードのように途切れ始める。


 そうして、首輪の爆発は不発に終わった。


 暫くして、四肢を吹き飛ばした輪の爆発音を聞きつけた誰か……忠人がトリシアを拾う事となった。


 

 ふぅ~っと大きく息を吐いて、トリシアはまた円香に向き直る。


「ひとつ言える事は、私にはこの国の海岸に打ち捨てられた時からの記憶しかなくて、だからどこから来たのか、誰から産まれたかも分からない。この身体の構造が病気なのか、それともそうあれかしと設計されたものなのか、答えを聞く相手もいない」


「そんな哀しいこと……」


 ぎゅっと布団の裾を強く握り込みながら、円香は涙を浮かべて顔の全てを布団の中へと潜り込ませてしまった。


 声をくぐもらせ、涙に震わせながら、円香は弱々しく言葉を続ける。


「私、何も喪ってない……何も抱えていない……みんな、みんな何かを喪ったり抱えているのに……」


「なんだそれ」


 身を屈めて、ベッドに頭を乗せるトリシア。


 掛け布団越しに円香の頭を撫でようと手を伸ばし、一瞬だけ躊躇して手を引くが声を押し殺しながら泣く円香が見ていられなくて、結局頭を撫でる。


「お姫サマはそれでいいんだよ。誰も彼もがなんでも喪ってなんでも抱える必要は無いんだから」


 こんな感じの事を言えばいいのか?


 と頭で自問する。


 しかし、明確に答えてくれる人格は、自分の中には存在しない。


「私は大丈夫だから、私はまだ負けていないから」


 この身体が言うままに、トリシアは言葉を任せてみる事にした。

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